授業に一夏君が居るだけで、このクラスの雰囲気はガラリと変わる。一夏君が居なかった時の山田先生の授業は、殆どの人が真面目に話しを聞いていないのだが、一夏君が居ると聞いてない人数は半数以下に減るのだ。怒られると言うのも多分にあるのだろうけども、やはり分からなかった時にすぐ一夏君に聞けると言うのが大きいのかもしれない。
「織斑君、今のって如何言う意味?」
「何故山田先生じゃ無く俺に聞く……」
「山ちゃんだと説明が堅苦しくて分かり難いんだもん」
「あっ、その気持ち分かるわ~」
「……山田先生、少し失礼しますよ」
一夏君が教壇に立ち、今の部分が分からなかった人がどれくらい居るのかを確認する。すると如何だろう、クラスの半数以上が今のところを理解していないではないか。
「こんなに居るのか……少なかったら後で個人的に教えれば良いと思ってたんだがな……」
「ゴメンなさい織斑君、私の教え方が下手なばっかりに……」
「理解力の問題もあるでしょうけども、確かにこれはヒドイですね」
「あうぅ……」
一夏君にバッサリと斬り捨てられ、山田先生がその場に沈んだ。面倒くさがりの一夏君だが、さすがにこんなに理解していない人が居ると個別に教える方が面倒だと思ったのだろう。山田先生に代わって即興で解説を始めた。
山田先生や織斑先生の教え方は、基本的に政府が考えた方法で授業を進めるので、細かい解釈は生徒個人でしなくてはならない。これでは身に付くものも身に付かないのだ。
一方一夏君の教え方は、一夏君が一生徒だと言う事もあって生徒目線で説明してくれる。如何言う意味かと言うと、知りたい箇所を的確に、又分かりやすく説明してくれるのだ。恐らくだが本音や須佐乃男に聞かれたところなのだろうけど、一夏君はその場で分かりやすい解説をしてくれるので、一部の女子から「一夏先生」と影で呼ばれているのだ。当然その事は一夏君も知っている。知っていて何も言わないのは、一夏君もまんざらでも無いのか、それとも唯単に面倒だから放っているのかは、私には判断出来ないところだが。
「今の説明でまだ分からない人は居るか?」
説明を終えて再びクラス中に視線を向け、とりあえず全員理解したようだと確認すると、一つ頷いて教壇から自分の席へと戻ろうとした。だがその前にする事があるのを思い出し、踏み出した足を止めて振り返った。
「山田先生、終わりましたので続きをどうぞ」
「はい……このまま織斑君が授業してくれても良いんですけど」
「それでは山田先生の給料分を俺が貰って良いんですか?」
一夏君の言い分は最もだ。教師として働いてない山田先生が給料を貰い、教師では無いのに教師としての働きをした一夏君に何も無いのは、さすがにおかしいと思う。
「それじゃあ山田先生がしっかりと授業して下さいよ。面倒事は御免ですよ」
基本的に面倒事はお断りの一夏君だ。お金が貰えるならまだしも、無償で授業を担当しろと言われて首を縦に振るはずも無いのだ。
「だって説明する度にこんな事してたら余計に面倒じゃないですか?」
「そう思うのでしたら、山田先生が分かりやすい授業をしてくれれば良いだけじゃないです? 駄姉にも言える事ですが、もう少し内面も教えてくれないと、何時まで経ってもこのクラスの座学の成績は上がりませんよ」
学年トップの一夏君が在籍してるにも関わらず、このクラスの座学平均は学年最下位……一応私も学年十位以内には入っているのだから、よほど他が酷いと言う事なのだ。
その全てが先生の所為とは言わないけれども、やっぱり先生の責任もあるのだろう。友達感覚で接しられて居る山田先生と、恐怖で押さえつける織斑先生とでは成績が伸び悩んでしまうのも仕方ないのかもしれない……一夏君に給料泥棒と揶揄されても言い返せないのは仕方ないのだろうな。
「ですが、やっぱり織斑君が説明してくれた方が理解度は高いですし、私も来年の参考になりますし」
「……何で俺が山田先生にまで教え方を教えなければいけないんですか」
「だって織斑君の教え方をすれば、生徒たちは理解してくれるんですから。そうなれば来年織斑君に頼めなくとも何とかなりますし!」
「……前向きなのか後ろ向きなのか分からないですね」
確かにそうかもしれない。今年は諦めて来年頑張ると言っているようなものだから、ネガティブとポジティブが同居しているような感覚だ。そもそも他力本願な時点でネガティブなのかもしれないけど……
とりあえずこの授業だけで、一夏君が教壇に立った回数は十回、五回目以降は一夏君も諦めて頼まれる前に教壇に向かうようになっていた。
「それじゃあこの授業は此処までです。次は織斑先生が担当ですから、皆さん頑張ってくださいね」
恐らく頑張るのはまた一夏君だろうけども、確かに山田先生の授業以上に私たちも頑張らないと織斑先生のありがたい出席簿が飛んでくるのだ。
山田先生が教室から出て行くと、クラスメイトの大半が一夏君の席へと殺到する。多分まだ分からない箇所があったのだろう。
「相変わらず一夏君の周りは繁盛してるね」
「せっかくおりむ~と遊ぼうと思ってたのに~」
「仕方ないですよ。一夏様の教え方は非常に分かりやすいんですから」
「余裕だけど、須佐乃男や本音は大丈夫なの?」
赤点ギリギリのこの二人こそ、真っ先に一夏君に質問しに行かなければいけないんじゃないだろうか? だけどこの二人は何処か余裕そうで、マドカに至っては少ない時間を使って何か作業をしている。
「何してるの?」
「お兄ちゃんや姉さんに近付く為に、訓練メニューを考えてる」
「うわ! 今までだって十分凄かったのに、更に凄くなってるね」
マドカがしている訓練メニューを、私にやれと言われても到底出来るものではなかった。だけどマドカはそれでもまだ足りないと思ってるらしく、前までのメニューの1.5倍はあるメニューを考えていた。
「強くなりたいのは分かるけど、こんなにキツくして大丈夫なの? 無理して倒れたら一夏君に迷惑が掛かっちゃうよ?」
「それはそうなんだが……」
如何も歯切れの悪いマドカに、本音や須佐乃男も興味を示したようだった。
「マドマド、何か悩んでるの~?」
「こんなメニューをこなしてたらいずれ倒れますよ」
「もちろんいきなりこのメニューにする訳じゃないよ。これはあくまでも今の段階でも最終目標。徐々に増やしていって身体を慣らしながら鍛えていくの」
「でも、何でいきなり? マドカだってこのクラスじゃ十分に強いでしょ?」
恐らくは一夏君の次に強いのはマドカだろう。本音も強いけど、やっぱりマドカの方が強く思えるのだ。
「クラスで強くても実戦で弱かったら意味が無い。今のままじゃスコールにはもちろん、オータムにだって太刀打ち出来ないんだ……不利を承知で私を逃がしたお兄ちゃんがあんな事になっちゃったのは、私が弱かったからだ」
「あの状況じゃしょうがないよ。だって須佐乃男が別行動をしてるのを知ってて一夏君を狙ってきたんだからさ」
「それでも! 私がオータムと互角くらいに戦えたら、お兄ちゃんだって私をあの場に残したかもしれないじゃないか! でも私はお兄ちゃんの傍じゃなく簪やエイミィの助太刀に行かされた……状況的には頼られたのかも知れないけど、どうせなら一緒に戦いたかった……それに姉さんの領域にすら達していないんじゃ、私は織斑を名乗る資格が無いんじゃないかとも思い始めているんだ……」
織斑、この苗字が持つ意味はかなり大きいものがあるのを、恐らく世界中の誰もが知ってるだろう。
姉である織斑千冬は、第一回、第二回とモンド・グロッソを無敗で連覇し、そのまま引退した為に公式戦、並びに模擬戦無敗の記録を打ち立てた世界最強の異名を持つ人だ。
そして兄である織斑一夏は、世界で唯一男性でISを操縦できる人で、世界最強と大天災に真っ向からお説教出来るただ一人の存在であり、噂では世界最強の姉よりも強いと言われるほどの実力の持ち主だ。
その二人と比べてしまうと、確かにマドカの実力は二枚も三枚も下かもしれない。だけど十五歳の少女としては十分だと言えるくらいの実力は既に有しているのだ。
「無理だけはしない方が良いよ。織斑先生も一夏君もマドカが倒れたら心配するだろうから」
「分かってる。でも昨日、姉さんの本気を見た……かもしれないんだ」
「織斑先生の本気?」
昨日は得に事件らしい事件は無かったような……あっ、デュノアさんかな?
「今まで、あんな目をした姉さんは見た事無かった。その姉さんの攻撃をお兄ちゃんは負傷した身体であっさりと受け止めてしまったんだ……他の誰もが受け止める事すら出来なかっただろう攻撃を繰り出した姉さんも凄いと思ったし、その攻撃を意図も簡単に受け止めたお兄ちゃんはもっと凄いんだ。だから私も強くなりたいと思ったんだ」
最強の姉兄を持つと妹は大変なんだなと思ったのと同時に、やはりあの二人は人の枠に収まってないんだなとも思ってしまった……実際に見てないからどんなものかは分からないけど、マドカが誰も受け止められないと言うからにはそうなんだろう……
「一夏様と千冬様は規格外ですからね……あとは束様もそうですけど」
「篠ノ乃博士も凄いの?」
「何せ千冬様と互角に渡り合えるお方ですからね」
「同レベルの変態って事かな~?」
「それもありますが、束様も本気を出せばもの凄く強いですよ。それこそIS一機や二機じゃ止められないくらいに」
それって人として如何なんだろう……一夏君や織斑先生は何となくありかなと思えるけど、篠ノ乃博士は見ただけじゃそんな感じは全然しないし、あの格好で強いって言われても、正直納得は出来ない。
「シノノンよりも強いの~?」
「はっきり言って篠ノ乃さんでは相手にならないくらい強いですよ。生身でもISでも」
「うへぇ……シノノンだって結構強いと思うんだけどな~……」
暴走したり自分の力を過信したりする事さえ除けば、確かに篠ノ乃さんだって十分力はあるだろう。でもその篠ノ乃さんが相手にならないくらいに、篠ノ乃博士は強いと言うのだ。
「やっと解放された……お前らは大丈夫なのか?」
「あっ、一夏君」
「何の話をしてたんだ? ……何だこれ?」
一夏君が落ちていた紙を拾い、そして顔を顰めた。一夏君から見てもあのメニューは相当なものなのだろうか……
「本音のか?」
「違うよ~。それはマドマドの」
「マドカの? 随分と無茶なメニューを組んでるが如何かしたのか?」
やはりあのメニューは一夏君から見ても無茶なのか……いや、一夏君や織斑先生にとっては楽なのかもしれないが、他の人には無茶なのだろうか?
「姉さんの本気を見て、その攻撃を簡単に受け止めたお兄ちゃんを見て、このままじゃ駄目って思ったの。何時までも守られるだけじゃ駄目だって、私もお兄ちゃんや姉さんを守れるくらい強くなりたいって!」
「あの駄姉が何時マドカを守ったかは知らんが、無理して強くならなくても十分実力はあるだろ?」
「今度亡国企業が攻めて来た時に、お兄ちゃんの傍で戦える、頼ってもらえるくらいには強くなりたいの!」
「攻めてくる事を前提て考えてるのがあれだが、別にマドカの事を頼ってない訳じゃ無いぞ」
「だってスコールとオータム相手に、お兄ちゃんは私を逃がしたでしょ?」
「まぁな……だが誰が居たとしても俺はああしただろうな。あの二人は別格だ、対抗出来るのは駄姉くらいだろうな」
一夏君は織斑先生の事を「駄姉」と呼んでいるが、実力は認めてるみたい。まあ当たり前か、何せ世界最強だもんね。
「だからもっと強くなってお兄ちゃんの傍で戦えるようになりたいの! お兄ちゃんに守ってもらうだけじゃなくって私もお兄ちゃんを守りたいの!」
かなり意気込んでいるのだと理解した一夏君は、さっきまでの険しい表情から私たちには決して向けないお兄ちゃんの顔になった。
「そっか、マドカがそう思ってるのなら俺はもう何も言わない。だが絶対に無理だけはするなよ。無茶は良いが無理は駄目だ」
「分かってる。お兄ちゃんや姉さんに心配掛けたくないもん」
一夏君の表情を見て、マドカは嬉しそうに笑った。一方私たちはと言うと、一夏君にあんな表情を向けられるマドカを羨ましいと思ってしまった。だが須佐乃男と本音だって、私には向けてくれない表情を向けてもらってるんじゃないだろうか……だって彼女なんだし……
「ん? 如何かしたのか?」
「ううん……でも、一夏君もお兄ちゃんなんだなって思った」
「何だそれ?」
「顔がお兄ちゃんになってたから」
「そうか?」
一夏君は軽く頭を掻きながら首を傾げた。偶に見せる一夏君の癖だ。
「自覚してないかもしれないから言うけど、一夏君って結構シスコンだよね」
「いや、自分でもマドカに甘いとは思ってる……」
どうやら自覚はしてるようだった。
「確かに一夏様はマドカさんに特別甘いです!」
「そうだそうだ~! もっと平等に甘やかせ~!」
「本音も須佐乃男も、相当お兄ちゃんに甘えてると思うけど」
「そうなの?」
マドカにだけ甘いのかと思ったけど、如何やら一夏君はそれぞれに甘いようだった。
「本音は毎朝起こしてもらってるし、須佐乃男だってお兄ちゃんからお小遣い貰ってるでしょうが」
「ですが、それはマドカさんも同じなのでは……」
「私は須佐乃男ほど貰ってないよ」
「おりむ~、マドマドと須佐乃男にどれくらいお小遣いあげてるの~?」
「マドカには二万、須佐乃男には五万だな」
「高校生にそんなにあげてるの!? だってマドカも須佐乃男も殆ど食費掛からないでしょ」
何せ三食一夏君が作ってくれるのだ。その食材は一夏君自ら買ってきてるので、私たちのように食堂でお金を払って食べる必要が無いのだ。もちろん自分で作れば安上がりだと言う事は分かってるのだが、何かと面倒なのだ。
「マドマドの服はおりむ~がお金払ってるし、須佐乃男は自分で具現化出来るからお金掛からないんだけどね~」
「それで毎月赤字なんだから、いったい何に使ってるのよ……」
月末になると須佐乃男の財布はほぼ空になっている事が多い。食堂でケーキを食べたりして使ってるのは見た事あるけど、それだけで五万も使いきれるとは到底思えないのだ。
「何か通販で買ってるのは知ってるんだが、何を買ってるのかはさっぱり分からない。その部分だけは強固に守ってて、思考を読んでも分からん」
「乙女には秘密の一つや二つあるんです!」
「妙なものを買ってるんじゃないなら別に良いが、せめて小遣いの範囲だけにしてくれ。前借は認めないからな」
「分かってますよ……」
一夏君がしっかりとした人で良かった。前借まで許してたら須佐乃男の散財癖はもっと酷くなってただろうな。
「やっぱりおりむ~は平等に甘やかすべきだよ~!」
「……本音だって甘やかしてるつもりなんだが?」
「確かに。本音様だけ何時もお菓子の量が多いですよね」
「お兄ちゃんが作ってくれるものの殆どが本音だけ少し大きいし」
「そ、そんな事ないよ~!」
「つまり三人はそれぞれ一夏君に甘やかされてるんだね」
テスト前の勉強会だって、甘えと言えばそうなのだ。本来は自力で勉強して結果を出すべきなのに、この三人は完全に一夏君頼みになっている。それじゃあ実力テストの意味が無いんじゃないのかとも思えるのだが、本当に実力で挑んだら、この三人は下手をすれば留年と言う可能性が出てくるのだ。
「補習を手伝えとか駄姉に言われそうだから、先に教えておくのが良いだろうと思ってるだけなんだがな……補習だと他の人も居るから」
「色々と大変なんだね」
「しょうがないだろ、義妹に彼女なんだから……」
「そう言えばナターシャ先生の手伝いをしたり、更識会長の代わりに仕事したりとまだまだ大変なんだよね?」
「後は美紀の訓練を見たり、虚の仕事を手伝ったり、簪のゲームの相手をしたりと……改めて思うとかなりの過密スケジュールだな……」
その他にも一夏君はISの整備をしたり、自分の勉強をしたりと忙しくしていて、いったい何時休んでるのかが不思議なくらいだ。
「貴様ら、そろそろチャイムが鳴るから席に着け!」
「おっと、随分と話し込んだな」
「そうだね。それじゃあまた後で」
織斑先生が来た為におしゃべりは此処まで。逆らって無事で居られるのは一夏君だけだし、私たちはあっさりと出席簿で叩かれるのがオチだ。大人しく席に着きチャイムが鳴るのを待つ。早めに来てもチャイムが鳴るまでは始めないのだ。
「先に言っておくがこの時間は小テストをするからな。覚悟を決めてチャイムを待て」
「「「えぇー!」」」
数人が悲鳴のようなブーイングを上げ、数人はガックリと下を向いた。抜き打ちではあるけども、そこまでダメージを負うものなのだろうか……私には良く分からない世界だけれども、きっとそうなんだろうな……
授業後に、須佐乃男とマドカと本音が一夏君に泣き付いていたけども、再テストがもう決定的なんだろうな……隣で美紀や香澄も似たような表情をしてたから、また一夏君のスケジュールが過密になっていくのだろう……頑張って、一夏君。
マドカに対してははっきりとしたシスコンっぷりを発揮した一夏なのでしたとさ……千冬にも何だかんだで甘いんですがね。