何時の間にか居なくなっていた一夏の事を気にしながらも、私たちは一夏の作った夕ご飯を美味しく頂いた。相変わらず一夏の作ったご飯は美味しいので、ついつい食べてしまうのだ。
「お腹いっぱいだ~」
「美味しかったですね」
「だってお兄ちゃんが作ったんだもん! 美味しくて当然だよ!!」
この3人が言った事に、私は全て頷ける。お腹いっぱいだし、美味しかったし、一夏が作ったんだから美味しくて当然だとも思ってるからだ。
「ご馳走様でした」
「さて、誰が片付ける?」
「そっか、一夏居ないんだっけ……」
何時もは一夏が片付けまでやってくれるのだが、今は何処かに行ってしまってるので後片付けは私たちの誰かがやらなければいけないのだ。
「ジャンケンで決めますか」
「えぇ~!」
「しょうがないでしょ、お兄ちゃん居ないんだから」
「普段から少し甘え過ぎなんですから、これくらいはやらないと駄目ですよ」
「おね~ちゃんになったら片付かないかもね~」
「本音!!」
不貞腐れていた本音が、虚さんをからかって時間を延ばそうとしている……一夏が何時帰って来るのかも分からないのに、そこまで片付けをしたく無いのだろうか……
虚さんを怒らせて時間を稼ごうとして本音だったが、その目論見をすぐ虚さんに見抜かれた為にあまり時間稼ぎは出来なかった。
「それじゃあジャンケンで良いね?」
「大丈夫です」
「仕方ないな~」
「もう、本音で良いんじゃないですか?」
「おね~ちゃん!?」
仕返しとばかりに虚さんが本音に後片付けを押し付けようとした。確かに何時も怠けてる本音に、少しくらい大変な思いをさせれば自分の仕事をするようになるかもしれないし、この中で1番家事が出来るのは本音なんだから、妥当な考えかもしれない。
「偶には良いかもね」
「じゃあ本音様が片付けると言う事で」
「お願いね~」
「ちょっと、ズルイよ!!」
「普段一夏に仕事を押し付けてるんだから、少しはその苦労を体験したら?」
「それなら楯無様だっておりむ~に仕事を押し付けてるじゃんか~!」
「私はやる時にはやるもん!」
「五十歩百歩ですけどね」
偶に仕事をするお姉ちゃんと、全く仕事をしない本音、確かに少しくらい差はあるが、本質的にはサボってる事には違い無いので、虚さんの表現は非常に的確だ。
「それじゃあお姉ちゃんも一緒に片付ければ?」
「2人の方が早く終わりますからね」
「でも!」
「普段から一夏に仕事を押し付けてる罰だよ」
生徒会の仕事と比べたら部屋の後片付けなんて全く苦労せずに終わるんだから、大人しくすれば良いのに……お姉ちゃんも本音も、よっぽど片付けをしたく無いのか、未だに駄々をこねている。
そんな2人を見て、虚さんの表情が変わっていく……表情に伴って雰囲気も変わっているのが、隣に居た私にも伝わってきた。
「普段から一夏さんに頼りっきりなんですから、居ない時くらいは仕事しなさい!」
「えぇ~!」
「部屋の片付けなんて、当主のする仕事じゃ無いよ~!」
「当主の仕事をしてないんですから、文句言わずにさっさと片付ける! 本音だって普段から仕事してないんだから、文句言わずに働く!」
虚さんに怒られて、嫌々片付けを始めたお姉ちゃんと本音。だけどその動きはすぐに止まったのだった。
片付けようと振り向いたのだろうが、そこには既に散らかっていた時の面影が無いくらいに部屋が片付いていた。誰が片付けたのかは考えるよりも早く分かっていたのだが。
「あれ~?」
「綺麗になってる~!」
「ワザとらしい棒読みをどうも。ブツクサ言ってる間に片付けちゃいましたよ」
「さっすがおりむ~だね~!」
「仕事速いわ~!」
「一夏さん、何時の間に……」
「ん? 虚さんが怒り出すちょっと前から居ましたけど」
全く気付かなかった……部屋のドアが開いた音はしなかったし、部屋の片付けをしたと言う事は私の横を通り抜けたと言う事なのだろうが、全く気配など感じなかったし、視界にも一夏は入らなかったと思う。
「一夏、ちゃんとドアから入ってきた?」
可能性としては低いが、ひょっとして窓から入ってきたのかもしれない。それなら私が気付かなかったのも納得がいくのだ。
だがそんな事はありえないと自分でも分かっていたので、一夏の答えは聞くまでも無く分かっていた。
「あぁ」
「だよね……」
当たり前の事を聞かれ、一夏は若干不思議そうな顔をしているが、その表情をしたいのは私の方なのだが……いくら私が気配察知が苦手だからと言って、真横を通られて気付かない訳ないのだが、一夏は窓からの侵入はしていないと言うのだ。
如何やら同じような表情をしてる虚さんを見ると、虚さんも気付かなかったのだろう。それくらい一夏は気配を殺してたのだろうか?
「普通に入ってきたら虚さんと簪が刀奈さんと本音を説教してたから、邪魔しないように通り抜けたんだが、そんなに不思議か?」
「いや、それを聞いて納得したよ……」
「一夏さんは私たちの邪魔をしないように気配を殺してたんですね」
一夏が私たちに気を使ってくれたのが分かれば、私たちが一夏の気配を掴めなかったのも納得が行く。一夏が本気で気配を殺したら、須佐乃男でも正確な位置は掴めないのだから。
だが私たちが考えたのとは違う答えを、一夏は返してきたのだった。
「別にそこまで気配は殺してないんだが……現に刀奈さんと本音は気付いてましたし」
「えっ!?」
一夏に言われて私は声を上げて、虚さんは無言でお姉ちゃんと本音の事を見た。
「だって普通に目の前を通られれば気付くでしょ」
「おりむ~だって普通に通ってったしね~」
そうだったのか……私と虚さんは2人に対して怒りを覚えていたので視野狭窄を起こしていたと言う事なのか。
あまりにも視野が狭くなっていたのにへこんだ私と虚さんだったが、そんな事はお構いなしにお姉ちゃんと本音は私たちから距離を取った。離れれば怒られないと思ったのだろうが、別にどれだけ距離があったとしても怒りが収まる訳無いのだが。
「一夏が片付けてくれたけど、次からは自分の事はなるべく自分でするように!」
「特にお嬢様や本音は一夏さんに頼りすぎですからね! 私たちもなるべく自分でしてるんですから、お嬢様や本音だってしてください!!」
「「は~い……」」
少し不貞腐れたように返事をしたが、言われている事が正しいと2人も分かっているので反論は無かった。出来る事は自分でする、簡単な事だが実行するのは結構難しい事なのだ。
「風呂沸いたぞー」
「入る!」
「それでは私とマドカさんが最初に入りますね」
「おー」
私たちがお説教してる後ろでは、テキパキと物事を進めていく一夏が居る……あっという間に部屋の片付けを終わらせ、食器などを洗いお風呂の準備も終わらせている。長年織斑先生に鍛えられた家事スキルが思う存分発揮されているのだが、ちょっと有能すぎるよ……
これじゃあ私たちが駄目人間になってっちゃうし、既に一夏に甘えてきた織斑先生が駄目人間になってるし……
「食べかすがベッドの上にまで……誰だベッドでポテトチップス食べたの!」
「ゴメンおりむ~、それ私だ~」
「食べるなとは言わないが、せめて食べこぼすのは止めてくれ……」
「は~い」
本音が食べ散らかしたカスを掃除機で吸い取り、シーツに着いた皺を伸ばしながら一夏が注意する。本音も一夏に言われたら素直に聞くようだ……
「こっちはお茶でもこぼしたんですか?」
「つい白熱しちゃって。ペットボトルを蹴っちゃったのよ」
「シミになりますから気をつけてください」
「ごめ~ん」
「ハァ……」
床にこぼしたお茶をふき取った跡を見つけ、一夏はため息を吐いた。お姉ちゃんに注意した後、要らなくなったプリントをこぼした場所に置き、カーペットから水分を取り除く。完全にお母さんのような行動だ……
「一夏さんを見ていると、怒るより注意する方が2人に分かってもらえるのかもしれないと思ってきます……」
「あれは一夏だからだよ……」
私たちが言ってもイマイチ迫力が無いから、お姉ちゃんも本音も屁理屈などを言って逃げようとするのだろうが、一夏相手にそんな事をすれば特大のカミナリが落ちるのだ。その恐怖から2人も一夏の言う事はなるべく聞くのだろう。
「本音、私たちもお風呂に入ろっか?」
「了解なのだ~!」
「よし、突撃~!」
「「………」」
無邪気にはしゃぐ2人を見て、私も虚さんも何も言えなくなった……さっきまで怒られていたはずなのに、全く反省の色が見られないからだ。
「おりむ~も一緒に入る?」
「遠慮しておく」
「照れなくても良いのに~」
「まだ片付けが残ってますからね。誰か代わりにやってくれるなら別ですが……」
「よし本音、全速前進!」
「お風呂に居る須佐乃男とマドマドに特攻を仕掛けるのだ~!」
逃げた……一夏の小姑スタイルの攻撃に耐えられずに2人はお風呂場に逃げた。一夏も本気で一緒に入るつもりでは無かったので、特に気にせずに部屋の掃除を再開した。
「簪と虚さんも入ってきたら如何です?」
「でも、一夏が片付けてるのに散らかした私たちがお風呂に入るのも……」
「さすがに悪いですよ……」
私と虚さんだって一緒になって遊んでたんだし、お菓子だって本音やお姉ちゃんほどではないにしろ食べてたのだから、片付ける責任があるだろう……
「何時もの事ですから」
サラッと言われたこの言葉に、私と虚さんは揃って居心地の悪さを覚えた……確かに何時も一夏に片付けをしてもらってるけど、悪いとは私も虚さんも思っているのだ。
思っているだけで何もしないのだから、お姉ちゃんや本音の事をとやかく言える立場では無いのかもしれないと思ったからだった。
「それにまとめて入ってもらった方が洗濯とか楽なんで」
「あうぅ……」
「何から何まですみません、本当に……」
私や虚さんはこの部屋の住人の中でも、家事が得意な方では無いので手伝え無いが、お姉ちゃんや本音はそれなりに出来るのだから少しくらいやっても良いと思うんだよね……出来ない私が思う事では無いのかもしれないけど。
「それじゃあ入ってくる」
「すみません、お願いします」
「分かった、別に気にしないで大丈夫です」
先の言葉は私に、後の言葉は虚さんに向けられた言葉だ。結局私も虚さんも一夏に頼りっきりなのだ……悪いと思ってるだけで結局はお姉ちゃんや本音たちとなんら代わらないのだ。
「一夏が倒れたり居なくなったりしたら、私たち生活出来るのかな……」
「怖い事言わないでくださいよ……」
自分たちが家事をしてない事を考えると、一夏が居なくなったりしたら数日は困るだろうな……居なくなったりしないよね?
「一夏が私たちの事を捨てるなんて事はさすがに無い……と思いたい」
「これからは私たちも出来る事は自分でしましょう……」
「それと一夏に教わって出来る事を増やそう……」
出来るけどやらないのではなく、私たちはそもそも出来ないのだ……だからって一夏に頼りっきりで良いとは思って無い。思って無いのだけど、結局は頼ってしまう……あまりにも一夏が優秀だからだ。
優秀である事にケチをつけるのは間違いなのだろうが、一夏が優秀すぎるから私たちは頼ってしまうのもまた事実なのだ。
「あれ? 簪ちゃんと虚ちゃんも来たんだ」
「一夏がまとめて入ってくれた方が洗濯が楽だからって」
「おりむ~は完全にお母さんだね~」
「お母さんって言うより、主夫ですよね」
「お兄ちゃんは姉さんと長年2人で生活してきたからね。姉さんは全く家事出来ないから」
「でもそれだって、一夏君も出来なかったらさすがに織斑先生が努力したと思うんだよね」
「一夏だって最初は出来なかったって言ってたよ?」
「自分の身が危ないと思って努力したと聞きましたが」
一部だけだが一夏に聞いた話では、料理を作っていたはずなのに、数分後には炭の塊が出来ていたり、キッチンの窓から黒煙が上がっていたりと、このままでは命に関わると思って一夏が努力したとか……その努力の末に手に入れたスキルなのだが、此処まで人を堕落させるとは本人も思って無かっただろうな。
「それじゃあ私たちも身の危険を感じてみる?」
「……如何やって?」
お姉ちゃんが悪い顔をしている……この顔をしている時は、大抵ろくな事を考えていないのだが、お姉ちゃんを止められる人などこの場には居ないのだ。
「織斑先生と同居して、家事一切を織斑先生に任せるとか」
「身の危険を感じる前に死んじゃうよ!」
「そうかな~?」
「だって織斑先生にとって私たちは、一夏を取った相手なんだよ!」
「私はお兄ちゃんの事を取ってないんだけど」
「マドカだって2学期が始まってから少しの間は織斑先生と仲悪かったんでしょ? だったら100%安全とは言い切れないんじゃない?」
「う~ん……如何だろう」
「そう言えばマドカさんは千冬様と一夏様、どっちに似てるんですか?」
「何が?」
「家事スキルです」
そう言えばマドカって料理とか出来るのだろうか……見た事無いし聞いた事も無かったかもしれない……
「姉さんに近いかも……」
「それじゃあ一夏様に頼るのも仕方ないですね」
「織斑先生って全く家事出来ないんでしょ?」
「そのようですね」
噂では1日生活しただけでゴミ屋敷にする能力の持ち主だとか……大げさだと思うけど一夏が言ってた事だしな……嘘を吐く理由が一夏には見当たらないし、本当の事なのかもしれない。
「姉さんの部屋は酷いってお兄ちゃんが言ってたね」
「私も掃除を手伝った事がありますが、あれは確かに酷かったですね」
「おね~ちゃんとどっちが酷いのかな~?」
「私は掃除くらい出来ます!」
「でも虚さん、片付けようとして逆に散らかした事がありますよね?」
「あ、あれは……」
更識の屋敷を掃除していた時、虚さんの担当だった箇所だけ始める前より酷くなっていた事があったのだ。虚さんの気持ちとは裏腹に、散らかっていく部屋を片付けたのはやっぱり一夏だったのだ。
「片付けようと思うだけマシだと思う。姉さんは片付けようと思わないから」
「思ってるようでしたが、一夏様がさっさと片付けてしまってたのでやらなかったらしいですよ」
「凄い勢いで駄目人間が作られていくのが目に浮かぶわね」
「やろうと思ってた矢先に一夏がやっちゃうんだろうね」
思い立った時には既に終わっている。そんな状況が続けばやろうと思う事すら無くなってしまうのだろうな。
今の織斑先生の状況がその事を証明しているのかもしれない……人間、誰かに頼りっきりだと駄目なのだろう。
「でも、おりむ~が何もしてくれなかったら、私たちだって困るよ~?」
「まず本音様を起こす人が居ませんからね」
「だって本音を起こすのは重労働なんだもん……」
「一夏以外が起こしても起きないし……」
「放っておけば後で逆ギレしますね」
「本音って本当に寝起きが悪いんだね」
此処最近は一夏が本音を起こす担当だったので、その仕事をしてくれなくなっただけで私たちは結構困る……朝からあんな苦労は誰だってしたく無いのだ。
「改めて考えると、一夏君って本当に有能ね」
「更識の財政難を立て直したのも一夏だし……」
「ISの訓練だって一夏さんが主体ですし……」
「私や本音様が赤点を回避したのも一夏様のおかげです」
「姉さんが立派に成長したのもお兄ちゃんが居たからだろうしね」
「おりむ~は本当に凄いね~!」
分かっていた事だが、改めて口に出すと一夏の有能っぷりが良く分かる。これだけの能力を持っていながら今でも向上心を捨ててないのも凄い事だろう……それと比べると私たちは本当に駄目なんだと気付かされる……
「明日からはもう少し一夏の事を手伝おうと思うんだけど……」
「そうですね……」
「でも、私たちが手伝ったところで、一夏君の邪魔にしかならないと思うんだよね」
「テキパキと終わらせてしまいますからね……」
「あのスピードについていくのは不可能だよ……」
「だからおりむ~に任せちゃうのだ~!」
結局は本音の言っている通り、私たちは全てを一夏任せにしているだけなのかもしれない。自分より一夏に任せた方が早いからとか何とか思って……
「本音ー」
「なーにー?」
「このパンツ、ゴムが緩んでるんだが捨てて良いか?」
「お気に入りなんだけどな~」
「じゃあ直しとく」
「おねが~い!」
扉越しに一夏の声が聞こえたかと思ったら、聞いてきた事はまるでお母さんのような事だった。女物のパンツを見ても気にした様子も無く、それが彼女のものでも意識しないで触れるのは良い事なのだろうか? それとも悪い事なんだろうか?
「それくらい自分で直せるでしょ……」
「すっかり忘れてたのだ~」
自分は出来ないのに、本音を攻めているのが恥ずかしくなってきた……せめてもう少し家事が出来るようになりたいと強く思ったのだが、それを実行出来るか如何かは別の話なのかもしれない。
家事は慣れるしか無いですもんね……