虚ちゃんが戻ってきてくれたおかげで、一夏君のお説教はそこまで長引く事無く終わった。一夏君はまだ怒り足りないようだけど、私たちはもう足が痺れちゃってまともに歩く事すらままならないのだ。
「これからは時間を守ってする事」
「「「「「はーい!」」」」」
「本当に分かってるんだろうな……」
元気良く返事した私たちの態度に、少し不満そうな顔をした一夏君。私たちだってまた怒られるのは嫌だからちゃんと分かってるわよ。
でもそんな事を口に出せば、「前にも言いましたよね?」ともの凄い怖い笑みを浮かべて迫られるので口には出さなかった。
「何か言いたそうですね?」
「な、何でも無いよ?」
「何故疑問系……」
顔色から相手に言いたい事を読み取れる能力を持っている一夏君を前に、少しでも表情に出せばこのように見抜かれる……気をつけてたつもりだったんだけど、やっぱり少しは表情に出ちゃうのよね。
「おりむ~、ご飯~!」
「一夏様、早いとこご飯にしましょう!」
「お兄ちゃん、お腹減った~!」
「はいはい、ちょっと待ってろ」
甘えん坊3人に急かされて、一夏君はキッチンに移動した。そのおかげで私は助かったのだけど、何か釈然としないのよね……
「お嬢様、如何かしましたか?」
「うん、ちょっとね……」
「はぁ……」
虚ちゃんに心配されちゃったけど、これは相談出来るような問題でも無いし、相談したからって解決する問題でも無いのだ。これ以上虚ちゃんに迷惑を書けるのも心苦しいし、此処は誤魔化して終わりにしよう。
「お腹空いちゃった! 一夏君のご飯楽しみだね」
「は、はぁ……お嬢様?」
「ん? 何かな虚ちゃん」
「いえ……気のせいですかね」
不自然なくらい明るく振舞ったおかげで、虚ちゃんに心配させる事無くこの場を切り抜ける事に成功した。
嘘を吐くのはちょっと嫌だったけど、心配される方がもっと嫌だからね。この嘘は必要な嘘だったんだ。私は無理矢理自分を納得させて運ばれてきた夕ご飯に手を付ける……
「………」
「ん?」
ご飯を食べていたら誰かの視線を感じ箸を止める。周りを見たけど誰も此方を見てなく、一夏君の作った料理に夢中になっている……じゃあ今感じた視線はいったい誰の?
不審に思ったがその相手を見つける事が出来ないので如何しようも無いので、私は再び箸を動かす。視線の事は気になったけど、それ以上に一夏君の料理に感動して、すっかり視線の事は頭から抜け落ちていたのだ。
「あれ?」
「如何かした、簪ちゃん?」
「一夏が居ない……」
「言われてみれば確かに……」
「おりむ~は何処に行ったんだろうね~」
「気配を探ってみますね」
「お願い」
「……駄目です。一夏様の気配は感じられません」
「つまり気配を殺してるって事?」
「恐らくは……」
須佐乃男は最近パワーアップしたようで一夏君の気配のみ正確に把握出来るようになったのだが、それでも一夏君が本気で気配を殺しているとさすがに見つける事は出来ないらしいのだ。
「学園内に居ないって事は無いでしょうし、何処に行ったんでしょうね」
「分かりません……ですが何かあれば私たちに言ってから出かけるでしょうから、それほど心配する必要も無いのかもしれませんね」
「おりむ~を心配するだけ無駄だと思うけどね~」
「心配するようなピンチにならないからね、お兄ちゃんの場合は」
「それもそうね」
文化祭のような事は滅多に起こらないだろうし、もし起こったとしても一夏君なら如何とでも出来るのだから。
少し不安はあるけど、皆が言っているように一夏君なら何が起こっても危なげなく対処出来るのだから、これ以上心配はしなくて良いんだろうな。
この特別指導室で生活して2日目が終わろうとしている。私と一緒にぶち込まれた真耶は早々にこの場所から出て行ったのだが、私はまだ一夏の許しが貰えずにこの場から出る事が出来ていないのだ。
「織斑先生、今何時ですか?」
「もうすぐ午後の8時だ」
「そうですか……」
私の他にもこの場に閉じ込められた人間が居るのが、唯一の救いなのかもしれないな。もし私1人だったらこうやって話す事も出来なかったのだから……
そう考えると私がデュノアを此処に連れて来たのは正しかったのかもしれない。最初は反省の為に連れて来たのだが、今では貴重な話し相手なのだから。
「もう今日は一夏来ないんですかね……」
「そう言えば、昼に来ただけだな……」
毎食律儀に持ってきてくれていたのだが、今日の夕飯は無いのだろうか……それとも私たちの事を忘れて暢気に生活してるのだろうか……
一夏ならそんな事無いとは思うのだが、一夏も人間だし、ついうっかりと言う事だってもちろんあるのだろう。そのもしが今起こったとしてもなんら不思議は無いのだが、私としてはそんな事は無いと願いたいところだ。
「織斑先生、また一夏に何かしたんですか?」
「何もしとらん!」
「じゃあ何で一夏は来ないんですかね?」
「さぁな……見限られたのかもしれん」
「そんな!?」
ただでさえ例のものを見られたかもしれないのだ。一夏が私の事を見限っても不思議は無いし、元々見限られていてもおかしくは無いほど迷惑を掛けていたのだから、今更だとは自分でも思ってるがな……こうして本当に見限られると堪えるんだな、知らなかった。
「僕は一夏に何もしてないのに!」
「いや、お前だって十分、一夏に迷惑を掛けてるだろ……」
立ち入り禁止の一夏の部屋に忍び込んだり、必要以上に一夏に付き纏ったりと迷惑を掛けているのを自覚してないのだろうか……もしそうならば、私以上に性質が悪いんじゃないのか?
そんな事を考えていると、向こうから何者かの気配が近づいてくるのが感じ取れた。ひょっとして一夏かもしれないな。
「おいデュノア、誰か来たぞ」
「誰かって、此処に入れるのは限られた人のみですよ」
「お前の方が入り口に近いんだ、誰が来たか教えろ」
「まだ見えませんよ」
「そうか……」
色々と特殊な造りになっていて、この空間では私でも気配を識別する事が出来ないのだ。だから肉眼で確認出来るまで入ってきた人間が誰だか分からない……一夏ならこの空間でも気配を識別出来るのだろうが、この場に一夏は居ないのだ。
少しずつ近づいてくる足音に、私とデュノアは期待と不安の綯い交ぜになった気持ちで覗く……頑張っても少ししか見えないのだが、それでも必死になって覗いた。
「織斑先生、一夏です!」
「何! 本当か!!」
「はい!」
一夏は私の事を見限っては無かったのだ。何か問題があって私たちの所に来るのが遅れただけで、私たちの事を忘れていた訳では無かったのだ。
「騒がしい!」
「「ゴメンなさい!」」
大声を上げて喜んでいた私とデュノアに、一夏のカミナリが落ちる。何時もなら萎縮するのだが、今だけはこれも嬉しいと思えるのだ。
「何馬鹿騒ぎしてるんだよ」
「だって一夏が何時まで経っても来ないからさ、見捨てられたのかと心配してたんだ」
「見捨てて良いなら今すぐ見捨てたいよ……」
「駄目だからね!」
「はいはい……」
一夏はまずデュノアの独居房に立ち寄り、夕飯と水分の入った袋を手渡した。実際に見える訳では無いので、これはあくまで私の想像なのだが……
扉が閉まる音がして、再び足音が近づいてくる。次は私の番だからな。
「一夏、例の物は見てしまったのか?」
「あぁ」
「す、捨てて無いよな!」
「捨てたいと思ったが身内でも勝手に捨てたら問題になるからな」
「良かった……」
「だが、此処から出たら立会いの下捨てるからな」
「駄目だ!」
あれは高い金を払って束のヤツに作ってもらった私の宝物なのだ。いくら一夏とは言え、あれだけは処分させたりしないからな!
「だいたいあんな物にいくら使ってるんだよ、あんたは!」
「私が働いて稼いだ金だ! 如何使おうが私の自由だろうが!」
「固定資産税が未納だって俺のところに催促が来てるんだよ! そっちを払え、この馬鹿姉が!!!」
「何故私のところでは無く一夏の方に催促が行くんだ!?」
あの家の持ち主は私って事になっているのに……普通催促なら私にするのでは無いのか?
「あんたに送っても意味無いって分かってるんじゃないのか」
「何だと!?」
「昔から滞納してるから催促の手紙を出してるのにも関わらず、毎回滞納するからな、アンタ……だから義弟である俺に送ってくるんじゃないのか?」
「だからって高校生に送るなよな……」
一夏だから良いものを、普通の高校生に固定資産税を払えるだけの収入があると思ってるのか、世間は……
「まぁ、束さんから回収したお金でそれは払っておいたから」
「束から回収した?」
一夏の言っている事が今一つ理解出来ない……何故束からお金を回収したのかも、何故そのお金で固定資産税を払ったのかもだ。
「アンタからぼったくったお金の実費以外を返してもらったんだ。それで固定資産税を払ったんだから問題あるまい」
「せっかく取り返したのにそんなのに払ったのか!」
「ちゃんと払え馬鹿者が! 差し押さえられたら如何するんだ!!」
「別に寮で生活してるから……」
「家だけじゃなく口座も凍結されるんだぞ!」
「そうなのか?」
「……何で知らないんだよ。アンタ社会人だろ……」
色々と普通では無い高校生が目の前に居た……まぁ義弟なんだが。
「兎に角これ以上無駄遣いするようなら、また小遣い制にするしか無くなるからな」
「管理してくれるのか!?」
「学園に事情を話して給料を俺の口座に振り込んでもらう」
「何故だ!?」
「アンタの口座を管理するのはもうこりごりだからな」
「頼む一夏、それだけは勘弁してくれ……」
「まだ何か未納なのか?」
「そ、それは……」
色々と払ってないような気がしてるのだが……自分がどれだけ生活能力に欠けてるのか改めて思いしらされた気分だ。
「やっぱアンタを社会に出したのが間違いだった……」
「お前は私の親か!」
「駄目な義姉を持つ悲しき義弟だが何か?」
「すまなかった……」
私が働きだす時には一夏は本気で反対してたからな……IS操縦者として世界に名を轟かせても一夏は認めてくれなかったし……せっかく連覇した世界大会も、一夏が誘拐されてしまったので私の勇姿を見てもらう事も出来なかったのだ。ドイツ軍に指導したりIS学園で教師をしたりしてるのに、未だに一夏は私の事を立派な社会人だとは認めてくれてないのだ。
まぁ、今の状況を見れば大半の人間は私の事を立派だとは思わないんだろうがな……それでも必死に生活してるのだ。
「兎に角、未払いなものがあるならさっさと言え。まとめて払っとくから」
「多分実家に督促状が来てるはずだが……多分払ったぞ」
「本当かよ……」
「口座を見ればすぐ分かると思うのだが……」
「何処にあるんだよ?」
「寮長室にある」
「……確認しとくから」
「そのまま管理してくれても良いんだぞ?」
「自分でしろ! アンタも世間から見れば立派な成人なんだから、それくらいは出来るようになれよな」
「努力しても無駄な人間には無駄なのだ」
「開き直るな!」
「一夏は私が育てたんだ!」
「いきなりなんだ」
「だから一夏は私に恩を返す義務があるだろ!」
「もう十分すぎるくらい返しただろうが!」
「だが……」
「分かった、分かった! 考えとくから」
「本当だな!」
「あぁ……」
一夏に私の世話を頼める日が、また来るかもと思うと、この空間に閉じ込められたのもそう悪く無いと思えてきた。
「じゃあこれ晩飯な」
「ああ!」
「何で嬉しそうなんだよ……」
だってまた一夏と生活出来るかもなんだぞ! こんな嬉しい事があったんだから喜ぶに決まってるじゃないか! それにもしかしたらマドカも一緒に生活出来るかもしれないのだから、こんなに気分も嬉しい事は他にないだろうが!!
駄姉が色々と滞納してるかもしれないので、俺は再び寮長室を訪れた。いくら義理とは言え、身内が税金未納者なのは気分が悪いからな……
「固定資産もさっさと引き落としにすれば良いものを……何時まで今の収集方法で行くんだか」
愚痴った所で何か変るわけでは無いのだが、これが愚痴らずに居られるか! って俺は誰に言ってるんだか……相当疲れてるんだろうな。
「えっと通帳は……これか」
まるで家捜しに来た泥棒みたいなセリフだが、堂々と鍵を使って家捜しをする泥棒は居ないだろうな。それどころか此処は関係者以外入る事すらままならない学園なのだから、そんな場所を好き好んで忍び込む阿呆は居ないだろう。
「携帯代は払ってある……ガス水道電気も大丈夫……何かのローンも払ってあるな……」
しっかりと引き落とされているのを確認して、俺は通帳をもとあった場所に戻そうとしたが、最後の項目が気になってその動きを止めた。
「これって、何のローンだ?」
あの駄姉が大きな買い物をした記憶は此処最近には無い……かと言って俺に気付かれずにローンを組める訳が無いし……それじゃあこのローンはいったい何なんだ?
「また訳の分からない事をしてるんじゃないだろうな……」
あの世間知らずがおかしな事に引っかかっていてもなんら不思議では無いが、仮にも世界最強の称号を持つあの人を騙そうとする勇者はさすがに居ないか……
「束さんなら何か知ってるかも……」
宇宙的ストーカの束さんならこれが何のローンかも知ってるだろうし、知らなかったとしても束さんなら調べられるだろうから。そう思い俺は束さんに電話を掛けた。
『もすもすひねも……』
「それ、もう良いです」
『マンネリは駄目だよね~』
「そうですね」
『マンネリが進んでレスっちゃったら浮気に繋がるもんね~』
「……何の話です?」
『あれ? 倦怠期の夫婦の話じゃないの?』
「違います!」
相変わらずこの人の相手は一筋縄ではいかないな……束さんも分かっててやってるから余計に疲れるんだよな。
『それで、いっくんは何を聞きたいのかな~?』
「千冬姉が組んだローンって何だか分かりますか?」
『あぁ、それね……』
やはり束さんは知ってるようだ……
『それはちーちゃんから口止めされてるから教えられないんだ~』
「口止め? あの駄姉がですか?」
『駄姉って……いっくん、さすがにそれは可哀想だよ~?』
「篠ノ乃も影で束さんの事をそう呼んでましたけど」
『嘘!?』
「ええ、嘘です」
『いっくんひど~い!』
「俺が知らないだけで呼んでるかもしれませんがね」
『箒ちゃんがそんな事言うわけ無いもん!』
何処からくるんだ、その自信……篠ノ乃の家族を滅茶苦茶にした姉を、駄姉と呼んでいてもおかしくは無いんだが、束さんには呼ばれてない自信があるようだった。
『毎日監視……じゃ無くって、見守ってるけどそんな事言ってないもん!』
「千冬姉や俺だけじゃ無く、篠ノ乃も監視してるんですか……」
『だから、見守ってるんだよ♪』
「言葉を変えたところで、束さんが俺たちを宇宙規模でストーカーしてるのには変わりませんからね」
『厳しいな~いっくんは』
監視される俺の身にもなれって言うんだよ、まったく……なまじ衛星の存在を掴めると壊したくなるんだよ……
『何のローンかは教えられないけど、別に危ないものとかでは無いから安心して良いよ』
「そう言ってIS作ってたのは何処の誰でしたっけ?」
『さぁ、何処の天才だろうね~』
ISを作る為の資金は殆ど家が出していたのだ……千冬姉がやたらと金遣いが荒くなったと問い詰めたら白状したのだ……小学生の義弟に迫られてあっさりと白状した高校生の義姉を見て、当時の俺は如何思ったんだっけか……
『兎に角、今回は本当に大丈夫だからいっくんが心配する必要は無いよ~』
「その発言を信用していいものか悩んでるんですがね……」
『束さんはいっくんには嘘吐かないよ!』
「それが嘘の可能性だってあるんですよ」
『大丈夫だって! ちーちゃんにもいっくんにも、とってもハッピーな結果になるから!』
「………」
やはり黒幕はアンタか、束さん……千冬姉が何買わされたのかは知らないが、もし酷い結果に終わったら全額返してもらうとするか……拒否するようなら此方にも考えがあるし、さすがに束さんも失敗したらお金は返してくれるだろう……それくらいの常識は持ってると信じたい。
『それじゃあいっくん、束さんは研究の続きがあるからこれでバイバイだね~』
「精々成功する事を祈ってますよ」
『神に祈らなくても束さんが神様だから大丈夫だって!』
「そうですか……それでは」
電話を切り、俺は思わずため息を吐いた……いったいあの大天災は何を企んでいるのかとか、駄姉が1人でも問題無く生活出来るようになるのは何時になるのかとか、その他にも色々と考える事があって気が休まらないのだ、ため息くらい出るだろう。
とりあえず今解決できる問題は……
「部屋の掃除をしなくちゃな!」
彼女たちと友達の散らかした部屋を掃除して綺麗にする事だ!
しっかりしろよ、社会人……千冬の駄目さが際立った話になってしまいました