一夏様に家まで送ってもらった私は、大急ぎで着替える事にしたのですが、朝帰りを見逃してくれる両親ではありませんでした。
一夏様と小鳥遊隊長から事情は説明されてるはずなんですが、やっぱりこの両親は私の事が嫌いなようで、事ある毎の私の事を叱りたいようです。
「女の子が男の部屋に泊まっただと! ふざけるな!」
「ふざけてません! 一夏様が勉強を教えて下さってたのに、私が寝ちゃっただけです! それに、これから訓練なので時間が無いのでもう良いですよね!」
「全く、お前がだらしないからこんな出来損ないになったんだぞ」
「貴方が無能だから娘もこんななんでしょ」
私が出来が悪いのを互いの所為にしてまた喧嘩する……私がIS学園の入試に失敗してからこんな両親の喧嘩を見る回数はもの凄い増えたのです。
「失礼します。美紀さん、まだ準備は出来ないんですか?」
「ゴメンなさい一夏様! すぐに行きます!」
喧嘩の声が外まで響いてたんでしょう、一夏様が不思議そうな顔で玄関から覗き込んでいました。私の事は両親の手前さん付けでしてましたが、目では遅い私を叱ってるような感じがしました。
「あれが織斑一夏……我が陣営に引きずり込めないのか?」
「私はお父さんの手伝いをしたくて今の部隊に入ったんじゃないもん!」
楯無様に摩り替わって実権を握ろうとしているお父さんが嫌で、なるべく家に居たくないから小鳥遊隊長の部隊に入ったのだ。お母さんが世間体を気にして用意してくれた仕事だが、今はそこが一番落ち着ける場所になっているのだ。
「美紀! なんとしても織斑一夏を仲間にするのよ! アンタ、見た目だけはマシなんだから」
「……いってきます!」
こんな両親なら居てほしくなかった……私の事を政治の道具としか思ってくれない両親なんて、要らないもん。
「お待たせしました!」
「……ちょっと良いか?」
「はい?」
家から飛び出してきた私を、一夏様はいぶかしむような目で見てきました。私、何かしたのでしょうか?
「どんな両親でも要らないなんて思ったら駄目だ」
「え……」
それはさっき私が思ってた事……一夏様は全てを見透かしたように私の事を諭してきます。
「織斑の両親みたいに、俺や千冬姉を捨てていってマドカだけを連れて行ったのは良いが、結局マドカも捨てたようなろくでなしなら居ない方が良いと思っても仕方ないが、一緒に暮らしてるのに要らないなんて思ったら駄目だ。刀奈や簪のように、居てほしくてももう会えないような人だって居るんだから」
「あ……」
そうだった……先代の楯無様はもうこの世にはいらっしゃらないのだ……刀奈様が楯無の名を襲名して、簪ちゃんはそれを支えている形だが、二人共お父さんに会いたくても会えないんだった……それなのに私は要らないなんて思っちゃって……
「ゴメンなさい!」
「別に俺に謝る必要は無い。ウチのは如何しようも無い両親だったらしいからな。ただ、思っても口と顔には出さない方が良いだろうな。四月一日さんは結構鋭い感性をお持ちのようだから」
「そう…ですね……?」
一夏様にお父さんの事を言われてそうしようと思った矢先、一夏様の発言の些細な事が気になった。如何しようも無い両親だった『らしい』って言いましたよね?
「あの一夏様……」
「ん?」
「『らしい』とは……」
「記憶が無いからな。俺は両親の記憶と、幼少期の記憶は無い。覚えてるのは捨てられた後、千冬姉が台所を爆発させた所からだ」
「……爆発?」
如何やれば台所が爆発するのでしょう? 家事が苦手な虚さんだって、爆発まではさせてなかったと思いますし、何を使えば爆発が起こるのでしょう?
「火力全開のところに油の容器を置いてそれに引火したんだ。幸いすぐ消火したから近所に被害は無かったがな」
「織斑千冬さんって、家事出来ないんですね」
世間では完璧超人みたいに思われている織斑千冬さんも、苦手な事があるようで安心しました。
「てか、IS関連と勉強以外、あの人が得意な事なんて無いぞ」
「そうなんですか!?」
「その話は後だな。そろそろ時間になっちまうから」
「え、はい」
一夏様に言われ時計を確認すると、確かにそろそろ集合時間だった。私は再び一夏様に背負われて屋敷を一気に飛び越える、これがまた気持ち良いんですよね。
「そう言えば私、気配を探るのとか苦手ですよ? 今回の任務に向いてるとは思わないんですが……」
「学園内に居れば探る必要は無いからな。護衛が主になるだろうから、碧は美紀を推薦したんだと思うぞ」
「ですが、一夏様や楯無様なら、自分の身は自分で守れると思うのですが」
「それ以外の生徒を守る為に選ばれたんだろう。言うならば守りの要ってことだろ」
「要……私がですか!?」
「後ろを任せられると俺も刀奈も安心して前を叩けるからな。期待してるから頑張ってくれよな」
「は、はい!」
「でもその前には試験があるからな、そっちは頑張ってくれよな」
「は、はい……」
同じ返事を全く違うテンションで言った私が面白かったのか、一夏様はクスッと笑ったように見えました。
「それじゃあ訓練を開始したいと思いますが、今日は一夏さんと虚さんも参加するから」
私が到着すると同時に、小鳥遊隊長が開始の挨拶をした。そう言えば虚さんも参加するって言ってたな。
「それともう一つ、今日の訓練で明後日からの任務に就いてもらう人を決めるから、そのつもりで参加して下さい」
「何だ、まだ決まってなかったのか」
「だって隠密能力は皆横一線だし、今日の結果を見て一夏さんと虚さんに選出を手伝ってもらおうと思ってました」
「ん、分かった。それじゃあ俺と碧と美紀が探す側だな」
「あれ? 美紀ちゃんは隠れる側じゃないんですか?」
「気配を消す練習なんて、IS学園に入れれば何時でも出来るからな。あそこは無駄に広いから」
如何やら一夏様の中で、私のIS学園入学は決定事項のようになっている……こりゃ不合格だった時に何を言われるか分からないですね……お父さんたちみたいに罵倒されるかもしれないし、ゴミを見るような目で見られるかもしれない……
「ん? どうかしたのか?」
一夏様の事をジッと見ていたのに気付かれて、私は一夏様に声を掛けられた。
「私が入試に失敗したら、一夏様は呆れますよね……」
「何だ、随分と弱気だな」
「だって! 私は一回失敗してるんですよ!」
言ってて恥ずかしいが、私は本音ちゃんでも合格出来た試験で不合格になっている……つまり今回も失敗する可能性が高いのだ。
「大丈夫、午後からみっちりと勉強を見てやるから。俺と虚と刀奈で」
「え……え!」
IS学園における三学年トップが私の勉強を見てくれると言うのですか!? それは光栄であると同時にかなりのプレッシャーなんですが……
「それじゃあ訓練を開始する。碧、合図とルールはお前に任せる」
「それじゃあ何時も通り、場所は屋敷内全て、時間は10分間。移動しても良いけど、それで見つかったらトイレ掃除ですから」
小鳥遊隊長の指示に、他の皆が頷く。私は隠れる立場じゃ無いから関係無いよね? それよりもこの訓練の後にみっちりと勉強しなくてはいけなくなったのが嫌だな……まぁお母さんに監視されてる訳じゃ無いから良いけど……
「それから一夏さんに見つかったら人はもう一回隠れても構いません。ただし二回目も一夏さんに見つかったらその時点で失格、トイレ掃除ですから」
確か一夏様って、気配察知能力に優れていて、小鳥遊隊長でも隠れ通せないって噂だったような……つまり殆どの人はトイレ掃除決定って事じゃ無いのだろうか……
「隠れる側もしっかりと探す側の気配を探るようにする事。これはそう言った訓練なんだからね。決して遊びでは無いと言う事を覚えておいてください」
確かに一見かくれんぼと思われがちだが、れっきとした隠密訓練なのだ。ただ隠れる、ただ探すのでは無く、互いが互いの気配を探り、また相手に気付かれないようにするのがこの訓練の目的だ。
「それじゃあ今から五分の間に隠れてください。それから私たち三人が探し始めますから」
隊長の合図で、部隊の皆と虚さんが隠れる為にこの場から移動した。既に一夏様は気配を追ってるようで、目を瞑って真剣な雰囲気を纏っている。
小鳥遊隊長も何人かの気配を追ってるようで、そっちの方向をジッと見ていた。対する私は、誰一人の気配も追えずに必死になって気配を探っているのだ……隠密は苦手なんですよ~!
「……なるほど」
「ん? 如何かしましたか?」
「いや、虚が随分と気合が入ってるなと思って。だから虚を探すのは碧と美紀に任せた」
「「えぇ!?」」
如何やら隊長も虚さんの気配は追ってなかったようで、急に言われて驚いていた。一方の私は、隠密行動が得意な虚さんを探さなければいけなくなって絶望を感じているのだった。
「せっかく気合が入ってるのに、俺が見つけたら意味が無くなってしまうからな」
「そんな事無いですよ! 一夏さんから隠れ果せればきっと自信に繋がりますって!」
「そ、そうですよ! 一夏様に見つからなければ虚さんも自信が持てますって!」
「生憎だが、俺はもう虚の居場所を掴んでるんだ。このまま隠れ通せる訳無いだろ」
「「………」」
一夏様の気配察知能力を甘く見ていた……屋敷全体を使って、更に五分も隠れる場所を決める時間があればそれなりの能力を持っている人ならば十分隠れ通せるだろうと思っていたのに、一夏様は始まる前からその場所を掴んでいると言うのだ。
「だから、虚を探すのは二人に任せるからな。特に碧は昨日虚が盗み聞きしてたのに気付いてたんだから、それくらい簡単だよな?」
「あ、あれは偶々ですよ!」
「虚もバレてるのに気付いて無かったし、これは面白い勝負になるんじゃないのか?」
「一夏さ~ん……」
隊長が泣きそうな声で一夏様に縋ったが、一夏様は軽くあしらってそれ以上は相手にしてませんでした。
「さてと、屋敷のトイレも汚れてるし、他の皆には掃除してもらうとするか」
「可哀想に……でも、確かに汚れてますしね」
「さてと、どれだけの人数が俺の気配を掴めるか楽しみだな」
「一夏さんが本気で気配を消したら、私だって気付けませんよ……」
「大丈夫だ。精々亡国企業の監視員レベルの気配遮断だから」
一夏様は簡単に言ってますが、世界規模の組織の監視員の気配遮断のレベルは相当なものだと思うのですが……
「さてと、後二分だな。早く虚の位置を見つけないと掴まえられないぞ」
「そ、そんな事言われましても、虚さんは私より何倍も隠密行動が得意なんですから!」
「泣き言言ってる暇があるなら早く探すんだな。見つけられなかったら午後の勉強はより厳しくするとか如何だ?」
一夏様はニヤリと笑って見せましたが、その表情はドS感ハンパ無いものでした。如何やら私を困らせて楽しんでるようです。
「が、頑張るので勉強はお手柔らかにお願いしたいです」
「それで受かるのなら良いが、自信あるのか?」
「うっ!」
そう言われてしまうと困ってしまうのですが、厳しくされたからと言って受かる訳でも無いので、どっちか選べと言われたら優しい方を選ぶのが普通だと思います。
「さてと、時間だから俺は他のメンバーを探しに行くか。二人は頑張って虚を探すんだな」
そう言って一夏様はあっという間にこの場から居なくなってしまいました。そして少し離れた場所で、隊員の何人かは一夏様に見つかってました……
「さすが一夏さん……でも、気配遮断レベルを下げてると言っても私ですらボンヤリと掴めるくらいなんですね……意外と苦労しそうな任務になりそうね」
「私、全く分からないんですけど……」
「私だって一夏さんだって特定は出来てませんけど、知らない気配を纏ってるのは分かったから」
如何やら一夏様は気配を偽ってるようで、その上で気配を隠しているので余計にわかり難くなってるようでした。しかしそんな事を即興でやってのける辺り、一夏様は噂通り優秀な人なんですね。
「さてと、私たちも虚さんを探さなきゃ。見つけられなかったら美紀ちゃんが大変な目にあうようだしね」
「隊長~……せっかく考えないようにしてたんですから……」
一夏様、楯無様、虚さんの三人が私の勉強を見てくれると言うだけで緊張するのに、その上で厳しくされたら堪ったものじゃありませんよ……ここは、何としても虚さんを見つけなければいけないようですね。
「それにしても、一夏さんが美紀ちゃんの面倒を見てくれるようで助かったわね。これで私は他のメンバーを選出する事に専念出来るし」
「でも、他の人は一夏様に次々と見つかってるようですよ」
僅かだが掴める気配で、場所を移動してるのが分かったので、恐らくは一夏様に見つかって二回目に隠れる場所を探しているんだと思う。
「一夏さんが遊び半分でも、私たちには太刀打ち出来ないレベルだからね」
「ううぅ……一夏様に期待されてるのは嬉しいですが、もの凄いプレッシャーを感じるんですが……」
「楯無様や虚さんも美紀ちゃんには期待してるようですし、頑張ってよね」
「更にプレッシャーを掛けないでくださいよ~!」
泣きそうになりながらも、私と小鳥遊隊長で虚さんの気配を必死に探った。結果残り一分のところで虚さんを見つける事が出来たが、向こうも私たちの気配に気付いたようで捕まえる事は出来なかった。
「さて、虚以外は全員二回以上捕まえたが、如何やら虚は捕まらなかったようだな。見つけられたようだが良く逃げた」
「あ、ありがとうございます」
「ねぇ一夏さん、見てた訳じゃ無いのに良く分かるわね」
「気配で何となくの状況は掴んでたし、残り一分の攻防は木の上から見てた」
「全然気付きませんでした……」
小鳥遊隊長が肩を落としましたが、虚さんも似たようなリアクションを取ってるのを見ると、虚さんも気付かなかったのでしょう。もちろん、私も気付いてませんでしたが……
「他のメンバーを捕まえたから、気配を偽るのも気配遮断のレベルを下げるのも止めてたからな。なるべく気付かれないように動いてたし」
一夏様の隠密行動は、隊長や虚さんとは比べ物にならないようでした。その事を素直に感心してた私に、一夏様は例のあの笑顔で迫ってきました。
「虚を捕まえられなかったようだから、午後の勉強は厳しく行くからな。そのつもりで望んでくれ」
「あれって本当だったんですか!?」
「当たり前だろ? それ以外に何があるんだよ」
「てっきり私を奮起させる為に言ったのだと思ってました……」
一夏様は黙って首を振り、私の勘違いを払いのけました。
「それじゃあ次は俺が隠れるから、残りのメンバーで探してくれ。虚も探す側だからな」
「分かりました」
そう言って一夏様はあっという間に姿を消してしまいました。気配を探るのに集中してた他のメンバーもあまりにも急に居なくなったので慌てています。
「さすが一夏さんですね。もう居なくなっちゃいましたよ」
「そうですね……正直私では一夏さんの気配を探るのは難しいですね」
「虚さんは他の仕事もありますから仕方ないですよ。これは私や私の部隊の仕事ですから」
そうは言ってるが、隊長も一夏様の気配は探れてないようで、かなり必死になってるのが表情から読み取れる。
「これが一夏様の実力……」
「いえ、今回は一夏さんは本気では無いはずです」
「うん、そうだね。一夏さんは亡国企業のレベルで隠れてるでしょうから、一夏さんの本気では無いはずよね」
「そんなに凄いんですか? 亡国企業って」
正直そこまで凄いとは思って無かったので、このレベルが大勢居るとなるととても厄介だと思うんですが……
「一般工作員は此処までじゃ無いでしょうけど、少し手練れになるとこれくらいは出来るでしょうね」
「実際私も近くで生活してても分かりませんでしたし……」
「虚さんが分からないものを私が分かるとは思えないんですが……」
「誰かが居るって言うのは近付けば何となく分かるんですが、それが誰なのかはさっぱりでしたね」
そんなレベルの高い人がIS学園の監視をしてるって聞くと、一夏様が守りを強化しようとしてる理由が良く分かります……でも、そこまでレベルの高い監視が居るのなら、さっさと攻め込めば良いと思うんですよね。
「亡国企業って攻め込んで来ないんですか?」
「この前一回だけ攻め込んできたんですが、一夏さんが真剣一本でISを退けちゃいましたので、慎重にならざるを得ない状況なのでしょう」
「えっと……当然一夏様はISを纏ってたんですよね?」
「いいえ、生身でした」
ISを退けたって事は当然、相手はISを纏ってる訳で、その相手を生身の一夏様が真剣一本で退けた……もはやフィクションだと言われた方が納得出来る内容だった。ですが虚さんの表情は嘘を言ってるようでも、誇張してるようにも感じられませんでしたので、恐らくは本当の出来事なのでしょう。
「さてと、時間だし一夏さんを探しましょうか。多分見つけられないだろうけど」
「近付いて気配を掴めたとしても、一夏さんはそれ以上に早く私たちの気配を掴んでるでしょうしね……」
早くも諦めムード全開で一夏様を探し始めましたが、結局見つける事は出来ませんでした。どれだけ優秀なんでしょうか……今度ゆっくりと話を聞ける機会があったら聞いてみたいですね。
次々回辺りで簪とのデート……まで行く予定です