亡国企業との戦闘から二日経ち、校内の興奮も冷めただろうと考えながら、俺は大人しく横になっている。二日経ったと言っても今の時間は未明に当たるので、大抵の人は寝ているだろうから興奮もクソも無いんだがな……
「暇だ……する事が無いし何時もの癖でこんな時間に目が覚めてしまった……」
動けるのなら外に出て身体を動かすか、皆の朝食を作っている時間なのだが、絶対安静はまだ解かれてはいないのだ……
「大げさなんだよな……これくらい平気だって言ってるのに」
駄姉にも掛け合ってもらってるのだが、如何やら医務室の担当者は俺を解放するつもりはまだ無いらしい。怪我人だから仕方ないのだが、いくらなんでも絶対安静は大げさすぎるだろうと声を大にして言いたい。
「俺を暇で殺す気かよ……大人しくさせたいのならせめて暇つぶしになる何かを提供してほしいんだがな……」
文句を言いながらも、駄姉が仕事を持って来た時は暇が潰せて結構良かったと思っていた。その後も須佐乃男から生徒会の仕事を手伝って欲しいと言われたりと、動かなくても出来る事は多いのだと昨日一日で分かったのだ。
「虚が此処に来られれば仕事を持ってきてもらうんだがな……」
普段は文句言いながらもしている生徒会の仕事がこんなにも恋しいと思うなんて思ってもみなかったな……こんな事刀奈には言えないな。調子に乗って余計仕事しなくなるから……
「失礼します。検温です」
「はい?」
こんな時間に検温? てか、今の声何処かで……
「やっほー! いっくん、元気かな~?」
「束様、あまり大きな声を出すと気付かれますよ!」
「……何の用ですか」
現れたのは束さんとクロエさんだった……てか、此処は医務室であって病院ではないので、その格好は如何なんだ……
「エロエロナースの夜の検温だよ~!」
「帰ってください」
「酷ッ! せっかく苦労して忍び込んだのに!」
「一夏様にはこう言ったふざけた事は通じないって知ってるじゃないですか! 何で私までこんな短いスカートを穿かなければいけないんですか!」
「え~! クーちゃんだってノリノリで着てたくせに」
クロエさんはしっかりとした人だと信じていたのだが、やはり何処かおかしいようだった。さすが駄ウサギと一緒に生活出来るだけはあるんだな……
「それで、繰り返しますが何の用ですか」
「いっくんは冷めてるな~。普通の雄だったら興奮して束さんを押し倒してるだろうに」
「絶対安静なんで。そうじゃなくてもありえませんけど」
この格好は前に刀奈がしようとしてたのを虚と二人で止めた事があるのだ。俺に言わせれば刀奈の方が可愛かったとは思うがな……そこは個人の趣味が入ってるのか。
「わざわざ忍び込んでまで、しかもこんな時間にふざけに来た訳じゃ無いですよね?」
「……やっぱりいっくんは凄いね」
「それくらい束様なら知っていたのでは?」
「あったりまえさー! いっくんの事は何でも知ってるよ! 例えばいっくんの息子のサイズとか……」
「これ以上ふざけるのなら、動ける範囲で撃退しますよ」
「いっくん、目が本気だよ……こんなの何時もの束さんジョークじゃないか」
「それで、どれくらいなんですか!」
「……クロエさん、貴女もふざけるのなら容赦しませんよ?」
完全に変人だと確定出来るだけの要素があるのだと思い知らされ、俺は盛大にため息を吐いた。真面目な雰囲気はあるのだが、やはり駄目人間の様子が強く出てしまっているのだ……
「まぁおふざけはこれくらいにした、いっくんに朗報を持ってきたのだー!」
「朗報? 何ですかいったい」
「いっくんの身体の事について」
「俺の身体? またおかしな話じゃ無いでしょうね」
「違うよ。これは真面目なお話」
束さんのトーンがそれを裏付ける。ふざけた感じは一切しない真面目な時の束さん。こう言った時は本当に真面目な話だった事が多い。
「調べたんだけど、いっくんの身体は無理をすればするほど甚大なダメージを負うようになってるんだよね」
「なってる? 生まれつきそうなってるって事ですか? それとも俺の記憶に無い時代にそうされたって事ですか?」
「弄られた形跡は無いから、恐らくは生まれつきだと思うんだけど……いっくんをミクロ単位で解剖して良いのならもっと詳しく分かるんだけど……しても良い?」
「完全に元に戻せる確証が無い限りお断りです」
束さんは「そうだよねー」とおどけた感じで言ったが、如何やら本気で調べようとしてくれているらしい。
「生まれつきと言う事は、遺伝って事ですか?」
「多分……いっくんの本当の両親の事はこの束さんでも突き止められないんだよね」
「束様は最近その事を調べていてまともに寝てないんですよ」
「ちょっとクーちゃん!? その事は内緒だって言ったじゃない!」
「いや、知ってますよ。束さんの目の下の隈、どれだけ無茶してるんですか」
最低でも三日は徹夜してるぞ、あの隈は……亡国企業が責めてきた時に束さんが動かなかったのはそう言う訳なのか……
「いっくんに怒られて、少しでもいっくんの力になろうと頑張ったんだよー! ご褒美に何か欲しいな~なんて」
冗談めかしているが、この人はかなり無茶をしている。俺同様無茶には慣れているとは言え、さすがにこれだけしてもらっておいて何も無しと言うのは可哀想だ。
「動けるようになったら飯でも作りに行きますよ」
「え~! それだけなの~!」
「他に何をしろって言うんですか」
「そうだなー……いっくんは今動けないんだよね?」
「手足は動かせるが、ベッドから移動する事は禁じられている」
「それじゃあちょっと失礼して……」
なにやら束さんがベッドの上に跨ってきた……何をするつもりなんだこの駄ウサギは……
「このままギューってして」
「……随分と甘えてくるな」
「いっくんがギューってしてくれれば、束さんはあと十日は徹夜出来る!」
「寝て下さいよ……」
十日の徹夜は俺でもキツイですよ……さすがにそこまではしてほしく無い。
「ギューって!」
「仕方ないなぁ……」
この人は甘える時はとことん甘えてくる人だ。此処で抱きしめないともっと過激な要求をしてくるかもしれないのだ。
「えへへ~、いっくんの匂いだ~!」
「抱きしめたんだからもう一つ教えてください」
「何かな~?」
「如何やったら治るんです?」
「………」
黙ったと言う事は方法を知っていると言う事か。相変わらず分かりやすい人だ。
「治ったらいっくんはまた無茶とか無理をするでしょ? だから教えない」
「しませんよ。さすがに怒られますからね」
「あの雌たちに?」
「人の彼女たちを雌呼ばわりですか……このまま全身の骨をへし折っても良いんですよ?」
束さんはまだ俺に抱きついているので、このまま背骨を折る事だって出来るのだ。
「ゴメンゴメン……でも、心配してるのはいっくんの彼女たちだけじゃ無いんだよ?」
「分かってますよ。束さんだって千冬姉だって心配してくれてるのは……でも俺が無茶をする事でその人たちを守れるのなら、俺はいくらだって無茶をしますよ」
「そこがいっくんのカッコいいところなんだろうね。でも、本当に無理は止めてよね? いっくんが怪我したって知った時、束さんはお漏らししそうなくらい驚いたんだから」
「何故そんな事を言うんだ……」
せっかく良い話っぽかったのに……まぁでも、これが束さんか。
「私なんか大きい方も出そうでしたよ」
「貴女も余計な事は言わなくて良いです」
今度からクロエさんには厳しく指導しよう……甘やかし過ぎたかもしれないな。
「それで、いっくんの身体を治す方法だけども、単純にいっくんが強く願えばすぐに治るよ」
「……は?」
「さすがに完全に回復とまではいかなくとも、絶対安静は解かれると約束出来るよ」
「そんな事で良いのか?」
えらく簡単な方法だ……何か代償でもあるのだろうか?
「その代わり動けるようになるだけでダメージは抜け切らないよ」
「動けるのならそれで良い。その内回復するだろうしな」
退屈な状況から抜け出せるのならそれくらい気にならない。
「あっ! そうだった! いっくんの髪の毛を何本か貰っても良いかな?」
「何に使うつもりです?」
ろくな事じゃ無いのならくれてやるつもりは無い。
「いっくんがISを使える理由と、身体の仕組みについてDNAから調べなおそうと思って」
「俺のDNAならアンタが昔採取したものがあるでしょ。それじゃ駄目なんですか?」
「より正確に調べたいから、新しく採取したいのだ~」
新しく採取して何か分かるとは思えないがな……まぁそれなら良いか。
「髪の毛でも血液でも好きなものを持っていって良いですよ。ただし! 悪用しないと誓えるのならですけどね」
「そんな事しないって! いっくんのクローンを作って毎日爛れた生活をするなんて考えてないから」
「やっぱやらん」
「冗談だよ! そんな事を考えてたのはかなり昔だからさ!」
「……考えてたのかよ」
「その時は是非私の分の一夏様も!」
「だからやらねっての!」
真面目な話だと思ってたのだが、やはり雲行きは怪しかった……
「さてと、冗談は此処までとして、真面目にいっくんの出生を探らないと危ない気がするんだよ」
「今更感満載ですけどね」
「だってあの亡国企業のデカ乳女……なんて言ったっけ?」
「デカ乳? ……何となく分かったが、アイツが如何かしたのか?」
恐らく束さんが言いたいのはスコールの事なんだろうが、名前を教えたところで覚えないんだからそのままにしておく。
「いっくんの出生を知ってそうだし、それがいっくんを狙う理由に繋がってる気がするんだよね~」
「確かにそんな感じはしてるな。だがそれだけでは無いとも思うが」
アイツは戦力としても俺を欲している。オータムに生身で勝った事によりその傾向が強まってる気もするがな。
「それとアイツ、何処かで身体弄られてるよ」
「ふ~ん、そんな事まで分かってるのに何で今更俺の出生を?」
本気で調べればすぐに分かりそうな気もするのだがな。
「ちーちゃんに調べるの止められてたから」
「何で?」
「いっくんを本当の弟だと思いこんでるから。だからいっくんの親はちーちゃんと同じだって事にしたいんでしょ」
「何を考えてるんだあの人は……」
人の記憶を奪っておいて自分は思いこんでたのかよ……あの人は何をしたいんだか。
「ちーちゃんはいっくんを本当の弟として愛してるからね~! 近親相姦趣味があるのかも知れないね~。頼まれてた編集もそんな感じが多かったし」
「あのいかがわしいDVDか……見たこっちが気分悪かった」
「いっくんには過激だったかもね~。でもちーちゃんはいっくんにあんな事されたいって思ってるんだよ~」
「私でしたら何時でもしてくれて構いませんよ?」
「しませんよ! そもそも貴女まで危ない思考の持ち主だとは思いませんでしたよ」
クロエさんも駄目人間だと俺の周りの駄目人間率が更に上がってしまうんだよな……
「それじゃあいっくん、強く願ってみて?」
「願うって言われても……如何すれば良いんです?」
「願望かな。いっくんにだってあるでしょ?」
「願望……ねぇ」
正直あまりピンと来ないんだが……強く願う、願望、俺の人生でそんな単語に縁があった事は正直無かったような気がするんだよな……
「束さんの願望って何かあります?」
「いっくんの子供を生んで三人で楽しく暮らす事かな~」
「……一生叶わないでしょうね」
「そんな事は無いよ~? いっくんの頭の中を弄くれば……って、いっくん!? その目は人に向けちゃ駄目なんじゃないかな?」
「これ以上弄られるのは御免ですからね」
しかしそう言った類のものを願望と言うのか……身体が動かせればとりあえずこの退屈な空間から脱出する事が出来るだろ。それから本音や刀奈の面倒を見る事が出来る。どうせ本音は自力で起きられないだろうし、刀奈の風邪も治ってる風では無かったし……
「上手くイメージ出来てるっぽいね~」
「真剣な一夏様を見てると濡れてきてしまいます」
「あっ、それ何となく分かる~」
……雑念は今は要らない。回復した後でいくらでも叩きのめせるんだから……
「そろそろ効果が出てくる頃かな~?」
「目に見えて分かるんですか?」
「……分からないや~」
「えぇ!?」
……この二人は俺に集中してほしいのかしてほしく無いのかどっちなんだ……
「この映像、ちーちゃんに見せたら如何なるかな~?」
「また取引するんですか?」
「情報提供の正当な報酬って言ってほしいな~」
「報酬にしても正当では無いと思いますよ? 金額が金額ですし」
まだあの取引をしてるのかあの駄姉は……って、集中!
「如何いっくん? 身体に変化を感じる?」
「……とりあえず動いても痛みは感じなくなりましたね」
「じゃあ成功かな? でも忘れないで欲しいのは、動けるだけで治っては無いからね」
「分かってますよ。ダメージが残ってるのは感じてますし」
痛くないだけだ。受けたダメージは抜け切ってないし、強く叩けば相当痛いのも分かっている。自分の身体が無茶に耐えられる状況では無いことは俺自身が良く分かってるのだ。
「それじゃあいっくんを退院させてあげなきゃね~」
「だから病院じゃねぇっての」
「クーちゃん、ここの担当者の記憶をちょちょいっと改竄してきて」
「了解しました!」
「物騒な事はするな!」
「大丈夫、いっくんが此処に居たって記憶を消すだけだから。あと記録もね」
「……何人の記憶を弄るんだよ」
「う~んっと、五人かな?」
スミマセン、あった事も大して無いですけど、この駄ウサギの所為で貴方方の記憶の一部は抹消されます……
「それじゃあいっくん、とりあえず立って立って!」
「はいはい……動けるってのはやっぱり良いな」
「一応言っておくけど、絶対安静じゃなくなっただけで、なるべく安静にしてるんだよ~?」
「分かってますよ。数日は座学だけにしておきます」
駄姉に事情を話せば分かってくれるだろうし、そもそもあの駄姉もこんな短期間で治るなんて思って無いだろうしな。
「束様、記憶の改竄と記録の抹消が完了しました」
「ご苦労様。それじゃあいっくん、日常に戻ろうか」
「常に非日常なんですがね」
女性しか動かせないISを動かしてしまってから、俺の日常は崩れ去ったのだから……まぁ、そのおかげで刀奈たちに出会えたし普通に生活してたんじゃ経験出来なかった事を経験出来たから良いんだけど。
「いっくんが生まれてから常に非日常なんだから、それはもう日常なんだよ」
「……確かに俺の記憶の始まりから非日常ですね」
何せ実姉だと思ってた相手が義姉で、しかも変態だったと言う事なのだから……その親友も多分に漏れず変態で、その変態が拾ってきた相手もまた変態だったのだから……俺がそう言った類の話が苦手なのは駄姉と駄ウサギを反面教師にしたからだろうか……きっとそうなんだろうな。
「それじゃあいっくん、まずは束さんたちの部屋の掃除をお願いしようかな~」
「俺は動けるだけで無茶は出来ないんですが?」
「大丈夫! 束さん専用ロケットでラボまで行けるから」
「ちょっと狭いですけどね」
「その分束さんの豊満なおっぱいの感触が楽しめるよ~」
「………」
殴りたい、全力でこの二人を殴りたい……だが無茶をしたら再び絶対安静の地獄に耐えなければいけなくなってしまう……我慢だ。ここは我慢するしか無い。
「それともいっくんが束さんを抱っこしてくれる~?」
「ズルイですよ束様! 私だって一夏様に抱っこしてほしいです!」
「じゃあクーちゃんが抱っこで、束さんはおんぶでも良いよ~」
「……無理に三人同時じゃ無くても、往復すれば良いだけでしょ」
「それじゃつまらないも~ん!」
コイツ気付いてて知らないフリしてたな……いっそのこと俺一人で行って片付けだけして戻ってきてやろうか……
「仕方ないからいっくんと束さんが先に向かって、その後で束さんがクーちゃんを迎えに来るよ」
「一夏様と二人っきりになれるチャンスが……」
いや、何度もなった事あるでしょうが……キッチンで作業してた時は二人きりだったし、電話の時も距離はあるが二人きりと言える状況だったでしょうに……
「それじゃあいっくんを束さんのラボにご案内」
「何度も行った事あるので全然新鮮味も無いですけどね」
主に掃除や説教に行っていたのだが、束さんのラボは確かに凄いものが沢山あるのだ。伊達に天才的だと自分で言ってる訳じゃ無いんだろうな。本性を知ってると全然凄いと思えないが、それは付き合いが長いから仕方ないのだろう……
「いっくんには束さんとクーちゃんの朝ごはんも作ってもらうからね~」
「まぁそれくらいなら」
材料さえあれば作りますよ……どうせ掃除が終わったら全員の朝食の準備をするんだから、今更二人分増えたからって負担には感じないですよだ。
「ひっさしぶりのいっくんのごは~ん」
「そんなに前でも無いでしょ」
束さんには何度か料理を作りに来させられた事もあるし、クロエさんから泣きつかれて手伝いに行った事も何度もあるのだ。
その後ラボの掃除を済ませて朝食作りも終わらせた俺だったが、帰りを如何するか聞いてなかったのだ……束さんにお願いすると代償がデカイからな……自力で降りられるかな?
最強を謳ってるので何時までも絶対安静は駄目だろうと言う事で一夏復活しました