「最近シロの距離感がおかしいんだ」
「惚気話ならよそでやってくれ」
リッチに最近の悩みを相談していると、ばっさりと切り捨てられた。ひどいじゃないか、俺にとっては結構な悩みであるのに、リッチにはそうには聞こえなかったらしい。
「いやいや、本当に困っているんだって」
「……はぁ、それでどんな悩みなんだ」
どうやら俺の必死さがようやく伝わったらしい。リッチは呆れながらも俺の話を聞いてくれるようだ。
「最近なぜか距離が近いんだよ、この前一緒にお酒を飲むことになってめっちゃスリスリしてきたし」
「それ以来ボディタッチが多くなってきたというか、物理的に距離が近くなるし、食事の時間とか休憩するときとか業務以外の時間では常に一緒にいるんだ」
「ほう、それは良かったな」
「いやいや、周りからの目が大分辛いんだって!」
俺は必死に大変であることをリッチに訴えるが、リッチはそんなのどこ吹く風と適当に返事をする。さすがにそんな反応をされると結構辛いな。
「それはおいといて、仕事のほうはどうなんだ? やっかいなのばかりがやってきているんだろ?」
「まぁ、『O-01-i37』は確かに作業をするときは面倒だけど、基本的に愛着作業をしていれば大丈夫な気がするな。あとは『T-02-i29』*1と『O-01-i43』*2だけど、『T-02-i29』は自制の低い職員に作業をさせなければ大体は大丈夫だし、『O-01-i43』も愛着作業をしていれば大丈夫だな」
「その前の奴らを忘れてないか?」
「いや、あいつらは一緒に戦ったからわかっているだろう? とにかく新参者たちは気をつけてさえいれば大丈夫さ。後はパンドラが何もしなければ」
話が一区切りついたのでお茶を飲み、そろそろ仕事に戻る準備をする。もう少し愚痴を言いたかったが、相手に聞く気が一切無いようなので残念ながらここまでにしておく。リッチも一緒に準備をしてから立ち上がり、休憩室から退出した。
「さて、次の作業はどこだ?」
「俺は『O-01-i37』だよ、そっちは?」
「俺は『O-01-i33』*3だな、さっさとエネルギーを集めて業務を終了させたいな」
「まったくだよ」
そんな話をしながら中央第一のメインルームにたどり着くと、なぜかしんと静まりかえっていた。メインルームはいつも誰かが居るから、こんなにも静かであることは珍しい。一体どうしたというのだろうか?
「おい、どうしたんだよ」
「ジョシュア、アレを見ろ」
「なっ!?」
リッチが指を差した方を見ると、そこには銀色の髪を持つ美しい少女が立っていた。周りを見れば周囲のオフィサーたちは彼女を見て唖然としている。いつの間に脱走していたのか、もしかしたら脱走と同時にワープしてきたのかもしれない。
その少女は自身の髪を床に突き刺すと、その細い指で軽くなでようとする……
「まずい、全員耳をふさげ!」
俺の声に何人が反応できたのであろうか? 『O-01-i37』が演奏を始めると、その瞬間に周囲の耳をふさいでいなかったオフィサーたちの頭がはじけ飛んだ。それと同時に今更ながら脱走のアナウンスが響き渡り、そのあまりの遅さに憤りを感じた。
『『O-01-i37』が脱走しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
演奏が終わっても『O-01-i37』の髪の毛はふんわりと浮き上がり、そのこすれる音で曲を奏でる。先ほどまでの殺傷能力は無いようだが、それでも驚異であることには変わりは無い。俺は“墓標”を構えてリッチに声をかける。
「こうなったら速攻で終わらせるぞ!」
「わかった!」
二人で接近してお互いのE.G.O.で『O-01-i37』に斬りかかる。すると『O-01-i37』は自身の髪の毛を自在に操り、俺たちの攻撃をガードした。
「なっ、堅い!」
攻撃を防がれたので一旦後ろに下がると、『O-01-i37』の目の前に五線譜が現れる。そして自身の髪を床につきさすと、ギターのようにかき鳴らし始めた。
「まずいっ!!」
五線譜の直線上から急いで離れ、耳をふさぐ。すると五線譜の直線上に大量の音符がすごい勢いで流れていき、衝撃を発しながら壁を通り抜けていく。その直線上にいたオフィサーたちは皆そろって頭を爆発させていた。
「ぐっ、頭が割れる」
ずっと耳をふさいでいても仕方が無いとは言え、手を離せば頭に彼女の曲が響く。本当にこれは短期決戦をするしかなさそうだ。
「ジョシュアさん、助けに来ました!」
すると、“鬼退治”を構えながらメッケンナがメインルームに入ってきた。メッケンナは“鬼退治”で『O-01-i37』に斬りかかるが、髪の毛で防がれてしまう。
その隙を突いて背後から“墓標”で突き刺すと、『O-01-i37』は苦しみもだえだした。それと同時に曲も乱れ、悲しげな曲調に変化する。
「ジョシュアさん、この曲なんですけど、もしかしたら施設全域に響いているかもしれません」
「なんだって!?」
「オフィサーたちや新人たちには耳をふさぐように言ってありますけど、教育部門でも聞こえてきていました。おそらくは他の部門にも聞こえていると思います」
その話が本当ならば、一刻も早く倒した方が良いだろう。耳をふさぐと言っても完全にふさげるわけでは無い。漏れ聞こえる曲でどんどん体も精神も蝕まれていくだろう。このままだと本当にまずい。
「二人とも、なるべく攻撃して隙を作ってくれ!」
「わかりました!」
「うまくやれよ!」
二人がE.G.O.で攻撃をして隙を作りつつ、“墓標”で攻撃を行っていく。さすがに相手もただではやられてくれず、随分と俺を警戒して防御に回っているが、守ってばかりでは俺たちを倒すことは出来ない。
防御の上から少しずつ攻撃を加えて少しでもダメージを与えていっていると、予期せぬ出来事が発生した。
『『O-02-i24』*4が脱走しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
「くそっ、こんな時に!」
どうやらいくつもの死の匂いに誘われて、『O-02-i24』が脱走してしまったようだ。奴は脱走したら職員か脱走したアブノーマリティーを襲い始めるが、今はタイミングが悪い。こっちに来てくれるならましだが両手のふさがっている職員のほうに行ってしまったら大変だ。どうかここに居ないエージェントたちが向かってくれることを祈るしか無い。
しかし、そのアナウンスに気を取られてしまい、『O-01-i37』に反撃の隙を与えてしまった。『O-01-i37』は自分の髪の毛をひときわ大きくならすと、この収容室の全体に音と音符をまき散らした。
「しまった!」
さっきの攻撃でとっさに耳をふさぐことが出来ず、その音色をまともに聞いてしまう。その曲はとても悲しい孤独の音色であった。しかし、その曲に飲まれてしまえば死んでしまうのはこちらだ、なんとか気力を振り絞って曲にとらわれないように気をつける。
「くそが!!」
“墓標”で『O-01-i37』に攻撃をすると、彼女のほほにかすって血が流れる。俺たちと同じ赤い血が流れるのが気分を悪くさせる。本当に、見た目だけは人間の女の子なのだ。
「おうおう、楽しそうなことをしているじゃねぇか!」
そこに、望まぬ客人がやってきた。どうやら『O-02-i24』は一直線にこっちに来たらしい、我々としてはありがたい。
『O-02-i24』は『O-01-i37』に目をつけると、その鋏をならして近づいていく。
「お前がうるさい音を出していた迷惑さんか! いい加減にしやがれ!」
『O-02-i24』が『O-01-i37』に攻撃を仕掛けようとすると、彼女は『O-02-i24』をにらみつけた。そして曲調は激しく低くなり、今までに無い怒気を感じさせた。何が彼女をそこまで怒らせてしまったのだろうか?
「ぐおっ!?」
『O-01-i37』が髪の毛を一撫ですると、彼女の周囲に音符が踊り出し音と共に俺たちと『O-02-i24』を吹き飛ばした。
そしてそのまま『O-02-i24』に詰め寄ったかと思ったら、五線譜で『O-02-i24』を拘束し、自身の前にも五線譜を出現させた。そしてそのまま拘束した『O-02-i24』にむけて、音の濁流を浴びせかける。だがそこはアブノーマリティーを狩ることを生業としている『O-02-i24』だ。なんとか耐えて反撃に移ろうとするが、再び『O-01-i37』が髪を一撫ですることで消し飛ばされてしまった。
「マジかよ……!?」
彼女はそのまま演奏を始める。このままでは俺たちも持たなくなってしまう、なんとかして倒さなければ……
「くそっ、今度こそぶっ倒してやる!」
“墓標”を握りしめて『O-01-i37』に向かっていく。“墓標”による突きは髪の毛で弾かれてしまうが、その隙をついてリッチが“簒奪”で斬りかかる。
『O-01-i37』はなんとかよけようとしてバランスを崩し、メッケンナが“鬼退治”で攻撃をする。“鬼退治”は『O-01-i37』の腹に突き刺さり、彼女が必死になって抜こうとするところで、俺は“墓標”を突き立てた。
「……すまないな」
そのまま“墓標”を『O-01-i37』の胸の中心に突き刺すと、彼女は一瞬目を見開いた。そして最後の最後まで自身の髪の毛で曲を奏でると、事切れる直前に曲を最後まで演奏しきったのだった。
「さて、こうなった原因を探らなければな」
『O-01-i37』を鎮圧し、しばらく回復してからもう一度彼女の収容室に向かう。なぜ彼女が脱走してしまったのか、その原因を確かめるためだ。彼女を作業していた職員からは話を聞いてきた、脱走の条件はある程度わかったため、どこまでなら脱走しないかを確認することになった。
支給されたヘッドホン型の防音装備を身につけて、『O-01-i37』の収容室に入る。
そこには、相変わらず自身の髪の毛で曲を奏でる『O-01-i37』がいた。
彼女は俺に気がつくと、笑顔で手を振ってきた。俺も手を振り返すと、いつもと違う雰囲気であることに気がついた。
もう随分慣れてきたこの感覚に、俺は身を任せることにした。
私にとって、この音楽こそが全てであった
美しい音色、楽しい音色、嬉しい音色、悲しい音色、怒った音色
私は音楽に全てを乗せることが出来た
だけど、周りの全てはとても儚い存在であった
誰も耐えきれないのであれば、一人で弾くしか無かった
だけど例えどれだけ一人で弾いても、聞く人の居ない音楽はむなしいだけだった
だから私は、誰かに聞いて欲しい、私の気持ちを、私の音色を
だから俺は、その旋律に……
耳を傾ける
嬉しいな、嬉しいな
これは私の曲を聴いてくれたお礼だよ
そう言いながら彼女は俺のほほを撫でる
ほほに熱が集まると、彼女は満足げな表情を浮かべて
俺の耳についた装備を取り外した
「なっ、何を!?」
慌てて耳を塞ごうとするが、彼女に手首を掴まれてしまう。
どうにかして耳を塞ごうとするが、そこでふと気付く。
例え手で演奏していなくても曲は流れ続ける。しかし今の俺にはその曲をしっかりと聴くことが出来たのだ。
彼女も俺が気がついたことを察したのか、手を離して演奏を始める。
それはとても美しくて、儚い音楽だった。
「なんだか綺麗な曲だな」
俺の感想に彼女は心底嬉しそうな表情を見せて、旋律を奏でる。
その旋律は、とても嬉しそうだった
O-01-i37 『儚きハーモニクス』 鎮圧完了