午前の授業が終わり、私は机に突っ伏した。本来なら不合格だったところを一夏様、楯無様、虚さんの推薦状のおかげでギリギリ合格だった私にとって、IS関連の授業はもちろん、一般教科も理解するのも難しいのだ。
「美紀ちゃん、大丈夫~?」
「本音ちゃん、何とか生きてるよ」
頭上から声が降ってきたから、とりあえず返事をしたが、相手の顔を見る元気は、私には残されてなかったのだ。まぁ声で誰だか分かったから気にしないで良かったけどね。
「随分と疲れてるわね」
「ん?」
聞き馴染みの無い声に、私は顔を上げる。如何やら本音ちゃんは一人では無かったようだ。
「本音の幼馴染だけあって、勉強は苦手なのかしら?」
「そうだよ~。美紀ちゃんは私より勉強が苦手なんだよ~」
「本音ちゃん! 余計な事は言わないでよ!」
「何を騒いでるんだ……」
「あっ、一夏様」
一夏様が此方の騒ぎを聞きつけて様子を見に来てくれたようだ。そう言えば本音ちゃんの隣に居るのって、昨日会った鷹月さんだっけ?
「美紀ちゃんが勉強が苦手だってしーちゃんに教えてたんだよ~」
「しーちゃん? ……静寂だからか」
「止めてって言ったんだけどね」
「本音ちゃんのセンスは相変わらずなんだね」
昔私に付けた渾名も酷かったし、簪ちゃんの事は今でも渾名で呼んでるみたいだけどね。よく耐えられるよね、簪ちゃん……
「それで、授業にはついていけそうか?」
「無理ですね…何言ってるのかさっぱりです……」
「……赤点だけは何とか回避してくれ」
「大丈夫だよ~! その時はおりむ~が特別補習をしてくれるから~!」
「あのなぁ本音、俺だって暇じゃ無いんだが?」
学年一位の一夏様に教えてもらえるのならありがたいけど、如何やら一夏様は色々と忙しいようです。生徒会の仕事や楯無様たちの食事の用意、学園の警備や訓練機の整備など色々やってるようなのです。
「そう言えば一夏様、この間から訓練機の声が聞こえると言ってましたが、あれは今でも聞こえてるのですか?」
「ん? あぁまぁな。整備の時に結構役立ってる」
「声? 一夏様はISの声をお聞きになってるのですか!?」
「まぁ……てか、須佐乃男はISなんだが」
「私以外のって事じゃないですか?」
「そうなのか?」
一夏様の専用機である須佐乃男さんは確かにしゃべってますが、このように誰にでも聞こえる声では無く、一夏様はISの声を聞いてると言うのでしょうか?
「そう言えばコレ、シャルに返してなかったな」
「ラファール・カスタム……没収したままだったんだ」
「静寂、シャルに返しておいてくれ」
「何で私が?」
「俺が近付くと、シャルがおかしな行動に出るからな……ついつい殴りたくなる」
「あぁ~……分かった。後で渡しておくわね」
「すまないな」
一夏様は鷹月さんに頭を下げて待機状態の専用機を手渡した。このクラスには専用機持ちが多いって聞いてたけど、あれがその一つなんだろうな。
「おりむ~そろそろご飯食べに行こうよ~! 美紀ちゃんも復活したし」
「マドカさんは既に行ってますけどね」
「虚さんに呼ばれてたからな。それじゃあ行くか」
「えっと…私も一緒にですか?」
一夏様たちと一緒と言う事は、楯無様や簪ちゃんとかもと一緒と言う事になる。そうなると私は何だか肩身の狭い思いをするんじゃないかと思って遠慮しようとしたのだけど、本音ちゃんに腕を掴まれて逃げるに逃げ出せなかった。
「美紀ちゃんの歓迎会も兼ねてのお昼だからね~!」
「昨日は碧さんの歓迎会をしてたんですよ?」
「それじゃあ一夏君、私はこれで」
楽しそうに反対の腕を掴んできた須佐乃男さんを見て、鷹月さんは笑いながら一夏様に手を振って何処かに行ってしまった……一夏様も特に私を助けてくれるような素振りは見せずに先に廊下に出てしまわれた。
「それじゃあ食堂まで行くのだ~!」
「おー!」
「自分で歩けるから! ちょっと本音ちゃん!?」
引っ張られるように廊下に出た私を見て、一夏様は苦笑いを浮かべられた。自分がこの状況じゃなくてホッとしたのか、それとも助けようにも助けられなくて苦笑いを浮かべたのかは、私には判断出来なかった。
「おりむ~も腕組む~?」
「いや……悪いが野暮用が出来た。歓迎会には行くから先に行っててくれ」
「分かったのだ~!」
苦笑いを浮かべていた表情を一変させ、一夏様は何処かに行ってしまった。須佐乃男さんは何があったのかを理解してるような顔をしていたが、本音ちゃんは何も考えて無さそうな顔をしていた。
「それじゃあかんちゃんも待ってるし、急ぐのだ~!」
「だから自分で歩けるってば!」
再び引きずられる形で歩く事を余儀なくされ、私は編入初日から変な目立ち方をしてしまった。かなり恥ずかしいんですけど……
「ねぇねぇ美紀ちゃん、IS学園にはお仕事で来てるんでしょ~? 授業で躓いてるとお仕事に響くんじゃないの~?」
「グッ!? そ、それは……」
あまりにも的確に痛いところを付かれた私は、吐血したような感覚に見舞われた。まさか本音ちゃんに抉られるとは思って無かったな……
「碧さんの顔にも泥を塗っちゃうかもだから~、頑張るんだよ~」
「ううぅ~……本音ちゃんに言い返す事も出来ないくらい正論を言われた~……」
普段何も考えてないような顔をしてるのに、時々鋭いんだよね……
結局このまま本音ちゃんに引きずられながら食堂まで来た私を、他の皆さんは暖かく迎えてくれて、そのままの流れで入学祝のささやかなパーティーが始まったのだ。そして終わりに差し掛かったところで一夏様も合流した。……少し戦闘の後の匂いがするのは気のせいなのだろうか?
「それじゃあ美紀ちゃん、午後の実習も頑張るんだよ~?」
「実習の担当は碧さんですし、それほど緊張はしないと思いますが、怪我だけは気をつけてください」
「あ、はい!」
楯無様と虚さんに心配してもらって恐縮だけど、小鳥遊隊長ならそれほど緊張せずに教えてもらえそうだ。
「あっ、それなんだが」
「如何かしたの?」
「碧はちょっと用事で出てもらったから、午後の授業はうちの駄姉が担当になったから」
「駄姉って、織斑先生の事ですよね?」
一夏様の姉、つまりは織斑千冬さんだと言う事だ。
「そう言う事だ。気を抜ける相手じゃ無い事は分かってるだろうが、そこまで緊張するような相手でも無いだろ」
「それは一夏様だから言えるんですよ……」
かつての世界最強を相手に緊張しない方がおかしいのであって、私がこの段階で緊張してるのは普通だと思うんですけど……
「山田先生とナターシャも補佐で来るから、別にそこまでガチガチになる必要も無いんだが」
「一夏君は教える側じゃないの?」
「俺は美紀用に新しく入る事になった訓練機の見積もりと性能チェックで午後は公欠だ」
「大変だね~、責任者さんは」
「……本来なら生徒会長様が担当するはずだったんですが、何故だか連絡がつかなかったそうでこちらに回ってきたんですがね」
「さ~て、午後も授業頑張ろー!」
「あっ逃げた」
一夏様が嫌味全開で楯無様を責め立てたら、あからさまな棒読みで楯無様がこの場から逃げ去った。そう言えば楯無様は生徒会長だったと聞いてたけど、その生徒会長が捕まらなかったから一夏様に仕事を回したのだろうか?
「一夏様も生徒会役員なんですか?」
「一応な」
「お兄ちゃんは副会長だよ」
「て言うか、殆ど雑務担当になってるがな」
楯無様が仕事をしないので、生徒会の仕事の殆どは一夏様と虚さんがしているらしい……そんな事だからお父さんが楯無様の事を悪く言うんだと思うんだよね。
「それじゃあ俺は行くから。須佐乃男も午後は付き合ってもらうからな」
「何故です?」
「……お前は俺の何だ?」
「彼女です」
「そうだが違うだろ……彼女の前にお前は俺の専用機だろうが……」
如何やら一夏様が先ほど抜けられたのは、私の為の訓練機の性能を生身で体験してきたようです。そう言われれば確かにISとの戦闘の後の匂いでしたし、それでもそこまで派手に騒がれてなかったのを考えればそうだと断言出来るでしょうね。
「それでは久しぶりに私に乗ってくれるんですね!」
「何だその言い方……もの凄い悪意を感じるんだが」
「気のせいですよ。それよりも一夏様、早く行きましょう!」
「何で浮かれてるんだ?」
須佐乃男さんの浮かれっぷりに首を傾げてる一夏様ですが、他の方たちは須佐乃男さんの発言に頷いていました。いったい何だって言うんでしょうか……
「一夏君が居ないんじゃ、須佐乃男が授業に出ても意味無いしね」
「そもそもISが個人で実技の授業は無理がありますし」
「一夏が居てもあまり意味は無さそうだけどね」
「お兄ちゃん、生身で訓練機くらいなら撃退出来るし」
「おりむ~が須佐乃男に乗ったのって、何時だっけ?」
すぐに思い出せないようで、全員で唸るような声を上げてました。それを見て一夏様はため息を吐き、呆れたような表情で食堂から居なくなってしまいました。
「あっ、待ってください! 一夏様ー!」
「こら須佐乃男! 廊下は……って、あの子浮いてるんだっけ?」
「そうですね。厳密に言えば廊下は走って無いですね」
「でも危ないのには変わらないけどね」
「でも~須佐乃男に乗って走ると気持ち良いんだよ~」
「あれは遅刻しない為の最終手段だってお兄ちゃんが言ってるし、普段は駄目だと思うけど」
何の話なのかさっぱりなんですが……編入初日の私には、皆が何の話で盛り上がってるのかも分かりませんし、須佐乃男さんが浮いてる云々も理解出来ませんでした。
「それじゃあ私たちも移動しましょうか」
「お嬢様は一夏さんに仕事を押し付けたんですから、しっかりと授業に出てくださいね」
「分かってるわよ~」
「あ~あ、せっかくお兄ちゃんと手合わせ出来ると思ったのにな~」
「そう言えば午後は二組を合同だっけ~?」
「そう言えば織斑先生がそのような事を言ってたような……」
とりあえずはISスーツに着替えてグラウンドに集合と言う事だけは聞き逃さないでいたけれど、詳細はまったく聞いてなかったな……一夏様なら何か分かるのでしょうが、既にこの場には居ませんし、とりあえずは遅刻しないようにしなくては!
久しぶりに一夏のクラスと合同だって言うのに、何処にも一夏の姿は無かった。
「一夏が遅刻? 珍しい事もあるものね」
始業のチャイムが鳴っても一夏が現れなかったので、アタシは一夏が遅刻だと決め付けた。だって他に居ない理由が思いつかないんだもん。
「ではこれより一組と二組による合同授業を始める」
「あの~、織斑君は……」
「織斑兄は学園の用事で公欠だ」
学園の用事? 随分と偉くなったのね、一夏のヤツ。最近顔を合わせる機会も減ってきてるし、一夏の今の状況が良く分からないのよね。
「それと本日付で赴任した小鳥遊先生だが、そちらも学園の用事で席を外しているので、授業は次回からとする」
赴任早々別件で居ない? 随分と忙しい人なのね……てか、顔を見てないからどんな人か知らないんだけどね。
「と言う訳で、今日は専用機持ちに軽く戦闘を見せてもらってから各自訓練に入る。専用機持ちの中で戦闘をしても良いと思ってるヤツは居るか!」
私たち専用機持ちの顔をグルリと千冬さんが見渡す……てか、誰も一夏が居ないこの授業で率先して戦いたいと思う訳無いですよ。
「居ないか。それならオルコット! それとデュノア! 貴様らがやれ」
「はい!」
「分かりましたわ!」
千冬さんに名指しされ、セシリアもシャルロットも嫌だとは言えない雰囲気を醸し出していた。でもアタシじゃ無くて良かったわ。
「残りの専用機持ちの織斑妹、布仏妹、ボーデヴィッヒ、凰にはこの二人の戦闘の解説をしてもらうからな」
解説? 何を言えば良いのかしら……
「要するに此処が駄目で此処が良かったと言えば良いんですね?」
「そうだ。専用機持ちならではの観点で説明してやれ」
アタシやラウラは兎も角、本音やマドカは解説出来るのかしら……経験は積んでるだろうけど、マドカは誰かにISを教わった訳では無いんだろうし、本音は独自理論を展開するから当てにならないだろうしな……アタシが何とかしないと千冬さんのありがたい出席簿アタックを喰らう破目になりそうだし……
「その後で専用機持ちが監視の下で戦闘訓練を行うからな! そのつもりで他の者も見ておくように」
千冬さんの一声で、残りのメンバーが一斉に返事をする。相変わらず統率出来てるクラスだわね。
「それではオルコット、デュノア、準備しろ」
この後セシリアとシャルロットが本気でバトルを始めようとしたのを見て、千冬さんがボールペンを放り二機を撃墜した。何が原因かは分からなかったけど、兎に角暴走しかけた二人は千冬さんの出席簿アタックを喰らい、罰としてそのままグラウンド百周を言い渡されていた。
「あの阿呆共は……あの二人の代わりは山田先生とナターシャ先生にお願いする。それ以外の専用機持ちは各自班を作って準備を始めろ!」
相変わらずキビキビと物事を進める人ね~、さすが一夏の姉って所かしらね。そう言えば数馬の阿呆が、最近弾とも一夏とも会えないって言ってたけど、何かあるのかしら? 一夏が忙しいのは分かるにしても、弾の阿呆が忙しいってのが分からないわね……蘭の尻にでも敷かれてるのかしらね。
「凰、後は貴様のところだけだが?」
「す、スミマセン千冬さん……」
「織斑先生だ馬鹿者!」
「アダッ!」
モノローグで千冬さんって呼んでたから、つい口に出してしまった……授業中などに名前で呼ぶとこのようにありがたい指導が入るんだったのを忘れてたわ……
「それじゃあ各班訓練機を持って行き訓練を始めろ! 時間までに全員が終わらせられないと今日の単位はくれてやらんからな」
一夏が居ないからやりたい放題ね……居てもあまり変わらないけど。千冬さんの号令に逆らえるはずも無く、私たちは残りの時間で最低一回は戦えるように工夫するのだった。
授業が終わりHRも無いと言う事で、私は本音と美紀と一緒に学食に行く事にした。昨日一昨日とゲームしっぱなしだった為、今日もするとお兄ちゃんのカミナリが落ちる事間違いなしなので今日は部屋で時間を潰す事が出来ないのだ。
「いや~美紀ちゃんは強くなったね~」
「一応小鳥遊隊長の部隊に入ってるからね。それなりに経験は積んできたつもりだもん」
「そうなんだ。美紀も実戦経験済みなんだ」
「いや、模擬戦や自主練だけだけど……」
まぁそうよね。ISの実戦と言うのは要するに殺し合いだもん。普通の女子高生が経験するような事じゃ無いもんね。
「お~いかんちゃ~ん!」
「大声で呼ばないでよ」
「え~!」
向こうから簪が来て、何時もの四人……じゃ無いけど人数は何時も通りだった。
「おりむ~も須佐乃男も忙しそうだし、おりむ~が生徒会に行けないから楯無様もおね~ちゃんに連行されちゃったし」
「本音ちゃんは良いの? 確か生徒会役員だよね?」
「本音が行っても役に立たないし」
「うんうん……って! さすがに言い過ぎだよ~」
私の嫌味に途中で気付いた本音は、慌てて私に抗議のフリをしてきた。それを見て簪は楽しそうに笑っている。
「まさか美紀がIS学園に通うようになるなんてね」
「私もビックリだよ。一回落ちた学校に編入と言う形で通うようになるなんてさ」
「おりむ~の力があればそれくらい簡単だよ~」
「お兄ちゃんは忙しくしてる代わりにそれなりの発言力と影響力を持ってるからね」
今回の編入試験だって、お兄ちゃんが提案してなかったら行われなかっただろうしね。
「それじゃあ改めて……美紀、合格おめでとう」
「おめでと~!」
「ありがとう、簪ちゃん、本音ちゃん」
幼馴染で同い年の三人は、本当に楽しそうに話している。私は偶に相槌を打つだけで、会話は三人主体で進んでいるのだ。
ふと視線を逸らすと、なにやら怪しい動きをしている姉さんを発見したので、私は姉さんの傍に寄って行く事にした。
「何してるの?」
「っ! ……何だマドカか」
「また何かやらかしたの?」
「そうじゃない。一夏に頼まれていた見回りをすっかり忘れてたから、今一夏と会うと気まずいからバレ無いようにしてるだけだ」
「やっぱりやらかしてるじゃん」
姉さんは世間の尊敬する女性トップなのだが、その実態はお兄ちゃんに頭の上がらない駄目姉なのだ……まぁ私も駄目妹なんだけどね……
「てな訳でマドカ、私はこれで失礼するからな」
「そんなにビクビクしなくても、お兄ちゃんならまだ用事の最中だよ」
「何!? まだ終わってなかったのか、それは良かった……」
「もしかして碧さんの用事って……」
「私の代わりに見回りに行かされたんだろうよ。私のデスクに一夏からのメモが置いてあったから間違い無いと思うがな」
「バレてるじゃん……」
「本当だ!!」
今更になってお兄ちゃんに見回りを忘れてた事がバレてる事に気付いた姉さんを見て、私は思いっきりため息を吐くのだった……なんとなくお兄ちゃんが姉さんの事を『駄姉』って言う気持ちが分かったような気がした。これじゃあ世間には真実は言えないよね……
姉妹漫才みたいな終わり方になってしまいました