補習五人組が疲れ果ててすぐに寝てしまったのに対して、勉強を教えていた一夏君はまだ起きている。明日も早いだろうに、一夏君は黙々と作業している。
「一夏君は寝ないの?」
「もう少ししたら寝るさ。無茶はしない」
「そう……ねぇ一夏君」
「何だ?」
「このまま一夏君のベッド使ってても良いかな?」
「……俺に何処で寝ろと?」
「一緒に。今日はもう虚ちゃんは寝ちゃってるし、皆が起きる前に一夏君が起きるんだから問題無いでしょ?」
「お前が俺のベッドで寝てたら、結局はマドカにバレるだろうが」
確かに普段なら私よりマドカちゃんの方が早く起きる事の方が多い。確率的に言えば八割以上はマドカちゃんの方が先に起きるだろう。だけど今日のマドカちゃんは頭を使ってたのでかなり疲れてるはず。あのマドカちゃんなら何時ものような早起きは出来ないと思うのよね。
「なるほど、刀奈なりに考えてるんだな」
「あれ? 声に出してた?」
「いや、全部顔に書いてあった」
一夏君に言われ、私は意味も無いのに顔をペタペタと触ってみる。そんな事しても何も無いのは分かってるのに……
「寝たいなら使っても良いが、バレても知らないからな」
「大丈夫! それに一夏君が皆より先に起きてるんだから、何処で寝たか分からないだろうしね」
「俺は俺のベッドで寝たと思われるだろ。てか、それが普通だ」
こうして話しながらでも、一夏君の作業する手は止まらない。生徒会の仕事をしてる時も、更識の仕事をしてる時も変わらぬ集中力を発揮しているのだが、もしかして今の作業もそれ程重要な事なのかしら?
「これは再テスト対策用のテストだな。五人が寝た事でどれだけ忘れたかをチェックする為のものだ」
「……また顔に書いてあるの?」
「刀奈は顔に出やすいからな。人としては可愛いと思うが、大将としては致命的だな。考えを敵に読まれる」
「一夏君くらいに相手の表情から思考を読み取れる敵なんて居ないと思うけど……」
「万が一俺が敵になったら如何するんだ?」
……え? 一夏君が敵に?
冗談なんだろうけど、いきなりそんな事を言われて私の頭の中は絶賛混乱中だ。一夏君が敵になる事なんて、想像の中でもありえないのだから。
「真面目に考えてるところ悪いが、今のところそのつもりは無いから安心して良いぞ」
「今のところ? 何時かは敵になる可能性があるって事?」
「限りなくゼロだが、だが同時にゼロでは無い」
「一夏君が私たちを裏切る事なんてあるの?」
「自分の意思ではありえないと言い切れる。だが駄ウサギのように記憶を改竄出来る相手に捕まって改竄されてしまったらありえるだろうな」
「一夏君が敵に捕まるなんてありえないでしょ」
何せ生身でISを撃退出来るほどの実力を持ってるんだし、負傷でもしてない限り人類が勝てる相手……あれ? そう言えば一夏君って今負傷してるんだよね? だとすると今襲われるとかなりヤバイんじゃ……
「今すぐはありえないにしても、敵の勢力が整うのが俺の回復より早かったらありえる、と言う話だ。頭の片隅にでも留めておいてくれ」
「でもそうなったら、私たちが全力で一夏君を守る。何時も守られてばっかだけど、私たちだって一夏君を守る楯くらいにはなれるでしょ?」
「『更識に楯は無い』んじゃ無かったのか?」
「一夏君は更識ではないもの。それに、大切な人も守りたいって気持ちは、更識でもちゃんとあるんだからね」
笑いながら一夏君が指摘してきた『楯無』の由来だけど、別に楯が必要なら使っても良いと私は思っている。それが大切な人を守る為ならご先祖様だって許してくれるはずだし。
「それじゃあその時は頼りにさせてもらおう。もちろん、ただ守られるだけじゃ癪だから俺も守ってやるがな」
「怪我人は大人しくしてる。偶には全て私たちに任せて一夏君はゆっくり休んでてほしいのよね」
「ゆっくり休むのは退屈だから遠慮させてくれ。絶対安静で懲りたからな」
一夏君はジッとしてると退屈だと思う人なんだね……私だったら元気なのに何もしなくて良いなんて言われたら何をして遊ぼうか考えちゃうんだけどな……此処が私と一夏君の違うところなんだろうね。
「さてと、テストも完成したし、寝るんならさっさとベッドに入れ。バレ無いようにしておくから、起きた時に不思議そうな顔するなよな」
「大丈夫よ。それくらい私にだって出来るから」
「あっそ。それじゃあ寝るか」
「一夏君、入って入って!」
「……元々俺のベッドだ。何で刀奈が招き入れてるんだよ」
一夏君は呆れながらも作業に使ってたものを片付けて、私が招きいれたベッドに入ってくれた。一夏君と一緒に寝るなんて久しぶりだな……こうして考えると、一緒に寝るって結構大胆な行為なんだよね~……このまま一夏君と……なんてね。
起こりもしない想像をしながら、一夏君に抱きつく。強めに行くと怪我に響くかもしれないから、今回はかなりソフトに抱きついた。
「如何かしたのか?」
「ううん、ただ一夏君の体温を感じたかったの」
「何だ急にしおらしくなって。刀奈らしくないぞ」
「何よそれ!? 私がしおらしくなったらいけない?」
一夏君の顔が笑ってるので、決して本気では無いと言う事は分かってるんだけど、何だか馬鹿にされた気になってついつい頬を膨らませて抗議をした。私だって女の子なんだからしおらしくなったりする時だってあるんだからね!
「別にいけない訳じゃ無いが、調子は狂う」
「如何言う意味よ」
「キャラじゃないだろ? どっちかと言うと簪のキャラだろ」
「……しおらしい簪ちゃん……可愛いわね~」
「……ウチの駄姉と同レベルの臭いがするんだが」
「あそこまでシスコンでもブラコンでも無いわよ!」
織斑先生はブラコン・シスコンの世界大会があったら間違いなく優勝するレベルでの溺愛っぷりだ。私はあんなレベルで溺愛なんてしてないんだからね!
「後はキャラ的に虚なんかもしおらしいのが似合うかもな。へこんだ時とか」
「確かにしおれてるわね……って、意味が違くない?」
「まあ気にするな。兎に角、刀奈のキャラでは無いだろ。どっちかと言うと天真爛漫の方が似合うな、本音同様に」
「私はあそこまで底抜けに明るくは無いわよ?」
「でも、十分明るいだろ。その明るさに救われてる人も居るって事を覚えとくんだな」
「それって一夏君の事?」
一夏君は普段は私と本音に注意ばっかりしてくるけど、本気で怒らないのはそう言った理由があるからなのだろうかな~とか考えてみたりして……
「一人そう言った人間が居るだけで、周りはどん底まで沈まずに済むからな。明るさは必要なんだ」
「だって沈んだってしょうがないでしょ? 反省するのは良い事だけども、何時までもそれに囚われているのは駄目だもの」
「その考え方は万人には出来ないんだよ。普通の人は失敗を引きずる。表面上は克服したように見えても、やはり根底には残ってるんだよ。だからお前や、本音のように気分を明るくしてくれるような人ってのはありがたいんだよ。時に迷惑だとも思われるかもしれないが、やっぱり救われるんだよ」
優しく頭を撫でてくれながら、一夏君はそんな事を言ってくれた。高校一年生が考えてるような事では無いのだろうけども、一夏君ならそんな事を考えていても不思議では無い。むしろ下手な大人に言われるよりも簡単に私の心にスッと入ってくる。
一夏君に必要だと思われてるんだと分かると、安心して急激に眠くなってきた。睡魔に逆らう事が出来ない……もっと一夏君とお話していたいのに……
「眠いのか?」
「大丈夫……」
「無理はするな。眠いなら素直に寝ておけ」
「うん……でももう少し一夏君とお話してたい……」
「また今度すれば良いだろ」
一夏君の優しい声と、まだ撫で続けられている頭の感触を満喫しながら、私の意識は現実世界から切り離される……つまり夢の世界へと落ちていったのだ。
次に私の意識が現実世界に戻ってきたのは、早朝自分のベッドで目を覚ました時だった。
「あれ? ……なるほど、そう言う意味だったんだね」
昨日一夏君がバレ無いようにしておくと言う意味を理解して私は一人で頷いた。
「如何かしたのですか?」
「ううん、おはよう虚ちゃん」
「おはようございます」
如何やら私はマドカちゃんはおろか虚ちゃんよりも起きるのが遅かったようだ。一夏君が手を打ってくれてなかったらそのまま一夏君のベッドで寝てるのがバレてただろうな……そうなると尋問がまってる訳で、考えるだけで気分が滅入るわね。さすが一夏君、誤魔化すのも上手なんだから。
「お嬢様、今日は如何なさいますか?」
「如何って、学校?」
「はい。大丈夫そうではありますが、念の為今日も休みますか?」
「そうねぇ……一夏君に聞いてみましょうか。私より一夏君の方が私の体調を熟知してるし」
自分で言っていてあれだけど、自分の体調を自分より熟知されてるってのも何だか悲しいと言うか情けない気分になってくるわね……
「一夏さんの判断に従うんですね?」
「判断って、一夏君だって無茶はさせないはずでしょ? 自分も気をつけてる事なんだからさ」
「それはそうですが……ですが一夏さんは今も十分無茶してると思うんですけどね」
「私たちから見たら無茶でも、一夏君的には無茶じゃないんじゃないの? ほら、一夏君は私たちの常識の中に居ないし」
「誰が非常識だって?」
「い、一夏君……そ、そこまでは言ってないわよ?」
一夏君なら聞こえてても別におかしくは無いんだけども、こうしていきなり現れるとやっぱりビックリするのね……もの凄いドキドキしてるもん。
「一夏さん、お嬢様の体調は如何なんでしょう?」
「そうだな……もう一日様子を見た方がいいだろうな。血液中のウイルスは減少してるが、まだ完全に回復したとは言えないからな」
「何時の間に採血したのよ……」
「寝てる間にな。グッスリだったから採りやすかったぞ」
「お嬢様は注射苦手ですものね」
前の採血の時は散々喚き散らしたんだけど、一夏君に意識を刈り取られたのでよく覚えていないんだよね……注射と一夏君の一撃、どっちが痛いと考えると、意識が無くなった分注射の方が痛いと思うのよね……一夏君の一撃は一瞬で意識失ったから覚えて無いのだけども……
「とりあえず今日も安静だな。今週は屋敷に帰らずにゆっくりしておいた方がいいだろう。刀奈も俺も」
「そうですね。碧さんもなにやら気になる事があるようですので、今日の放課後調べてみると言ってましたし」
「美紀やマドカ、本音に須佐乃男は再テストだしな」
「私も生徒会の業務を出来る限り片付けたいので」
「と言う事は、今日の放課後何も無いのは簪ちゃんだけって事なのね」
せっかくの金曜日の放課後だと言うのに、誰一人出かける予定が無いなんて……何だか寂しいわね……
「そう言えば一夏君、朝ごはんの準備は良いの? やってたんでしょ?」
「とっくに終わってる。それにそんな事を気にして、自分の格好に気付いて無いのか?」
「格好? ……ありゃ、思いっきりはだけてるわね」
「みっともないですよ」
一夏君は呆れ、虚ちゃんは嘆いた私の格好は、パジャマのボタンが外れて思いっきりはだけているのだ。
「でも、部屋だしそんなに気にしなくても良いよね?」
「「駄目です(だ)」」
「同じタイミングで言わないでよ……」
やっぱりお母さんとお父さんのような感じがする虚ちゃんと一夏君だけども、虚ちゃんはお姉さんでも良いんだけども、一夏君は私より年下なのよね……でも何なんだろう、この年上のお兄ちゃん感は……マドカちゃんに接してるのとはまた別のお兄ちゃん感なのよね……
「さてと、少し早いが再テスト組を起こすか」
「昨日作ってたテストをするの?」
「さすがに起き抜けは出来ないだろうから、少し時間を空けてからするんだけどな。時間的余裕を持たせないとまたゼロって結果になりかねないからな」
「あの結果はビックリだよね。まぁ全部空欄で出したんだから、ゼロも当たり前なのかもしれないけど」
マドカちゃんも本音も、実技はかなり高得点なのに、何で筆記は駄目なんだろうな……美紀ちゃんもかなりの腕は持ってるけど、そう考えると日下部さんってコレと言った特徴が無いんじゃないのだろうか……
「試しにやってみるか?」
「私が!? いや、遠慮しておこうかな……」
出来なかったら恥ずかしいし……一夏君の事だからきっとイジワルしてくるに違い無いから。
「そんなに警戒しなくても普通の問題だぞ」
「でもやめておく。上級生として出来なかった時に恥ずかしい思いをしそうだから」
「……何時ものポジティブさは何処に行った」
「確かに、お嬢様がネガティブ発言をしてるのは珍しいですね」
一夏君と虚ちゃんが何としても私にテストをやらせたいようだったけど、頑として私はテストをやらないんだからね。
「ほら、美紀も香澄も起きろ。本音もいい加減起きないと補習にするように駄姉に進言するぞ」
「駄目ー!」
「凄い効き目だね……」
「そこまで補習が嫌なら、初めから勉強しておけばいいものを……」
何時も通りマドカちゃんは外に行っているので、その間に残りのメンバーを起こした一夏君、須佐乃男は放っておいても勝手に起きたので一夏君に起こされると言う、ある意味名誉な事をしてもらえなかったのだ。
「何故私は自力で起きてしまったのでしょうか……もう少し寝ていれば一夏様に起こしてもらえたのに……」
「そこまで落ち込まなくても良いんじゃない?」
「楯無様だって何時も本音様を羨ましいと思ってるでしょうが!」
「それは……まあ確かに羨ましいとは思ってるけど……」
「う~ん……はっ!? 何故一夏様が私たちの部屋に!?」
「……寝ぼけてないで顔洗ってこい」
「一夏君……眠いよ……」
「普段何時まで寝てるんだよ……六時くらいで情けない」
一夏君からしてみれば六時くらいなんだろうけども、普通の女子高生からしたら六時はかなり早い時間だ。普段ならまだ布団の温もりに包まれている時間だろう。
「再テスト対策で泊まったんだから、大人しく諦めろ」
「一夏君が鬼だ……」
「何と言われても構わん。寝たいなら寝てても良いが、補習になっても俺は手伝わないからそのつもりで」
「起きる……」
一夏君の脅し文句に、日下部さんも抵抗を諦めたようだった。それだけ補習と言う単語に含まれている恐怖感は強烈なんだろうな。
「マドカが帰ってきたら簡単なテストをしてもらおうからな。コレが出来れば再テストは問題無くクリア出来るだろうから、出来る限り全力で挑む事」
さっきチラッと見たけど、確かにイジワルな出題方法はしてなかった。それでも難易度は昨日のテストよりも上なのよね……どれだけ難しい問題を作ってるのよ……
「ちなみに、刀奈が辞退するくらいの難易度だから、覚悟だけはしておく事」
「一夏君!? 私は別に出来ないから辞退したわけじゃ……」
「じゃ、刀奈も参加って事で良いんだな?」
「ゴメンなさい、出来ないかもしれないと思いました」
「素直でよろしい」
出来ない訳じゃ無いのだけども、すぐ解いてみろと言われると自信が無いのよね……去年の範囲だし、私はどちらかと言えば実技の方が得意だから……
「ただいまー! って、何で皆起きてるの?」
「マドカも戻ってきたし、準備出来たら始めるぞ」
「何を?」
「抜き打ちテスト」
一夏君の悪い人の笑みを見て、マドカちゃんはその場に崩れ落ちた。きっと大好きなお義兄ちゃんがそんな事をするなんて思って無かったんだろうな。
「これが出来れば土日の補習は無くなるし、出来なくても放課後までに出来るようになれば、同じく補習は無くなるだろうからな。しっかりとやるように」
「分かった……でも分からなかったら教えてくれるの?」
「休み時間を使ってしっかりと教えてやるから安心しろ」
一夏君のこの言葉に、五人は表情を緩めた。さっきまでは一夏君が教えてくれないんじゃないだろうかと思って、ガチガチに緊張してたようだったけど、やっぱり一夏君は頼られてるんだな~。
「時間に余裕は無いが、本番と同じくらいの時間は確保してやるから、とりあえずやってみるんだな」
一夏君の合図で全員が答案とにらめっこを始めた。参考までに言うと、私と虚ちゃんと簪ちゃんは一応全問正解する事が出来た……一応なのは、私も虚ちゃんも、少し手こずったからなんだけどね。だけど簪ちゃんは意図も簡単に問題を解いちゃったんだよね……さすが学年二位なだけあるわね。
「はいそこまで。採点してる間に朝飯食ってこい」
一夏君が用意した朝ごはんを食べながらも、五人は表情を明るくする事は出来てなかった。きっと結果が気になるんだろうな……
「如何、一夏君? 五人の結果は」
「これなら休み時間を駆使すれば何とかなる……と思う」
一夏君の歯切れが悪い、これは相当頑張らないといけないようね……私は、結果を待ちながらも美味しそうに朝ごはんを食べている五人にバレないように手を合わせて。頑張って、努力すればきっと報われるから……
結局みんなに甘い一夏なのでした…