「さて、今日も頑張るとしますか」
「あら、ジョシュアちゃん。元気になったみたいね?」
「あぁ、切り替えていかないといけないからな」
今日も朝食を終えて、さっそく仕事に向かおうとしたその時に、ルビねえに声をかけられた。どうやら心配されていたみたいだが、何とか大丈夫だ。
「それにしても、最近恐ろしいやつばっかり来てるじゃない? 何かの前触れでなければいいのだけれど……」
「やめてくれよ、冗談でもきついぜ」
「それもそうよね、何事も楽観的じゃないとこの施設ではやっていけないものね?」
「そうだな、違いない」
確かに最近強力なアブノーマリティーがよく収容されているように感じる。さすがにここまでくると違和感を感じるようにもなるが、そんなことを考えていても仕方がないよな。それよりもビナーのコア抑制のほうが気がかりだ。
「ジョシュア先輩、ルビねえさん! なんの話をしてるんですか?」
「お前には一生縁のない話だよ」
「ちょ、私だけ仲間外れですか!?」
ルビねえと話していると、今度はパンドラがやってきた。本当にこいつはどこからともなくやってくるな、厄介なことこの上ない。
「それじゃあ私はそろそろお暇するわね」
「おっ、それじゃあ俺も仕事に行くか」
「先輩たちが冷たい……」
パンドラが目元を裾で拭って泣いたふりをしているが、そんなことはもちろん無視をする。そしてパンドラにつかまるよりも早く食堂から抜け出し、今日収容されたアブノーマリティーのところへ向かう。
今日収容されたアブノーマリティーは『O-01-i01』だ。丸と縦棒しかないな!
走ってきたためか、目的地まではすぐにたどり着いた。収容室に入る前に少し息を整えてから、扉に手をかける。いつものようにお祈りをしてから収容室の扉に手をかけると、思い切って扉を開けた。
「……なんか不思議なところだな」
収容室の中はとても静かな場所であった。とても静かで、心が安らぐ。まるで世界で一番安全な場所であるかのように錯覚し、母の体内にでもいるかのようだ。部屋の照明は薄暗く、眠りを妨げないように気を使っているかのようにも感じる。
部屋のいたるところに星が散りばめられており、大きな三日月が見守っている。
そして、世界の喧騒から解き放たれたかのようなこの場所の中心に、たった一つ、ぽつんと置かれているものがある。
それは、宙に浮いた揺り籠だ。この安らかな場所で、音も鳴らさずに静かに揺れている。意識してみなければ、背景と同化して気づくこともできなかっただろう。その揺り籠は、まるでそこにいることが当たり前であるかのように揺れている。
「さて、いったい何がいるのやら?」
なんとなく、音が鳴らないように気を付けて中央の揺り籠に向かって歩いていく。特に何事もなく揺り籠に近づくことができ、よく観察してみる。
その揺り籠は、真っ白でシンプルなつくりのものであった。柄などは一切なく、かざりっけも一つもない。それは中にいる何かを寝かしつけるために、ただただ揺れているのであった。
そして、よく見るとその揺り籠は天井から細い糸のようなもので吊り下げられていた。いや、それだけじゃない。周りの星も、三日月も、ここにあるすべてが天井から吊り下げられている。ここにあるものすべてが、偽物であると物語っているような気もする。
「……うわぁ」
少し躊躇したが、思い切って中身をのぞき込んでみる。すると、その中では透明な膜が何かを包み込んでいた。
それは、人間の胎児に似たなにかであった。それは揺り籠の中で揺られて、心地よさそうに眠っている。時折体を動かすが、膜を破るほど大きくは動かない。
正直、胎児という時点であまりいい思いはしなかった。俺の頭の中にゲームで育児ノイローゼにしてくる胎児が思い浮かんだが、頭を振ってその考えを振り払う。
気を取り直して、もう一度胎児を観察してみる。明らかに普通のサイズよりも大きいが、不自然なほどではないと思う。小さめの赤ん坊くらいの大きさのそれからは、へその緒のようなものは見当たらなかった。薄暗くてよくわからないが、肌の色は白いような気がする。
とりあえず、作業を行うか。寝ているし、静かな作業のほうがいいかな?
「……さて、これでいいだろう」
とりあえず、洞察作業を行って、作業を終了させる。『O-01-i01』は特に何をするでもなく、滞りなく作業を終えることができた。
「今のところは何もなさそうだな、それじゃあそろそろ次の作業に行くか」
今のところは危険なところは見られないので、後で報告をまとめておくことにする。これからの作業のことを考えつつ、『O-01-i01』の収容室から退出した。
「よし、今日も作業を始めるか」
今日も『O-01-i01』の作業を始める。あれから分かったことだが、どうやらこいつの作業を行った後に精神汚染値が回復するようだ。何らかの罠であることを考えると、何度も作業をしていると危険かもしれないので、複数人で何回かに分けて作業をしている。
それでも今のところは問題が起こっていないが、引き続き気を付けて観察していったほうがいいだろう。
今日も揺り籠の中の胎児は、すやすやと眠っている。本当にこいつはいつも寝ている、今まで一度も起きているところを見たことがない。……まぁ、胎児なのだから、起きているほうが不自然ではあるか。
「さて、これで終わりだな」
清掃を終わり、収容室から出る。俺がいなくなった後も、揺り籠の中では赤子がすやすやと眠っていた。
自分がとても弱い存在であることは知っていた
外の世界にずっといれば、いつかは消えてしまうだろう
しかし、ここには優しい人たちがたくさんいた
きっと、ここなら大丈夫だ
外のような危険から、自分を守ってくれる
今日も又、彼らが来る
いつか来るかもしれないその日まで……
この心地よい揺らぎに身を任せよう
O-01-i01 『安らぎの揺り籠』