さっきの声、あれは間違い無く聞こえたんだ。だが、周りには聞こえてなかったから幻聴だと言ったのだが、やはり打鉄の……いや、あの子の声だったのだろう。
「(だがそうなると疑問が出てくる……俺は須佐乃男以外のISは使えないし、俺には反応しないはずなんだ)」
だが、さっき触った時には確かに『俺』に反応して声を掛けて来た……前に触った時はまったくの無反応だったのに、何故今日になって反応したのだろうか。
「(束さんなら何か分かるか……いや、あの人の事だから、分かってももったいぶって教えてくれないだろうな)」
あまつさえ条件とか出してきそうだし……あの人の出す条件は面倒なうえに精神的にダメージを負う事が多いからな。
「(そうなると自分で解決しなければいけなくなる訳で……昼休みは潰れたな)」
頭の中でスケジュールを組み、回せるものを放課後に回しても時間が足りない……長期戦覚悟で調べるとするか。
織斑君がジッと私を見ている。いや、ひょっとしたらこの打鉄の事を見ているのかもしれない。でもそれは同じ事だと思っている。だって私は今打鉄の一部だし、打鉄は私の一部になっているのだから。
「空を飛ぶってこんなに気持ち良かったんだ」
普段はフラフラと安定しない飛行ばっかだったので、私は空を飛ぶと言う行為が好きじゃなかった。でも、今日は安定していて、それでいて自由に移動も上り下りも出来るのでとっても楽しいのだ。授業中に楽しいって思えるなんて思って無かったのに。
「日下部さん、そろそろ降りて来てくださいまし」
「分かった」
グループ長のオルコットさんにオープンチャネルで呼ばれ、私は地上に降りる事にした。何時までも飛んでいたかったけど、今は授業中でこの打鉄は交代で使っているのだ。私1人が何時までも使える訳では無いのだ。
「いきなり上手くなりましたわね」
「違う、この子が協力してくれたから」
「一夏さんも言ってましたが、本当にISが協力してくれるなんてありえるのでしょうか?」
オルコットさんは自分の専用機を展開して、その専用機と意思疎通を図ろうとしているが、出来ずに終わった……私だって織斑君が手伝ってくれなければあの子と協力は出来なかっただろうな。
「グヌヌ……とりあえず次の人、歩行から飛行までの一通りの動作をやってくださいまし」
オルコットさんは意思疎通が出来なかった事で歯噛みしているようだが、それでも任された事を忘れてないのは立派だと思う。
「あれ、そう言えば織斑君は?」
お礼を言おうと思ったのに、既に織斑君の姿はこのグループの傍には無かった。教員代行だから1箇所に止まれないのは分かるけど、せめてお礼を言ってからでも良いじゃないか……
「一夏さんならマドカさんのグループを見に行きましてよ」
「そっか……」
さすがに授業中に、しかも実習中に他のグループに交ざる訳にもいかないし、そんな事したら織斑君に怒られちゃうよね……
「お礼は授業が終わってからかな……」
「何か言いまして?」
「ううん、何でも無いです」
オルコットさんに睨まれて(?)私は慌てて両手を振った……クラスメイトなのにいまだに上手く話せないな、オルコットさんだけでは無いけど……
先ほどから兄上が首を傾げながらアッチへ入ったりコッチへ入ったりと動いている。別に教官役なのだからどっしりと1箇所に止まっていればいいものを、兄上はそれを善しとしないお方なのだろ。各グループを見て周り、分からない所があれば長と一緒にしっかりと指導している……あれで私と同い年だと言うのだから、やはり兄上は偉大な男なのだろうな。
「ボーデヴィッヒさん、何か問題はありませんか?」
「今のところ問題無い。あったとしても些細な事だ」
「そう、もし何かあったら私でも一夏君でもどっちでも良いから頼ってね」
「分かった」
兄上ともう1人、此方は元アメリカ軍に所属していた女性だが、今は色々あって教官と兄上の計らいでこの学園で教師をしているナターシャ・ファイルスと言ったか、その人が見回りをしているのだ。私の敬愛する織斑教官は、訳あってこの時間の実習には参加出来ないようだが、その訳は兄上に関係してるらしいのだ。
「(教官すら凌駕する兄上の本気、何時かは見てみたいものだ)」
先ほどの授業で怒られはしたが、あれはまだまだ本気では無いと教官と兄上の妹を名乗る女が言ってたし、本音のヤツも本気の兄上はあんなものでは無いと言っていた……いったい本気の兄上は如何やったら見られるのだろうか。
「良し、それでは次は急降下と完全停止の練習を行う!」
考えてても仕方ないので、私は任された事をこなす事にした。もしサボってると判断されたら、私だけでは無く全員の評価が下がってしまうので仕方なくだが……
一夏君がフォローしてくれているので、恙なく授業を進める事が出来ていると思っている。本当に生徒なのだろうかと疑いたくなるくらい、一夏君は教え方も進め方も上手いのだ。
「ナターシャ先生、そちらは特に問題無いですか?」
「ええ、大丈夫ね。一夏君の方は……?」
まだ聞き終わって無いのに、一夏君は私の事を見ている……目を細めてるので、見ているって表現よりは睨んでるって言った方が正しいのかもしれないけど。
「如何かしたの?」
「さっきも言いましたが、一応授業中なので苗字で呼んでください」
「硬い事言わないの、今は他に生徒も居ないんだからさ」
「……コッチも特に問題は無いです」
「そう、良かった」
一夏君は言っても無駄だと判断したのだろう、私が変えるつもりは無いと言外に言うと諦めてくれた。
「そう言えば一夏君、ISの声が聞こえたのって本当なのかな?」
「さぁ、この後調べるつもりなのですが……」
「何か手伝う事はある?」
「そうですね……ナターシャ先生が午後の座学を担当してくれれば良いんですが」
「あ、あはは……それは無理ね」
私は教科書に書かれてる事を教えるのがもの凄く下手なのだ……此処に来た時に本来なら座学を担当してほしいと言われてたのだが、デモンストレーションで一夏君相手に授業したら周りの人が一斉にため息を吐いたほど、私の授業は酷かったのだ。
「なので特に手伝ってもらえる事は無いですかね」
「あはは……面目ないです」
「あの馬鹿共に比べれば十分面目は保たれてると思いますがね」
「馬鹿共って……一夏君って結構辛辣だよね」
姉である――義理の姉だが――織斑先生や年上の山田先生に対しても臆すること無く堂々と目の前で馬鹿と言い切るほど、一夏君ははっきりと物事を言えるのだ。それは美点であると同時に、嘘が下手だと言う欠点にも繋がるのだが……
「兎に角、今は授業に集中しなければ。問題が起こる可能性は低いですが、ゼロでは無いんですから」
「専用機持ちの子たちもしっかり見てるし、私たちはそこまで身構えなくても大丈夫だよ」
「……そうだと良いのですが」
一夏君は不安そうに遠くを……布仏さんが長をしているグループを見ている。確かに布仏さんはいざと言う時に頼り無さそうだけど、信じてあげないと可哀想じゃない……それが彼女であるのなら尚更。
おりむ~が遠くから見ているのが分かる。その視線は間違っても色ボケした視線では無く、真剣そのものだ。おりむ~がそう言った視線を向けてくる時、必ずと言っても良いほどに何か問題が起こる……しかも結構重大な問題がだ。
「(おりむ~に信頼されて無い訳ではないんだろうけど、おりむ~は心配性だからな~)」
私が何か問題が起こっても対処出来ないとでも思われてるのだろうか……そんな事無いもん!対処出来るもん!!……っと心の中で文句を言ってみたが、実績を考えるとおりむ~が心配するのも無理は無いと私自身も思っちゃうもんね。
「布仏さ~ん、何か打鉄の調子がおかしいんだけど」
「ほえ~?」
学園の訓練機は定期的にメンテナンスを受けてるから、そんなおかしいと気付けるくらいまでおかしいのは珍しいじゃなかったっけ?
「何処がおかしいの~?」
「スラスターかな……何か飛行してる時に違和感を感じるんだけど」
「う~ん……困ったね~」
私は整備科希望だが、今はまだ専門の知識は他の人と比べても大差無いくらいしか持ってないから、内部の異常だと私では対処出来ないよ~。
「何かあったのか?」
「おりむ~、大変なんだよ~」
顔を見なくても声だけで誰だか判別出来るのだ、私がおりむ~の彼女だから……とかでは無く、単純にこの場に居る人の中で、男の人の声なのはおりむ~だけだからなのだ。
「大変なのは何となく分かったが、いったい何が大変なんだよ」
「えっとね~、んっとね~……兎に角大変なんだよ~!」
「……説明してもらっても良いかな?」
「うん……あのね」
おりむ~は私では無くISの異変に気が付いた子に説明を求めた……私の説明では不足だと言うのだろうか、ちょっと頭にくるぞ!
「おりむ~!」
「何だ、今立て込んでるんで後にしてくれ」
「分かった~……じゃなくって!」
「何だよ?」
危うく乗せられるところだったけど、そんな簡単に私の怒りは鎮まらないぞ!
「私が説明したのに、何で他の子に聞くんだよ~!」
「お前が何時説明したって言うんだ」
「大変だって説明したじゃないか!」
「……それを説明だと認める人間はこの世の何処にも存在しないぞ」
「ほえ?」
だって大変なのには変わり無いんだし、手短にすると大変って事なんだから説明してるじゃないか~!
「兎に角、本音は整備室に行って工具一式をもって来い。後、ついでに違う打鉄も」
「訓練機を使うには色々と手続きが必要なんでしょ~?」
「緊急時だ、それに手続きなんて後で如何とでもなる」
「了解なのだ~!」
おりむ~が責任を取ってくれるのなら、私は何だってしちゃうのだ~。だって自分で責任を負わなくて良いのなら、何やったって怒られるのは私では無いのだから。
本音のグループを心配しながら見ていたら、案の定問題が発生した……これは俺の勘の良さを褒めれば良いのか、それとも俺の運の悪さを嘆けだ良いのか。兎に角クラスメイトを打鉄から降ろして軽くチェックする事にした。
「異変はスラスターだけか?」
「私が感じられるくらいだから、結構ヤバイかもね。後は特に気付かなかったよ」
「そうか……」
この打鉄はつい此間定期メンテナンスしたはずだが……まさか見落としって事は無いだろうし誰かが細工を……いや、でも俺は打鉄には乗らないのだし、亡国企業が細工するメリットが無いよな。
「おりむ~、持ってきたよ~!」
「おぅ、ありが……とう?」
振り向きざまに、俺はお礼の言葉を中断した、そして疑問系で残りを繋いだ。今の本音の姿を見て、素直にお礼を言って良いものか如何か考えたからだ。
「本音、確かに俺は工具一式と新しい打鉄をもって来いと言ったが」
「だから持ってきたよ~」
「何で工具をそんなに沢山持ってくるんだ」
「だって一式って」
「それはその中の1つだ!何で『工具置き場』ごと持って来るんだ!」
「ほえ?」
工具箱だけ持ってくれば事足りたのに、本音はあろう事か工具置き場ごと持ってきたのだ。ISに乗っているから出来た芸当だろうが、これはさすがに馬鹿を通り越して無知と表現するしか無いくらいの失態だ。
「兎に角、コレだけで良いから後は戻して来い!」
「は~い……」
ガックリと肩を落としながら打鉄に乗って工具置き場を元の場所に戻しに行った本音、肩を落としたいのはコッチだよ、まったく。
「布仏さんって、結構豪快なのかな?」
「それとも大雑把?」
「……ただの阿呆だ」
クラスメイトが良い方に評価しようとしてたので、俺はバッサリと最低の評価を下した。あれはフォローしよう無いくらいの阿呆だ。
問題が起こったのは何となく遠目で分かったけど、私は一夏君ほど素早く行動する事が出来なかった。万が一の事態が起こったとしても、一夏君が何とかしてくれると心の何処かで思っていたからだろう……私は教師で一夏君は生徒なのに、心の何処かで責任を一夏君に背負わせてたんだ。
「今からでも行って確認しなきゃ!」
非常に今更だろうけど、私だって確認しておかなければいけない事だろうし、一夏君1人で解決出来る確証だって無いのだ。
「一夏君、何が起こったの?」
「整備ミス……でしょうか、スラスターに異常が見られますね」
「本当!?」
この学園は信用出来る業者にメンテナンスを任せてるのに、そんな事起こるものだろうか?
「誰かが弄ったのか、それとも業者のミスなのかは、この際置いておくとして」
「それは置いておけないくらい重要な事だよ!」
「……此処で議論して結論が出ないので『一先ず』置いておくんです」
「あっ!」
一夏君は別にこの事態を放って置く訳では無く、優先順位をつけて物事を解決しようとしてるだけだったのだ……そんな事も出来ない私って、やっぱり教師に向いてないのだろうか。
「とりあえず工具はあるので俺が直しときますが、写真を撮っておいた方が良さそうですね。後で証拠となるものが無いと、賠償してもらえませんから」
「抜かりなく撮ってありますよ、一夏様」
「……須佐乃男、何時の間にそこに?」
「私は最初から此処に居ましたが?」
「そうなんだ……」
一夏君が腹黒い考えを披露してすぐ、その背後から須佐乃男が現れた。一夏君以外は驚いているが、一夏君は当たり前のように作業を進めている。
「写真は後で現像して職員室に持って行くから」
「お任せあれ」
「じゃあ他の人は、本音が戻って来次第実習を再開してくれ」
「分かった」
「織斑君、頑張ってね!」
布仏さんのグループの子たちは、自分たちが危険な目に遭うかもしれなかったのに既に終わったかのような雰囲気を醸し出している……確かに一夏君に任せておけば解決まではそう時間は要らないだろう。だけど、まだ終わってない、むしろ何も始まってすら無いのに、一夏君以外はその事に無関心だった。
「さてと、そう言う事ですのでナターシャ先生」
「な、何?」
「実習の監視は1人で頼みます」
「う、うん……分かったわ」
そう言って一夏君は打鉄を隅っこに運んでいく……一夏君は須佐乃男以外のISを使えないので、須佐乃男を纏って移動させていた。
周りに人が居なくなり、俺は思ってた事を須佐乃男に話し相談する事にした。あんな事を関係無い人に聞かせる訳には行かなかったし、言った所で意味が分からないのがオチだっただろうからな。
「須佐乃男、これは何が目的だと思う?」
「そうですね……単なる事故と判断するのは早計でしょうし、かと言って誰かの目論見だと言い切るのもまた早計だと思いますよ」
「だな……とりあえず修理しとくか」
「一夏様、何時の間にISの修理なんて出来るようになったんですか?」
何だ、知らなかったのか。
「俺は元々修理も整備も自分で出来るんだが」
「……じゃあ何故私は定期的に外部の方にメンテナンスされてるのでしょうか?」
何故って言われてもな……そんな事は決まってるじゃないか。
「面倒だからだ」
「ご自分の専用機なんですから、面倒くさがらずにご自分でメンテナンスしてくださいよ!」
「だってお前を展開するのに結構な労力が必要なんだぞ」
「……何時も何の苦労も無く展開してるじゃ無いですか」
「……さて、故障では無さそうだな」
「話を逸らさないでください!」
須佐乃男の罵声をBGMにしながら、俺は打鉄の装甲に手をやった。直すにしてもまずは全体のチェックをしておかなければ、別の箇所にも問題があるかもしれないからな。
「?」
「大体一夏様は……って、如何かしましたか?」
「いや、また声が……」
確かに聞こえる……これはやはり打鉄の声なのだろうか?
「私には聞こえませんが、一夏様はやはり全てのISと意思疎通が可能なのでしょうね」
「全てって、大げさだろ。偶々聞こえただけかもしれないだろ」
「偶々でISの声を聞ける人間は存在しませんよ。第一、生みの親である束様ですらISの声は聞けないんですから」
「……お前が聞いてるのを俺の頭に流してる訳では無さそうだな」
「だって私には聞こえませんもの」
「IS同士なのにか?」
「元々の生まれが違いますから」
「生まれ?」
「おっと、失言でしたね」
何か隠してるのだろうが、どうせ訓練機用のコアと束さんが作ったコアとの違いってだけだろうし、重要な事ならとっくに言ってるだろうから今此処で追及するのは止めておこう。
精神を集中して、打鉄の声を聞く……何でか怒ってるような声が聞こえたが、これは俺に対してでは無く須佐乃男に対して怒ってるようだ。やはりさっきの発言は差別的な内容だったのだろうな。
「おい須佐乃男、打鉄が怒ってるんだが?」
「だから『失言』だって言ったじゃないですか」
「やっぱりそう言った意味だったんだな」
「一夏様はお見通しでしたか」
須佐乃男の差別発言を謝り、俺は打鉄に事情を聞く事にした。生徒が原因でも、業者の見落としだろうと、はたまた亡国企業の細工だとしても、この子に聞けば全て分かるのだから。
次回、何で一夏がISの声が聞こえるようになったのかを書きたいと思います