遅刻せずに教室に着いた私たちは、ゆっくりとおしゃべりする暇も無く席に着いた。遅刻はしなかったけどかなりギリギリだったのだ。
「お兄ちゃんが運んでくれればもっと早く着いたんだけどな~」
「ん? 兄上が如何かしたのか?」
「何でも無い」
隣の席に居る女子に興味を持たれたが、私はあまりコイツの事が好きじゃ無い。お兄ちゃんと事を兄上だなんて……お前はお兄ちゃんの何なんだよ。
「よし、HRを始めるぞ!」
「ね、姉さん!?」
「教官!」
「学校では織斑先生だ、織斑妹、ボーデヴィッヒ」
バシっと出席簿で叩かれる、何時の間に隣に移動したのかとか、相変わらずの力加減だとか思う事はいっぱいあるけど、何時の間に復帰したのだろう……お兄ちゃんは何も教えてくれなかったし、須佐乃男や本音も驚いているって事は、私以外も知らなかったと言う事なんだろうな。
「暫く休んでいた事はすまなかったな。特に織斑兄と鷹月には迷惑を掛けたようだな」
「べ、別に私は大丈夫です!」
「こっちも別に問題はありません」
恐縮している鷹月さんと、まったく興味が無さそうな返事をお兄ちゃんに苦笑いを浮かべながら、姉さんは出席を取り始めた。
「デュノアは今日まで欠席で、来週から復帰出来るそうだ」
「そうなんですか」
「ま、まぁな……」
お兄ちゃんの相槌に姉さんがちょっと焦ってるような気がするんだけど、何かあったのかな?
「お、織斑先生……置いていくなんて酷いですよ」
「やっと来たか、山田先生」
HRの途中で扉が開いたと思ったら、息が上がっている山田先生が入ってきた。置いていかれたって事は、姉さんが職員室で山田先生を気絶させたのだろうか?
「あれくらいで潰れる山田先生が悪いんだ」
「朝からあれだけいったら潰れますよ普通……」
「朝から呑んだのかよ……」
「ち、違うぞ? お前が思ってるようなものは呑んでないからな!」
「じゃあ何を飲んだんですか?」
「の……」
「の?」
「ノンアルコールビールだ」
「ハァ……一時間目は引き受けるから、二人はさっさと水飲んで風に当たって来い!」
「「は、ハイ!!」」
いくらノンアルコールだからと言っても、少なからずアルコール分は含まれているのだ。仕事前に引っ掛けてくるようなものでは無いのだ。
お兄ちゃんに一喝された姉さんと山田先生は、教室から出て行き、教壇にはお兄ちゃんが立った。
「非常に情けない理由だが、この時間は自習にする。何か分からない事があったら俺に聞いてくれ」
本当に情けないと思っている表情でお兄ちゃんが謝り、この時間は自習になった。昨日はオルコットや篠ノ乃が暴走したけど、昨日の今日で同じ事はしないだろうからその心配はしなくても良いだろうな。
それにしてもこのクラスは自習が多いな……座学平均が最下位なのも納得だね。お兄ちゃんと鷹月さんだけじゃ平均の底上げも大した事無いし、その次に成績が良いのがオルコットだもんね。デュノアやボーデヴィッヒだってそこそこ良いんだろうけど、やる気が感じられないし、やっぱりお兄ちゃんと鷹月さん以外は大した事無いんだな……私や須佐乃男は補習ギリギリだし、本音に至ってはお兄ちゃんが居なかったら完璧に補習だったろうしね。
「織斑君、此処なんだけど……」
「ん? あぁこれは……」
お兄ちゃんの隣の席の日下部さんが質問している。彼女も平均点くらいしか点数が無かったはずだ。だから必死に勉強してるのだろうが、席が隣ってだけで相談しやすそうなのは羨ましいな……私は一々歩かなきゃいけないし。
「織斑く~ん! 此処教えて~?」
「別に教えるのは構わないが、もう少し静かに出来ないのか?」
「えへへ~ゴメンね~?」
「まぁ良いけど……え~っとそれで?」
「此処だよ~」
反対の席に座っているはずのデュノアの席に座った清香がお兄ちゃんに質問している。清香もちゃんと勉強してるんだな……一学期は本音と対して結果が変らなかったって聞いてたけど、する事はしてるんだね。
「グヌヌ……こんな時に優秀な自分が恨めしい」
「座学の成績は大して良く無いくせに」
「何か言ったか?」
「別に」
何で私の隣はコイツなんだろう……せめて鷹月さんだったらな……簪でも良いんだけど、まずクラスが違うしなぁ……成績優秀者が傍に居れば、私だってもう少し頑張れたはずなのに。
「一夏様、これは如何言う意味でしょうか?」
「これはだな……」
「おりむ~、コッチも教えて~」
「少し待ってろ」
お兄ちゃんの周りには質問しようと沢山の人が集まっている。教え方が丁寧で、それでいてオルコットみたいに偉ぶらないのが人気で、お兄ちゃんは今ではクラスの半分以上の女子から『先生』みたいな扱いをされている。実際に授業を担当したのは一日だけなのに、その一日で教師としての地位を確立したとか……本人は全くそんな事思って無いのだけど。
「一夏君も大変そうね」
「鷹月さん? 歩いてて良いの?」
「一夏君の周りに女子がいっぱい居るのは、妹として面白くないんじゃないかなーってね」
「そ、そんな事無いよ……お兄ちゃんの周りには何時も沢山の女子が居るし」
「それもそうね。一夏君は人気だもんね」
「うん……」
お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんじゃないもんね……義妹は私だけでも、私が独り占め出来る相手では無いのだ。
彼女も大勢居るし、少なからず好意を抱いてる相手なんてどれくらい居るのだろう……それに姉さんも居るしなぁ……
「さてと、そろそろバレそうだから戻るね」
「多分もうバレてると思うけどね」
「そうかもね」
お兄ちゃんはどれだけ周りに人が居ようが関係無しに私たちの状況を知る事が出来るのだ。気配や存在を察知出来る能力があるお兄ちゃんにとって、人の壁など殆ど意味が無いのだから。
「私も兄上に質問しに行こう!」
「アンタは自分で分かるでしょうが!」
「分かり難い事は私にだってあるのだ! 兄上に聞きに行っても問題無いだろ」
「代表候補生が分からない事があって良いのかな」
「なら本音だってそうだろうが!」
「あれはだって家の力で企業代表になったものだから」
ボーデヴィッヒと揉めていると、なにやら嫌な感じがしてきた……お兄ちゃんはコッチの事なんて見えなくても私たちの状況は掴めるのだと、ついさっき思ったばかりなのに、如何してこうなるかな……
「後で説明してもらうからな」
「兄上! 私はただ兄上に質問しに行こうとしただけです!」
「ならなんで騒がしくなるんだ」
「それはコイツが!」
「マドカが?」
「だってさっき自分で優秀だとか言ってたくせに、舌の根も乾かないうちに分からない事があるだなんて言うんだもん!」
互いに罪を擦り付けるように言い合い、結局どっちが悪いか決まらずにお兄ちゃんに怒られた。お兄ちゃんのカミナリは避雷針を立ててても避けられないからな……
「お前が悪いんだぞ……」
「お前が自分は優秀だとか言うから……」
「まだ懲りてないようだな」
「「い、いえ!」」
「なら、大人しく自習してろ。それから静寂」
「ん、何?」
「さっき立ち歩いてた事は見逃してやるから、こいつらの監視頼むな」
「やっぱバレてた?」
「当たり前だ」
お兄ちゃんはそれだけ言って自分の席に戻って行った。戻った途端に囲まれたのは、それだけ質問がある女子が多いって事なんだろうな……良く見れば篠ノ乃も質問しようとしているが、近づいては戻り、また近づいては戻ると言う動作を繰り返してる。アイツの性格から推理すると、お兄ちゃんに聞きたいんだろうが、自分から聞くのは負けなような気になってるんだろうな。
「さてと、頼まれちゃったからには、しっかりと監視させてもらうからね」
「お兄ちゃんも人使いが荒いね」
「それだけ信用されてるんだと思えば苦じゃないよ」
「お兄ちゃんに信用されてる人って、そんなに多く無いと思うよ」
パッと思いつくのは虚さんと碧さんくらいしか居ないもんね……まして同い年だと他に誰か居るかな……簪はちょっと違うし。
「そのお兄ちゃんに信用されてるんだから、私はその期待に応えなければいけないのよね」
「お兄ちゃんって言うな!」
「はいはい、そんなに大きな声を出すと、また一夏君に怒られるよ?」
「もう!」
完全に遊ばれてるようだが、それでも不快感を抱かせないのは鷹月さんの凄いところだろう。今日は朝から嫌な事があったけど、そんな事を忘れさせてくれるような感じが、お兄ちゃんや鷹月さんからするんだよね……事情を知ってる訳無いんだから、そんな事無いのにね。
「ん? 如何かしたの?」
「何でも無い。ところでこれは如何解くの?」
「あぁ、これはね……」
お兄ちゃんには聞きに行けないけど、こうやって鷹月さんが教えてくれるのなら何とかなりそうだ。今度のテストではお兄ちゃんや鷹月さんの手を煩わせないようにしておかなければ! そうじゃないとまた怒られちゃうし……
「ちょっと、聞いてるの?」
「聞いてるから大丈夫だよ」
「ほんとかな~? 何だか心此処にあらずって感じがしたけど?」
「そ、そんな事無いよ?」
「怪しいけど、今はそれどころじゃ無いもんね。じゃあ続きを説明するけど……」
こうして自習時間はしっかりと勉強する事が出来たのだが、お兄ちゃんは質問に答えてるだけで自分の勉強が出来てるようには見えなかった……なのに成績トップなんだもんな、凄いな~。
「一夏君お疲れ~」
「別に疲れては無いが……」
「あれだけ囲まれてたら疲れるって」
「そうか?」
「一夏先生は大人気だからね」
「その呼び名は何なんだ?」
「正確でしかも分かりやすい説明をしてくれる一夏君に敬意を込めて皆が呼んでるのよ」
「敬意より悪意が篭ってるように感じるのは気のせいか?」
成績優秀者同士が会話してると、何だか交ざり難いんだよね……お兄ちゃんも鷹月さんも大した事話してる風では無いんだけど、それでもなんか躊躇っちゃうんだよ……
「次の時間は織斑先生が来るんでしょ?」
「酔いが醒めてたらな……朝からどれだけ飲んだんだか」
「大変ね、お母さんは」
「だから俺は……って、何で静寂がそれを知ってるんだ?」
「だって毎日彼女さんたちにお弁当を作って、布仏さんを起こしてるんでしょ? 前に須佐乃男から聞いたのよ」
「なるほど……」
「お姉さんの面倒まで見なきゃいけないんだもんね。一夏君が疲れてないのが不思議なくらいよ」
「疲れてるんだがな……表に出ないだけだろ」
如何やら今は姉さんの話をしているらしい。これなら自然な流れで交ざれるかも……
「姉さんが如何かしたの?」
「ん? いやあの酔っ払い、次は大丈夫なのかって話をしてたんだ」
「お姉さんの事をそんな風に言わないの」
「事実なんだから、言われてもしょうがないだろ」
お兄ちゃんにとっては義姉なんだけど、この学園でその事を知ってる人は少ないのだ。お兄ちゃんも姉さんもあまり人に言ってないようだし、私が言いふらす事でも無いだろうしね。
「せっかく復帰出来たのに、早々に退場だなんて、可哀想としか言えないわよ」
「本当なら当分復帰させるつもりは無かったんだがな……」
「ん? 如何言う事?」
お兄ちゃんがつぶやいた言葉に、鷹月さんが反応する。確かに今の言葉は気になる事があったね。
「お兄ちゃんが姉さんの解放を認めたの? それってお兄ちゃんが姉さんを何処かに閉じ込めてたの?」
「細かい事は気にするな。あの人は自由になったんだからもう良いだろ」
「良く無いよ~。こんなに面白そうな話を聞き逃すなんて事したく無いもの」
「静寂、何だか黛先輩みたいだぞ?」
「女の子は噂話が大好きなのよ」
「そんなもんかねぇ……」
お兄ちゃんが呆れたように鷹月さんを見ているが、私だって確かに気になる。何をやらかして閉じ込められたのかは聞いてないが、お兄ちゃんが姉さんを閉じ込めたのは事実なのだ。ただ表面は学園の事情で休んでた事になってるので、知ってるのはごく一部の人間だけなのだ。鷹月さんもその一人だ。だが周りの人は知らないので、聞かれても良いようにテキトーに誤魔化して話しているのだが……
「詳しい事は言えんが、学長に許可を取ったのは俺だ」
「一夏君、学長の番号を知ってるの?」
「一応な、あの爺さん、俺に全権でも委ねるつもりじゃないかと思うくらい人任せだからな」
「それだけお兄ちゃんが信用されてるんだよ」
「それで、織斑先生を解放した理由は?」
「それは内緒だ。聞けば静寂やマドカにも監視がつくぞ」
「それは勘弁願いたいわね」
「どれだけ重要な事なんだろう……でも、そんな事まで任されてるなんて、さすがお兄ちゃんだね!」
学園がお兄ちゃんを認めてるって事だろうし、監視がつくって事は国絡みの事なのだろうか……そんな重要な事を一人の学生に託すなんて、この国は如何かしてるわね……いや、お兄ちゃんが凄すぎるだけなのかな?
「兎に角、あの人は一応解放されたんだが、まだ監視中だから」
「それなのに初日から酔っ払い通勤とは……一夏君が怒るはずだわ」
「姉さん……」
IS界では知らない人は居ないほど凄い人なのに、何でお兄ちゃん相手にはこんなにもダメダメなんだろうな……もう少しお兄ちゃんの負担を減らそうとか思わないのかな……私が言える立場じゃ無いけどね。
今朝早くに真耶の部屋を襲撃して、一夏が作ったと言う作り置きをつまみに飲んでいたら一夏に怒られてしまった。
「お前が遅れてくるのが悪いんだぞ」
「千冬さんが部屋にあったノンアルコールビールを全部飲むからいけないんですよ!」
「お前だって飲んだだろうが!」
さっきからフラフラと風に当たりながら責任を擦り付けているのだが、この場に一夏が居たら怒られそうだからそろそろ止めるとするか。
「次の時間はさすがに教室に居なければマズイだろうな」
「ただでさえ千冬さんは解放されたばっかなんですから、少しは大人しくしてた方が良いですよ」
「お前だって一昨日解放されたばかりの癖に、もう問題を起こしてるじゃないか!」
「私が閉じ込められたのも、今日織斑君に怒られたのも、全部千冬さんが原因じゃないですか!」
「なぁ、この言い争いは無駄だと思わないか?」
「そうですね……止めましょうか」
どっちにも責任があるのだから、これ以上もめたところで解決はしないし疲れるだけだ。一時間目は終わったのだし、次はしっかりと授業しなければ学園からも一夏からも怒られる事になりそうだ。
「次は真耶が担当だったよな?」
「千冬さんも見学するんですよね?」
「まぁな。だが今教室には行きたく無いんだよな……」
「分かります、教師としての威厳が……」
復帰早々に義弟に怒られて教室から退場するような教師が、生徒をちゃんと導けるかと聞かれれば絶対にNOだろうな……
「織斑先生は良いですよ、輝かしい過去がありますから」
「何だその言い方、それじゃあまるで今は駄目だと言ってるようだぞ?」
「大丈夫だと思ってるんですか?」
「お前なんか未だに緊張癖が治らないじゃないか!」
「それは関係無いでしょうが!」
「そんなんだからお前は候補生止まりだったんだ!」
互いに自覚している事を指摘されたものだから、何も言い返せなくなって固まってしまった……
「大体、私だって織斑君からまた問題を起こしたら逆戻りだって言われてるんですからね」
「そんなのは私だって同じだ! とある事情から仕方なく解放してもらったんだからな」
「何です? その事情って?」
「言う訳無いだろ。そんな事をすれば一夏に殺される」
亡国企業に対する監視と牽制の意味で解放されたのに、初日から問題ありじゃ怒られるだけで済まないだろうしな……その上真耶にまで情報を漏らしたとなれば殺されてもおかしくは無いのだ……
「ん? 電話だ」
「私もです」
二人同時に携帯が鳴り、電話かと思ったがメールだった。普段使わないから区別がつかないんだよな……
「一夏からか」
「私もです」
「何!? 貴様、何時一夏のアドレスを手に入れたんだ!」
「緊急用に聞いただけですよ! 千冬さんが酔いつぶれたりした時に織斑君に助けを求められるように」
「それ、一夏に話したのか?」
「当たり前ですよ! そうじゃなきゃアドレスを教えてもらえる訳無いじゃないですか!」
「そ、そうか…そうだよな……」
「千冬さん?」
急に嫌な予感がしてきた……そう言えば前に酔っ払って家に帰った時、次の日の一夏の機嫌がもの凄く悪かったな……もしかしてあれは自力で帰ったんじゃ無くって一夏に迎えに来てもらったのだろうか。
「お前、一夏に救援要請をした事無いよな!」
「ありますよ」
「んなっ!?」
やっぱりあの時一夏が機嫌が悪かったのはこいつの所為だったのか!
「それよりも、メールの内容を確認しなくちゃいけないのでは?」
「そうだったな! お前の相手より一夏の方が100倍大事だからな」
「酷っ! でも確かに織斑君のメールの方が大事ですよね」
そう言って二人同時にメールを開いた。そこには……
『騒がしい! さっさと反省して教室に戻って来い』
「如何やら聞かれてたみたいですね……」
「一夏の情報収集能力はハンパ無いからな……」
何処で聞いていたのかさっぱり分からないが、私たちが騒いでいたのを一夏は知っていたのだ。しかも如何でも良い事だとも知っているようで、反省しろと注意までしてきてたのだ。
「織斑君は、恐ろしい子ですね……」
「自慢出来ると同時に、少しは手加減してほしいと思うほどだ……」
これ以上怒られるのも嫌なので、私たちは大人しく教室に向かう事にした。次の時間は怒られないようにしなくてはな。
ノンアルコールでも飲みすぎると駄目ですからね……