午後の授業も問題無く終わり、俺は更識に向かう車を見送る為に校門までマドカたちと一緒に移動する事にした。本来なら俺もこの車で更識の屋敷へ帰るはずだったのだが、昼休みに生徒会の仕事を手伝えずに終わらなかったので、虚と二人学校に残って作業を終わらせてから自力で更識の屋敷に帰る事にしたのだ。
「おりむ~が居ないと車の中は静かなんだよ~」
「普段騒がしい分丁度良いんじゃないか?」
「そんな事ありませんよ。静か過ぎて退屈です」
「お兄ちゃん、早めに終わらせてね」
「どれくらい残ってるかにも寄るがな」
朝のうちに結構終わらせたのだが、昼休みまでにまた生徒会に仕事が回ってきたらしいのだ。山田先生とあの駄姉が仕事放棄した為に作業が滞ったとかで生徒会に回ってきたのだが、何故この二人は期限ギリギリまで作業をしないのだろうか……もしかして生徒会に任せれば大丈夫とか思ってるんじゃないだろうな。そうだとしたら一度説教しなくては。
「一夏君、なるべく早く終わらせてね?」
「今マドカに言われたばっかだよ……」
昇降口で刀奈、簪と合流してすぐに刀奈に念押しされた。そんなに退屈なら何時もみたいに何か考えれば良いものを……俺が居ないとそれも出来ないのか? そんな事があるのだろうか?
「虚ちゃんと二人きりなんて絶対に許さないんだからね!」
「そんな事言われても、作業してるんだから二人きりだろうが関係無いだろ」
「一夏と同じ空間に二人きりって言うのが羨ましいの!」
「そうなのか……」
珍しく熱く語る簪に、思わずたじろいだ。別に二人きりだからと言って何かが変わる訳でも無いんだし、気にしすぎだと思うんだがなぁ……男と女で感じ方が違うのだろうか?
「あっ、もう来てる。さすが碧さんだね」
「時間ピッタリですね」
「仕事の時はしっかりしてるんだがなぁ……」
碧さんはプライベートになるとドジを連発するからなぁ……明日の訓練は問題無く出来ると良いな……俺が絡んでも駄目らしいから、不安ではあるんだが。
「それじゃあまた後で。碧さん、お願いしますね」
「は~い、分かったよ。一夏さんも後で帰ってくるんでしょ?」
「虚と二人で帰りますよ」
「虚? 一夏さん、何時虚さんの事を呼び捨てに?」
あっ、やっぱり反応したか……一瞬さん付けしようかと思ったけど、どうせバレるのだから良いかと思ったんだが、案の定だったな。
「今週ですかね……もっと言えば二日前からかな?」
「昨日からじゃない?」
もっと言えば二人きりの時は呼び捨てにすると言う約束をしてたのだから、正確な時期は分からない。だが他のメンバーの前で呼び捨てにするのは恐らく昨日か一昨日からだ。
「一夏さん」
「はい、何でしょう?」
「屋敷に帰ったら話があります」
「ですよね……何となくそんな事を言われる気がしてました。それと、此方からも話したい事があるので、その時についでに話しますね」
一応の手は打ったが、警戒し過ぎと言う事は無いだろうから少し相談に乗ってもらおう。最終的な判断は当主にしてもらうが、相談相手なら碧さんが最適だろう。
「何か私やらかしましたか?」
「いや、そっちじゃ無いです」
そもそも一週間会ってないんだから、碧さんが何かやらかしても分からないんだが……自覚でもあるのだろうか?
「分かりました、それじゃあ夜にでも」
「了解です。それじゃあお願いします」
全員乗り込んだのを確認して、俺は車のドアを閉める。刀奈や簪が何か言いたそうな顔をしていたが、それに付き合っていたら時間がかかってしまうので気付かないフリをした。時間があれば聞いたのだが、生憎時間に余裕は無いのだ。
「さてと、隠れてないで出てきたら如何だ?」
背後の木の陰に居る虚に声を掛け、出てくるように促す。別に隠れる必要など無かったと思うんだがなぁ……隠密の練習だろうか?
「やっぱり一夏さんの目は誤魔化せないですね」
「多分碧さんも気付いてたと思うぞ? チラチラと虚が居る方向を見てたし」
「……暗部に所属してる身としては、もう少し上手く気配を消したい所ですね」
「刀奈や簪は気付いて無かったようだし、如何やら須佐乃男も気付いて無かったから十分じゃないか?」
「ですが、一夏さんや碧さんには気付かれてしまいますし……」
虚は気にし過ぎだと思うんだがなぁ……俺は色々と原因があって気配察知は得意なんだし、碧さんは実戦経験者だからな、気配を察知出来なければ生死に関わってくるから鍛えたんだろう。暗部に所属してるとは言え、虚はまだ学生なのだから気にする必要は無いと思うんだがな。
「具体的にはどれくらい気配を消したいんだ?」
「せめて碧さん並くらいには……」
「随分と高いレベルを目指してるんだな」
学生で今くらい気配を消せるのなら上出来なのだと思うのだが、虚が目指していたのはもっと高みだった。
「それと同じくらい気配察知も出来るようになりたいですね。今の段階では相当近付かれないと気付けませんし……」
「それなら明日の碧さんの部隊との訓練に、虚も参加すれば良いじゃないか。恐らくためになると思うぞ」
「でも、いきなり参加など出来るのですか?」
「大丈夫だろ。俺だっていきなり参加した事あるし」
その上思いっきり打ちのめした事もあるのだ。それからは俺が参加すると碧さんの部隊のメンバーのやる気は普段の倍以上になると言われたのだが、何故そんなにやる気になるのかイマイチ分からないのだ。
「それじゃあ後で碧さんにお願いしてみますね」
「多分大丈夫だろうから。それじゃあ今は生徒会の仕事を片付けるとするか」
「そうですね」
「ちょっと他の用事を済ませてから行くから、先に行っててくれ」
「分かりました」
虚を先に生徒会室に行かせて、俺はもう一人隠れているヤツに声をかける。
「それで、何で貴女はそんな所に居るんですか?」
「なに、ちょっとした訓練だ」
「よく言うよ……隠れて俺たちの会話を聞いてたくせに」
茂みに隠れていた千冬姉に非難の目を向けたが、それはあっさりと流された。これくらいで懲りてくれる人じゃねぇからなぁ……
「警戒は怠ってないようだな」
「お前から頼まれた事だからな」
「その分生徒会に仕事を回すのは止めてくれないか?」
「今回は私じゃ無いぞ、真耶だ」
「今回『は』? 普段は丸投げしてる自覚があるのなら、もう少し頑張れよな! アンタらは給料もらってやってるんだろ。俺たちはいくら仕事しても給料は出ないんだぞ!」
「だって一夏に頼んだ方が早いんだもん……」
「呆れたヤツだな……」
自分で仕事はしないくせに給料はちゃっかり貰い、その上よく分からない事に投資してるんだから如何かしてるよな……何でこの人が教師やってるのか不思議だ。
「それじゃあ俺はその丸投げされた仕事を片付けるから警戒は頼むぞ?」
「任せろ! 今のところ攻めてくる様子は無いし、周りから見てるだけじゃ此処は攻め落とせないさ」
「それが油断じゃ無い事を祈るぞ」
この人も意外と最後の詰めが甘い節があるからな……油断して学園を占領されるなんて事が無いとも言い切れないし、これは早めに増援をした方が良いだろうな。
「それじゃ」
「一夏! 報酬は一夏の料理で良いぞ!」
「あのなぁ……自由にしたのが何よりの報酬だろうが! 本来ならアンタはまだ檻の中なんだからな! その事を忘れるな!」
浮かれた頭で警備されても困るので、一発カミナリを落としておいた。これで少しは懲りるだろう。
「それは分かってるが、偶には一夏の料理が食べたいぞ……」
「偶にはって、今朝山田先生の部屋に置いておいた料理を全部食べたんだろ?」
「あれじゃあ足りん!」
まったくこの人は……あれだけって少なくとも四日分くらいは作り置きしておいたんだが、それでも足りないのかよ。
「今度気が向いたら作ってやるから、それで我慢しろ」
「本当だな!! 男に二言は無いな!!」
「気が向いたらな」
一応の念押しだけはしておいて、俺は生徒会室に向かう事にした。何時までもこの人の相手をしていたら、終わるものも終わらなくなってしまうのだ。
「約束だからなー!」
まだ背後で言ってる千冬姉は綺麗さっぱり無視して、生徒会室に急ぐ。虚一人では大変だろうし、何より何の為に残ったのか分からなくなるからだ。
「あれ、一夏君?」
「ん? エイミィか」
「週末は家に帰るんじゃないの?」
「ちょっと仕事が残っててな。今の急いでるから、また今度電話でもするよ」
「分かった。ゴメンね、何か呼び止めたみたいで」
「気にするな。友達なんだから」
最近会わなかったエイミィにバッタリ会い、少し話して別れた。せっかく会えたのに無視するのは可哀想だし、かと言ってゆっくり話してる時間も無いので、簡単な挨拶だけだったが、エイミィは本当に楽しそうだった。
「さて、誰も居ないしちょっと急ぐか」
エイミィと別れ、誰も見てないのを確認して床を蹴る。勢いをつけて宙を走り、階段も一気に駆け上がる。
「到着っと」
生徒会室前に着き、軽く息を吐く。疲れはしないが、一応こうしておかないと心配されるからな……今は誰も傍に居ないが。
「一夏さん、遅かったですね」
「ちょっと織斑先生とな。今お茶淹れるから」
「私が淹れますよ」
「立ってる俺が淹れた方が良いだろ。虚は座ってろって」
立ち上がろうとしていた虚を手で制し、俺はお湯を沸かす。電子ポットに残ってたのを再沸騰させるだけだからそれほど時間はかからないだろう。
お湯を沸かしてる間にお茶の葉を用意しておく。虚はアッサムのミルクティだったな。
「えーっとお茶の葉は……」
「はい」
「ん?」
お茶の葉を捜していたら、背後から渡された。虚のヤツ、座ってろって言ったのに仕方ないな……
「悪いな、だが座ってろって言っただろ?」
「二人で準備した方が早いですから。そしてその後で作業をすれば良いんですよ」
「まぁ、一理あるがな」
別々で作業しても、一緒に作業してもあまり変わらないのなら、一緒の方が良いと言う事だろうな。虚も刀奈や本音に負けないくらい甘えん坊だし。
「アッサムで良いんだろ?」
「はい」
「それじゃ、お湯も沸いたし作業するか」
お茶を淹れて一服してからでも良いのだが、作業しながら飲むのも意外と落ち着くのだ。だから毎回二人で作業する時はお茶を淹れてから作業するのだ。
「そう言えば織斑先生とは何の話をしてたんですか?」
「大した話じゃ無いぞ」
「知りたいんです」
そう言って虚は腕を絡ませてくる、二人きりの時に度々登場する甘えん坊の登場だ。こうなった虚を宥めるには、聞かれた事を素直に答えるのが一番楽なのだ。
「教えても良いが、絶対に他の人には話すなよ」
「お嬢様にもですか?」
「刀奈にも簪にも秘密だ。もちろん本音やマドカにもだ」
「分かりました」
虚ならある程度の情報を掴んでてもおかしくは無いし、これくらいの事なら教えたところで騒ぐような女性でも無いしな。
「学園の周りに亡国企業の人間が居るのは気付いてるか?」
「……誰かが探ってるのは気付いてましたが、亡国企業だとは知りませんでした」
「そうか……」
虚でも知らなかったのか……それじゃあ学園に知ってる人間は居ないと考えても良いのかもな。マドカが如何も怪しい感じなのだが、何か気付いてるのかも知れないな。
「それで千冬姉に監視を頼んだんだ。それで千冬姉は自由になったんだがな」
「一夏さんが学園の何処かに閉じ込めてたんでしたっけ?」
「ああ、特別指導室な。あそこは一般の生徒が近付ける場所じゃないからな」
俺だって出来れば無縁で卒業したかったが、何の因果か特別指導室の鍵まで預かったからな……
「それで、今日の夜に碧さんの部隊にも警戒を頼めないか聞くつもりなんだが、更識の方で碧さんの部隊が必要か如何か聞きたい」
引き受けてくれるかの前に、更識の方で部隊が必要なら諦めるしか無いからな。屋敷の事情に詳しい虚に聞くのを忘れてたからついでに聞いたのだ。
「今のところ急を要する任務はありませんに、碧さんの部隊以外にも更識には優秀な部隊が居ますので大丈夫かと」
「そうか、ならとりあえず一安心だな」
「しかし学園の周りを警戒となると、それなりに費用がかさむかと……」
「費用は俺が出すから問題無い」
「一夏さんが?」
「株でそれなりに儲けてるからな」
その分ごっそりと税金も取られてるが……一部隊くらいなら数年間雇えるくらいの貯えあるのだ。
「ですが、更識としても少しくらいは出さなければ……」
「他に使うところがあるだろ? 俺はそれほど使い道無いから気にするな」
「スミマセン……更識の懐事情も芳しくないですし」
「そっちもある程度は増やしたんだがな……」
更識はそれなりにデカイ組織だ。維持費やら訓練費などで結構な金を使わなければならないので、『ある程度』では駄目だったか。
「宿泊などはこの学園の余ってる部屋にでも泊まってもらえば良いだろ」
「しかし、さすがに全員を此処に集める訳には……」
「それもそうだな。それじゃあ数人を週変わりで派遣する形にするか」
「指揮権は如何します? 碧さんを此処に滞在させるにしても、ずっと居る訳ではありませんし……」
「いっそのこと碧さんにこの学園の臨時教師にでもなってもらうか」
「そんな事、出来るんですか?」
「学長に頼んでみる」
そう言って懐から携帯を取り出して学長に電話を掛ける。学園運営に口出しするつもりは無かったが、この際使えるものは何でも使ってやる。
「もしもし轡木学長ですか、織斑です。えぇ、弟の方です……折り入ってお願いなのですがね……」
まさか学長に直談判するとは思って無かったのだろう、虚が口をあんぐりと開けて驚いている。
「分かりました。相手の了承が取れ次第また連絡します」
とりあえず許可が下りたので、後は本人の意思を確認するだけだ。まぁ碧さんなら引き受けてくれるだろうがな。
「さて、後はこの仕事を片付ければって、何時まで驚いてるんだよ」
「さすがに学長とまで知り合いだとは知りませんでしたし……」
「千冬姉と山田先生をぶち込んだ時に解放の判断を聞く為に教えられたんだ。好きで知ってる訳じゃねぇよ」
そもそも学生で学長の番号を知ってるのは俺だけみたいだし、教師でも殆ど知らないとか言ってたな、あの爺さん……奥さんに殆ど運営は任せて自分は何してるんだか分からない生活してるクセに、俺に仕事を押し付けてくるんだよな……今回の事も一応報告はしてるんだが、自分で動くつもりは無いようだ。
「それでは碧さんの件は……」
「あっさり了承したさ。警備の為なら問題は無いってな。その代わり予算はあまり出してくれないようだがな」
元々コッチで手配する予定だったから学園から費用が出るとは思って無かったのだが、少しくらいなら出してくれるのは正直ありがたい。
「何処まで信頼を伸ばすんですか……」
「勝手に信用してるだけで、俺は信頼関係を築くつもりは無い! そもそも自分の身は自分で守れって考えが気に食わないんだ」
自分で守れる人間が此処には何人居るんだか……専用機持ちって言っても、実戦経験がある人間は多く無い。一年だけで見ればマドカとラウラくらいか。後は俺の周り……彼女たちだが、あまり危険な目にはあわせたく無いのだ。
学園の長がそんなだから、亡国企業のヤツらに嗅ぎまわられし、そのうちの一人には易々と侵入されるんだ。
「一夏さんでも、人を嫌うんですね」
「ん? 俺は聖人君主じゃねぇからな。嫌いな相手だって居るさ」
話しながらも生徒会の仕事……山田先生から丸投げされた仕事をこなしていく。これだって学長がしっかりしてれば生徒会に回ってくるはず無いのだから。
「奥さんの方がまだマシだ」
「あの人も基本的には学生と教師に任せてますけどね」
「現場に居るだけマシって事だよ。あの爺さんなんて滅多に顔見せに来やしない」
「私も数えるくらいしか会った事無いですね」
「今の一年で俺以外にあった事のあるヤツが居るのかねぇ……」
学長を見ると呪われるとか言われるくらい現れない爺さんだ。それで学長を名乗ってるんだからますます気に食わないのだ。
「さてと、コッチは終わったから片付けるか」
「私の方もこれで終わりです」
残っていた仕事を片付け、俺と虚は部屋の片付けと終わった書類を職員室に届けるのとで別れた。本当なら俺が生徒会室の片付けをしたいのだが、紙の束と言うのはそれなりに重いので虚に任す訳にもいかないのだ。
「せめて面倒事だけは起こりませんように」
職員室にはあまり良い思い出は無いし、そもそも職員室で良い思いをするとも思えないしな……ナターシャだけが居るのなら問題は起こらないだろうが、千冬姉も居ると絶対に何かしら厄介事が起こるからなぁ……見回りとか何処かに行っててくれるとありがたいんだが、如何やら職員室でくつろいでるようだ……
「仕方ない、書類だけ置いてさっさと帰るか」
少しナターシャと話しておきたかったのだが、後で電話でもして話せば済むのだから長居はしないでおこう。これから帰るって言うのに疲れたく無いしな。
忘れられ気味だったのでこれからは頻繁に出そうかと……