食堂での一時を終え、私たちはそろそろ移動しなきゃ間に合わないくらいまで時間が迫ってきた。午後は一夏君のクラスは座学だけなのでそこまで心配ではないが、今の一夏君なら満腹で寝ちゃう可能性があるので、それだけは心配なのだ。
「マドカちゃん、須佐乃男、一夏君が寝ちゃわないように見張っててね」
「分かりました。お兄ちゃんが寝たらどうにかして起こします」
「教室内でしたら、脳内会話可能範囲ですので、寝ないように話しかけておきます」
「あれ~?私も同じクラスなんだけど~?」
「本音は当てにならないし、むしろ本音が寝そうだから」
前に一夏君から聞いた話では、織斑先生の授業中に寝てフルパワーで出席簿アタックを喰らったとか。そんな自殺行為とも言える事をやった本音に一夏君のお昼寝の監視を頼むなんて出来る訳が無いのだ。
「大丈夫だよ~!」
「本当かしら?」
「多分駄目でしょうね」
「うん、駄目だろうね」
「楯無様もかんちゃんもおね~ちゃんも酷いな~!」
文句を言っている本音だが、信用されたいのなら普段からしっかりと自分で起きなさいよ。貴女を起こすのにどれだけ苦労してると思ってるのよ。
「それじゃあマドカちゃん、須佐乃男、くれぐれも一夏君をよろしくね」
「任してください!」
「私も、全力で一夏様を寝かせないようにします!」
「頼むわよ」
私は1年エリアまでついていったが、これ以上はさすがについていけないので、念押しをして2年フロアに行く事にした。後ろ髪を引かれる思いってこう言う事なのかな……
楯無様に一夏様を寝かせないように頼まれたのですが、今日は後3時間の座学を受けなくてはいけないのです。先ほどから少し眠そうな一夏様を、この残り3時間寝かせないためにも、私とマドカさんで何とかしなくてはいけません。本音様は既に大あくびで机に突っ伏してますし、一夏様より先に寝そうなのは如何なのでしょう……
「一夏様、寝ちゃ駄目ですよ?」
「がんばる……」
ああ、もう可愛いな!……じゃなくって!既に眠そうに目をこすっている一夏様を見て、ついつい悶えてしまったが、これは非常にまずい事態なのでは無いでしょうか。
「急いでコーヒーを……って、今の一夏様じゃ飲めませんよね」
「須佐乃男、とりあえず落ち着いて。私たちが焦っても仕方ないし、お兄ちゃんなら子供の頃からコーヒー飲んでたから多分平気だよ」
「そうですか、では急いで……」
「貴様ら、さっさと席に着け!」
自動販売機に行こうと続けたかったのですが、私のセリフは教室に入ってきた千冬様に遮られ泣く泣く席に着きました。反抗して殴られるのは嫌ですからね……
「織斑妹、そんなに睨んで何かあるのか?」
「別に……」
マドカさんはタイミング悪く現れた千冬様を睨み、不機嫌さを隠そうともせずに席に着きました。如何やらこの姉妹の問題はまだ片付かないようですね……
「それでは授業を始める……寝ているものはさっさと起きろ!」
「ほえ!?」
本音様……机に突っ伏していた本音様が千冬様の怒号にも似た叫び声で飛び上がりました。やっぱり楯無様の見立ては間違ってなかったようですね……
「私の授業で寝ようとするな。もし寝たらグラウンド30週だ!もちろん例外無くその罰を与えるからな。生徒会所属であっても変わらん!」
千冬様は本音様を見て言っていますが、それはつまり一夏様での例外を認めないと言っている訳で、私としては非常にビクついています。今の一夏様にグラウンドを30週走りきる体力があるのか如何か……そして1人にして所に敵が襲ってきたらひとたまりも無いなと。これは何としても寝かせないようにしなくては!
「(一夏様、寝ちゃ駄目ですよ)」
「?」
「(こっちです……ああ、振り返らないで。頭で会話をするイメージで大丈夫です)」
普段の一夏様なら普通に脳内会話を始められるのですが(授業中に試みたが、一方的に会話を打ち切られるので授業中に話す事は稀だ)、今の一夏様はそのやり方もあやふやのようだったので説明をした。
「(集中して、何とかこの時間だけでも寝ないでください)」
「(わかった~、がんばってみるよ……)」
「(既に駄目そうなんですが……)」
半分寝ているような感じのする一夏様の返答に、私はこの時間だけでどれだけ肝を冷やす思いをしなきゃいけないのか不安になってきました。
「先ほどの実習で感じた生徒も多かったと思うが、実戦経験のあるIS操縦者と、そうでない操縦者では多少で済まないほどの差が生まれる。山田先生は貴様ら生徒相手ならほぼ負ける事の無いほどの実力者だが、やはり実戦経験が無い分その経験が豊富なナターシャ先生には如何しても劣ってしまう。何故だか分かるか?」
織斑先生はクラスをぐるっと見渡し、誰か分からないのかと視線で訴えてくる。名指しで指名されるよりこっちの方が怖いんですが……
「実戦は最悪な場合が起こる分、周りをしっかりと見ていなきゃいけないからですよね」
「そうだな。だが、それだけでは無い。競技としてISに乗っていると忘れがちになる人間が多いが、ISと言うのは人間の命を奪えるものなのだ。先ほどボーデヴィッヒが言った最悪な場合を起こせるものだ。現にISを軍事利用させないための条約があるのはそのためだ。だが、災害救助や紛争地域への派遣など、ISがそれに順ずる場所に行く事はある。その時に無謀にもISに攻撃してくる愚か者共も居るのだ。その時にISが人の命を奪えるものだと言う事を忘れていた場合、如何なると思う?」
千冬様は再びクラスを見回し、今度は答えを期待してる訳では無く考えさせる時間を与えているように感じた。
「救助や救出に来たのに、その対象までも殺しかねない事態になる事だってあるのだ。実戦経験がある者程この事を覚えてなきゃいけないのだ。競技だけの、選手としてのIS乗りとの違いは此処にもあるって事を覚えておけ。そして絶対防御を過信しないようにするんだな。あれがあっても無効化する攻撃も存在する、織斑兄の専用機に積まれている武器の能力にもあるがな」
「僕の?」
「そうだ。お前の専用機……須佐乃男に搭載されている刀、雪月の能力『零落白夜』はバリア無効化攻撃だ。あれは絶対防御すら切り捨てる」
「そうなんだ~」
一夏様は何だか楽しそうな笑みを浮かべましたが、まさかそれで相手を追い詰める妄想でもしてるんですか!?
「普段の織斑兄なら気をつけて使うんだろうが、今のお前にはその攻撃は許可出来ないな」
「なんだ、ざんねん……」
「競技はどちらかが負けを認めればそれで安全が保障されるが、実戦では負けを認めたからと言って助かるとは限らない。それは抵抗を止めた場合でも同じだが」
「つまり、武器を捨てたからと言って助かる訳では無いと言う事ですか?」
「そうだ。実戦では完全に安全が保障される事は少ない。投降したからと言って、必ずしも攻撃されない訳では無く、むしろ必要な情報を聞き出したら殺される事の方が多いかもしれない」
今回は随分と真面目な授業内容なようで、本音様も聞き入っている。これなら一夏様も寝ずに済みそうです。
「ISに関わってる以上、それくらいの覚悟は持ち合わせてるとは思うが、この中に何人が実戦を経験するかは分からない。既に経験してるものも居るが、出来れば実戦など経験せずに済めばそれが一番だろう」
「織斑先生は経験してるんですか?」
「私か?」
相川さんが好奇心を抑えられずに千冬様に質問をしました。皆さんの良く知る千冬様は、モンド・グロッソ連覇の凄腕IS競技者、ですが一夏様が言うには最初のIS実戦経験者らしいのです。
「私はお前たちも知っている通り競技者だが、前に軍で指導してた頃に少しだけ実戦も経験している。実戦経験だけならボーデヴィッヒの方が上だ」
「それでも、織斑教官に勝てるものは我が部隊には居なかったがな」
「さっき言った事を覆すようで悪いが、実戦経験があるからと言って、必ずしも競技者より強い訳では無いからな」
「そうなんですか」
「他の競技でも当てはまる事があるだろう。例えば篠ノ乃は剣道の有段者で実績もある。だが、普段の織斑兄にはまったくもって適わないだろ?」
「ええ……」
「織斑兄は剣道は一応経験者だが、大会に出た訳でも段持ちでも無い。経験だけで言えば篠ノ乃の方が圧倒的に長い」
「ですが、一夏には才能がありましたし……」
「生まれ持った才能も確かにあっただろうが、織斑兄は剣技の練習をしてたからな。篠ノ乃を実戦経験者として、織斑兄はこの場合は競技者だ。実戦を経験したからと言って、その相手に勝てるのかと言えば、当然勝てない。いくら実戦経験を積んだからと言って、競技者の方が実力が上なら勝てる訳無いのだ。先ほどの山田先生とナターシャ先生の場合は実力にそれほど差が無かったため実戦経験が勝敗を分けたが、埋まらない差は当然存在するのだ」
「埋まらない……」
遠まわしに篠ノ乃さんでは一夏様に勝てないと言われ、篠ノ乃さんは落ち込んだように見えました。普段の一夏様に勝てる人なんて居ませんのに、何故落ち込むのでしょう?
「えっと……脱線したがISと言うものを競技用だと思い込むのは止めろ。その油断が大怪我をする原因にも、させる原因にもなると言う事を覚えておけ」
「「「「はい!」」」」
何人かはバツの悪そうに視線を逸らしましたが、その他は概ね千冬様に言われた事を理解したもようです。
「さて、今の話で随分と時間を使ってしまったが、今から本題に入る」
「「「「ええー!」」」」
今のが本題では無かったのですか……千冬様は教科書を開き、それを板書し始めました。これは眠気を誘いますよ……
思いがけず真面目な授業をするアイツを見て、私は少なからず混乱した。あの自分だけがよければそれで良い女が、他人を気遣うような授業をするなんて思わなかったからだ。
「(あの女の本質はどっちなんだろう……)」
クラスを見回した時のアイツの視線は、出来れば誰も怪我してほしくないと言う願いの込められた感じがしたが、私からお兄ちゃんを奪った時の目は、それこそ自己中心の塊のような感じがしてたのだ。
「(分からない……お兄ちゃんは知ってるのかな?)」
長年あの女に騙されてたお兄ちゃんだが、それでも表面上は許しているようなのだ。表面上だと思うのは、私がお兄ちゃんに確認してないからだが、見た限りでは少なからず距離は取っているので、完全には許してないと思う……
お兄ちゃんは人の中身まで見ようとする時があり、その時の目は私をはじめ、彼女たちですら居心地が悪いのだ。
「(自分を――織斑マドカを構成するすべてを見透かされてるような感じがするんだよね、あの視線は……)」
一切の感情を含まない、唯単に向けられる視線に耐えられる人間はどれだけ居るのだろう?
少なくとも私の周りにはそんな胆力の持ち主は存在しないだろう。
私は板書しているあの女の背中を見つめ、如何にかしてあの女の本質を視ようとしたが、その視線に気付かれ当てられてしまった。
「織斑妹、此処は如何したら言いと思う?」
「そうですね……」
私は無難な答えを返し、その答えに満足いったのか再び板書に戻った。別に今のは私じゃ無くっても答えられるだろうが……
結局私には人間の本質を視る力は無い事だけは分かって、この時間は終わった。
「ではこの授業は終わりとする。クラス委員は片付けて……っと、今の織斑兄には無理か。鷹月、織斑兄を手伝ってやれ」
「分かりました」
そう言って教室から出て行ったあの女は、何処か満足そうに笑みを浮かべていた……
思いも寄らない真面目な授業が終わり、私は机に突っ伏した。半分以上理解出来なかったけど、ISが危ないものだって事は理解出来た。
「難しかったね~」
「本音様は同じ様なことを企業で聞かされてるんじゃ無いんですか?」
「いっつも寝てるから~」
「それで良いの?」
「おね~ちゃんが聞いてるからだいじょ~ぶ!」
「「ハァ……」」
「なんだよ~!」
須佐乃男とマドマドに同時にため息を吐かれ、さすがの私も今のままではマズイのかもと思った……思っただけで焦りはしなかったけど。
「おりむ~は分かった?」
旗色が悪い話題から逃げるため、私はおりむ~に話しを振った。
「う~ん……須佐乃男おねえちゃんにあぶないぶきがあるってことはわかった」
「やっぱり分からなかったよね!」
「あとはぜんぶしってたから」
「なに~~!?」
「さすが一夏様」
「本音とは違うね」
小さくなって色々と知らない事もあるだろうおりむ~だが、何故かIS関連の事だけは覚えている事が多いのだ。
「本音おねえちゃんはわからなかったの?」
「ちょっとトイレ……」
「逃がしませんよ?」
「さあ、お兄ちゃんに白状しなさい」
「イジメだ~~!!」
ちっちゃくなったおりむ~にそんな意思は無いだろうと思うが、無邪気な分私の心に深いダメージを与えてきた。そんな目で私を見ないで~……
千冬様の授業の後は、山田先生の授業が続き、何時も通り脱線だらけの授業だったのでそれほど疲れる事も無く今日の授業はすべて終了した。HRが残ってるが、特別何か重要な事でも無い限り参加は自由なのだ。
「それでは、生徒会室に一夏様を連れて行きましょうか」
「今日くらいは良いんじゃ無いかな~?」
「楯無さんから連れて来てってメールが着てるの」
「私には着てないよ~?」
「本音様も連れてくるように言われてますからね」
「言ったら本音が逃げるからって書いてあった」
「それじゃ、私はこれで……」
「逃がさない!」
教室から逃げ出そうとした本音様の前に簪様が立ちはだかりました。楯無様、簪様にも応援要請してたんですね……
「今日は一夏が仕事出来ないだろうから、サボるのは駄目だってお姉ちゃんが言ってたからね」
「わ~ん、皆で私を苛めてるの~!?」
「お仕事頑張ってね?」
「サボると虚様からのありがたいお説教が待っているそうですよ」
「うん、私仕事頑張るね」
「変わり身はやっ!」
虚様に怖さを一番知っているであろう本音様ですし、怒らせたほうが大変だと理解するのにそれほど時間は必要無かったようでした。
「さあおりむ~、生徒会室に向かうのだ~!」
「本音もね?」
「分かってます……」
「本音おねえちゃん、サボっちゃだめだよ?」
「おりむ~にまで言われた!?」
一夏様に言われ、本音様はガックリと項垂れました……信用って大事なんですね。
生徒会室に一夏さんを呼んだのは、此処が一番安全だからであって、それ以外の意味などありません。本当ですよ?
「虚ちゃん、何かおかしな事考えてない?」
「多分気のせいです」
「そうかな……」
「そうですよ」
一夏さんが来るまでの間に、ある程度の書類に目を通しておいたので後は本音とお嬢様の仕事です。私は一夏さんと一緒にそれを監視してれば良いので気が楽ですね。
「きたよ~」
「おね~ちゃん、仕事ってどれくらいあるの~?」
本音が一夏さんと手を繋いで生徒会室に現れました。いや、一夏さんに手を引かれと表現した方が良いかも知れません……本音、逃げようとしたんですね。
「あそこに積まれてる分全部です」
「あんなに~!?」
「一通り目は通しましたので、判子を押す作業と提出場所ごとに分けるだけです」
「本音、諦めて作業しましょう」
「うう~……」
お嬢様は既に覚悟を決めているようで(元々はお嬢様の仕事なのですが)、もう作業に取り掛かってますが、本音の方はまだ始める素振りが見えません。
「本音おねえちゃん」
「な~に、おりむ~?」
そんな本音に一夏さんが袖を引っ張りながら――
「がんばってね」
――と、声援を送りました。
「うん!」
その一言で、本音のやる気は満たされたようで、お嬢様以上のスピードで作業を進めています。
「一夏君、私にも言って!」
「刀奈おねえちゃんもがんばってね」
「任せなさい!」
単純……そう他の人が居れば言ったのかも知れませんが、少なくともこの場に2人を単純だと思う人間は居ませんでした。
「虚おねえちゃんはもうおわったの?」
「え、ええ。私は既に終わらせました」
「そうなんだ~……じゃあそこにすわって?」
「?……こうですか?」
一夏さんに座るように言われ、私は首を傾げながらソファーに座りました。
そしたら――
「!?」
「えへへ~」
――なんと一夏さんが私にキスをしてくれたのです。
これはご褒美なのでしょうか?普段は殆どしてくれない一夏さんが、私に、キスをしてくれたのです。
「「ああー!?」」
「おねえちゃんたちもおわったらしてあげるよ?」
「よし、全速力だ!」
「一夏君にキスをしてもらえるなら、私死んでも良い!」
「しんじゃだめだよ?」
一夏さんにキスをしてもらえると言われ、2人の作業スピードはいまだかつて無いくらい速いものでした。
その間私は、一夏さんにキスされた唇をそっと触って呆けていました。
真面目な授業を書こうと思ったら、なんだか難しい感じになってしまいました。
おかしな点もあるかもしれませんが、実戦そころか競技も殆どしてない人間なのでご容赦ください……