皆さんが合格した事を喜んでいたら、一夏さんと虚さんに話しがあるからと言われました。晩御飯が終わった後に少し時間をもらえないかとの事ですが、雰囲気からしてあまり良い話では無さそうでした。
「おりむ~、今日はもう勉強しなくて良いんだよね?」
「だからって遊んでて良いわけでは無いからな。先に進まないだけで、しっかりと復習はしてもらうから」
「それだけで良いのでしたら」
本音ちゃんも須佐乃男も合格した事に浮かれている様子ですが、この二人は結構ギリギリだったはずなのですがね……
「一夏君、ご飯の準備だけど」
「ん? 何かリクエストでも?」
「違う違う。私たちが準備するから、一夏君はゆっくりしてて良いよ」
「私たち? 刀奈の他に誰が?」
「簪ちゃん、静寂ちゃん、後は美紀ちゃんが手伝ってくれるってさ~」
「そうか……じゃあ頼む。少し面倒な仕事が残ってるからな。虚と碧とでちょっと行ってくるから、こっちは全面的に任せる」
「面倒な仕事って?」
一夏さんが何を言うのか気になってる様子の楯無様ですが、余計な事を聞いて大変な目に会ってるのを覚えて無いのでしょうか……
「更識の仕事だ。どっかの当主様が仕事をしてくれないからな……」
「さ~て! 早速調理に取り掛かるのだ~!」
ほらやっぱり……一夏さんのあてつけのような言い回しに、楯無様は逃げ出すようにキッチンに向かって行った。
「やれやれ……それじゃあちょっと出てくる」
「一夏様、我々は何をしてれば?」
「それじゃあこのプリントでもやってろ。要点は纏めてあるから、分からないと言う事は無いと思うから」
一夏さんは一枚のプリントを手渡し、部屋から出て行きました……って、私も行くんでしたね。
一夏さんと虚さんについていくように廊下を歩き、辿り着いたのは生徒会室でした。
「えっと、本当に仕事……って訳では無いですよね?」
「まぁな。だが此処が一番盗聴の恐れが低い」
「とりあえず座りましょう」
虚さんが椅子を勧めてくれ、一夏さんがお茶を淹れてくれた。何だかもの凄いもてなされてるような気がしますが、これってかなり嫌な予感がするんですよね……
「本当なら飯の後で話す予定だったんだが、思いがけずに時間が出来たからな」
「お嬢様も偶には役に立つのですね」
「それは刀奈が可哀想じゃないか?」
「何時も苦労してるのは一夏さんじゃ無いですか。一夏さんはお嬢様に甘いですよ」
私は如何すれば良いのでしょうか……もの凄く居心地が悪いのですが……
「さて、ふざけるのはこれくらいにして、本題に入る」
急に一夏さんが真面目な雰囲気に変わったので、私も思わず背筋を伸ばして話を聞く体勢を整える。虚さんもピシッとしていて、何だかここ最近味わってない真面目な雰囲気だった。
「碧の部下で、諜報が得意な人はどれくらい居る?」
「そうですね……五人くらいですかね」
「そうか……その中で本当に信用出来るのは誰だ?」
「……如何言う事です?」
部下はある程度信用出来る人ですし、一夏さんだって面識はあるはずなのにそのような事を聞かれ、私はますますこの話は良く無い事なんだと感じていた。
「前から話してたように、更識の資金を着服してる人物が居るのは知ってるよな」
これは確認の意味を込めた質問。私が知っているのを前提でされている質問なので、一夏さんも答えを求めてる訳では無い。
「その人物を糾弾する為の決定的な証拠がほしい」
「決定的……と言う事はある程度の証拠は揃ってると言う事ですか?」
「状況証拠はかなり集まった。だがそれだけでは問い詰める事は出来ない」
「それは分かります。ですが、何故改まって信用出来るかなどと?」
私の部隊は、更識家にでは無く、楯無様に仕える部隊。更識内に裏切り者が居たとしても、私の部隊にはそんな人間は居ないはずなのですから。
「その相手がかなりの大物だからな。引き抜かれてる可能性も考慮して聞いただけだ」
「そうですか……それじゃあ二,三日もらえれば選定は出来ますが、その相手とは?」
それを聞かないと如何しようも出来ないので、私は普通に尋ねたのですが、一夏さんも虚さんも言い難そうに視線を逸らしました。
「あの……ひょっとしてマズイ事聞きました?」
「いや……まあ言わなければ頼めない訳だけど」
「他言無用でお願いしますよ。部下の方に頼む時も細心の注意をお願いします」
「わ、分かりました」
一夏さんと虚さんの雰囲気に圧され、私はただただ頷く事しか出来ませんでした。
「今回碧とその部下の人に調べてほしいのは四月一日家当主、美紀の父親だ」
「………はい?」
「聞こえなかったフリをしても、現実は変わらないぞ」
「ですよね……えぇ!?」
自分の中で事実として受け入れると、もの凄い衝撃が私の中を駆け巡った。
「美紀ちゃんのお父様って、更識の中でもかなりの重要人物ではないですか!」
「だから言っただろ。大物だって」
「限度がありますよ! だって先代が亡くなった時に、現楯無様とどちらが楯無を継ぐかと言われてた方ですよ!?」
「だから引き抜かれてる可能性があるって言っただろ。それと他言無用とも」
「言えませんよこんな事……」
冗談と言われた方がまだ信じられますよ……ですが、一夏さんの表情も、虚さんの表情もとても冗談を言っているような感じではありませんし、何よりこの雰囲気が冗談だと思わせてくれないほど重苦しいのだ……
「本当なら自分で探りたいところなんだが、今はテスト期間だし、それが終われば体育祭と行事が立て込んでるからな」
「くれぐれもお嬢様と美紀さんには知られないようにしてください。他の人にもですが、その二人には絶対に知られてはいけません」
更識の裏を支える二人、一夏さんと虚さんに念押しされ、私は頷く以外の動作を忘れてしまったかのようにただただ頷いた。
「落ち着くまでこの部屋に居れば良い」
「そうですね。お嬢様たちが準備してるのでしたら、まだまだかかるでしょうし」
「……正直落ち着ける自信が無いですよ」
「だろうな。落ち着けと言える状態では無いのは分かる」
「ですが、何時までも動揺してる暇はありません」
私よりも年下の、しかも学生が堂々としてるのに、何時までも私が慌てていたら色々と示しがつかない。兎に角落ち着こうと、一夏さんが淹れてくれたお茶を飲む事にした。
「おい、もう空だろ」
「へ? ……ホントだ」
カップを傾けても全くお茶は入っていなかった……明らかに動揺してると言ったようなものですね……
「鎮静効果のあるハーブティを淹れてやるよ」
「スミマセン……」
「虚もいるよな? それだけ膝を震わせてるんだから」
「へ?」
一夏さんの指摘で始めて気付きましたが、虚さんも平気で話していた訳では無いようですね。
「一夏さんみたいに、私は豪胆ではありませんから」
「誰かが落ち着いて無いと駄目だろうから、その役目を俺が果たしてるだけだ。本来なら俺だって動揺してるだろうからな」
一夏さんが動揺? 全然イメージ出来ないですが、やはり一夏さんも全く動じてない訳では無いようですね。
「この事は誰にも言えないと言う事が良く分かりましたよ……」
「刀奈や美紀に知られたらショックで倒れられかねんからな」
「遠縁で先代の盟友とも言える方で、美紀さんのお父上ですからね」
楯無様と美紀ちゃんが受ける衝撃は計り知れないものなのでしょうね……それで一夏さんも虚さんもあれほど他言無用と念押ししたのでしょう。
「ほれ、とりあえずこれを飲んだら部屋に戻るぞ。何時までも戻らないと不審に思われる」
「本音やマドカさんは好奇心旺盛ですからね」
「子供かよ……まあマドカは一つ下だが」
「それでも、一夏さんと一つしか違わないと考えると、マドカさんももう少ししっかりしてるものではないのでしょうか?」
中学三年生と言うのは、どれだけしっかりしてるものかは分かりませんが、一夏さんの妹と言う事を考えると、少し落ち着きが無いように思えるのですよね……
「駄姉に似てるんだろ。あれもあれくらいの頃は酷かった……まあ今も酷いんだが」
「一夏さん、織斑先生が中学生の頃の記憶があるのですか?」
「いや、だが高校生の時からは記憶があるからな。どうせ一年で変わる訳も無いんだから、酷かったに決まってるんだ」
一夏さんの壮絶な苦労話は、前に少しだけ聞かせて貰いましたが、確かに酷い事だらけだったようでした……
「さて、そろそろ落ち着いたか?」
「まだ若干動揺してますけど、お嬢様たちに気取られるほどではありません」
「私も。大体平常心でいられるかな」
「それじゃあ片付けて戻るか。あまり空けると本音たちが遊び始める可能性があるしな」
「確かに。あの子は遊びだしそうですね」
一夏さんと虚さんが頷きあって、本音ちゃんの事を考えているようなのだが、私はその流れに乗る事は出来なかった。いくら平常心でいられると言っても、完全に動揺が抜けた訳では無いのだから……
「一夏さん、これってまだ期限大丈夫でしたっけ?」
「どれ? ……それはまだ平気のはずだ。だがこっちはそろそろ片付けないとマズイな」
「お嬢様が仕事してくれないから、溜まる一方なんですよね」
「仕方ないだろ。忘れてるかもしれないが、ウイルスを体内に仕込まれてろくに動けなかったんだから」
「それもありますけど、普段から仕事はしてくれてないじゃないですか」
「愚痴るなよ。やる時はやってくれるんだから、それ以外は俺たちが支えてやろう」
「私は、一夏さん程支えになれる人間じゃないんですが?」
「そんな事無いだろ」
一夏さんが虚さんの愚痴に付き合いながら、苦笑いを浮かべて私の表情を確認して来ました。私が小さく頷くと、一夏さんは口の端を上げて更に苦笑いを浮かべました。
「さて、碧も何とか落ち着いたようだし、部屋に戻るか」
「一夏さん、まだ話は終わって……!?」
何故だか途切れた虚さんの言葉に、私は疑問を感じて虚さんの方に振り返る。すると……
「少し黙ってろ」
「はい……」
一夏さんに抱きしめられ、顔の目の前で命令口調で話された事によって完全に惚けてしまってる虚さんが居ました。
「ズルイです! 虚さんズルイです!」
「ズルイって……別に大した事してないが?」
「一夏さんに抱きしめられてるだけで十分ズルイです!」
それに、普段は命令口調では話さない一夏さんが、目の前で命令してくれると思うと鼻血が出そうになりますよ。
「さて、落ち着いたし戻るか」
「一夏さん!」
「はいはい、今度やってやるよ」
一夏さんは手をヒラヒラと振って先に部屋に戻っていってしまいました。残されたのは私と虚さんで、気まずい感じになりかけたのですが、黙って部屋に戻る事にしました。
一夏様が部屋にいない間に、何としてもご飯の支度を終わらせたいと、刀奈お姉ちゃんは意気込んでたけど、結局一夏様が部屋に帰って来ても準備は終わりませんでした。
「如何やったら一夏君の様に手際よく出来るんだろう……」
「一夏の真似はお姉ちゃんには無理だよ。もちろん、私にも無理だけど……」
「一夏君って万能なんですね」
「知らなかったの?」
「いえ、噂では聞いてましたけど、まさかあそこまでとは思ってませんでした」
静寂の感想のように、一夏様とあまり食事を一緒にする機会の少ない人は、一夏様の凄さを正確に知る事は難しいのです。当然私もそれ程機会は多くありませんが、小鳥遊隊長や本音ちゃんやマドカちゃんたちのお弁当などで一夏様の凄さは目にしてましたので、静寂ほど驚きはしませんでした。
「一夏君の凄さは、料理だけじゃないんだけどね」
「掃除、洗濯、買出し、躾……主夫の鑑だよ」
「躾? 誰の躾をしてるの?」
「主に本音かな。後はお姉ちゃんとか須佐乃男とか……マドカも偶にされてるかな」
「でも一番は織斑先生じゃない? 成果は出てないようだけどさ」
一夏様のお姉さまである、織斑千冬さんは、如何やら家事が全く出来ない人らしく、掃除や洗濯を一夏様が偶に纏めてしているそうです。一夏様が家事一切を得意としてる原因は、如何やら織斑先生ようですね。
「おかげで私たちも楽させてもらってるけどね~」
「でも、一夏ばっかりに頼ってた所為で、成長が止まってるのも確か」
「そうなのよね……料理の腕を上げようにも、一夏君のご飯が美味しいから自分で作る機会が減っちゃってるのよね~」
「それは、刀奈お姉ちゃんが怠けてるだけじゃないの?」
「そんな事ないよ~。だって簪ちゃんだって一夏君に任せっきりだし」
「そんな事……あるかも」
「でしょ~」
一夏様は刀奈お姉ちゃんや簪ちゃんをもの凄い勢いで駄目人間にしたいのでしょうか? そんな事は無いんでしょうが、現に刀奈お姉ちゃんは駄目人間思考まっしぐらのようだし、簪ちゃんも一夏様に頼ってるようだし……
「兎に角、今日はしっかりと完成までやろう!」
「この前は結局ゴタゴタして終わっちゃったしね」
「この前? 一夏君が怪我して入院してた時ですか?」
「ううん、退院してから。一夏君の負担を減らそうとして皆が頑張ってたんだけど、結局グダグダで終わっちゃったんだ~」
「お姉ちゃんは寝てただけでしょ」
「仕方ないじゃない。熱が高かったんだから」
そう言えば、刀奈お姉ちゃんは暫く安静にしてなきゃいけなかったんだっけ……一夏様もだけど、あまりにも普通に生活してるから忘れちゃうんだよね……
「美紀ちゃん、今回のテストは大丈夫そう?」
「そうだね……一夏様や皆さんのおかげで、赤点回避は出来そうですね」
「目標低い、もっと上を目指せば?」
「そんな事言っても簪ちゃん、私は元々お情けで入学出来た身なんだから、それだけでも十分上なんだよ」
一夏様、刀奈お姉ちゃん、虚さんの推薦状が無ければ、私は不合格で再び四月一日家の面汚しと罵られる生活をしていたんだろうな……そう考えると身体が震えてくる。
「あれ? 美紀ちゃん、寒いの?」
「違いますよ……ちょっと自分の考えに恐怖しただけ」
「何考えてたの?」
「もし編入試験があのまま不合格だったらって……」
私が考えていた事を聞いた刀奈お姉ちゃんと簪ちゃんは、納得したように頷いたけど、事情を知らない静寂は首を傾げた。
「編入試験が不合格だったら如何なってたの?」
「えっとね、美紀ちゃんは更識の中でも結構重要な家の子供なんだけど、ご両親からは面汚しって言われてたのよ」
「そうなんですか!?」
「昔から本音といい勝負が出来るくらい勉強が苦手だったのもあるんだけど、IS学園の入試に失敗してからは特に酷い扱いになってた」
今思うと、私も良く耐えてたなと感心するわね。今の状況からあの生活に戻れと言われたら、私は間違いなく絶望の淵に立たされる事と同じくらいショックを受けるでしょうね。てか、絶望の淵の方がマシ、あの生活は絶望そのものだったから……
「それを一夏君が助けてくれたの?」
「そうなのよね~無自覚の王子様って感じ?」
「そんなんじゃないですよ~!」
刀奈お姉ちゃんにからかわれて顔が真っ赤になっていく……一夏様はそんなんじゃ無くってこう……何なのでしょう? 恩人とかそう言った感じで表現して良いようには思えませんし、改めて思うと私と一夏様の関係って何なのでしょうね……
「楯無さま~、ご飯まだですか~?」
「……あっ! 忘れてた!」
「え~!? ご飯まだなの~!」
「ゴメンゴメン、すぐに終わらせるから!」
おしゃべりに夢中になっていて、すっかり調理の手が止まっていた……刀奈お姉ちゃんもだけど、私も簪ちゃんも静寂も同罪よね……
「何やってんだお前らは……」
「あっ、一夏君」
「……四人でやってて何で片付いて無いんだ?」
「それは後で……」
「ハァ……後はやるから部屋で待ってろ」
結局一夏様が残りの作業をあっという間に終わらせて下さったので、私たちの出番は此処で終わりのようです。
「やっぱ一夏君は頼りになるわね~」
「お姉ちゃん、少しは落ち込もうよ……」
「そうですね……まさか一夏君があそこまで優秀だとは思って無かったですし……」
一夏様の手際に圧倒された私たちは、部屋の隅でどんよりと反省会をしてました。何がいけなかったのかと聞かれれば、やはりおしゃべりに夢中になったのが原因でしょうね……
「ほら、何時までのへこんでないでさっさと食べろ。何時までも片付かないだろ」
「一夏君、口調は兎も角、言ってる事はお母さんだよ」
「静寂、お前までそんな事言うのか……」
「だって思っちゃったんだもん」
確かに、食べてくれなきゃ片付かないと言うのは、世の中のお母さんの口癖とも言えるのでしょうね。私は子供の頃以来言われてないけど……
「母親がどんなものかなんて、俺は知らないけどな」
「あっ……ゴメン」
「気にするな。その代わり、さっさと食べて風呂に入れ。洗濯もあるし」
「一夏様、やはり主夫の鑑ですね」
私の言葉に、この部屋に居る一夏様以外の全員が大きく頷いた。その事に一夏様は頭を押さえましたが、特に何も言わずにキッチンに戻って行きました。一夏様、やはり貴方は世界一の主夫かもしれませんね。
料理は上手なのに、一夏と比べちゃうと……