「くそっ、傷の治りが遅い!」
「回復リアクターに悪影響が出ているようだ!」
『望まない死を先延ばしにしたところで、その先に何がある』
そのことに気がついたのは、今日の『T-09-i96』*1当番のエージェントだった。
そこには樹木のような機械の残骸が存在しており、苦しむようにのたうち回っていた。そしてアブノーマリティーに作業をした後に、俺たちは異常を再確認する。傷の治りがいつもより明らかに遅いのだ。施設の悪影響で考えられるのはセフィラコア抑制だ。俺たちは一刻も早くコアを抑制しなければならない。
「くそっ、急いで作業をするぞ!」
「了解した!」
『ここでは誰も安全じゃねぇ。お前は違うと思ったか?』
セフィラの戯れ言が聞こえる。頼みの綱である回復リアクターへの悪影響だ、必死になるのもわかるが気をつけなければならない。
ここでは些細な不注意が、死よりも恐ろしい結果を招く。
「ひっ、なんなんだこれは!?」
「なっ、まずい『T-04-i09』*2の特殊能力だ! 怪我をした奴らは全員避難しろ! ぐっ」
『全ての罪悪感を捨てろ、どうせ助からない仲間だ』
どうやらまだ回復しきっていないのに『T-04-i09』の作業室に入った愚か者がいたらしい。体中から植物を生やして助けを求めてくる。
彼を無視して避難誘導をしていると、俺の手の甲からも植物が生えてきた。 ……まずい、どうやら俺も回復が十分ではなかったらしい。手の甲から栄養を吸ってぐんぐんと伸び、成長が止まらない。急いで対応しようとすると横から誰かが俺の手首を綺麗に一太刀で切り取った。
「大丈夫ですかジョシュア先輩! 早く『T-09-i97』*3に!!」
「すまないパンドラ! 助かった!」
どうやら近くに居たパンドラがその手に持っているナイフで手首ごと切り捨てたようだ。俺の体から離れたそれは、手首が枯れるまでぐんぐんと成長していき、毒々しい紫色の大きな花を咲かせた。なんとも気味の悪い植物だ。そうこうしている間にも、俺の手首の断面から新たな植物が生えてきている。いそいで『T-09-i97』へ行かなければならない。
俺は管理人に連絡して『T-09-i97』までの道中に怪我をした奴が来ないように誘導してもらい、急いで『T-09-i97』の収容室まで走って行った。
「くそっ、今度はついに怪我すら治らなくなっちまった!」
「どうしよう、『T-01-i12』*4のチョコレートも効果が無いわ!」
『ここは毎日が悲惨だから、最後くらいは楽しめよ』
どうやらクリフォト暴走がおこって悪影響の範囲が広がり、ついに回復リアクターが停止したようだ。だがかのセフィラ、ネツァクにも良心は残っていたのだろう。クリフォト暴走が起こる度に傷を全回復をしてくれるのは彼の優しさだろう。
「いいから早く作業に戻れ! 傷の浅い奴から作業を行ってエネルギーを集めろ!」
なんとか『T-09-i97』で手を治した俺は、あまりなじみに無い職員たちに指示を出して作業を行う。俺も積極的に動いて早くこんな業務を終わらせてしまいたいものだ。
「はぁ、激務過ぎるだろう」
そう言っている俺も、なるべく危険度クラスの高いアブノーマリティーへ作業を行いにいく。こういうときに一番危険なことをするのは俺たちなのだ。
「なっ、なんだ!?」
そんなときに、そいつは現れた。
玄く巨大な体の亀に白い二体の蛇、そいつは突然現れて、体から黒い霧を放っている。そしてその霧は俺たちの体を蝕み、犯してくる。
「なっ、何だこれは!?」
「い、いや…… 体が水に変わっていく!?」
その霧に蝕まれた職員たちは、体の傷口から血では無く水を流していく。そして体力の低いオフィサーたちから順番に、徐々に体が水に変わっていき溶けてしまった。
「くそっ、皆離れろ!」
「なっ、当たらない!?」
E.G.O.“墓標”を構えてその玄い亀に攻撃を加える。しかし、攻撃しても手応えは無い。まるで水面の月を切るかのように、実体を感じられない。もしかしたらこれは蜃気楼のような物で、攻撃をしても意味が無いのかもしれない。
「くそっ、皆ここから離れろ!」
「わ、わかった!」
まだ無事な職員たちを誘導しながら、生き残りを探す。するとしばらくしてからあの玄い亀はどこかへ消えてしまったようだ。
「……心当たりはあいつしか居ないな」
俺は早速『O-01-i43』*5の収容室へ向かう。おそらくは彼女が関係をしているはずだ。
「さぁ、もう少しだ。頑張れ!」
いくらクリフォト暴走ごとに回復するとは言っても、いつもより傷ついた状態で作業を行わなければならない精神的な負担は、随分大きい。他の職員たちも随分グッタリとしている。
「先輩、大丈夫ですか?」
「タチアナか、お前も大丈夫か?」
「はい、私はあまり危険度クラスが高いアブノーマリティーへの作業を行っていませんので」
『何で俺は今日も目覚めて、やりたくも無い仕事をしなきゃいけない』
少し疲れが顔に出ていたようだ、タチアナに心配をされてしまった。とりあえず大丈夫と答えると、突然それは起こった。
『『O-01-i37』*6が脱走しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
「まずい、耳を塞げ!」
「えっ、えっ、!?」
「もういい、とにかく逃げるぞ!」
さすがに今彼女と戦える状態では無い。俺はタチアナを急いで抱えてこの部屋から離れる。一体どこの誰が失敗したんだ?
『まずいぞ、ナルリョンニャンが『O-01-i37』への作業中にシャットダウン性のパニックを起こした! そのまま『O-01-i37』の収容室のブレーカーを落として脱走させてしまった!』
「なっ、ナルリョンニャンが!?」
『ついでにクリフォト暴走で『F-04-i27』*7や『O-03-i07』*8たちにカウンターがついた。このままだと条件を達成出来なくなる!』
クリフォト暴走を放置すると、脱走だけで無く危険度レベルに応じたエネルギーを消費されてしまう。もう少しだというのにそれが起こっては目標までに終了しない、なんとかしなければ……
『……こうなったら、逃げ切ることを選択する。このままどのアブノーマリティーでも良いから急いで作業を行ってくれ! 後一段階で目標を達成できる!』
「……ナルリョンニャンは?」
『悪いが、これ以上被害が出る前に終わらせる』
「……わかった」
管理人との通信を終えて他の収容室に向かう。こうなったら時間との勝負だ。
「……あの、そろそろおろしてもらっても良いですか?」
「あっ、すまない」
「い、いえ…… 嫌では無かったので……」
すっかり忘れていたが、タチアナを抱えたままであった。彼女をおろしてすぐに作業に取りかかる。すると、他の職員たちにも伝わっていたのかすぐに純化が始まった。
「急いで逃げるぞ!」
「はい!」
純化に巻き込まれないように急いで施設から脱出する。出口を見ると、すでに他のメンバーもついているようだ。ただ一名を除いて。
「あれ、ジョッシュン先輩、ナルナルは?」
「……いや、これで全員だ」
「そんな……」
もはやパニックになった職員は、正常な判断が出来ずにここまでたどり着けない。彼はこのまま取り残されて純化に巻き込まれてしまうだろう。
すると、向こうにナルリョンニャンが見えた。彼は狂気に満ちた目をこちらに向けると、手を振ってきた。それはこっちにおいでと呼んでいるのか、さよならと挨拶をしているのかはわからなかった……