「ふぅ、今日ももう少しで終わりだな」
「そうだな、だけど最後まで油断するなよ?」
「わかっている、そろそろ最後の試練が来るんだろう?」
夕暮の試練を鎮圧し、今日の業務ももうすぐ終わる。今は休憩室でリッチと一緒に休んでいるが、もう少ししたらまた業務に戻らなければなら無い。それに、もうそろそろ深夜の試練が来るはずだ。今まで奴らが来るまでに管理人が業務を切り上げてきていたが、そろそろ奴らとも戦わなければならないだろう。
「あぁ、いつ来ても良いように心構えをしておいた方が良いだろう」
「大丈夫だ、今更油断するような奴も居ない」
「それは俺たちベテランだけだろう? さすがに新人たちはちゃんと戦えるか不安だよ」
「彼らは最初から戦力に入れていない」
「ははっ、手厳しいな」
そうはいっているが、これもリッチなりの優しさなんだろう。深夜と言えばALEPHクラスの脅威だ、そんな奴らと戦うのは、彼らには酷だろう。
「さて、それじゃあそろそろ行こうか」
「あぁ、お互いに頑張ろう」
「お前もな」
拳と拳を付き合わせてぶつける。お互いに健闘を祈りながら休憩室を出て次の業務へと向かう。今までも幾度となくこいつと一緒に戦ってきたが、これからも大丈夫だという保証は無い。
だから互いに、健闘の言葉を贈る。これは俺たちにとって心配でもあるが、信頼でもある。
『懲戒部門のメインルームにて、試練が発生しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
「……ついに来たか」
あれからエネルギーの充電を終わらせるためにラストスパートをかけているところで、ついにそのアナウンスが鳴り響いた。俺は覚悟を決めて懲戒部門のメインルームに向かう。この施設において初めての深夜との戦いだ。
ゲームにおいて深夜の試練は放置しておけない危険な存在だ。強力な攻撃と特殊な能力、その被害の質と範囲は桁違いであり、体力もあり得ないほど多い。職員全員でかからなければならない相手が深夜なのだ。
中央第一という比較的に近い場所にいたため、目的にはすぐにつくことが出来た。この扉を超えれば、ついに深夜の試練との初の対面だ。気を引き締めていかなければ……
「……なんだよこれは」
目の前に広がる光景に、思わずそうつぶやいてしまった。もちろん警戒も解いては居ないし、E.G.O.も構えてはいるが、呆然としてしまいそうなほどに衝撃的な光景であった。
そこに居たのは、見上げるほどに巨大な山。いや、それはもう一つの島と言って良いほどの大きさの何かであった。それは広大な大きさを誇るメインルームを占拠し、さらには中央に灰色の光が集まっている。これは時間が経過したら大変な事になることが容易に想像できる。早く手を打たなければ。
「くそっ、やってやる!」
“墓標”を構えて目の前の深夜に向かって突撃する。すると、なにやら地響きと共に嫌な予感が俺の頭をよぎった。
「まずいっ!!」
もはや直感でその場にいては危険だと感じ、全力で地面を蹴ってその場から離れる。すると、先ほどまで俺が居た場所から、巨大な岩の柱が飛び出してきた。これが奴の攻撃なのだろうか? いや、それにしては柱がその場に残ったままだ。もしやこれが本命では無い?
体勢を立て直し、深夜の試練、いや灰燼の試練に向かって走り出す。接近自体は相手が巨大であったために簡単であったが、近づいてみるとその大きさに圧倒されそうになる。
「いや、これはどこから攻撃してけば良いんだ?」
思わず声に出てしまったが、やらなければならないだろう。さすがに光の集まっている部分は高すぎて攻撃できないので、地面から突き出ている根元の部分を“墓標”で攻撃していく。まるで蟷螂の斧にでもなった気分だが、それでも手応えはあるので効いていると信じたい。
「悪い、遅くなった!」
「さて、一発かますわよ!」
そこで、リッチとルビーが加勢に来てくれた。ルビーはその場から“種子”で攻撃を放ち、リッチはつい最近手に入れたE.G.O.“簒奪”を構えながらこちらに向かってくる。俺はさっき受けた攻撃を伝えるために二人に向かって声をかける。
「気をつけろ! こいつ地面から攻撃してくるぞ! 地響きがしたら要注意だ!」
「わかった、十分に警戒する!」
「任せなさい!」
俺の注意と共に二本目の柱が地面から生えてきたが、そこはリッチともルビーとも全然関係の無いところであった。
やはり、これはただの攻撃では無いらしい。この行動にどんな意味があるのかわからないが、先ほどよりも中央の光が増している。このままでは確実に何らかの攻撃が飛んでくる。
「光が強くなった、急ぐぞ!」
「任せろ!」
ついにリッチが到着し、同時に灰燼の深夜に攻撃を加える。少しずつではあるが、灰燼の深夜の表面が徐々に削れてくる。これほどの図体だ、おそらくは相当な体力を持っていることだろう。
攻撃を続けながらも、周りに柱が立ってきている。そしてそれと同時に、中央の光はどんどんと輝きを増していく。
「……ちょっと待って! もしかしたらこれ、真ん中のデカブツを中心にどんどん柱が外に向かって生えてない!?」
「なにっ、本当か!?」
ルビーの声を聞いて、周りを見渡す。すると確かに中央の本体から徐々に離れる様に柱が立ってきている。そして、その柱はもうすぐ部屋の端まで届こうとしていた。
「まずい、部屋から逃げろ!」
俺の言葉と共に全員でメインルームの出口に向かって走り出す。そして同時に最後の柱が出現し、中央の光が輝きをまして点滅し始めた。
そして、中央から閃光が放たれると同時に出口に飛び込み、扉を閉めようとする。だがそれよりも早く光の波動が押し寄せてきて、吹き飛ばされてしまった。
「ぐはっ!!」
「ジョシュア、大丈夫か!?」
あまりの衝撃に一瞬目の前が真っ白になってしまった。しばらく体の感覚が無かったが、徐々に痛みが広がってくる。そしてかすかに聞こえてくる仲間たちの声に気がつき、力を振り絞って体を起こし、目を開く。
「ぐっ、どうなったんだ……」
「大丈夫か、ジョシュア?」
「あぁ、なんとか……」
「あなたあいつからの攻撃にぎりぎり吹き飛ばされてしまったのよ。なんとか大丈夫だったみたいだけど、あんまり無理はしちゃだめよ?」
「わかった、二人は大丈夫か?」
「こっちは大丈夫だ」
「私もよ、それよりもこのままだとまずそうね」
回復リアクターによる治療でなんとか痛みが引いてきたところで、再び懲戒部門のメインルームに入る。すると、そこはさっきまでとは全く違う様相に変わっていた。
「なんだここは……!?」
そこにはもう、灰燼の深夜はどこにも居なかった。そして、床はすでに存在せず、堅い大地が広がっていた。
巨大な柱はそのままに、それ以外の全てが破壊され、新たな大地に変換されている。俺たちは随分と久しぶりに大地を踏みしめて、辺りを見回す。すると、管理人から通信が入ってきた。
『すまない、灰燼の深夜は情報部門のメインルームに出現した。今から向かえるか?』
「あぁ、こっちは大丈夫だ。今から向かう」
『そうか、あまり無茶はするなよ?』
「これくらい、無茶には入らない」
『すでにメッケンナとマオが戦っている、なるべく急いでくれ』
「了解だ」
通信の内容は二人にも届いていたようで、無言頷いてついてきてくれた。俺たちは再度奴と戦うために、情報部門へと向かう。ここからならまだ近い方だ、メッケンナたちが心配だし急いで向かわなければ。
「大丈夫かメッケンナ! マオ!」
「ジョシュアさん! こっちはなんとか大丈夫です!」
「お前なんて居なくても俺たちだけで十分だ!」
メッケンナが“鬼退治”で切りつけながら、マオが“手”で殴りかかる。二人で大分攻撃しているようだが、未だに灰燼の深夜に一目でわかる変化は無い。
灰燼の深夜の周囲に生えている柱はさほど多くは無い、なんとか間に合ったようで俺たちも加勢して攻撃に加わる。柱もこいつの近くに居れば生えてこないし、柱の近くにも生えてこない。注意をしていれば攻撃に当たることは無いだろう。
「大丈夫ですか皆さん!」
「下から柱が生えてくるぞ! 気をつけろ!」
「わかりました!」
パンドラやシロといったこの施設のメインメンバーがそろい、攻撃がどんどん苛烈になっていく。そしてどんどん攻撃を加えていく度に、灰燼の深夜は削れていった。だが、それでもその巨体は未だに健在で、なかなか斃れる気配は無い。
「くそっ、そろそろ攻撃が来るぞ! 皆逃げろ!」
柱がメインルームの端まで到達しそうになってきたので、そろそろ撤退するように指示する。そして別のメインルームにまた出てきては追いかけては攻撃するという追いかけっこを続けていると、ついに残るはコントロール部門だけとなってしまった。
「なぁ、これって全ての部門がやられたらどうなるんだろうな?」
「さあな、どうせ碌な事にはならないだろう」
「そうだよな、だったらここで決めないとまずいよな」
コントロール部門のメインルームへとたどり着き、灰燼の深夜の元へとたどり着く。何度も攻撃をしてきたおかげか、その表面はすでにボロボロで、“種子”による攻撃で罅などの隙間から植物が無造作に生えている。その植物も俺の“墓標”やリッチの“簒奪”で所々枯れており、なんとも不気味な見た目になっている。
あれほど大きく圧倒してきた巨体も随分と細くなり、今にも折れそうになっている。そろそろこいつも終わりのはずだ。全員でもう一度攻撃を加えていくと、なぜか柱もあまり生えていないというのに中央の光が点滅し始めた。
「まずい、何か来るぞ!」
俺の声と同時に、管理人からBシールドの弾丸による支援が届いた。光の波動が俺たちに襲いかかるが、なんとかBシールドのおかげで耐えきることが出来た。
「助かった管理人!」
『ここでなんとしても終わらせてくれ、ジョシュア!』
「もちろんだ!」
何度も灰燼の試練に抵抗をされながらも、確実に削っていく。しかし相手もただでは終わらない。周囲の柱は着実に増えていき、どんどんと中央の光が増していく。そして、その光は今までとは比べものにならないほどの輝きを放っていた。
このままでは、今まで以上の攻撃が来るだろう。おそらくその攻撃は、この部門を、いやこの施設全体にまで被害を及ぼすかもしれない。ならばそうなる前に決着をつけなくてはいけないだろう。
「なんだこの音色は!?」
「まさかこれは、『T-09-i84』*1の音色か!!」
その時、どこからともなく『T-09-i84』の音色が鳴り響き、俺たちに力をもたらしてくれた。どうやらここに居ない新人たちの誰かが吹いてくれているようだ。
その音色に後押しをされて、最後の気力を振り絞る。そしてついに灰燼の深夜は細く、小さくなっていった。
「はやく、折れやがれ!」
そして、“墓標”を灰燼の深夜に突き立てると、灰燼の深夜に徐々に罅が広がってきて、ついに強大であったそれは、ボロボロと崩れていった。
それと同時に周囲の柱たちも崩れていき、ついに灰燼の深夜を鎮圧したことを実感したのであった。
「やっt「やったぞジョシュア!」たよジョシュ……ア……」
「うおっ、やめろよリッチ!」
珍しくシロの喜び声を聞いたと思ったら、リッチが俺に抱きついてきた。いやいや、男に抱きつかれたも嬉しくないんだが。
「まぁ、なんとかなったな」
シロが変な目で見てくるけど、なんとか皆被害無く終わったことが、今は何よりも嬉しかった。
灰燼の深夜 鎮圧完了
これで ようやく眠れる