文化祭まで残り僅かとなり、学園内はお祭りムード一色になりつつある今日この頃、生徒会は日に日に忙しくなってるのだが――
「お嬢様は何処に行かれたのでしょうか?」
――生徒会長である刀奈さんは祭りの雰囲気に釣られて何処かに行ってしまっている。
「まともに作業しないのは本音も一緒ですし、浮かれるのも無理無いと思いますよ?」
各クラス、各クラブの企画書を見た時点で浮かれてた2人が、実際に準備されていく催し物に浮かれてしまうのも仕方ないだろうと思っている。普段なら愚痴の1つでも言う俺だが、今回ばかりは大目に見ようと思っているのだ。
「生徒のトップであるお嬢様が、仕事をほったらかして遊んでるのもいかがなものかと……」
「見回りをしてると思えば良いんですよ。書類整理は苦手みたいですし、時間が掛かってしまいますから、あの2人は文化祭準備において問題が無いか見回ってると思えば仕事をしてるって思えますよ?」
「一夏さんは甘いですね……」
「今回ばかりは甘くなりますよ」
「本当に楽しみにしてますからね……」
虚さんの言う通り、あの2人は日に日にテンションが上がっている。本音に至っては最近の睡眠時間にも影響しているくらい浮かれているのだ。
「当日になれば忙しくなりますし、せめて雰囲気くらいは満喫させてあげましょう」
「当日も遊びに行きそうですけどね……」
「さすがに決められた時間くらいは仕事してくれますよ。きっと……」
生徒会の仕事も本当に大変な時はしっかりとしてくれるし、重要だって刀奈さんも本音も分かってるだろうから当日はちゃんとしてくれるはずだ……
「そう言えば、一夏さんは当日の自由時間は如何するんですか?」
「自由時間ですか?……そんなのあったかな?」
生徒会の仕事とクラスの仕事、どっちかが休憩の時はどっちかが担当だったはずだから、俺に自由時間なんて無かった気がするんだよな……
「もし良かったら一緒に回りませんか?」
「見回りついでなら良いですよ」
「私も見回りを兼ねて見て回るつもりですから」
「ならお願いします」
「2人っきりで、ですか?」
「出来れば2人っきりが良いです!」
「……虚さんとは仕事で一緒が多いですし、他の人にも不思議がられ無いでしょうしね。2人っきりでも怪しまれませんね」
「今回ばかりはその事が良かったと思えます」
「他の時間はきっと刀奈さんと本音と須佐乃男に振り回されるでしょうし、虚さんにはご褒美って感じで付き合いますよ」
「大変そうです……」
簪もきっと引っ張りまわされるか、一緒に引っ張りまわすかのどっちかだろうし、虚さんだけがそのメンバーに対するストッパーになり得る存在なんだろうな……当日の苦労を思い浮かべ、虚さんと俺は同時にため息を吐いた。
「部屋に戻りましょうか……」
「そうですね、仕事も終わりましたし……」
結局刀奈さんと本音は戻ってこなかった。始めから期待はしてなかったが、少しは手伝ってほしいよな……刀奈さんが主のはずだよな、この部屋って……
「あっ、一夏君、虚ちゃん、お帰り~」
「もらったアイス食べる~?」
「試食してほしいって言われました」
「結構美味しいよ」
「はい、お兄ちゃん」
「「………」」
部屋に戻ると全員が集合していた……文化祭の準備で作られたものを大量にもらってきてそれを食べている。べつにそれ自体は問題無い……問題無いのだが――
「いったいどれだけもらってきてるんですか!」
「これ、全部食べるつもりですか?」
――限度ってモノを考えてほしかった。
刀奈さんたちがもらってきた試食品は、この部屋のメンバー全員で食べても多いくらいなのだ。その上、1つ1つがしっかりと作られているので、食べないで捨てるのももったいないのだ。
「おりむ~もおね~ちゃんも固い事言わない~」
「お祭りですし、一夏様も虚様も普段より大目に見てくださいよ」
「ほらほら一夏も虚さんも食べて食べて」
「お兄ちゃん、これ!これが美味しいよ」
「皆くれるのよね~」
刀奈さんや本音は諦めてたが、既に簪もそっち側か……浮かれモードの5人を目の前に、俺と虚さんは軽い目眩と頭痛を覚えた。当日はしっかりと仕事してくれるんだよな……
「おなかいっぱ~い!」
「私も満腹だ~!」
「結構量ありましたね~」
「一夏と虚さんが食べなかったから」
「何でお兄ちゃんと虚さんは食べなかったの?」
「いや、食べたぞ……」
「ええ、食べました……」
一夏君と虚ちゃんは私たちと比べると全然食べてないんだけど、2人は食べたと主張してるのよね~。普段から小食の2人だし、ジャンクフードばっかじゃきつかったかな?
「だらしないな~。おりむ~もおね~ちゃんも当日になったらもっと量多いんだよ~?」
「今日のは試食品だし、本番よりは少な目なのよね」
「明日は一夏が試食を作るんだよね?」
「一夏様の作ったお菓子と一夏様の淹れたお茶でティータイムですね」
「お兄ちゃんのお菓子ってこの前食べたけど、また食べれるなら食べたいな!」
「……日曜にあれだけ食べて、まだ試食するつもりなんですか?」
「……一夏さん、この人たちには常識は通用しませんよ」
「それって酷くない?」
虚ちゃんが私たちを非常識だって言うけど、虚ちゃんだって一夏君の手作りお菓子を沢山食べてたのを知ってるんだよ?
「まあ、クラスメイトには試食してもらってないし、試食分の予算もあるから作るけど、そんなティータイムが出来るくらいは作らないぞ?」
「私と本音様、後マドカさんは同じクラスですから」
「おりむ~の手作りお菓子~!」
「やった~!」
「一夏君、明日だけクラスメイトにならない?」
「……無理言わんでください」
「だって、本音たちだけズルイじゃない!」
「そうだよ!」
「簪まで……」
一夏君に自覚は無いかも知れないけど、一夏君の手作りってだけで付加価値があるんだよ?しかもそのお菓子がかなり美味しいんだから、食べたい人間はいっぱいいるんだから。
「虚さんも何とか言ってくださいよ」
「私も一夏さんのお菓子、食べたいです」
「ああ……虚さん、貴女もですか……」
「一夏君、今度の休みにまた作ってくれない?」
「碧さんも喜ぶよ、きっと」
「あれだけ作るのに、結構体力いるんですよ?」
「一夏様の体力なら問題ないですよね?」
「あのな……」
一夏君は何かを言いかけたが、それをやめて首を振った。一夏君が何かを諦める時にする仕草の1つだ。
「この前みたいに試食の枠を超えない程度でしたら良いですよ……」
「本当!?」
「やったね!」
「さっすがお兄ちゃん!」
「おりむ~のお菓子だ~!」
「一夏様は優しいですね~」
「ありがとうございます、一夏さん」
「喜んでくれるのが、唯一の救いだよ……」
一夏君は小さくつぶやいて部屋を出て行った。何処に行くのか気になったけど、あんまり干渉し過ぎると一夏君も可哀想だから、今回は黙って見送る事にした。
「はぁ!」
「相変わらず幽霊なのか?」
「なっ、一夏!?」
剣道場で1人素振りをしていたら一夏に声を掛けられた。最近は一夏の方からも声を掛けてくれるが、やはり私を呼ぶ時は苗字なのだ。
「1人か?」
「見て分かるだろ」
「クラスの手伝いは兎も角、剣道部も何かするんだろ?」
「一夏には関係無いだろ」
「まあそうだな」
一夏が何を心配してるのか、さすがに私でも分かる。私が人付き合いが苦手なのを知っている一夏は、剣道部で私が浮いた存在だと言う事も知っているのだろう。だから第一声が『幽霊』と言う単語だったのだろう。
「暇なら少し付き合え」
「俺が?……まあ、良いか」
一夏は少し考えて私の誘いを承諾し、壁に立てかけてある竹刀を見定めている。その表情は普段とは違った魅力がある……前までの私なら見とれてたかも知れないが、今はそう言った感情よりも強くなりたいと言う感情の方が上回ってるので冷静に見とれる事が出来る。
「ルールは?」
「篠ノ乃流剣術を使う事だ」
「了解」
一夏は私なんかより数段篠ノ乃流剣術に精通している。短い間だけとは言え、一夏は篠ノ乃流の中でも指折りの強者だ。
「合図は篠ノ乃に任せる」
「分かった」
それだけ言って一夏は集中し始める。既に一夏は自分自身を一振りの刀として合図を待っている。……一夏のヤツ、随分と本気じゃないか。
「始め!」
合図を出し、私は一夏に切りかかる。一夏が本気でくるのなら、私だってそれに応えられるだけの力を出そうじゃないか。
「型通りの剣術じゃ成長は出来ないぞ」
「私はまだ、お前たちの居る領域に足を踏み入れて無いんだ!」
「お前は剣術じゃなくて剣道だもんな」
「剣術だって出来る!」
「誰だってやろうと思えば『出来る』だろうさ。だが、『使える』までは行かないんだ」
「お前たちは『使える』領域まで行き、更に『教える』立場になったんだ」
「剣道としては確かにお前は実力者だろうな。……だが、剣術としては隙だらけだな」
「くっ!」
一夏の軌道についていけず、一発喰らう。篠ノ乃流の軌道を、更に複雑にした一夏の剣……父が命名した(ただし一夏はその事を知らない)一夏の剣技、篠ノ乃流剣技・夏の陣。ちなみに千冬さんのが篠ノ乃流剣技・冬の陣だ。
「もう終わりか?」
「まだまだ!」
一夏の剣技には、必ず1つの同じ技が組み込まれている。
篠ノ乃流剣術、隼
一夏と千冬さんが得意とする技で、剣を高速で鞘から出して剣を振るう技だ。居合いを使う事が多い一夏は、この技を真っ先に会得したのだ。
「考え事か?」
「何故そう思う?」
「剣筋に迷いが見えるからな」
「相変わらず鋭いな!」
心技体、すべてにおいて私より数段上に居る一夏に、私の剣筋に現れている迷いを見抜くなど容易い事なのだ。私がいくら成長しているとは言え、一夏や千冬さんと比べればまだまだなのだ。
「剣筋に迷いが出るようじゃ駄目だな」
「お前や千冬さん以外にはバレ無いぞ」
「一応師範代だからな」
「父さんよりも強いだろうが。お前も千冬さんも」
「実際に戦ってないから知らん」
師範である父、篠ノ乃龍韻より、師範代である千冬さんの方が強い。そしてもう1人の師範代である一夏の方が千冬さんより強いのだ。これはあくまでも一夏たちが篠ノ乃道場に通ってた時の噂話に過ぎないが、今父さんと一夏が戦えば、間違いなく一夏が勝つだろう。
「そろそろ部員が戻ってくるな……」
「もう、そんな時間か?」
「最終下校時間だ」
「なら、如何する?」
「決まってるだろ?」
一夏は不敵な笑みと共にそう言って剣のスピードを更に上げた。一夏の得意とする居合いは間合いを大事とする剣技だが、一夏の場合は自分から間合いを詰めて相手を自分の間合いに入れるのだ。
「グッ!」
「終わりだ」
一夏の居合いのタイミングを計って同じ技を使ったが、一夏の技は止められてからもちゃんと備えがあるのだ。
篠ノ乃流剣技・夏の陣 鳶
隼を基本としてこの技は、同じ隼を使う相手に対抗するために一夏が編み出した技だ。まず剣と剣をぶつけ、その反動で少し体制の崩れた相手に鞘で(今は無いので腕で)攻撃する技だ。剣道なら使えないが、剣術なら自分の身体を使っても問題は無いのだ。
「さて、すっきりしたから俺は帰る」
「やっぱり勝てないか……」
「昔に比べればかなり成長してるぞ」
「私はお前の居る高みに行きたいんだ!」
「そっか……頑張れよ」
それだけ言って一夏は道場から出て行った。相変わらず強いな……
私は部員が帰ってくる前に自分の防具などを片付けてシャワーを浴びて部屋に戻る事にした。今日は負けたが、次はもっと善戦してみせる!
「一夏、何処に行ったのかな?」
「おりむ~の事だからアリーナか道場じゃない~?」
「1人で身体を動かすの、好きだからね」
「一夏様は普段から1人で鍛えてますからね」
「お兄ちゃんは朝早くから運動してるからね」
「一夏さんがしている訓練を全部やろうと思ったら大変ですからね。私たちがしてる量以上に一夏さんは動いてます」
一夏が部屋を出て行ってから結構な時間が経って、私たちは一夏が何処に行ったのか想像しながら一夏の事を話していた。私たちが普段からしている訓練以上に一夏は訓練をしてるし、それ以上に運動をしているのだ。
「一夏様が本気をだせば、大抵のスポーツで世界を狙えますよ」
「水泳とか凄いもんね」
「足も速いからね~」
「跳躍力も人間のレベルじゃないもんね」
「球技も大抵のものならこなすしね」
「スポーツ以外でも凄いですからね、一夏さんは」
もし、ISが無くって一夏が自由に何か出来るってなったら、いったい一夏は何をするんだろう?
「ねえ。一夏がISに関係無い世界で何かをするとしたら、皆は一夏が何をしてると思う?」
私1人で考えても仕方ないので、皆にも考えてもらう事にした。
「一夏君がISに関係無い世界でね~……」
「そうすると私は存在しない訳ですし……」
「私たちも一夏さんと会えなかった訳ですよね……」
「それは嫌だな~」
「そう言った事を考えても意味無いしね……」
「関係はそのままで考えてよ!」
普段は行き過ぎなくらいポジティブなのに、何でこう言った例え話ではネガティブなんだろう……
「プロの料理人」
「凄腕のマネージャー」
「どっかの開発部のトップ」
「経理担当」
「格闘家」
「テンでばらばらだね……」
どれもありそうだし、どれも無さそうな答えばっかだった……一夏ならどれでもなれそうだし、簡単になれるだろうが、どれも一夏が聞いたら怒りそうな答えばっかだった。
「じゃあ簪ちゃんは何だと思うのよ」
「私?……優しい彼氏かな?」
「それじゃあ今と変わらないよ~」
「一夏様は今でも十分優しい彼氏ですよ」
「だって他に思いつかなかったんだもん」
「何を大声で叫んでるんだ。廊下まで聞こえてるぞ」
「あっ一夏さん、お帰りなさい」
私たちが想像で言い争ってたら一夏が帰ってきた。この際だから一夏にも聞いてみよう、もし一夏がISと関係無い世界で生活してたらを。
「ねえ一夏」
「何だ?」
「もし一夏がISと関係無い世界で生活してたら、いったい一夏は何をしてたと思う?」
一夏は少し考えてから諦めた時に良くするため息からの首振りの動作をした。いったい何を諦めたんだろう?
「想像出来ないな」
「何で?」
「俺がISと関係無い世界に居るって事は、『織斑千冬』と関係無いって事と同義だからな」
「そっか……」
一夏の姉(ただし血の繋がりは無いが)、織斑千冬さんはIS業界のトップなのだ。その人と関係がある以上、一夏は絶対にISに関係してしまうのだ。
「もしそんな世界があるのなら、それはISが存在しない世界なんだろうな」
「じゃあ、そんな世界があったとして、一夏は何をしたい?」
「その世界じゃ皆と一緒に居られないな」
「何で?」
「今の状況は、俺が無国籍だから出来る状況で、ISが無かったら俺は日本国籍だ。日本の倫理では、複数の彼女が居たら不埒者、女誑しと言って、世間から寄って集って袋叩きにあるだろうからな」
「そっか……」
「一夏君とみんなが一緒に居られるのはISのおかげなんだね……」
「おりむ~をめぐって血で血を洗う戦いが……」
「本音様って意外とそう言う話好きですよね……」
一夏が言う通り、ISが無かったら私たちと一緒に居る事すら簡単では無くなってしまう……そうなるとISがあったほうが私たちは幸せになれるんだろう。
「IFの話をしてても仕方ないしな」
「一夏君の言う通りだね」
「でも、おりむ~が一緒なら、私たちは世間なんて気にしないよ~」
「そうですね。私も一夏さんと居られるなら気にしないと思います」
「そもそもISが存在しないと、私も存在出来ないんですがね」
「須佐乃男はお兄ちゃんの専用機だもんね」
「でも、たとえ話も偶には良いんじゃない?」
「偶に、ならな……」
一夏は少し疲れたように首を振って自分のベッドに倒れこんだ……普段はこんなに分かり易く疲れを見せる事の無い一夏だが、今日は相当疲れてるんだろうな。
「ねえねえ一夏君、疲れてるならさっさとお風呂に入って寝ちゃえば?」
「そうですね……そうします」
一夏はお姉ちゃんに言われてお風呂に向かおうとしたが、何かを思い出したようにお姉ちゃんに振り返った。
「一応言っておきますが、風呂に突撃なんてしないでくださいね」
「バレてる!?」
「するつもりだったんですね……」
「じゃあ突撃はしないで進入しよう」
「疲れてるんですから、今日は一夏さんを休ませて上げましょうよ」
「さすがにおりむ~が可哀想だよ~」
「何よ~……ちょっとした冗談じゃない」
「冗談だったんですか?」
「当たり前じゃない!」
きっとお姉ちゃんは本当にお風呂に突撃するつもりだった……だけど、皆が否定的だったから誤魔化したんだろうな。さすがにこれ以上一夏に負担を掛ける訳にもいかないからね。
今日だけは一夏を休ませてあげよう。今日だけは……
次回文化祭当日……まで行けるかな?