完全下校時間が迫ってる中で、未だに終わりの見えない書類の山を見て私はついついため息を吐いてしまった。
「ハァ……」
「珍しいわね、虚ちゃんがため息なんて」
お嬢様に指摘された通り、普段は人前では単独でため息を吐く事は無い。一夏さんと揃ってと言う事なら結構あるのでしょうが、私だけで吐くのは久しぶりなのだろう。
「一夏君が居なくて寂しいの?」
「それもあるかもしれませんね……」
「他にもあるの?」
お嬢様は他に思い当たる節が無いのでしょうか……
「この仕事の量を見て何も思わないのですか?」
「そうね~……多いとは思うけど」
「それですよ」
「?」
私の発言の意味が分からなかったのでしょう、お嬢様は首を傾げて考えています。その仕草を一夏さんが見てなくて良かったと思ったのは秘密ですが。
「この学園はどれだけ生徒会に仕事をさせるつもりなんですか」
「確かに昼休みの時よりも増えてるわね~」
「しかも期限ギリギリのを回してくるので余計に大変なんですよ!」
「こっちで処理した後に教師の確認が必要な場合もあるからね~」
元々教師の方で処理しなきゃいけない案件も生徒会に回されてくるのだ。教師の確認が必要なのだって、此方では学園の許可を取るのに時間がかかるからなのだ。
「織斑先生や山田先生がうっかり忘れてたものをこっちに持ってきてやらせる事が多いからね……」
「他の人も大概ですよ……」
此処は教師たちの尻拭いをする場所でも、便利屋でも何でも無いのですが……1度文句でも言ってみたいですが、私やお嬢様では織斑先生に太刀打ち出来ませんしね……一夏さんに頼るのも、一夏さんに負担を掛けるみたいで嫌ですしね……
「これ、最終下校時間までに終わらなかったら如何なるの?」
「終わるまで帰れませんね」
「だって学園が帰れって言ってる時間なのに?」
「生徒会には関係無いと言われるのがオチですよ」
「そんな~……」
学園の仕事も任されてるのだ、半ば強制とは言え終わりませんでしたでは済まされないだろう……終わるまで部屋に帰る事は難しいだろう。
「私と虚ちゃんだけじゃ何時終わるか分からないわよ~」
「文句言ってる暇があるのならさっさと終わらせてくださいよ」
「こうなったら!」
お嬢様が携帯を取り出し誰かに電話を掛けている……大体の予想はつきますが、これ以上迷惑をかけるのは如何なんでしょうか……
「もしもし、助けて!」
『何ですかいったい?』
「終わらないの~!」
『サボってた訳では無いんですね?』
「ちゃんとやってたよ~!」
『分かりました。すぐ行きます』
「ありがと~!」
やはり電話の相手は一夏さんだったようで、如何やら助けに来てくれるみたいですね……一夏さんも疲れてるでしょうに、何だかスミマセン……
「一夏君が来てくれれば何とかなるよね?」
「それでもお嬢様が完全下校時間に帰れるかは微妙ですがね」
「それでも居残り時間が減るのは確かだし、一夏君が居れば虚ちゃんも気合が入るでしょ?」
「それはお嬢様も同じでは?」
「否定はしないわね」
一夏さんが居てくれるだけで、それだけで気合は入りますし、一夏さんには日ごろから迷惑掛けっ放しですので、少しでも負担を減らそうと頑張るのは当然ですよ。
勉強会が終わって部屋でくつろいでたら一夏に電話が掛かってきた……如何やらお姉ちゃんからのSOSだったらしく一夏は急いで生徒会室に行ってしまった。
「お兄ちゃんも忙しいね」
「それだけ信頼されてるんでしょうね」
「おりむ~は仕事が出来る男だからね~」
「本音がやらないから一夏がやってるんでしょうが」
「えへへ~」
「「いや、褒められて無いから(ですよ)」」
マドカと須佐乃男が揃って本音にツッコム……如何やって解釈したら褒められたと思えるのだろうか。
「本音も行った方が良いんじゃない?」
「私が行っても戦力にならないよ~」
「それもそうですね」
「でしょ~?」
「本音……それも褒められてないから」
「ほえ?」
須佐乃男の皮肉を皮肉と取れなかった本音は、自分の言った事を肯定されて喜んでいる……純粋なのか阿呆なのか……多分後者かな。
「おりむ~が行けば早く終わるだろうね~」
「でも、虚様が居るのにも関わらず終わらなかった訳ですし、一夏様も当分は戻って来れないでしょうね」
「お兄ちゃん、大変そう……」
「大丈夫だよ~。だっておりむ~だもん!」
「そうだね!お兄ちゃんだもんね!」
「一夏様ですしね!」
「その根拠は何?」
一夏だからと言う理由で納得するほど、私は楽観的にはなれなかった……いくら一夏だからと言って、無理して平気と言う理由にはならないのだから。
「かんちゃんは心配し過ぎだよ~」
「本音たちが心配しなさ過ぎなんでしょ!」
「だってお兄ちゃんの事を心配しても、結局は無駄になる事が多いし……心配なのは心配なんだけどね。でも、お兄ちゃんならって思っちゃうんだよね」
「一夏様が本当に無理をしてたら心配はしますよ、そりゃ。ですが、まだ一夏様には余裕が見えましたし、本当に無理だったら一夏様だって断りますよ」
マドカや須佐乃男の言ってる事も確かに分かる……一夏の事を心配しても無駄になる事が多いのも、一夏だって本当に無理だと思ったら断るだろうって事も分かるのだが、それでも一夏は自分を犠牲にしがちなのだから、少しくらい心配しても無駄だとは思えない、思いたくないのだ。
結局一夏たちが部屋に帰って来たのは最終下校時間を1時間は越えていて、挙句に疲れ果てたお姉ちゃんを一夏がおぶって帰ってきたのだ。
生徒会室に一夏さんが来てくれた時は、確かに嬉しいと思いましたしこれで終わりが見えるとも思いました。ですが、一夏さんが少し疲れてると気付いてからは、一夏さんの事が心配で仕事が手につきませんでした……結果一夏さんに迷惑を掛ける事になってしまったのですが。
疲れ果てたお嬢様を部屋に運んで、私と一夏さんは職員室に任された書類を運んでいます。
「凄い量でしたね」
「一夏さんが来てくれてなかったら、今頃まだ終わって無くてお嬢様が泣き出してたかもですね」
「でも、殆ど昼休みに処理したんですが、こんなに1日で増えるものなんです?」
「普通はありえませんよ……ですが、織斑先生や山田先生をはじめ、職員室内で処理しなきゃいけないものまで生徒会に回されるんです」
「……怒っても良いんじゃないですか?」
「私やお嬢様が怒っても先生方には響きませんので……」
「なら、明日俺から言っておきますよ」
確かに一夏さんから言われれば教師陣も反省するかもしれません。ですが、これ以上一夏さんに迷惑を掛けるのは心苦しいのです。
「如何かしました?」
「えっ?」
「いや、何か思いつめたような顔をしてたので」
顔に出ていたのですか……暗部に身を置く者として、感情が出てしまうのは未熟な証拠なのでしょうね。
「俺の事を心配してるなら大丈夫ですよ」
「え?」
「これくらいでバテるような柔な人間では無いですから」
「でも!」
一夏さんはこれまで相当な苦労をしてきてますし、私たちが結構無理矢理迫ったりして疲れてるでしょうし、さすがの一夏さんでもそろそろ限界が近いのではないのでしょうか……
「説教くらい大した事無いですよ」
「でも、大人相手に説教するとなると、それなりに大変ですよね?」
私は経験ありませんが、目上の人にモノを言うのには結構な精神的疲労を感じるのだ。
「自分でしなきゃいけないものを生徒にさせてる時点で駄目です。しかも期限ギリギリになって思い出してこっちに回すんですから、一切容赦する必要も感じません」
「せめて容赦だけはしてあげてください」
一夏さんが容赦無く怒ったら暫く職員室が機能しなくなりそうですし……ただでさえ一夏さんに怒られたと言うだけで大きなダメージを負う人だって居るでしょうし。
「向こうの反省具合ですね、それは」
一夏さんは誰も居ない職員室に入り、担当の先生のデスクに処理済の書類を置いていく……如何やって鍵を開けたのでしょうか?
「では、俺たちも部屋に帰りましょうか。任されたものは終わらせましたし、これ以上此方には責任は無いでしょうし」
「え、ええ」
一夏さんは職員室から出ると、今度は鍵を掛けました……一夏さんが鍵を持ってるようには見えませんでしたし、如何やって開け閉めしてるのでしょう……少し気になります。
「あの!」
「ん?」
気になったのですが、それを聞く勇気は私にはありませんでした。だから違う事を一夏さんに聞く事にしました。
「お嬢様を生徒会室に連れて来たのは一夏さんですよね」
「俺はメールを送っただけで、生徒会室に来たのは刀奈さんの意思ですよ」
「そのメールが無かったらお嬢様は来ないつもりでしたでしょうし……」
「最初から来るつもりだったら俺は心配しなかったですしね」
「やっぱり生徒会室の様子を見に来てたんですね」
あまりにもタイミングが良いと思ってたんですよね……私が1人で文句言ってたらお嬢様が来たんですから。
「手伝え無い分はしっかりとフォローしようかと思いましてね」
「本当にありがとうございました」
「虚さんにお礼を言われるような事はしてないつもりですが?」
「だって私がブツブツ言ってたのでお嬢様を呼んでくれたんですよね?」
「あの仕事を1人でやれって言う方が無理ですからね。刀奈さんはあれをやる責任がありましたから呼んだんです。虚さんを心配したのもありますがね」
やっぱり一夏さんはしなくても良い苦労を沢山してるんですね……しかもそれを苦労だと思って無いのが凄い……私だったら耐えられないでしょうね。
「ねぇ一夏さん」
「何です?」
「一夏さんってお嬢様の事を呼び捨てにした事があるらしいですね」
「えっ……」
何故知ってるのかと言った感じで一夏さんが固まってしまいました……結構珍しい姿を見られて嬉しいですね。
「前にお嬢様が寝ぼけて言ってましたから」
「あ、あの人は……」
一夏さんは本気で呆れたように頭を抑えて項垂れてしまいました。本当は私が嬉しそうにしてたお嬢様を問い詰めたのですが、それは一夏さんには言わなくて良い事ですしね。
「他の彼女の事も呼び捨てにしてますしね」
「簪と本音と須佐乃男は同学年ですし……」
「碧さんもしてますよね?」
「うぐっ」
「着信音が一夏さんの声ですからね、碧さんは」
前に聞こえた音は一夏さんの声で呼び捨てにされていた碧さんの名前だった……まぁ、色を言っただけなのかもしれませんが、今の反応からして名前だったのでしょう。
「な、何が言いたいんですか?」
「分かってますよね?」
「まぁ一応は……」
一夏さんは歯切れの悪い返答のみで、その後は黙り込んでしまった。これは言わなくてはいけないのだろうか、とでも考えてるのでしょうか。
「えっと、もしかしなくてもそう言う事ですか?」
「抱きしめて頭撫でながらだと更に嬉しいですがね」
「……まぁ人目も無いですし良いですが、携帯の録音機能は止めてください」
「碧さんだけズルイです!」
「あれは俺の記憶が無い時のですから」
「何かあったのですか?」
一夏さんの記憶が無い時って何時でしょうか……最初に小さくなった時の記憶は無いようですが、その時の声では無かったですし、そもそも小さくなった一夏さんは私たちの事をお姉ちゃんと付けて名前で呼んでましたし。
「まぁ、それは良いとして……録音だけは本当に勘弁してください」
「良くないですよ!」
「……記録室に保存されてますので、知りたかったらそれで調べてください」
「何したんですか?」
「ちょっと限界を超えただけです……」
一夏さんが限界を超えた?ちょっとイメージ出来ませんね……いったい誰が何をしたら一夏さんの限界に超えさせる事が出来るのでしょうか。
「それじゃあ詮索はしませんが、録音は諦めませんからね」
「……仕方ないですね」
「では!」
一夏さんは周りを確認して私を抱きしめて頭を撫でてくれました。
「お疲れ様……う、虚」
「はい!」
一夏さんは呼び捨てにする前にちょっと言い淀みましたが、ちゃんと呼び捨てにしてくれました。
「もう1回良いですか?」
「えっ!?」
「1回じゃ満足出来ません!」
「……虚、勘弁してくれよ」
「駄目です。今は私だけを見てください」
「普段は大人しい分、甘え始めると1番たちが悪い……」
「だって普段は我慢してるんですから、甘える時くらいは良いじゃないですか」
「まぁ良いですけど……」
一夏さんは私の頭を撫でながらやれやれと頭を振ってました。普段ならため息を吐くのでしょうが、そんな事をしたら私が口を塞ぐのを分かってたみたいですね。
「そろそろ戻りましょう。あんまりのんびりしてたら誰かが様子を見に来るかもしれませんし」
「もうちょっと!」
「はいはい……」
呆れながらも私の頭を撫で続けてくれているので、私は一夏さんが許してくれる限り甘える事にしました。
一夏君と虚ちゃんが帰ってくるのが遅いと探しに行こうとしたら、丁度帰ってきた。若干虚ちゃんが嬉しそうなのは何でなんだろう……
「遅かったですね」
「職員室の鍵が掛かっててな、開け閉めに時間がかかった」
「なるほど……でも、一夏様なら問題無く出来そうですがね」
「バレ無いようにするのは大変なんだぞ?」
「お兄ちゃんならバレ無いだしょ?」
「油断するのは良く無いからな」
「さすがおりむ~」
一夏君の言ってることは確かに分かるけど……それだと虚ちゃんが照れてるのが説明つかないんだよね。
「疲れた……」
「一夏、お疲れ」
「おりむ~が疲れてるのは珍しいよね~」
「半分は本音の所為じゃないの?」
「残りはお嬢様ですよね」
「そんな事無いよ~」
虚ちゃんに言われて否定したけど、あながち間違ってない気がするのは気のせいだと思いたい……てか私だけじゃないよね?
「刀奈さんだけじゃないですけどね……」
「やっぱり私だけじゃないよね!」
「刀奈さんの所為もありますけどさっきの虚さんの発言で余計疲れた気がしますよ」
「虚ちゃん、何言ったの?」
「先生方が生徒会に仕事を回してきている量が増えてるって言っただけですよ」
「確かに多いよね~」
一夏君にも言っちゃったんだ……職員室にカミナリが落ちるから黙ってたのに……先生たち、これで少しは懲りてくださいね。
「夕飯は如何する?」
「材料はあるけど……」
全員の視線が一夏君に集まる……疲れてる一夏君に頼んで良いものか悩んでるんだけど、代わりに自分が!っと言うほどの実力者は本音くらいだろう……だが、その本音は今日やった問題を復習してるために調理は頼めない。
「作りますよ?」
「でも、一夏さんだって疲れてるんですよね」
「それくらいの体力は残ってます」
「ですが……」
「なら、誰か1人手伝ってください」
一夏君の一言に全員が顔を見合わせる……一夏君が素直に手伝ってほしいと言って来るのは珍しいのだから……
「此処は料理が得意な人の方が良いでしょうね」
「そうなると楯無様ですかね」
「お兄ちゃんに迷惑かけてるみたいだし、此処で少しは恩返ししておいた方が良いですよ」
「そこまで酷くないもん!」
「お姉ちゃんが思って無いだけで、皆酷いと思ってるよ」
「そうなの!?」
全員が一斉に頷き、一夏君は苦笑い気味だった……私って結構一夏君に迷惑をかけてたんだ……少しは反省しよう。
「それじゃあ刀奈さんが手伝ってくれるんですね」
「仕方ないわね~」
口ではこんな事を言ってるが、本心では一夏君と一緒に料理が出来て嬉しいのだ。でも、それを態度に出すとなんか負けた気分になるので出さない事にした……一夏君にはバレてるっぽいけどね。
「それじゃあ作ってる間に須佐乃男とマドカと本音にはこれをやってもらおうか」
「一夏、それは?」
「さっきのテストの出題方法が違うバージョンだ」
「「「ええ~!!」」」
「これが出来れば問題無く明日のテストに挑めるだろう」
「部屋に戻って来てまで勉強したくないよ」
「私もです」
「私もこれ以上は無理だよ~」
「ふむ……」
一夏君は少し何かを考えて3人を見た。いったい何を考えてたのだろうか……
「このテストで8割正解したらデザートに何か作ってやろう」
「「「本当(ですか)!!」」」
「ああ」
「やる!絶対やる!」
「一夏様のデザートが食べられるのならやります!」
「よ~し、やるぞ~!」
一夏君の見せた餌に喰い付いた3人、このテストで8割も取れるなら明日のテストなんて楽勝でしょう……それくらい一夏君の作ったテストは難しいのだ。
「さて刀奈さん、俺たちは夕飯作りを始めましょうか」
「え、ええそうね」
「簪、虚さん、監視と採点お願い出来ます?」
「うん、良いよ」
「分かりました」
「2人にもデザート作っときますから」
「ねえねえ一夏君、私には?」
おばか3人は8割正解したら、簪ちゃんと虚ちゃんは無条件で、なら私は如何なのだろうか。
「刀奈さんは一緒に作るんですよ」
「私も食べたい~!」
「だから作りますってば」
「やった!」
それなら張り切っちゃうわよ~!
私はあまり無い力瘤を作って見せ、一夏君とキッチンに向かった。
次回試験開始、本音と須佐乃男はおやつを守れるのか……