楯無さんが風邪を引いて寝込んでいるので、お兄ちゃんや虚さんに掛かる負担は何時も以上な物になるんだろうと考えたけど、普段から楯無さんは遊んでばっかだから別に変らないのかなとも思えるんだよね。
「ねぇ本音、本音は如何思う?」
「ん? 何が~?」
「お兄ちゃんや虚さんの負担は増えると思う?」
「う~ん…おりむ~やおね~ちゃんは少しくらい負担が増えても大丈夫だとは思うけど、それで増えたら可哀想だとは思うな~。なるべく問題を起こさないようにしようって思ってるけどね」
「まぁ確かに、本音が大人しくしてれば二人の負担は幾分か減ると思うけど」
「マドマドだって今日はおりむ~にちょっかい出しちゃ駄目だよ~?」
「私はちょっかいなんて出してないでしょ!」
ちょっと甘えたりしてるだけだもん! 本音みたいにあからさまに迷惑を掛けてたりはしてないし、最近は自重出来る様になってるんだから!
「お二人とも、あまり気にし過ぎるのも如何かと思いますよ」
「須佐乃男?」
「それって如何言う事~?」
「普段と違う事をすれば、それだけ一夏様や虚様のペースを乱す可能性があると言う事です。普段から迷惑を掛けているお二人が気を使えば、それはそれで一夏様たちに迷惑を掛ける可能性があると言う事です」
「別に普段からは迷惑掛けて無いわよ!」
私は本音とは違うんだし、簪やクラスメイトと遊んでる方が多いんだから!
「でももで~、楯無様が風邪引いて寝てる分、おりむ~の仕事は増えてるんでしょ~? だったら大人しくしてた方がおりむ~の為だとは思うな~」
「それは本音様の判断に任せますが、あくまでも私が話したのは可能性の話ですから」
「そう言えば、今日のお兄ちゃんは少し眠そうだったね」
何時もなら私より先に外で身体を動かしてるはずなのに、今日は私が起きた時に部屋に居たし、少し疲れ気味のようにも見えたしね。
「そう言えばおりむ~は? 一緒に教室に来たはずだよね?」
「一夏様ならナターシャさんから電話を貰って職員室まで行きました」
「何かあったのかな……」
お兄ちゃんを呼び出すと言う事は、それなりに問題があったと言う事なんだろうし、姉さんからでは無くナターシャさんからだと言う事がまた嫌な感じがする。
「須佐乃男、お兄ちゃんたちの会話を拾えない?」
「う~ん、ちょっと難しいですね。最近では一夏様の方からリンクを切る事が多いので、半分しか繋がってないこの状況で此処から職員室までの距離は厳しいです」
「須佐乃男からリンクを復活させる事は出来ないの~?」
「それが出来れば苦労しないんですがね。おかげで最近一夏様が何処に居るのか見つけるのに苦労してます」
リンク如何こうでは無く、お兄ちゃんを見つけるのは至難の業だ。本気で隠れられたらまず見つけようが無いし、本気では無くとも私たちじゃ見つけるのに何時間かかるか分かったものでは無いのだ。
「皆さん、HRを始めます。席に着いてくださーい」
「あれ? お兄ちゃんが戻ってこない」
「やはり何かあったのでしょうか」
「う~ん、考えても分からないし、山田先生に聞いてみよう!」
珍しく本音がまともな事を言ったような気がする……天変地異の前触れだろうか。
「せんせ~! おりむ~が居ません~!」
「あっはい。織斑君なら職員室に居ましたよ」
「何かあったの~?」
「……私の不手際で今その後始末をお願いしてるところです」
何だ、朝お兄ちゃんが言ってたように、山田先生の仕事が終わってなくてその後始末にお兄ちゃんが借り出されただけなのか……あれ? でもそれならナターシャさんからでは無く山田先生から電話が着そうなものだけど……山田先生はお兄ちゃんの番号を知らないのかな?
「それともう一つ、今日の午後から織斑先生が政府への出張の為にこのクラスの授業はナターシャ先生と小鳥遊先生が代理で務めます」
「出張? 何かあるんですか?」
「極秘事項の為に私も知りませんし、織斑先生も教えてはくれないでしょう」
そんな事もあるんだ……でも何故だかお兄ちゃんなら知ってそうな気がするのは何故だろう。お兄ちゃんなら何でも知ってると思ってるのかな?
「それじゃあ連絡事項は以上です。何か無ければHRを終了します」
「一夏様は何時になったら戻って来ますか?」
「……織斑君は午前中は後始末に奔走すると思ってください。本当に申し訳無いんですが、それくらいはかかると思います」
「そうですか、分かりました」
いったいどれだけの不手際を山田先生はしたのだろう……お兄ちゃんが後始末に半日を要するって結構なヘマをしたんだと邪推しちゃうんだよね。
「それじゃあ一時間目は織斑先生の授業ですので、皆さん頑張って下さいね」
そうだった、一時間目は姉さんの座学だったんだっけ……普段はお兄ちゃんが居るからそこまで苛烈な授業では無いのだけれど、お兄ちゃんが居ないとなると質問に答えられなかったら出席簿が飛んでくるかもしれないのだ……
「マドマド、顔色悪いけど如何かしたの~?」
「姉さんの出席簿が飛んでくる……あの衝撃は嫌だ……」
「千冬様の出席簿? ……そうでした、一夏様が居ないので、完全に千冬様の天下になるんでしたね……答えられなかったら……」
私が危惧していた事に気がついた須佐乃男もブルブルと震えだした。私たちの話を聞いていたであろうクラスメイト達も徐々にその事が浸透してきたのか一斉に震えだす。お兄ちゃんが居ないだけでこれほど不安になるなんて思って無かったなぁ……やっぱりお兄ちゃんって凄い人だったんだね。
「よし貴様ら、席に着け」
「ね、姉さん……」
「学校では織斑先生だ、織斑妹」
「は、はい!」
チャイムが鳴るちょっと前に姉さんが教室にやってきて、教壇に立つと同時に授業開始のチャイムが鳴った。時間にだけはいやに正確なんだよね……これを他の場所に活かせれば姉さんももう少しまともな生活が送れると思うんだけどな……
「知ってるとは思うが、織斑兄は今職員室で重大な仕事をしているからな。織斑兄に後で授業内容を教えてやるように」
「織斑せんせ~、おりむ~が午前中全てを費やさなきゃ片付かない事ってなんですか~?」
「それは言えんな、布仏妹。これはとても重要な事で、本来なら織斑兄に頼むべき事では無かったのだが、事情が事情なので仕方なく織斑兄に頼んだのだ。だから生徒である貴様らには教えられないし、後で織斑兄に聞いても教えてはくれないだろう」
姉さんが此処まで真剣に何かを言っているのを久しぶりに見たかも知れない。最近では殆どお兄ちゃんに怒られてるか殴られてるかのどっちかだったし、教師としての威厳も殆ど無くなってたしね……でもやっぱり姉さんも凄い人なんだなぁ~。
「それから四月一日」
「はい?」
「これが終わったらすぐに格納庫に行くように。お前専用の訓練機の調整があるそうだ」
「今日ですか? 何も聞いてなかったんですが……」
「如何やら織斑兄がするはずだったのだが、こんな事態になってる為に布仏姉が担当するようだ。聞いてなかったのは山田先生の伝達ミスだろう」
やっぱりあの人はミスするんだね……多分朝のHRで伝えなければいけなかったんだろうけど、自分が大ヘマした所為でその事を忘れちゃったのだろうな。
「それでは授業を開始する。今日は色々と名指しで解答をしてもらうと思うから覚悟しておけよ」
邪悪な笑みと表現出来るような顔で笑う姉さんに、私たち全員が戦く……だってあからさまに簡単には答えられないだろう質問をするんだろうなと分かるんだもん。
職員室で山田先生が終わらせられなかった仕事を片付けながらも、俺は外の様子を窺っていた。虚なら何の心配も無いのだけれど、やはり自分でやりたかったと言う事があるのだ。
「山田先生、これって後どのくらいあるんです?」
「……まだ終わりは見えないくらいあります」
「随分と溜め込んだんですね」
駄姉なら兎も角、山田先生が此処まで溜め込むのは本当に珍しい事だ。此処最近は駄姉に振り回されてる様子も無かった……いや、この前は振り回されてたか。
「ちゃんと終わらせられる予定だったのですが、期限を間違えてしまってたようです」
「確認して下さいよ……当日になってから気付くんじゃ遅いですよ」
「仰るとおりですハイ……」
卑屈になっている山田先生を無視して、俺はひたすらに書類を片付けていく。大体こんな重要な事を生徒にやらせるのも如何かと思うが、受け渡しから提出まで三日と言うのも無茶苦茶な話だと思うぞ。
「織斑先生が政府に提出しに行くまで後数時間です、織斑君頑張って!」
「人にやらせるだけじゃなくて貴女もやって下さいよ! 本来なら貴女の仕事でしょうが!」
「ハイ、その通りです……」
さっきからやけに卑屈な山田先生を、若干イライラしながら見ている先生が数人……この人は何処に行ってもこう言った扱いなのだろうか……
「おい真耶、次はお前が授業担当だろ」
「そうでした! 織斑君、スミマセンが後はお願いしますね!」
……色々と忘れすぎだろ、山田先生。この書類もそうだが、自分の仕事くらいはしっかりと覚えておきましょうよ……
「して駄姉よ。俺は欠席扱いなのか?」
「いや、公欠という扱いになっている。だから安心して作業を続けろ。元々お前はISの整備で授業には出なかったんだしな」
「戦力差を埋める為に必死だな、学園も政府も」
この書類だって訓練機の増量に伴う件とそれに順ずる事が大半だし、その中に整備の一切を俺に一任するとか言う事もあったような無かったような……どれだけ予算を浮かして無駄な事に回そうとしてるんだ、あの耄碌爺さんは……
「如何やら政府の方でも亡国企業の事が気になってるらしいんだ。そのための書類だ」
「だからって俺に一任するって何だよ。俺は日本国籍じゃ無いんだが」
「だが日本人ではあるだろ。だから政府もお前を信用してるんだろう」
「勝手な話だ。人の国籍を勝手に剥奪しておいて、困った時には俺を頼るだなんて」
「国際問題に発展されたら困るからだろ」
俺個人の国籍で国際問題にまで発展されたら政府じゃなく俺が困るわ! 大体全ての元凶である駄ウサギはこの問題にノータッチだからな。やっぱりもう少し痛めつけておけば良かった。
「最近ではこの学園の周りのヤツらも活発化してきてるし」
「刀奈が動けない今、アンタまで学園から居なくなったら統制取れないぞ」
「お前に全権を委ねれば多少はマシになるだろうよ」
「そんな事したって無駄だろ。各場所でそれぞれが統制を取れるだけの実力が無きゃジリ貧もいいとこだ」
もちろん今日の午後に攻めてくる確率など低いのだろうが、刀奈が風邪で動けない事と駄姉が居なくなる事の両方を知られたら最悪攻め込まれる可能性だってあるのだ。その二人が居ないだけで、実戦経験者が減るのだから。
「一夏は心配し過ぎなんだよ。もう少し楽観的に考えたら如何だ?」
「どっかの誰かさんたちの所為で、物事を楽観的に見る事が出来なくなってしまってね」
「そりゃ困った誰かさんたちも居たものだな……」
視線を向けるとそれに合わせるように駄姉の視線が逸れて行く……如何やら本人にも自覚があるようだ。
「兎も角用心するに越した事は無いだろ。最悪本当に攻め入られる可能性だってゼロじゃ無いんだから」
「その時はナターシャや小鳥遊と力を合わせて撃退してくれ。実戦経験者となるとその二人と後はラウラとマドカくらいだろうし」
「専用機持ちが多いとは言え、あくまでも競技者だからな」
本物の戦闘となるとかってが違うだろうし、専用機持ちだからと言って必ずしも強いとは限らないしな……
「一夏、何か不安な事でもあるのか?」
「不安だらけだろ。アンタがしっかりとしてれば此処まで酷い事にはならなかっただろうし、アンタがもっとちゃんとしてれば俺の負担も減っただろうし……」
「お前は姑か! グチグチと責めるな!」
「教師が生徒に仕事を押し付けてるんですよ? 愚痴ぐらい言いたくなっても仕方ないでしょうが」
「それはすまなかったとは思ってるが、今はそれよりもちゃんと終わらせてくれ!」
「大体は目を通したさ。後はアンタが署名すれば終わるのが大半だ」
「何!? もう殆ど終わらせてたのか」
不本意ながら書類整理は得意なんだよ。生徒会でもそうだが誰かさんが人に押し付けてくる所為でな。
「これなら午後までには間に合いそうだな」
「アンタが本気で移動すれば、そんなに時間もかからないだろ」
「だが書類が燃え尽きる可能性があるからな。なるべく人間の移動可能速度で向かいたいからな」
「……その発言がまず普通では無いだろ」
限界速度を悠々と超える事が出来るからこその発言だと気付き、駄姉は少し恥ずかしそうに書類に目を落とした。別に今更恥ずかしがる事も無いと思うんだがな……
誰も居ない部屋でただただ寝てるだけって言うのも、結構暇なのよね……久しぶりに風邪なんか引いたけど、まさかこんなにも暇になるとは思って無かったわ。
「何かしようにもろくに動けないし、携帯もあまり暇つぶしにはならないしね」
既に携帯で出来る事の大半はしつくしたので、今は充電させてるところだしね。
「今何時だろう……」
少し寝てたので感覚が少し麻痺している。どれくらい寝てたのかも自分でははっきりと分からないし、もしかしたらまったく寝てなかったのかも知れないのだ。
「う~ん……時計が見えない」
普段使ってる私のベッドからなら簡単に時計が見えるのだが、一夏君のベッドからだとちょっと身体を乗り出さないと時計が見えないのだ。
「えっと今は……もう十一時か……ん? 違う、十二時ちょっと前だ」
寝ぼけ眼で見たせいで一時間間違ったようで、改めて見直して正確な時刻を把握した。
「半日寝てたけど、まだ全然楽にならないわね……」
一夏君が朝看病してくれたおかげで、起き抜けよりはマシにはなってるのだけれども、それでも身体はダルイ。手足はまともに動かせないし立ち上がるのも難しい。
「そう言えば考えて無かったけど、お手洗いは如何すれば良いんだろう?」
動けないんだし、部屋にトイレがある訳でも無いのだ。まさか此処で漏らす!?
「いやいや、そんなマニアックプレイはさすがの私でも引くわよ」
彼氏のベッドを自分の聖水でビショビショにするのはさすがに変態過ぎる……かといって誰かを呼んで連れて行ってもらうのも恥ずかしいし、如何すれば良いんだろう……
「最悪お風呂場まで這っていけば何とかなるんだけど、それもそれで恥ずかしいし」
女の子がお風呂場でするのは如何なんだろう……
「考えてたら本当に行きたくなってきたかも……」
人間の身体って不思議ね。さっきまで全然そんな兆候は無かったのに、その事を考え出したら急に行きたくなるなんて……
「誰か呼ぶ? いや、今は授業中じゃない。誰も来てくれないわよね」
絶体絶命、まさかこの歳でお漏らし!? しかも此処は自分のベッドでは無く一夏君のベッド、マーキングじゃないんだからそんな事はしたく無い!
「こうなったら誰も見てないんだし、お風呂場まで這っていくしか無いわね」
意を決してベッドから這い出ようとしたら誰かが部屋に入ってくる音が聞こえた。誰だろう、こんな時間に……
「刀奈、大丈夫か? って如何したその顔」
「一夏君、おしっこ……」
「は? しょうがないな、トイレまで我慢出来るか?」
「頑張る……」
一夏君は私を抱きかかえると凄まじいスピードでトイレまで向かってくれた。だけど一夏君が女子トイレに入るのは問題なんじゃ……って、一夏君!? トイレ通り過ぎちゃったよ!
「もう少し我慢しろ。さすがに女子トイレには入れん」
「それってひょっとして……」
「男子は俺だけだし、他に手段も無いだろ」
「そう言う事だよね……」
一夏君が向かってるのはこの学園に唯一つの男子トイレ、利用者は一夏君しか居ないのだから他の人の事を気にしなくて良いのだけれども、ちょっと恥ずかしい。
「ほれ、さすがに脱いだりは出来るだろ」
「……無理、もう動けない」
「……つまりそう言う事なのか?」
「一夏君なら大丈夫だから、お願い」
本当は死ぬほど恥ずかしいけど、お漏らしするよりは脱がしてもらう方がまだマシだしね。それに普段から洗濯してもらってるから触られても多分平気だし。
「……仕方ないか。刀奈は病人だもんな」
まるで自分に言い聞かせるようにつぶやいた一夏君は、私のズボンとパンツを脱がし始めた。字だけで見ると一夏君が変態のように感じるけど、緊急事態の上に私からお願いした事だからそんな事は思わないんだけど。
「終わったら言え。さすがに最中は外に出てるから」
「うん、それはそうしてほしい」
さすがの私だって恋人の目の前で排泄はしたく無いわよ……一夏君が個室のドアを閉めたのと同時に、私の我慢は限界を迎えた。本当にギリギリだったわね……
「ッ!?」
スッキリしたと思ったら、外からもの凄い振動が伝わってきた。
「一夏君、これってもしかして!」
「多分そうだろうな。刀奈、自分で拭けるよな?」
「うん……あ、あれ? 一夏君、腕が動かないんだけど……」
「……これは介護これは介護これは介護……」
一夏君がまたまた自分に言い聞かせながら私の排泄の後始末をしてくれた……私も一夏君も顔が真っ赤だけれでも、事態はそんな悠長な事を考えてられる状況では無かったのだった。
大波乱の予感が…