「今日も疲れた……」
仕事も終盤に差し掛かり、疲れた体を引き摺りながら廊下を進む。俺のとなりのリッチも同じで、全身から疲れたオーラを漂わせていた。
「くそっ、ロバートのやつが『F-02-i06』*1を逃がさなければ……」
「そういうなよ、お前だって初日から逃がしてたじゃないか」
「だが、あれさえなければ、まだ楽に仕事を終われたじゃないか」
「そうかもしれないけどよ」
二人でふらふらしながら目的地へ向かって歩く。最後の最後に今日新しく入ったアブノーマリティーのところへ向かわなければならないからだ。
「そういえば、今日は珍しく一番手が俺じゃなかったな」
「あぁ、それは今日入ってきたのがいつもとは違うやつだかららしい」
「いつもと違う?」
「あぁ、なんでも今回は道具のアブノーマリティーらしい」
「あぁ、そういうことか」
どうやら今日追加されたのはツール型らしい。そういえばゲームでは四日目に選ぶのはツール型と決まっていたな。
「それで、今から行くやつはどんな奴なんだ」
「『T-09-i97』、話によると使うと疲れを一瞬で吹き飛ばすらしいぞ」
「疲れを吹き飛ばすって、ろくでもない予感しかしないな」
「まあそういうな、使ったルビーはぴんぴんしてるぞ」
「ならいいが……」
会話をしているうちに、『T-09-i97』の収容室の前についた。疲れたから早く終わらせたい……
「とりあえずあけるぞ」
「そうしてくれ……」
ツール型ということで雑に収容室の扉を開ける。さすがにツール型で、開けるだけで殺してくるやつはいない。
俺たちの頭のなかは、早く帰りたいと言う気持ちで一杯だった。疲れた体をシャワーで洗い流し、ベッドに入って寝る。そんな計画を頭のなかで考えていたが、そんなものすぐにどこかへ行ってしまった。
熱気と共にやって来た湯気を不快に思って顔をしかめたが、そんなことどうでもよくなった。木で出来た脱衣場にイスとシャワー、かけ湯に、大きな石に囲まれた温泉。さらには温泉卵に風呂上がりの飲み物までついていた。
そこには、楽園が存在していた。
「おっ」
「おっ」
「「温泉だぁぁぁぁ!!!!」」
俺たちの疲れは吹っ飛んだ。
それからというもの、毎日ではないにせよよく温泉につかるようになっていった。こんな職場であるからか、癒しを求めて職員たちは『T-09-i97』を愛用していた。
「あぁ~、極楽極楽」
「なんだそれ?」
「あー、なんていうか天国みたいだって感じだな」
「なるほど、そういわれると地獄に戻りたくなくなってきたな」
「あー、昨日は忙しくてこれなかったから、体にしみるなぁ~」
「本当だ、もうこいつなしでは生きられないなぁ」
今日も仕事が終わった俺とリッチは、裸の付き合いをしていた。俺もリッチも、もうこいつの虜だった。
「聞いたか? 『T-04-i09』*2にやられたやつが、ここに浸かって助かったんだってよ」
「本当か? 『T-04-i09』といえば、一回食らったらもう助からないって話じゃなかったか?」
「本当だ、気になるならマオにでも聞いてみろ」
『T-09-i97』に浸かりながら、他愛のない話をする。疲れた体を癒すため、しっかり体を浸かる。
「でも、何度も使ったらやばいことになるんだよなぁ」
「確か一日に3回入ったやつが自分から風呂に沈みかけてたんだよな」
「そうそう、マイケルのやつ、最初はみんなで同じ風呂に入るなんて考えられないって言ってたのにな」
「そういう奴ほどはまったらすごいんだな」
噂をすればなんとやら、ちょうど俺たちが話していた人物であるマイケルが入ってきた。彼は手慣れた動きで服を脱いでシャワーを浴び、かけ湯をしてから湯船に入る。
「おいおい、マイケル。もう入ってきて大丈夫なのか?」
「セフィラから許可はとっている。もうこれなしでは生きられない」
「お前が言うと冗談に聞こえないな……」
本当のことを言ったのに睨まれた、おっかねーな。
「そういえば、この前ジョシュアがシロと一緒にこの『T-09-i97』に入ったって話を聞いたことがあるな」
「げっ、どっから漏れた!?」
「ほう……」
しまった、墓穴を掘った。リッチに追及される前にお暇とするか……
「おいジョシュア、何逃げようとしている?」
「いや、そろそろのぼせそうだからな。もう切り上げようと思って」
「そういって逃げようと思っても無駄だぞ、しっかり話は聞かせてもらうからな」
「ふざけるな、お前はもっと長風呂しとけ!」
そういって逃げるように風呂から出て収容室の中から出ていく。リッチがついて来ようとするが、そうなる前に逃げ切るしかないな。
「ふぅ、これでゆっくり入れる……」
しかし、俺たちは重要なところに気が付けなかった。温泉に浮かれていたせいか、のぼせ上ってたのか、あるいは『T-09-i97』に思考を鈍らせる力があったのか……
とにかく、以前に『T-09-i97』で自殺未遂を起こしたマイケルを一人にしてしまったのだから。
ようやくゆっくり入れる
日々の仕事は忙しいが、この時間だけは誰にも邪魔させない
いつ友人が死ぬかわからない、昨日まで笑いあっていた仲間が次の日には物言わぬ肉塊になっている
そんな日々の中に、癒しがあってもいいじゃないか
この場所なら心身ともに疲れを癒すことができるのだから
もう今度は誰にも邪魔させない
俺の意思で決めたことを、他のやつらが邪魔をしていい理由にはならない
全身を沈め、一つになろう
すべての悩みから解放され、俺は真の癒しを手に入れることができる
なぜなら
ようやく地獄の中で天国を見つけたのだから……
T-09-i97『極楽への湯』