おかしい……昨日の夜に一夏が掃除をしてくれたはずなのだが、何故か部屋に戻ってきたら散らかっていた。今朝出かけた時は確かに綺麗になってたはずなのに、この半日の間に何があったのだろう……
「昼に来た時は別に何とも無かった。となると午後にかけて誰かが私の部屋を散らかしたと言う事になるな……」
私の部屋に簡単に入れるのは、一夏と束くらいだ。そして一夏が私の部屋を散らかすはずも無い。
「束のヤツめ……こんなに散らかってるところを一夏に見られたら怒られるじゃないか! 散らかしたら自分で片付けろよな」
せっかく綺麗になった部屋で気持ちよく酒でも飲もうと思っていたのに、これでは台無しではないか。私は束に文句を言う為に携帯を取り出した。
『もすもすひねもす~? ちーちゃんが束さんに電話をくれるなんて珍しいね~! 何かあったのかな~?』
「貴様、私の部屋を散らかしただろ」
『ん~? 束さんは今日一日研究室から出てないよ~。あっ、トイレには行ったけど』
「何!? じゃあ私の部屋が散らかってるのは何でだ」
『普通にちーちゃんが散らかしたんじゃないの?』
「そんなはずは無い。昨日一夏に掃除してもらってから、散らかした覚えは無い!」
そもそもロクに部屋に寄ってないんだから、散らかしようも無いのだ。
『それじゃあ束さんが隠してるカメラで確認してあげよう』
「頼む……ん? おい束、お前今おかしな事を言わなかったか?」
『細かい事を気にしてる場合? もしかしたら敵がちーちゃんの秘蔵コレクションを狙ったかもしれないんだよ~?』
「そんな事は許さない! あれは私の宝だからな!」
巧妙に話を逸らされた気がするが、確かにそれは一大事だ。私のコレクションは厳重に保管してあるので、素人なら気付かないだろう。だが相手が最初からそれを狙ってたとしたら、かなり危険だ。
『おやおや~? ちーちゃんが自分で散らかしてるよ~?』
「何? 私は散らかした覚えは無いのだが」
『今PC立ち上げられる?』
「ちょっと待ってろ……立ち上げたぞ」
『それじゃあ証拠映像を送るね~。ちゃんと証拠となるように日付と時間も入れてあるから』
束から送られてきた証拠映像を再生する。そこには無意識なのかひたすら部屋を散らかしてる私の姿が映っていた。
「こんな事をしてたのか、私は……まったく身に覚えが無いぞ……」
『ちーちゃんは綺麗な部屋よりも散らかってる部屋の方が落ち着くんだろうね~。散らかした後にかなり満足そうに笑ってるもん』
「別に散らかってる方が落ち着くと言う事は無いんだが……だが綺麗な部屋に慣れないという感は否めないな」
一夏が掃除してくれてた時は、織斑家は埃一つ無く綺麗な状態を保っていたが、今の織斑家は如何なってるのか私も把握して居ない。滅多に帰ってないし、帰ったとしても掃除しないからな……今頃散らかり放題になってるんだろうな。
『いっくんに頭を下げて許してもらうしか無いだろうね~』
「そうタイミング良く一夏が来る訳無いだろ」
『それもそうだね~。ちーちゃんはいっくんに見捨てられたんだから』
「……悲しくなる事を言うな」
二学期が始まる少し前、私と一夏の関係は崩壊した。第三者――マドカが私たちの間に入ってきたのが原因で、私がずっと付き通してきた嘘が一夏にバレたのだ。
何時からかは忘れたが、私の座右の銘になっていた『嘘も吐き通せば真実になる』と言う事場は、結局は嘘だったのだ。
『束さんはちーちゃんに頼まれただけだし、それほどいっくんに怒られなかったけどね~』
「嘘を言うな! 貴様だって一夏にコッテリと叱られたんだろうが!」
『でも~、束さんはちーちゃんみたいに罵詈雑言は無かったよ』
「だが、貴様だって最近は一夏にまともに呼ばれてないだろ」
確か束は「駄ウサギ」と呼ばれていたはずだ。昔は名前で呼ばれていたのに、それが呼ばれなくなったのは束のヤツも同じなのだ。
『いっくん、何時からあんなに口が悪くなったんだろう……やっぱり周りの屑共の影響を受けてるんじゃないの?』
「そうかも知れんが、一夏がアイツらを庇うからな。私では如何にも出来ん」
『ちーちゃんならあの屑共を蹴散らしていっくんの目を覚まさせる事は出来るんじゃないのかな~?』
「一夏に逆らえばあの何も無い空間に……ん? 何かを忘れてるような気が……」
特別指導室……問題児を更生する為に作られた秘密の場所……我がクラスの問題児……デュノアは欠席……
「あっ……」
『如何かしたの?』
「いや、問題児をすっかり忘れていた」
四日くらい放置したままだ……水と食料は初日に置いてきたから問題ないが、あそこに閉じ込められると時間感覚が麻痺してくるからな……もしかしたらデュノアには一ヶ月くらいに感じてるかも知れんな……
『それってちーちゃんに逆らおうとしてあのおバカさんの事だよね~? あんなヤツ放っておけば良いよ。所詮泥棒猫の娘なんだから』
「だが、学内で死なれたら問題になるだろ。死ぬならどっか他の場所で野垂れ死んでもらいたい」
学内で死なれたら政府が質問攻めをしてくるだろうしな……これ以上政府に介入されるのは面倒だ。
『あはは~、ちーちゃんも薄情だね~。生徒に対して野垂れ死ねなんてさ~』
「どうせ死ぬならと言うだけだ。別に本当に野垂れ死にしろとは言ってない」
『でも、その泥棒猫が死ねば、コアが一個余るよ。回収して日本のものに出来るかもね。てか束さんが言えばそうなるんだけどね~』
「なるほど……」
一夏も専用機のコアをほしがってたし、デュノアは抹殺してコアを日本のものにしてしまい、そしてそれを一夏に渡せば私の威厳も戻ってくるかも知れん。
『あっ……』
「ん? おい束、如何かしたのか?」
『ち、ちーちゃんの後ろ……』
「後ろ?」
何が束をあそこまでビビらしているのかが分からなかった私は、安易に後ろを振り返った。後で思えば、何であんなに簡単に振り返ってしまったのだろうと思うのだが、振り返る直前の私にはそんな事を考える事はしようとしなかったのだ。
「よう、駄姉……それに電話の相手は駄ウサギか?」
「い、一夏……何で、如何やって……」
散らかった部屋を見られないように、私は部屋に鍵を掛けたはずだ……それなのに如何やって一夏は部屋に入ってきたんだ? 扉は壊された形跡も無いし、それに壊されたとしたら、音で気付くはずなのだ……
「あの~、一夏君はこの部屋の合鍵を持ってましたけど」
「そうだった……だがナターシャ、何故貴様もこの部屋に?」
馴れ馴れしく一夏を名前で呼ぶヤツだから気に食わないのだが、一夏と付き合ってると言う事なので、私が抹殺しようとしたら逆に一夏に消される可能性が高い。だから大人しく見逃してるのだが、やはり気に食わない。
「用事があったからアンタを尋ねてみたら、気配はあるのに鍵は掛かってるからおかしいと思ったんだ。寝てる感じでも無かったし、何かおかしな事でもしてるんじゃねぇかと思って入ってみれば……色々と言いたい事が出来たな、駄姉よ」
『それじゃあちーちゃん、束さんはこの辺で……』
「駄ウサギにも言いたい事はあるから、今は大人しく通信を切らずに待ってるんだな」
『あっはい……』
スピーカーモードにしてる訳でも無いのに、一夏は束が通信を切ろうとした事が分かっていた。さすがは一夏だな。
「まずは駄姉よ、シャルの事を忘れてたらしいな」
「死んでは無いと思うぞ。さすがにそんな酷い事にはならない様になってるはずだから」
「そりゃそうだろう。たがだが四日で野垂れ死ぬほど、あの馬鹿はヤワじゃねぇだろうしな」
デュノアは昔地下牢で生活してたらしいからな。逆に落ち着いてるんじゃないだろうか。
「んな訳あるか! この馬鹿教師が!」
「ひゃう!?」
一夏にカミナリを落とされ、落とされた私よりも隣に居たナターシャが反応した。そう言えばアイツは一夏のカミナリを初体験したんじゃないだろうか……
「そして駄ウサギ、聞こえてるよな?」
『はい……』
床に転がった携帯から束の声が聞こえてくる……束も一夏の怖さは十二分に知ってるからな、これから怒られる事が分かってるので、何時ものけたたましさは全く感じられない。
「シャルの専用機が解体されても、そのコアの所有権はフランスのままだよな? それをお前が介入すれば所有権が変わる? 馬鹿な事言ってんじゃねぇ!」
『ごめんなさい……いっくんが喜ぶと思って……』
束にもカミナリが落とされ、とりあえずは終わりのようだ。
「ところで一夏、用事って何だ?」
「あ? あぁ、ナターシャも俺の部屋で生活する事になったからその報告にな」
「不束者ですが、お世話になります」
「ナターシャ、それ違う」
「あれ? 日本ではお世話になる時にこう言うんじゃないの?」
「それは嫁ぐ時だ」
ナターシャの勘違いに一夏がツッコミを入れたが、私は今そんな事は如何でもいいくらい動揺している。
「何故コイツまで一夏の部屋で!? コイツは教員寮で生活してただろうが」
「ナターシャだけ仲間はずれは良く無いと思ってな。碧も同居してるんだし、今更だろ」
「一夏、何でお前はそう気楽で居られるんだ……」
大人の女が同室で生活するんだ。いくら性に疎い一夏でもその魅力に絆されてしまうかもしれないんだぞ……そんな事になったら、一夏の生活が爛れたものになってしまう……いかん、いかんぞ一夏!
「くだらねぇ妄想してんじゃねぇよ! 大体なんだよ、その爛れた生活って」
「四六時中セッ……ぐふぁ!?」
言い終わる前に一夏に蹴り飛ばされた。相手が万全では無いのでそれほどのダメージは無いが、それでも痛い事には変わりない。
「何するんだ!」
「お前こそ、何を言うつもりだったんだ」
「兎も角! 一夏が爛れた生活をしない為にも、ソイツの同居は認められん!」
「一夏君なら大丈夫ですよ。しっかりしてますし、そう言った事もちゃんと考えられる男の子ですから」
「そんな事、貴様に言われなくとも分かってる! 何故なら散々裸で誘惑したのにも関わらず、一夏はお姉ちゃんを襲ってこなかったからな!」
「………」
胸を張って言い切ると、一夏がかなり呆れてる様子だった。
「一夏、何でそんな目で私を見てるんだ? 興奮するだろ」
「ハァ……兎に角、既に学長の許可は貰ってあるから、お前がとやかく言ってもこの決定はひっくり返らないからな」
一夏にそう言われ、私は目の前が真っ暗になった……何だ、既に手回しは終わってるんじゃないか……
「それから、何で一日も経たずにこんなに散らかってるんだ! 貴様はどれだけ部屋を散らかせば気が済むんだ!」
もう一発一夏のカミナリが私に落ちてきて、私は泣く泣く部屋の掃除を始めるのだった。
この部屋の近くに、一夏様の気配が留まってそろそろ一時間。普通に戻ってきただけならこんなにも時間をかける事は無いので、恐らくはまた千冬様が何かをしでかしたのでしょう。
一夏様が戻ってこなければ、テストが開始できないので、私たちは未だにプリントの問題を解いていました。とは言っても、全問解き終わってる訳では無いので、同じ問題をやってると言う事では無いのですが……
「一夏君、遅いわね」
「探して来ましょうか?」
「そう言って虚ちゃんだけ一夏君の好感度を上げようとしてない?」
「そんな事は思ってませんよ」
気配を察知出来て居ない楯無様と虚様は、一夏様を探しに行こうと話し合ってる様子ですが、そんな事をしなくても近くには居るんですがね。
「ただいま……え、何? 私、何かした?」
タイミング悪く、見回りから戻ってきた碧さんに、全員の視線が集中しました。やはり皆さん、一夏様の帰りを待っているんですね……
「あの、一夏様なら恐らくですが千冬様の部屋に……寮長室に居ると思いますよ」
「寮長室? でも何でまた……」
「さあ? そこまでは分かりません。私には一夏様の思考を読む事が簡単には出来ませんから」
一夏様が私の思考、もしくは他の方の思考を簡単に読む事が出来ても、私や他の方が一夏様の思考を読むのは、簡単な事では無いのです。
胸を張って威張る事では無いのですが、それくらい一夏様の思考を読む事は難しいのです。
「でも、一夏が寮長室に居るなら、もうすぐ帰ってくるって事だよね?」
「一夏君が寮長室に行った用事にもよるんじゃない? ほら、お姉さんと話があるって場合もあるじゃない」
「でも静寂、おりむ~と織斑先生はここ最近まともに会話してないんだよ~」
そう言えば本音様は事情を知らないのでしたね。知ってるのは私と楯無様、それと虚様くらいでしょうか。当事者のマドカさんはもちろん知ってますが、わざわざ言い触らすような事でも無いですからね。
「姉弟喧嘩?」
「カスミンの予想も違うと思うよ~。だっておりむ~と織斑先生じゃ喧嘩にならないもん」
「如何言うこと、本音ちゃん」
美紀さんが気になって口を挟んで来ましたが、喧嘩にならないのでは無く、相手にならないの間違いでは無いでしょうか……千冬様でも一夏様には敵わないのですから……
「んっとね、織斑先生はおりむ~に怒られると、嬉しそうな顔をするんだよ~」
「そうなんだ……ちょっと意外かも」
「姉さんはお兄ちゃんに対してだけ真性のマゾヒストなんだよ」
「それ以外の時の織斑先生はドSだもんね……」
「一夏さんしか止められないほどに……」
千冬様の本性をかなり前から知っている楯無様と虚様は、何かを思い出したのかのように震えだしました。
「お姉ちゃん、虚さん、如何かしたの?」
「前に織斑先生に追いかけられた時の事を思い出して……」
「あれは死ぬかと思いました……」
いったい何をされたのでしょう……千冬様がただ単純に追いかけ回すとは思いませんし、ひょっとして何か武器を持っていたのでしょうか?
「ところで皆は勉強終わったの? 暢気におしゃべりなんてしてたら一夏君に怒られるんじゃないの?」
「静寂、せっかく息抜きしてたのに……」
「息抜き出来るなんて、さすがはエイミィね。余裕なら一夏君に言ってエイミィだけランクを上げてもらうようにするけど?」
「静寂もドSだ~」
「本音、遊んでる余裕は無いんじゃない? 本音が一番進んでないんだよ」
「かんちゃん、それは言わないでよ……」
どさくさ紛れの息抜きもそれほど長い時間は取れませんでしたので、私たちは問題を解く事に集中する事にしました。ですが……
「ッ!?」
「えっ、須佐乃男? 如何かしたの?」
「い、いえ……今、一夏様のカミナリが落ちたような気がしまして……」
寮長室に居るので、一夏様の怒気が伝わってくるんですよね……こう、身体を刺すようなピリピリとした空気は、何度経験しても慣れません。
「ッ!?」
「また? どれだけ一夏君怒ってるのよ」
「お嬢様、一夏さんを怒らせるような事をしたんじゃないですか?」
「ちょっと! 何で私が原因なの!? 寮長室に居るんなら原因は織斑先生でしょ」
「お姉ちゃんの事でイライラしてた一夏に、織斑先生が止めを刺したのかも」
簪様が怖い事を言って楯無様をビビらせようとしているのが、楯無様以外の全員には分かりましたが、本人には冗談だと思えてなかったようです。
「と、兎に角、一夏君が部屋に戻ってきても刺激しちゃ駄目よ。皆もカミナリを落とされたく無いでしょ」
結局、私が感じ取れた一夏様のカミナリは、計三回でした。千冬様だけに三回もカミナリを落とすとは考え難いので、もしかしたら束様もその場にいたのかもしれませんね。
「あっ、一夏様が此方に戻って来ます」
気配が寮長室からこの部屋に向かってくるのを察知して、私は皆さんにその事を教えました。
「いい、絶対に刺激しちゃ駄目だからね」
楯無様が念を押すようにそう言うと、全員が黙って頷きました。未経験者も居ますが、一夏様のカミナリの怖さは全員理解してると言う事なのでしょうね。
「ただいま……ん? 何か用か?」
「一夏様、さっき寮長室でカミナリを落としましたよね?」
「ああまあ、あの駄姉が馬鹿な事を言ったからな」
「三回もですか?」
「一回は駄ウサギにだ」
やはり束様が居たんですね。
「いや、電話越しだが」
「また思考を……ってあれ? 如何してナターシャさんが此処に?」
一夏様の背後に居たナターシャさんが気になり、私は意識をそちらに向けました。別に一夏様の彼女であるナターシャさんが一夏様と一緒に居ても良いのですが、何故この部屋に来たのでしょうか……
「ああ、今日からナターシャも勉強会に参加する事になった。ついでに言えばこの部屋で生活する事にもなったからな」
「よろしくね」
……つまりまた一夏様を巡る際の競争率が上がったと言う事なのでしょうか……まあナターシャさんも彼女なのですし、今まで別々に生活してた方がおかしいのでしょう……
「って! 納得行きませんよ!」
「諦めろ。既に決定事項だ」
「一夏様の手回しの速さには驚きですよ……」
決定事項と言う事は、学長と千冬様の許可を得てると言う事なのです……私たちは色々と言いたかった事を飲み込んで、代わりにため息を吐きました。この後のテストに向けてのモチベーションが……
綺麗な部屋を散らかしたくなる気持ちは分かるが、自室は止めようぜ、駄姉よ……