引き受けてくれるか如何か微妙だったけど、言ってみるものなんだなぁ……織斑君に部屋の掃除を頼んだら、引き受けてくれる事になったのだ。
「そもそも先生たちの部屋に、俺がお邪魔しても平気なんですか?」
「何で?」
「いや、だって女性専用じゃ……」
「何を今更。一夏君が生活してる場所だって女子寮なんだよ?」
「それは……そうなんですが……」
織斑君はそう言う事を言いたかったんじゃ無いと思う。私もナターシャ先生も男性を部屋に連れ込むなんて事を経験した事が無いので、そう言った意味での『女性専用』かもしれないのだ。
「織斑君って自分たちが生活してる部屋以外に入った事はあるんですか?」
「尋ねた事はありますが、さすがに中までは入ってないですね」
「尋ねたって凰さん?」
「いや、静寂の部屋を」
「へぇ~」
それは以外だった。織斑君との付き合いの長さだけで考えれば、ここは凰さんだと思うのは当然だったし、答えもそうだろうと思っていた。だけど織斑君は鷹月さんの部屋だと答えた。それを聞くと、鷹月さんのルームメイトは誰だったかを思い出した。
「ひょっとして篠ノ乃さんに用事だったんですか?」
「篠ノ乃?……いや、違いますよ」
「今の間は何?」
少し考える素振りを見せた織斑君に、ナターシャ先生がツッコミを入れる。確かに答えるまでに少し間があったけど、そこまで気にするほどの間でも無かったような気がするんですがね。
「何で篠ノ乃の名前が出てきたのか分からなかったもので」
「だって鷹月さんのルームメイトって篠ノ乃さんなんでしょ?」
「それを忘れてました」
「一夏君でも物忘れがあるんだね」
「……ナターシャさんが俺を如何見てるかが何となく分かりましたよ」
「別にそんなに酷いようには見てないわよ」
「織斑君は普段から物覚えが良いから、余計に珍しいと思っただけだと思いますけど」
ナターシャ先生の言った通り、織斑君でも物忘れをする事があるのかと私も驚いたので、ナターシャ先生のフォローをする事になった。別に頼まれたからでは無く、驚いたのは私も同じなので、何となくフォローしなきゃいけない感じを覚えたからだった。
「あまり重要じゃ無い事は何時までも覚えておく必要は無いと思うんですが」
「重要じゃ無いって……篠ノ乃さんが聞いたら怒るよ?」
「本人目の前にして言う訳無いじゃないですか」
「確かに……」
私たちが口を滑らさない限り、今の織斑君の発言が篠ノ乃さんの耳に入る事は無い。織斑君だって色々あるのだから、これ以上問題になりそうな事を増やすヘマはしないだろう。
「さて、まずはどっちの部屋から片付けます?」
「えっ?……あぁ、もう部屋に着いたんだ」
「自分が生活してる場所でしょうが……」
「普段は話しながら此処に来るって事が無いですからね。何時の間に着いたんでしょうか」
「……もう少し自分の生活空間に愛着を持ってくださいよ」
生活空間と言われても、此処最近はお風呂に入って寝るだけの場所でしたし、仕事が立て込んで帰れない日も多々ありますし、愛着を持てるほど此処で生活してないんですよね……
「とりあえず山田先生からで」
「ナターシャ先生?」
何故私の部屋からなのかちょっと理由が分からない……別に千冬さんほど散らかしてる訳でも、片付けられない訳でも無いんですけど。
「それじゃあ山田先生の部屋から片付けますけど、それで良いですか?」
「私は別に……」
「それじゃあお邪魔しますね」
「あっ、今鍵開けます」
まさか自分の部屋に異性を連れ込む事になるなんてなぁ……その相手が教え子だなんて思っても見なかったですよ……だって私は女子高の先生なんですから。
「うわぁ……」
「結構散らかってますね」
「た、偶々ですよ」
そう言えば最近部屋の掃除をする暇も無いくらい忙しかったし、しかも特別指導室に入れられてたから帰って来てすら居なかったんだっけ……最後に掃除したのが思い出せないくらい掃除してないです……
「とりあえず換気!」
「は、はい!」
織斑君に言われて、私は洗濯物やゴミを蹴散らして窓に向かいました。掃除をする前にこんな思いをさせてしまって申し訳無い気持ちでいっぱいになりますよ……
「千冬姉と付き合えるだけはありますね……」
「あそこまで汚く無いですよ!」
「この部屋の汚さでそれが言えるの?」
「そっか、ナターシャさんは見た事無いんでしたっけ……あの人が本気で散らかしたら並の人間では耐えられないゴミ屋敷が出来上がりますよ」
「本気で散らかすって……そもそもそんな事に本気を出す訳無いでしょ?」
「あの人なら意思に関係無く散らかしますから」
「そうなんだ……」
長年千冬さんの部屋や散らかしたリビングなどを片付けてきたであろう織斑君が言うと、説得力が違いますね。確かに千冬さんが数日生活しただけで、その部屋は腐海と化すだろう。それくらい千冬さんにはその空間を散らかす能力があるのだ。その事を本人に言ったら「そんな能力はほしくなかった!」とでも言われるのだろうが、周りから見れば望んで手に入れたのではないかと思える程なのだ。
そんな事を思っていたら既に織斑君が私の部屋の掃除に取り掛かっていた。ゴミをまず集めて袋に入れている。その作業はとても早く、そして正確だった。
「山田先生、これって要るんですか?」
「それは!?」
「山田先生でもこう言うの見るんだね」
「ち、違いますよ!」
「要らないんですか?」
「えっと……」
織斑君が手にしているのは、所謂BL小説……興味本位で買ったのが失敗で、のめり込んでしまったのだ。
「大量にあるようなので、要らないんなら縛って資源ゴミの日にでも出しちゃますけど」
「ほほぅ、山田先生は腐女子だったんですね~」
「違います!」
「そんな事言われても、説得力皆無ですよ~」
ナターシャ先生にからかわれ、私は必死になってナターシャ先生を追いかけました。だけどナターシャ先生の方が運動神経も反射神経も私より良いので、捕まえる事はおろか、追いつく事すら出来なかったのでした……
「……婦女子?」
「違うよ一夏君、腐女子だよ」
「造語か何かですか?」
「織斑君は知らなくて良い事です!」
「は、はぁ……」
私の剣幕に驚いたのか、それ以上織斑君が詮索してくる事はありませんでした。そんな事よりも何でこんなものを散らかしたまま織斑君を部屋に入れてしまったんだろうと後悔が押し寄せてきた……私の馬鹿!
「洗濯機は何処ですか?」
「部屋の外ですけど……何でですか?」
掃除機ならまだしも、何で今洗濯機の場所を尋ねられたのかイマイチ理解していなかった。聞かれてから織斑君の方を見ると、そこには大量の衣服を持った織斑君が居た……って、それは私の服じゃないですか!
「あまり洗濯してあるようには見えなかったので……」
「あうぅ……」
確かに此処最近は忙しくて洗濯をした記憶がありませんが、部屋にある服全部が汚い訳では無いんですよ!
私は言い訳をしたい気持ちに駆られたが、そんな事をしても今更だし、織斑君は別に気にした様子も無いのでそんな事はしなかった……それにしても普通異性の下着を手にするのって抵抗あるものだと思うんですが、織斑君は平然とした顔をしてますねぇ……慣れって怖いですね。
「とりあえずこれは洗濯するとして、後はキッチンの整理と掃除機をかけて終わりですかね」
「一夏君、この本の山は如何するんだい?」
「それは山田先生の判断に任せます。俺には如何する事も出来ませんから」
「そうだよね~、一夏君には分からない世界のものだもんね~」
そう言ってナターシャ先生は、ニヤニヤと笑いながら私の方に振り向きました。あの顔を殴りたい気持ちはあるのですが、そんな度胸も捕まえられる自信も無いので諦めました……千冬さんでも知らない私の秘密を知られてしまったのがとても悔しいです!
「これはまだ大丈夫……これは駄目……」
織斑君は私たちの攻防など興味が無いようで、冷蔵庫の整理を始めていました。普通なら他人の冷蔵庫を開けるのって勇気が要る事だと思うんですが、織斑君にはそう言った抵抗が無いようで、ただ整理をするって感覚で冷蔵庫を開けていました。
「早くしないと一夏君に中身を見られちゃうよ~」
「ナターシャ先生の部屋に行った時、覚悟しててください」
「私は見られて困るような物は置いてないもん」
「ぐぎぎ……」
「山田先生、これって捨てても良いんですか?」
織斑君の手には大量の調味料、お弁当やお惣菜などを買ったときについてくる小分けの袋だ。一人暮らしをしているとこう言ったものが溜まるのだ。いつか使うだろうと思って取っておくのだが、結局次ももらってきてしまうし、もらわなくても普通に調味料はあるのでまた冷蔵庫に入れておくと言う悪循環があるのだ……それが溜まりに溜まって今織斑君の手の中にあるのだ。
「自炊してないのがバレバレですね~」
「ナターシャ先生だって似たようなものでしょうが!」
「私はこんなもの取っておかないもの」
「……2人とも弁当主体なんですか?」
「まぁね……」
「時間も無いですし……」
時間も原因の1つだが、最たる理由は上手く作れないし面倒だからなのだけど……千冬さんと比べれば幾分かマシなのだが、それでも女子として満足の行くレベルでは無いのだ。
「学食と弁当ばっかで、体調管理とか大丈夫なんですか?」
「そう言えば最近お通じが……」
「私も肌荒れが……」
「男には良く分からない悩みですね」
「「あっ……」」
また忘れていたが、織斑君は男の子なのだ。お通じとか肌荒れとか、そんな事を気にしてないので、愚痴られても分からないでしょうね……
「少しは改善した方が良いと思いますよ?」
「分かってはいるのですが……」
「そう簡単に変えられないのよ……」
「偶にで良いなら弁当くらい作りますが」
「えっ、織斑君が!?」
「本当に良いの!?」
「え、えぇ偶にで良いなら……」
織斑君のお弁当は、影でいくら払っても食べてみたいと噂されるほどのものなのだ。クラスでも布仏さんや須佐乃男さん、織斑さんが食べてるのを見たことがありますが、確かに美味しそうでしたし、見た目も栄養もちゃんと考えられてる感じのするお弁当でした。
「さて、洗濯も終わりましたし、何処に干したら良いんですか?」
「あっ、普通に外干しでお願いします」
「それじゃあ次は私の部屋だね~」
「……絶対に弱みを見つけてやるんですから」
私の部屋の事で散々弄られたので、今度はナターシャ先生の部屋で何か弄れるものを見つけてやると強く決心した。私だけ弄られるのは不公平ですし、第一私は弄られキャラじゃ無いんですから。
「さぁさぁ一夏君、汚い部屋だけでくつろいでね」
「別に遊びに来た訳では……」
「細かい事は気にしないの」
ナターシャ先生は織斑君にベッタリって感じで部屋に招き入れていました。やっぱりナターシャ先生は織斑君の事が男の子として……いや、男性として好きなのでしょうか?
「山田先生と比べると、さほど散らかってる感は無いですね」
「あそこまで散らかる前に片付けてるからね」
「うぐぅ……」
「それでも普段から掃除をしている感じは無さそうですね」
「ま、まぁね……」
織斑君が隅々を見てボソッとつぶやいた言葉に、ナターシャ先生は冷や汗を流していた。ナターシャ先生も掃除は苦手なようで、所々埃の溜まっている箇所が見受けられるのだ。
「換気して掃除機をかけます」
「お願い……」
織斑君は無駄な動き無く部屋の掃除に取り掛かりました。その姿はまるで主夫そのもので、女としての自信が喪失しそうな感じがしました……私も千冬さんと共同生活をして家事スキルを磨いた方が良いのでしょうか……
「ナターシャ先生も下着とか脱ぎ散らかしてるんですね」
「一々しまってまた出すのが面倒だからね」
「その気持ち分かります!」
「だよね!」
だらしないトークで盛り上がっていると、何やら呆れた感じの視線を感じました。恐る恐るナターシャ先生と視線を感じる方向に目を向けると、そこには呆れた顔を隠そうともしていない織斑君が立っていました……だらしない女だと印象付けた決定的瞬間だったかもしれませんね。
「ち、違うんだよ!?」
「何がです?」
「時間さえあればちゃんとしまうんだけど、ほら!」
「ほら?」
「色々と忙しいからさ、しまってる時間も惜しいんだよ!」
「そうです!」
「ふぅん……とりあえずそこに突っ立てられると邪魔なので、退いてくれます?」
冷めた視線は、私たちが言い訳を並べ立てている間も続き、その後も言葉も、視線に負けず劣らずの冷たさだった……
「こっちも洗濯した方が良さそうなんですが、洗濯機は外ですか?」
「え、あ、うん……」
「それじゃあこれは洗濯するとして、弁当のゴミとか散らばってますね……」
「そこがゴミ置きなの!」
「……せめて袋に入れるとかして置いておいてください」
織斑君は手ごろな袋を見つけ、ゴミを1つにまとめ始めます……テキパキと片付けていく姿を見せられると、やはり千冬さんと共同生活をした方が良いのではないかと思ってきました。
「家の駄姉もそうですが、2人とも俺に下着とか見られて恥ずかしく無いんですか?」
「別に見られるくらい如何ってこと無いけど?」
「私は少し恥ずかしいですけど、別に着けているのを見られる訳じゃ無いですし……」
「そんなものなんですかね……」
ゴミを集め終わった織斑君が、しみじみとそんな事を聞いてきた。確かに異性の下着を見るのは恥ずかしいですけど、見られる分には着けてないものを見られても如何とは思いませんね。特にナターシャ先生はアメリカ育ちですし、そう言った概念が違うのでしょうね、むしろ織斑君に見せ付けてる気すら感じました。
「ナターシャさんの部屋の冷蔵庫は、殆ど物が入ってませんね」
「その日必要な物しか買わないからね。買い置きは無いよ」
「じゃあ今日は如何するんですか?」
「今日?……テキトーに済ますよ」
「テキトーですか……」
「職員食堂でも良いんだけど、あそこって高い割りに美味しくないのよね」
「あっ、それ何となく分かります」
「……そこって食材も扱ってます?」
「あるよね?」
「あったと思いますよ」
普段買わないからちゃんと覚えては無いですが、自炊してる先生も居るので、確か置いてあったはずです。
「生徒の俺が行っても大丈夫ですかね?」
「大丈夫じゃないですか?」
「なんなら一緒に行くよ?」
話の流れで何となく想像はつきましたが、織斑君は食材を買いに行くつもりなのでしょうね。こう言う時に料理が作れるのは羨ましいと思いますけど、織斑君レベルまでなるにはどれくらいの時間が必要になるのでしょうね……
「それじゃあこの掃除が終わったらお願いします」
「は~い」
「お金は出しますよ」
「一夏君に払ってもらう訳にも行かないからね~」
「はぁ……それじゃあ後で請求しますね」
織斑君は掃除をしながら、何を作ろうか考えてる様子でした。違う事をしながら別の事を考えられるのは、その事に慣れている証拠なのでしょうね。
「ナターシャ先生の部屋に面白そうなものは無かったです……」
「だから言ったでしょ。山田先生の部屋みたいに面白いものは無いわよって」
「私の部屋だって面白いものは無かったでしょうが!」
「ほうほう、あれは面白いものでは無かったと?」
「うぅ~……」
ちょっとした興味から買っただけなのに、何でこんなに言われなければいけないのでしょうか……世間には沢山の同士が居るのに、何故此処まで言われなければいけないのでしょうか。人の趣味はそれぞれだと思うんですが……
「山田先生、ナターシャ先生、さっきから何を騒いでるんですか?」
「榊原先生……」
「おや、織斑君じゃないですか」
「どうも」
掃除の手を一瞬止めて、織斑君は榊原先生に挨拶をしました。2人には面識があったのですね……授業を担当してる訳でも、部活に入ってる訳でも無いのに、何の繋がりがあるのか気になりますね……
「織斑君のおかげで彼氏とは順調ですよ」
「そうですか……良かったですね」
「はい!」
「榊原先生の彼氏って、どんな人ですか?」
ナターシャ先生が興味津々な感じを隠そうとしないで質問しました。私も興味ありますが、少しは興味を隠そうとする努力をしましょうよ……
「どんなって……織斑君のお友達です」
「えぇ!?」
「織斑君のお友達って、織斑君と同い年って事ですか!?」
「はい」
「何処で知り合ったんですか?」
「近所の喫茶店で自棄コーヒーをしてた時に……」
「羨ましいですね……」
「気まずい事は無いですか?」
「彼は歳の差を気にしないって言ってくれたから」
「ご馳走様です」
織斑君は興味無さげに掃除を終わらせ、買出しに行くためにナターシャ先生をつれて部屋から出て行きました。その間私は榊原先生の恋人との甘々の話を聞かされる破目になってしまいました……
次回もう少し教師の部屋の話が続きます