抜き打ちであった小テストの結果が午後の授業で返ってきた。結果は見るまでも無く分かっている……ほぼ手応え無しのテストほど返してもらう意味など無いだろう。
「一夏様、補習再テストに向けての勉強を教えてください!」
「お願い、おりむ~」
「お兄ちゃん、お願い」
私と同じ結果だったのだろう、須佐乃男、本音ちゃん、マドカちゃんが一夏様に勉強を教えてくれるように頼んでいる。
「教えるのは構わないが、お前らの結果を見ない事には如何にも出来ないぞ」
一夏様が手を差し出し、三人の答案を渡すように動かす。三人は顔を見合わせて気まずそうに答案を一夏様に渡した。
「ものの見事に全て空欄とは……お前らやる気あったのか?」
「だって……」
「見ての通り……」
「全部分からなかったんだもん……」
言い訳も三人で少しずつしていってるが、一夏様の呆れ方は普段の倍以上に感じられた。
「それで? さっきからオドオドしてる香澄と美紀は勉強見なくて良いのか?」
「あうぅ……」
「教えてください……」
香澄と目を合わせてオズオズと答案を一夏様に手渡す。私も香澄も三人同様全て空欄の答案だ。右上にある○が無ければ新品同様のテスト用紙が五枚揃った。
「いくら抜き打ちだったとは言え、お前らのコレはかなり酷いぞ」
「「「「「分かってます……」」」」」
言われなくても全員がこの結果は酷いと認識している。そもそもこの答案を見て危機感を覚えないのは駄目だろうとさえ思っているのだ。
「再テストは明日か……今日は特に生徒会の仕事も急ぎでは無いし、刀奈の体調も回復してきたからな……」
一夏様は何かを考えるようにこめかみの辺りを人差し指で叩き、ブツブツと何かをつぶやいています。
「同じテストでは無いにしても、コレを復習させるのは意味があるだろうし……いっそのこと本当に範囲全てを覚えさせるか……だがそれだと効率が悪い……」
徐々に険しくなる一夏様の表情を見て、私たち五人は居心地の悪さを感じ始めました。一夏様が悩んでいる事は間違いなく私たち五人の事で、一夏様の眉間に皺が寄れば寄るほど私たちは申し訳無い気持ちになって行く訳です……
「仕方ない、香澄と美紀は今日俺たちの部屋に泊まりな」
「「えぇ!?」」
一夏様の部屋に泊まり!? つまり……如何言う事なんでしょう?
「放課後だけじゃ恐らく再テストも赤点だろうし、今日は泊まり込みで勉強してもらう。美紀は碧のベッドで、香澄は本音のベッドで寝れば問題無いだろ。寝る時間があればの話だが」
「えっと一夏様? 寝る時間とは如何言った意味なのでしょうか……」
「そのままの意味だが? 理解出来るまで寝れないと思っておいた方が良いぞ」
一夏様の見たくない笑みを見て、私たち五人は揃って肩を落としました。一夏様の背後では静寂が両手を合わせて私たちに哀れみの視線を送ってくれました……勉強出来る人は羨ましいですね。
「おりむ~、さすがにご飯は食べられるよね?」
「そうだな……テストに合格したら食べられるとかにするか?」
「お兄ちゃん、それはさすがに酷いよ!」
「そうですよ一夏様! それじゃあ確実に本音様や美紀さんがご飯を食べられないじゃないですか!」
何気に酷いよね、須佐乃男も……そりゃこの中で一番のおバカを決めるとしたら、最後まで残るのは私と本音ちゃんだろうけども、それでももう少し言い方って言うものがあるんじゃないのだろうか……ストレートに言われたらさすがに傷つくんですけど……
「安心しろ。それ程難しいものじゃ無いし、二,三時間もあれば出来るようになるだろう」
「……つまりそれまではぶっ続けでお勉強かな~?」
「良く分かってるな本音。出来ないのなら出来るまでやってもらう」
「一夏君、出来ないものはどれだけ頑張っても出来ないよ」
「何も空を生身で飛べと言ってる訳じゃ無いんだし、可能性はゼロでは無いだろ」
一夏様だったら高確率で達成出来るのでしょうが、私たちからしてみれば確率は限りなくゼロに近いのですよ……それこそ空を飛べと言われるのと同レベルの難易度なのです。
「とりあえず放課後だな。香澄と美紀は一度部屋に戻ってから着替えと必要なモノを持って俺らの部屋まで来い。今回は同伴者無しでも気にせず入ってきて良いぞ」
「もし逃げ出したら如何なるの?」
「知らん。お前らが赤点補習喰らって最悪退学になるだけだ」
香澄が興味本位で聞いた事に、私と香澄は戦慄する。見捨てられるのもそうだが、退学と言う単語が私たちの心に響いたのだ。
「行く! 必ず行くから見捨てないで!」
「一夏様だけが頼りなのです!」
必死になって縋りつく私たちを見て、一夏様は苦笑いを浮かべました。
「見捨てないししっかりと教えてやるから、その大げさな態度は止めてくれ。何だか苛めてるようじゃないか」
「お兄ちゃん、それだけさっきの脅しが効いてるって事だよ」
「退学は嫌だもんね~」
「一夏様の冗談は冗談だと分かり難いですし」
同じ再テスト同士でも、やはり普段から一夏様と同じ部屋で生活してる三人は覚悟が決まっているようだった。逃げ出そうにも逃げられないと諦めているのかもしれないが……
「時に一夏様、楯無様は大丈夫でも他の方が納得しますかね? 泊まり込みなんて」
「お前らの答案を見せれば納得……と言うか同情してくれると思うが、見せるか?」
一夏様が人の悪い笑みを浮かべて私たちの答案をヒラヒラと振ってみせる。私たちは一斉に地べたに正座をして頭を下げる……所謂土下座だ。
「「「「「それだけは勘弁して下さい」」」」」
「そこまで言うなら勘弁してやる」
ホッとして顔を上げると、一夏様のイタズラっぽい笑みが見て取れた。つまり私たちはからかわれたのだ……
「それじゃあ放課後にな」
そう言って一夏様は自身の席に戻っていかれ、私たちはただ呆然とその場に立ち尽くすしか出来ませんでした。
そして放課後……
「着替えと勉強道具だけあれば良いよね?」
「そうだね。最悪あの部屋には色々とあるし、借りれば良いよ」
隊長に報告に行く際などに色々と見た限りでは、あの部屋には必要最低限の生活必需品は置いてあった。刀奈お姉ちゃんや簪ちゃんなら貸してくれるだろうし、虚さんだって大丈夫だろう。だからあの部屋に持っていくものは本当に最低限必要なモノだけで良いのだ。
「一夏君に頼んだ手前、今更後悔なんてしないけど、出来れば厳しくない方が良いかな」
「でも優しすぎると今度は私たちのためにならないし……程々が良いな」
一夏様に脅されているので逃げ出すと言った選択肢は私たちの中には無い。逃げ出せば自分が苦しむだけだと言う事が分かっているからだ。
「クラス平均が低いのは私たち五人がゼロだったからだろうけど、それでも他のクラスと大差無いのは間違いなく一夏様と静寂のおかげだろうね」
「そうだね。あの二人でどれだけ稼いでるんだろう……」
学年最高の平均でも、私たちのクラスと五点は離れていない。五人もゼロが居るのにも関わらずだ。
一夏様は今回のテストの創作者であるので除外するとして、静寂はどんな勉強をしたらあんな高得点が取れるんだろう……
「勉強しなきゃいけないのは分かってるんだけど、色々と忙しいからね」
「私に言い訳されても……」
隊長との見回りに一夏様との訓練、後は本音ちゃんたちと一緒に遊んだりして全く勉強する時間が無いのだ……遊ばなければ良いのは分かってるのだが、誘惑に勝てる程私の意志は強固では無いのだ。
「えっと、一夏君たちの部屋は……こっちだね」
「そっか。香澄は普段から行かないから道があやふやなんだね」
「普段からって、あの部屋は基本立ち入り禁止でしょ?」
「私は報告も兼ねて結構出入りしてるからさ」
何せ隊長があの部屋で生活してるのだ。通信機器でも報告は出来るが、隊長はしょっちゅう携帯を失くすので直接報告した方が確実なのだ。
「あの部屋って生徒会長さんや布仏さんのお姉さんも居るんだよね。緊張するなぁ」
「大丈夫だって。二人共優しいから」
昔からの付き合いがある私は特に緊張するような相手では無いのだけれども、やはり香澄にとっては緊張する相手なんだろうな……
「あら、日下部さんに四月一日さん? こんな所で如何かなさいましたか?」
一夏様たちの部屋に向かう途中で、クラスメイトのオルコットさんと出会った。この人も候補生だけあってそれなりに点数は良いんだろうな……
「今日のテストが散々だったから、今から一夏様の部屋で勉強会を……」
「一夏さんの部屋で、ですって!? それは私も参加してもよろしいのですか!?」
「だってオルコットさんには必要無いでしょ? 私たちみたいに再テストじゃないんだし」
「再テスト? あのようなものでそんな人が居るんですの?」
「「………」」
無自覚なのかは分からないけど、オルコットさんは人を見下す傾向が強い。聞いた話によると入学当初はもっと酷かったらしいけど……何せ一夏様に喧嘩を売ったらしいのだから。
「そう言う訳だからオルコットさんは参加出来ないし、一夏様も許可してくれないと思うよ」
「一夏君だって余裕のある人に教えるほど暇じゃないって言うだろうし」
「そうですの……残念ですわ」
本当に残念だと思ってるのか疑わしいが、オルコットさんは諦めて自分の部屋へと戻って行ったようだった。
「……あのようなものだってさ」
「……やっぱり候補生ともなるとあれくらい楽勝なんだろうね」
実際にオルコットさんに答案を見たわけじゃ無いから何とも言えないけど、あれだけ傲慢になれるんだからきっと良い点だったに違いないんだろうな。
「候補生って凄いんだね……」
「でも、本音ちゃんって企業代表なんだよね……」
やっぱりコネでなった代表じゃ技能は兎も角知識は疎いのだろうか……でも虚さんは三年でトップだし、やっぱり本音ちゃんがおバカなんだろうな。
「えっと、どっちだっけ?」
「こっち。香澄って方向音痴?」
「慣れてないだけ」
一夏様に用があっても簡単には会えないんですよね……だから香澄みたいに一夏様たちの部屋へと続く道が分からないのも仕方ないのかもしれない。
「てか香澄、昨日も一夏様の部屋に来てなかった?」
「あれは本音につれられてだったから、詳しく道順なんて覚えて無いよ……ただでさえ緊張してたんだから」
「まぁ一夏様に会いに行くなんて滅多に無いものね」
「クラス一緒だし、席も隣だから……」
字だけ見るとかなり親しくても良さそうな距離感だ……なのに何で香澄は一夏様と話せるようになったのが二学期になってからなのだろう……不思議でならないのだが。
「此処だね。一夏様、四月一日美紀、日下部香澄、二名到着しました」
「何その堅苦しい報告みたいなの……」
香澄が呆れた感じで私を見ているが、私にとっての一夏様は憧れであると同時に上役のような人なのだ。これくらい堅苦しくなってしまうのは仕方ないのだ。
「随分と早かったな。逃げ出すかとも思ってたんだが」
「いえいえ、逃げ出したら私たちが苦しむだけなので……」
扉を開けてくださった一夏様が、私の挨拶を聞いて呆れたのか少し苦笑いを浮かべていた。それでもすぐに表情は普段の一夏様のものに戻り、私たちはピシッと背筋を伸ばした。
「揃った事だしすぐに始める。席は自由に座ってくれ」
既に本音ちゃんや須佐乃男、マドカちゃんは勉強を始めてるようだったけども、ただただ首を捻ってるだけなのを見ると、私たちが来るまで自分たちで復習をさせられていたのだろう。
「あら、美紀ちゃんに日下部さんじゃない、いらっしゃい」
「一夏さんから話は聞いています。頑張って下さいね」
刀奈お姉ちゃんと虚さんも歓迎してくれて、私たちは三人が首を捻っている場所のすぐ傍に腰を下ろした。
「それじゃあ揃ったから簡単に今回の小テストの問題の説明をしていく」
「「「「「お願いします」」」」」
一夏様が詳しく説明してくださったおかげで、とりあえず問題の意味は分かった。次に理解しなくてはいけないのは問題から導かれる答えと、それに辿り着くまでの道程だ。
「懐かしいわね、こんな問題あったな~」
「お嬢様、邪魔はいけませんよ」
「だってする事無いんだもん」
「それでしたら急ぎでは無いにしても溜まっている仕事をして下さいます?」
「私、大人しく寝てる」
そう言えば刀奈お姉ちゃんは体調不良とかで安静にしてなければいけないんだっけか……もう大丈夫なのかな?
「美紀、余計な事を考えてる暇があったら自分で考えたら如何だ?」
「ゴメンなさい」
一夏様は相手の表情から今何を考えているかある程度読み取れるスキルをお持ちなのだ。今も私の表情から勉強以外の事を考えていたと見破られた……さすがは一夏様だ。
「解説は以上だが、此処までで分からない箇所があるヤツは居るか? 居るなら手を上げろ」
恐る恐る他の四人を見ながら、手を上げる私たち五人。つまり全員何処かしら分からない箇所があるのだ。
「全員か……一人ずつ聞いてくから、まずは須佐乃男からだな。その後は時計回りの順番で質問に答えていくから、それまで自分で考えてろ」
一夏様が須佐乃男の質問に答えてる間、私たち四人はそれぞれがどの箇所が分かってないかを確認しあう。もしかしたら教えあえるかもしれないからだ。
だがそんな考えは甘い物だったとすぐに思い知らされる。何故なら全員が全員同じ箇所が分かってなかったからだ……
「……一応確認だが、残り四人が分かってない箇所って何処だ?」
一夏様に聞かれ、私たちは同じ箇所を指差す。すると一夏様はため息を一つ吐いて私たち全員を視界に収めた。
「どうやら全員同じ箇所が分かってないようなので、纏めて説明するぞ」
なんと須佐乃男までもが同じ箇所を理解してなかったとは……やっぱり私たちは同列のおバカなのだろうか……
「ただいま……って、何か今日は人が多いわね」
「碧さん、勉強会の邪魔しないようにね」
「分かりました」
小鳥遊隊長が部屋に戻ってきて、私と香澄の姿を見て少し驚き、首を捻りました。そしてすぐに刀奈お姉ちゃんからの注意で状況を察したようで静かに私たちの後ろを通り過ぎて行きました。
「……と、言う訳だがまだ分からないか?」
「いえ、今ので漸く納得が行きました」
「さっすがおりむ~だね。さっきの説明よりもっと分かりやすくなってたよ~」
「この内容を授業でもしてくれれば私たちも簡単に理解出来るのですが、やはり山田先生や千冬様は政府のやり方が基本ですからね。如何しても分かり難い説明になってしまいがちなのでしょうね」
「やっぱり一夏君が先生をやるってのが良いんじゃないかな? 前にクラス皆が言ってた様にさ」
「一夏様が先生? そんな事があったの?」
如何やら私がこの学園に来る半月くらい前にそんな事があったらしい。聞くだけで判断するのなら、一夏様は良い先生だと言えるだろう。
「面倒だから嫌だ。ただでさえお前ら五人の面倒を見なくちゃいけないんだから」
「「「「「申し訳ありません」」」」」
小テストでゼロをたたき出した私たち五人は、再び正座をして一夏様に頭を下げた。迷惑を掛けている手前、これ以上面倒事を一夏様に頼むのはやはり無理なのだ。
「とりあえず問題全部を理解したのなら、もう一回やってみろ。時間は半分で良いだろ」
「「「「「えぇ!?」」」」」
「はい、スタート」
一夏様が手を叩くと、私たちは反射的に問題に取り掛かった。半日も経っては無いが、まさか同じ問題をもう一度解く事になるとは……いや、一回目は一問も解いてないんだけどね。
「五十点以下は晩飯抜きな」
「「「「「そんな!?」」」」」
「出来るから大丈夫だろ? 不満なら七十以下でも良いぞ」
何故ハードルを上げるのでしょう……一夏様の表情を見れば冗談では無い事は明白でしたので、私たち五人は五十点以上を目標に改めて答案に取り掛かりました。
「一夏、コレって一夏が作ったんだよね?」
「簪もやったんだろ?」
「うん。結構難しかった」
「学年二位の簪がそう言うんだから、難しかったんだろうな」
「一夏の性格の悪さが出てたよ」
「人聞きの悪い。引っ掛け問題は誰でもやるだろ」
「そうだけど、それでも一夏程性質は悪く無いよ」
私たちからすれば、どの問題が引っ掛けなのかすら分からないのですが、やっぱり簪ちゃんは頭が良いんだな……
「後十分」
そんな事を思ってると、一夏様から無慈悲なる事を言われる。後十分で全ての問題を解くのは不可能、それならとりあえず出来そうなものから埋めていかなければ。
「そう言えば一夏、さっきエイミィに会ったんだけど、彼女は如何やら再テストは逃れたようだったよ」
「そうか、エイミィも頑張ってるんだな」
エイミィって確か、イタリア代表候補生のあの子よね……勉強苦手だったんだ……
「残り三分」
また余計な事を考えてしまった……刻一刻と迫る制限時間に、私たちは焦りを覚える。そして焦りは冷静な思考の妨げになり、そして更なる焦りを生む……
「そこまで! 採点するから大人しく待ってろ」
一夏様が私たちの答案を見て、それぞれに点数をつけていく……この結果次第では晩御飯が無くなってしまうのだ……
「こんなものか」
「おりむ~?」
「お兄ちゃん?」
恐る恐る本音とマドカちゃんが結果を尋ねる。一夏君は少し間を開けてから全員に答案を返した。
「とりあえずは合格だが、飯食った後もしっかりと勉強するように」
全員五十点以上取れたのだが、本当にギリギリだったので喜ぶに喜べなかった。あれだけ詳しく説明してもらったのに、全員五割をクリアするのがやっとだなんて……一夏様に申し訳無い気持ちでいっぱいですよ……
ゼロは酷い……分からなくても埋めろって言われた事がありますが、埋めれば何とかなった時もあったので、あながち間違いではなかったのかも。