昼間にいっくんに殴られてからどれだけ時間が経ったのだろう。気が付けば外は真っ暗だし、隣には未だに意識を取り戻していないちーちゃんが転がっている。
「あれれ? 此処は何処だい?」
見た事が無い部屋に、束さんの思考回路は絶賛混乱中だ。もしかして束さんは悪の組織に攫われてISのコアを無理矢理作らされちゃうのだろうか。それともエロエロな事を強要されてしまうのだろうか。
「もしそうなったら、いっくんに責任取ってもらわなきゃいけないね」
束さんの初めてを貰って良いのはいっくんだけだし、それ以外のヤツらに奪われるくらいなら死んだ方がマシだもんね。
「あっ、やっと目覚めましたね」
「およよ~? 君は確かちーちゃんの愛玩生物じゃないか」
「その覚えられ方は情けないですよ~……」
垂れ目の童顔巨乳女が部屋の奥から現れた。確かいっくんのクラスの副担任で名前は……
「回文の女だ!」
「……それも止めてください」
「そもそも束さんはお前何かに興味無いもんね~」
「酷いですよ。気を失ってる篠ノ乃博士を千冬さんと一緒に此処まで運んできたのは私なんですよ」
「それじゃあお前が束さん誘拐の犯人か! お前何かに束さんの初めてはやらないぞ!」
「何の話ですか! 此処はIS学園の教員用の寮です! 千冬さんの部屋の鍵は持ってなかったので、私の部屋に運んだんですよ!」
「そうなんだ。でもちーちゃんの部屋の鍵ならいっくんが持ってるんじゃないの? そんな事も思いつかなかった訳?」
だから無能な生き物は嫌いなんだよ……大体ちーちゃんに可愛がられてなかったらこんなヤツ記憶に止めておくのすら億劫だったんだろうな。
「織斑君にはこれ以上迷惑掛ける訳にもいきませんし、そもそも千冬さんを私に押し付けたのは織斑君ですし……」
「いっくんはちーちゃんと血が繋がってないって分かってからはちーちゃんの扱いが雑になってるからね~。分かる前から何となく雑ではあったんだけど、最近は昔みたいに『千冬姉』とは呼んで無いしね」
「そう言えば最近は『駄姉』って呼んでる事が多いですね。それ以外では『織斑先生』と呼んでますし……」
「いっくんの義妹、確かマドカとか言ったっけ? ちーちゃんそっくりで可愛いよね~」
「織斑さんも織斑君にベッタリですし、織斑家の女性はブラコンになりやすいのでしょうか?」
「そんな事しらねぇよ。大体お前さっきから馴れ馴れしいんだよ」
ちょっと胸が大きいからって強調してるんじゃねぇよ。束さんだってお前ほどでは無いが大きいんだぞー!
「う~ん……一夏の説教、癖になる……はっ!」
「やっほーちーちゃん! この回文無駄乳女の相手は任せるよ~」
「さっきより酷くなってる!?」
「無駄乳? ……あぁ真耶か」
ちーちゃんは後頭部を摩りながら無駄乳女を眺めてる。如何やら大体の事情は把握したらしい。さすがはちーちゃん、物分りが早いな~。
「それで、私たちはどのくらい気を失っていたんだ?」
「お店の人が言うには、私が千冬さんたちを回収に行った時に三時間だと言われたので、あれから一時間は経ってますから四時間ですかね」
「ちーちゃんと束さんはこの無駄乳馬鹿女に誘拐されたのだ~」
「違いますよ! あと馬鹿は酷いですよ!」
「確かに真耶は馬鹿では無い!」
「千冬さん!」
「ドジだ!」
「千冬さん……」
フォローしたのかと思ったら、別の貶し方で無駄乳女を攻撃したちーちゃん。さすが私の大親友だね!
「それで、一夏に怒られてあいつの覇気に中てられて気を失ったのか?」
「特に何処も痛くないし、多分ちーちゃんの考えであってると思うよ~」
「アイツ、ますます強くなってるな」
「もうちーちゃんじゃ勝てないもんね」
「お前だって勝てないだろ。最近の一夏の成長スピードは私たちの想像の遥上を行っているぞ」
「私があげた本も役に立ててるっぽいし、何時かいっくんの造ったISを操縦してみたいものだね!」
「一夏の作った? アイツはコアの製造法を知らないだろ」
「あれ? ちーちゃんは聞いてないの?」
「何をだ?」
いっくんは黙ってるんだね。でもちーちゃんには教えちゃうもんね~。
「いっくんにコアの製造法をそれとなく教えちゃった!」
「……は? お前、今とんでもない事を言わなかったか?」
「別に大した事は言ってないよ~? いっくんにISのコア製造法を教えたって言っただけだし~」
「大した事だろうが! お前が世界中から追われてる原因は何だ! コアの製造法をお前しか知らないからだろうが!」
「大丈夫! 完全には教えてないから」
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
「完全には教えてないけど、いっくんがニュアンスで理解しちゃってたら束さんの所為じゃ無いよね?」
「……つまり一夏はISのコアを製造出来るんだな?」
「多分ね」
いっくんの理解力だからあの本を見つける事が出来たんだし、いっくんの理解力ならあの暗号も解けるだろうしね。
「貴様はどれだけ一夏を巻き込めば気が済むんだ!」
「だっていっくんに新しいISを造って欲しかったんだもん!」
「造らせて如何する! お前が乗り回すのか!」
「別にちーちゃんが乗っても良いけど、いっくんには須佐乃男以外のISも動かせるようになってもらいたかったんだもん!」
「……一夏は須佐乃男以外のISは動かせないんじゃ無かったのか?」
「可能性の問題だよ、ちーちゃん。いっくんは須佐乃男と言うISのコアとの対話によってISを動かせるようになった。そもそもあのコアは専用機用のコアじゃないしね」
どっかのおバカさんが作った劣化版のコアが、専用機並の力を発揮できてるのは、きっといっくんが特別だからだろうしね。
「最近では訓練機のコアの声が聞こえるようだし」
「そう言えば五組のアメリア用に訓練機を一夏がカスタマイズして専用機にしてたな」
「あれはいっくんの特殊能力だよ。訓練機用の劣化版コアで訓練機並の能力を発揮させるね」
「つまり一夏は既にコアを製造してると言えるのか」
「それは如何だろう。いっくんにそのつもりは無いだろうし、コア本来の力を引き出してるだけかもしれないしね」
劣化版しか造れなかった馬鹿共とは違い、いっくんはその劣化版のコアですら完璧に近いレベルまで引き上げる事が出来るのかも知れないしね。実は束さんもいっくんの特殊能力の全容は分かってないのだ。
「そう言えば、さっきから黙ってるけど、無駄乳ドジ女は如何したの?」
「真耶か? ジメジメと鬱陶しいから意識を刈り取ってそこに転がしておいた」
「さすがちーちゃん、容赦ないね~」
聞かれてたら記憶を改竄するつもりだったんだけど、聞いてないのなら放っておいても問題ないね!
「そう言えば一夏がカスタマイズした訓練機は他にもあるぞ」
「確か更識の……何て言ったっけ? 何か面白い苗字だったよね?」
「四月一日だ」
「そうそう! その家の落ちこぼれの為にいっくんが用意させたISでしょ~? あの子もいっくんの能力でIS本来の能力を発動出来るんだよね~」
「束、一夏は何処まで成長するんだ?」
「さぁ? それは束さんには分からないよ~。いっくんが束さんを超える天才になるのか、それとも束さんと同じ大天災になるのかはいっくん次第だし、いっくんなら世界中から狙われても安全だろうしね」
何せちーちゃんですら素手で屠れるだけの力を持ってるんだから、世界中の軍事力を集めたっていっくんには敵わないだろうしね。
「いっくんの本当の両親がどんなヤツらだったのかは知らないけど、相当な遺伝子を持ってたんだろうね」
「一夏は私の弟だ! だから一夏の両親は私の屑親と同じだ!」
「……それは良いよもう。だっていっくんにはバレちゃってるんだし、そもそもあの屑親からちーちゃんのようなチート能力保持者が出てくるのもビックリだよね~」
アイツらの遺伝子は大した事なかったし……
「私だってそれなりに努力したからな。主にお前の無茶に付き合うの事だったが」
「ちーちゃん以外に話の合う人が居なかったからね~」
他の屑は何言ってるのかさっぱりだったし、そもそも顔の区別も付かなかったし。
「それで束、一夏にコアの製造法を教えた目的は何だ?」
「う~ん、その方が楽しそうだったからかな~」
「そんな事で一夏を更なる危険に晒すのか!」
「いっくんなら何があっても平気だろうし、いっくんとちーちゃんが黙ってれば誰にも知られないよ~」
「お前がしゃべる可能性が一番高いだろうが!」
「大丈夫! しゃべったらいっくんに殺されちゃうから」
既にいっくんに釘を刺されているのだよ、ちーちゃん。それにしてもちーちゃんのいっくんへの溺愛は相変わらずなんだね~、束さんもいっくん大好きだけど、ちーちゃんは仮にも義姉なのにね~。
「そうだちーちゃん! いっくんの執事姿を見たって本当なの!?」
「何だいきなり……まぁ先週見たがな!」
「如何してその事を教えてくれなかったんだよ~!」
「何を言う。お前なら宇宙規模でストーカーしてるんだから知ってると思うのが普通だろうが!」
「その日は珍しく忙しかったんだよ~。クーちゃんと一緒にお買い物だったんだ~」
「お前はお前で楽しんでたんだから、別に一夏の執事姿が見られなくても良いだろうが」
「それとこれでは話が違うんだよ~! ちーちゃんだって知ってるでしょ~」
束さんもクーちゃんもいっくんで自分を慰める変態さんなんだから、いっくんのリアル執事姿だなんて最高の動画を手に入れ損ねたんだから。
「私は心の動画サイトで何回も再生してるがな!」
「……そうか! 過去の映像をハッキングして監視カメラから盗み出せば良いのか!」
「お前、さすがにそれは犯罪だろ……」
「バレなければ万引きは犯罪じゃないよ!」
「……バレ無くても犯罪だろうが」
ちーちゃんの力の無いツッコミをスルーして、急いでラボに帰らなければいけない事になったので無駄乳女の部屋から出て行こうとしたら、ドアの外に気配を感じた。
「ちーちゃん……」
「分かってる、今の話を聞かれてたかも知れんな」
こっそりとドアの左右にスタンバイし、ドアの外のヤツを掴まえようとする束さんとちーちゃんだったが、良く気配を見れば聞かれても問題無い人だったと分かった。
「いっくんだー!」
「一夏!」
「……お前ら、その格好のまま帰ってきたのかよ」
いっくんは束さんとちーちゃんの格好を見て頭を抑えた。だって気を失ってたんだし、あの無駄乳が着替えさせてくれなかったんだよ~。
「兎に角やかましいぞ。偶々気付いたのが俺だったから良いが、亡国企業の連中に知られたら如何するつもりだったんだ」
「その時はそんな組織を一網打尽にするから大丈夫だよ~」
「そもそもそんなヘマはしない」
「……だったらこんな時間に大声で話してるな馬鹿者が!」
いっくんに怒られて、ちーちゃんは時計を見た。
「既にこんな時間だったか。意識を回復してから結構話し込んでたんだな」
「それだけちーちゃんと束さんは話が合うのだ~」
「駄ウサギ、お前話したな」
「……何の事かな~」
いっくんの鋭い視線が束さんの身体に突き刺さる。怖いんだけど、何故だかちょっと気持ち良い……これがいっくんの力か。
「駄姉、この駄ウサギから聞いた事は絶対に他の誰かに話すなよ。もし話したら……」
「分かってるさ。その代わり一夏、今度私に料理を振舞ってくれ」
「交換条件か……まぁそれくらいなら構わないが、そこで気を失ってるフリをしている無駄乳の始末は任せるからな」
「織斑君! だから無駄乳と呼ばないでって……あれ?」
「束、コイツの記憶を抹消するぞ」
「アイサー! それじゃあ今日一日の記憶を抹消するよ~」
束さんのポケットからとある薬を取り出し、無駄乳女に嗅がせる。それだけで意識は朦朧とするのだが、止めにちーちゃんの拳骨が炸裂して無駄乳女は本当に床に沈んだ。
「それじゃあちょちょいのちょいっと」
手持ちの装置で無駄乳女の記憶を弄る。ふ~ん、普通の女の頭の中ってこうなってるんだね、初めて知ったよ。
「ちーちゃん、コイツいっくんの事が気になってるみたいだけど、その記憶も消して良いかな~?」
「抹消しろ! そしてそんな事を考えたら悪寒がするように改変するんだ!」
「……余計な事をするのなら、俺がお前たちの記憶を改竄してやろうか? そうだな、生まれて来た事を後悔するような記憶が良いか?」
「「ゴメンなさい、悪ふざけが過ぎました!」」
ちーちゃんと同時に土下座をしていっくんに許しを請う。いっくんなら冗談抜きでやりそうな雰囲気を感じ取ったからだ。
「とりあえず今日の事を覚えてなければ良いんだから、それ以外の事は弄るなよ」
「は~い……」
「そうだ一夏! お前が造ったISを私にも見せてくれ!」
「は? 普通に格納庫にあるんだから、教師であるアンタなら簡単に見られるだろ」
いっくんは心底つまらなそうな顔でちーちゃんの事を見ていた。あの目、何だか興奮するんだよね~。
「大体一夏! お前は最近特に女共に優しすぎるんじゃないか?」
「何を根拠に……」
「四月一日に専用の訓練機を宛がったり、アメリアに学園の訓練機の一機を特別にカスタマイズして使わせたり! これだけでも十分なのにお前は! あのメイド食堂のメイドまで魅了してたじゃないか!」
「学園の警備の強化は必須だからと学長に許可は貰ってあるし、あのメイドさんに関しては偶然だろうが! あの場に強盗が来なければそんな事にならなかっただろうしな」
う~ん、いっくんて自己評価が低いんだよね~。誰が如何見てもあのメイドさんは遅かれ早かれいっくんに魅了されてたと思うのに、いっくんだけがそう思って無いんだから。
「そもそもアンタがろくに警備をしないから更識から美紀を連れて来たんだろうが!」
「私だって他の仕事があるんだ!」
「ほう、ならその仕事を生徒会に任せて遊び呆けてると耳にしたのは気のせいなのか?」
「べ、別に遊び呆けてなど無いぞ! あれは唯単に生徒が今何に関心を持っているのかを調べてるだけだ!」
「それで働きもせずに食堂で暴食してるのか? あの金を経費で落とそうとしてるのは何処の誰なんだろうな?」
「何故そんな事まで知ってるんだ!?」
ちーちゃん、さすがにそれは無理じゃないかな~?
「山田先生から回ってきた仕事の中に領収書が混ざってたんだ。あんなのを提出させて堪るかよ! 大人しく自腹切るんだな」
「そんな……」
「大体提出したところで経費になる訳無いだろうが! そんな事も分からねぇのかよ」
いっくんはポケットから一枚の紙切れを取り出した。気になったので覗いてみると、ちーちゃんが提出しようとしていた領収書だった。
「ちーちゃん、これって一回の食事での料金だよね? さすがに食べ過ぎじゃないかい?」
「全種類制覇する為には仕方なかったんだ! ……あ」
完全に私利私欲だったと白状したような感じになってしまったので、ちーちゃんは錆びれたおもちゃのようにギシギシと音が鳴りそうなくらいゆっくりと首をいっくんの方に向けた。
「やはり学長に話して給料を減らしてもらうか」
「そんな事されたら私が生活出来なくなるぞ! それでも良いのか!」
「寮長室で生活してる為に家賃とかは必要無し。光熱費なども同様だ。食費だけあれば当分は平気だろうが」
「真面目に仕事するから、それだけは勘弁してくれ!」
本当に、この姉弟はどっちが年上か分からない感じになってきてるな~。ちーちゃんの方がしっかりとしてなきゃいけないんだろうに、いっくんが頼もしいからちーちゃんが堕落していくんだよね~。
「それからアンタまた部屋の鍵失くしたらしいな。あれだけ注意しておきながらまた部屋を散らかしたんだろ」
「そ、そんな事は無いぞ……ちゃんと綺麗にしてる」
「嘘だな。実はさっきラウラを寮長室に行かせたんだが、あまりのショックに言葉も無かったらしいぞ」
「ボーデヴィッヒを!? お前、私の尊厳を完膚なきまでに失くすつもりか!」
「そもそもラウラが抱いてるアンタは幻想の中にしか存在してないんだ。本当のアンタは尊敬に値しない人間だと言う事を教えただけだ」
うわ~、ちーちゃんもだけどもやっぱりいっくんも毒強めだな~。あんなのを喰らったら束さんなら一発で死んじゃうだろうけど、さすがにちーちゃんは抗体が出来てるみたいで、ダメージはあるけど即死では無いらしい。
「それから寮長室の鍵だが、さっき片付けた部屋の中から発見した」
「片付けてくれたのか!」
「……アンタも女の端くれなら洗濯くらい自分でしろよな。異性に洗濯されて恥ずかしいとか思わないのかよ」
「思わん!」
「うん、思わないね~。だっていっくんが洗濯してくれるなら、束さんだって精一杯散らかしちゃうよ~!」
「……クロエさんが疲れてるのが分かるな。アンタらはもう少ししっかりとした方が良い! 世間的にはもう良い大人なんだから」
いっくんは疲れた感じでため息を吐き、ちーちゃんの部屋の鍵を放り捨てて部屋から出て行ってしまった。
「ちーちゃん、いっくんに苦労を掛けない為にも、少しは掃除しなよ」
「お前だって迷惑掛けてる相手が居るんだろ? 人の事言えるのか」
「「………」」
結局私たちは家事ダメダメなままなんだよね~……いっくんじゃ無いけど良い大人なんだから、少しはしようと思ったけど、結局はダメなんだろうな~。
大天災の考える事は分からないですね…