まさか再びこの空間に足を踏み入れる事になるとは思っても無かった。普通に学生生活を送っていたのなら、絶対に来る事の無い空間、特別指導室と呼ばれる場所に、俺はやって来た。
もちろん閉じ込められる訳では無い。駄姉が閉じ込め、その後四日間放置していたシャルの様子を見に来たのだ。
「さすがに死んでは無いだろうが、精神に異常をきたしてるかもしれん……」
この前は脅したのもあって失禁したが、さすがに今回はそんな事にはなって無いだろうと思いたい……
「駄姉が脅してなければ特にそうなる理由は無いよな……」
だが、その駄姉が脅してる可能性があるのだ。そうでもしてなきゃ自分で閉じ込めた相手を忘れるなんて事がありえないと思うのだが……
「放置すると宣言して本当に忘れたのか、それとも単純に興味が無かったのか……」
後者の可能性が高いような気がして、俺は思わずため息をこぼした。この空間には一般生徒、生徒会長の刀奈ですら近づけない場所なので、のんびりしたい時に来るのには良いかも知れないが、それ以外では本当に音すらしないので出来るだけ近付きたくは無い空間なのだ。
「こんな事なら駄姉でもつれてきてぶち込んどけば良かったな」
何となく問題がある駄姉を反省させようと本気で思うのなら、こんな場所に閉じ込めるよりも本気で怒ればいいだけなのだが、如何も本気を出そうとすると身体がストップをかけてくるんだよな……万全では無いのもあるんだろうけども、昨日のスコールと対峙した時だって、アイツが少しでも戦うつもりがあったのならやばかった。
何せ俺は丸腰、しかも身体にダメージが残ってる状態での戦闘となるのだ。篠ノ乃の竹刀が折れてなければ何とかなったかもしれないが、それくらいスコールは強い相手なのだ。
「篠ノ乃を誘惑して如何するつもりだったんだ? 駄ウサギを釣る餌としては有効かも知れんが、それ以外では何の役にも立たないだろうに……」
まだ駄姉から詳しい事を聞いてないのでなんとも言えないが、もし篠ノ乃を戦力として考えていたのなら、亡国企業の戦力は全く回復していないんだろうと判断出来る。
「誰か来たの?」
如何やら声の反響でシャルにバレたらしい。だが冷静な判断が出来てないようで、男の声なのに俺だと言う事が理解出来てない様子だった。
「久しぶりだな、問題児」
「い、一夏……僕を助けに来てくれたの?」
随分と都合の良い解釈だな……誰が好き好んでこれ以上の厄介事を背負い込むと思ってるんだか……
「駄姉がお前の事を完全に忘れてたようだからな。一応確認に来ただけだ」
ついでに持って来た追加の食料をシャルに手渡し、俺は鼻を摘んだ。
「くせぇな……」
「だって織斑先生が来てくれないと、僕はこの牢屋から出る事が出来ないんだ。だからシャワーも浴びれないし、もっと言えば着替えも無いんだ。少し臭くてもしょうがないよ」
少しどころではないのだが、如何やらシャルの感覚では少しらしい……さすがは地下牢で生活してただけある。これくらいでは音を上げないらしいのだ。
「しょうがねぇからシャワーは浴びさせてやる。その間に洗濯しとくから、脱いだら置いておけ」
「一夏に僕の下着を盗られちゃう」
「盗らねぇよ! 大体そんな事すると本気で思ってんのか?」
もしそうなら本気でコイツを始末しよう。そう決意したからかは知らないが、シャルが尋常では無いくらいの勢いで首を左右に振った。
「そんな事ないよ! ただ、一夏に盗られるならもっと綺麗な下着が良いなって」
「………」
コイツの頭の中は如何言う構造になってるのだろうか……誰が好き好んでコイツの下着を盗むのだろうか……たとえシャルの下着を盗むヤツが存在するとしても、それは間違っても俺ではない。
「さっさとシャワー浴びて大人しく反省してろ。テスト前には出られるとは思うが、今週は無理なんじゃねぇか」
「えっと、今日は何曜日?」
「火曜だ」
昨日も結局あの後警戒の為に起きてた為、三徹が確定してたのだ。その所為もあってシャルのボケに付き合ってる余裕は今の俺には無い。
念の為に言っておくと、たとえ寝ていたとしても、シャルのボケに付き合うつもりは毛ほども無かっただが。
「僕が閉じ込められたのが木曜だったから……まだそれほど時間は経ってなかったんだね。てっきり一ヶ月くらい閉じ込められてた感覚だったよ」
時計も無く、日の光すら届かない場所なので、すぐに時間感覚は麻痺するとは知っていたが、まさかそれほど時間感覚がズレるとは思って無かった……一ヶ月は長すぎるだろうが。
「テストって言ってたけど、僕は範囲の殆どを聞いてないんだけど」
扉越しに話しかけてくるシャル、俺はその間にこの臭い洗濯物を洗濯機にぶち込んで洗い始める。
「そんなのは自業自得だろ。お前が駄姉に楯突いたのが悪い」
鼻の曲がりそうな異臭を放つ下着を放り込み、洗濯機を動かす。せめてもの情けで柔軟剤も入れてやろう。
「だってあの人の理不尽さは異常だよ! 自分が出来るからって全ての人間に同じ事が出来ると思いこんでる」
「そんな事を俺に言われても困るんだが。あの駄姉が出来る事の殆どは、俺も出来るんだから」
出来ない事と言えば、俺は子供を生む事は出来ない。それだけは女である駄姉には出来るが俺には出来ない事だ。あとは大半出来るな……
「やっぱり一夏も普通じゃ無いよね」
「お前に言われたくは無いがな……あの駄姉に楯突くとは思って無かったな」
スピードコースで洗っているので、もうすぐ終わるのを確認して、俺は武装からドライヤーを取り出す。乾燥機にはかけるが、それだけでは乾かないかもしれないので、一応の準備はしておく。まあ使わなければそれで良いんだがな……
「ねぇ一夏。僕の衣服は洗濯してくれてるけど、タオルってあるの? 無いと拭けないんだけど」
「それくらいはある。だがこんな場所だからな、普段使ってるのと同じようだとは思わない事だ」
そもそもお前はこの間もこの場所でシャワーを浴びてるだろうが……
俺は乾燥機を起動してシャルの衣服を乾かす。そしてタオルを置いて扉の向こう側に声をかけた。
「乾燥が終わったらそれを着ろ。そして終わったら前と同じくボタンを押せ。そうすれば鍵が開く」
脱走防止の為に、この空間にある部屋全てには鍵が付いている。入り口にももちろん、シャワー室にもバッチリ付いている為、この空間にも閉じ込める事は可能なのだ。
「一夏、僕は何で此処に居なきゃいけないのかな。僕は正しい事を言っただけなのに……」
「あの駄姉に喧嘩を売っただけで、お前は十分問題児だからな。更生するまでずっと此処に居る方が身のためだとは思うぞ」
中途半端に反省して普通の生活に戻した途端にまた此処に逆戻りだからな。キチンと更生するまでは此処に居るのが正しいと、俺は思う。
だがそんな事をしていたら、間違いなくシャルは留年する。もうじき試験期間なので、それまでには出れるだろうと思ってはいるが……それも怪しいか。
「そもそも織斑先生がいけないんじゃないか。僕は皆が思ってるだろう事を代表して言っただけなのに」
「それがいけなかったんだろ。思ってても口にしないのが平和に生きるための処世術だ」
「理不尽に虐げられるのは気分良く無いじゃないか」
「本当に理不尽なら何時か誰かが何とかするだろう。だからそれまでは暴君には逆らわないのが吉だろうに……」
あの駄姉が理不尽に痛めつけるとは俺は思っていない。鍛えなければ死に繋がると考えてるからこそ厳しくしてたんだとは思う。特に亡国企業が攻め入ってきた後だから、その思いが大きくなってたんだろうけどな。
そんな事を考えていたら、合図のボタンが押されたので、俺は鍵を開けた。シャルはすっきりしたのか先ほどと表情が変わっていた。
「それじゃあ大人しくしてるんだな。出られるか如何かの判断は駄姉がするから、俺はもう来ない」
「えぇ~、一夏が判断してよ。織斑先生じゃまた忘れるかもしれないじゃないか」
「その事で粛清したからもう大丈夫だとは思うが」
あの駄姉は素で忘れてたからな……それだけシャルの事に興味が無かったんだろうけども、教え子の事くらいはしっかりと覚えていろよな……ゴミの日とかは覚えて無くても良いから。
シャルを再び個室に閉じ込めて、俺は特別指導室から寮長室へと向かった。自室を通り過ぎる際に、全員の気配を確認したが、如何やら今度は簪と本音が俺のベッドに忍び込んでいたようで、スコールが来なくとも三徹は決定していたようだった……
徹夜で篠ノ乃に説教をして、漸く部屋に帰したところに一夏がやって来た。如何やら一夏も寝てないようで、その足取りはおぼつかなかった。
「篠ノ乃は何て?」
「ああ、亡国企業に来ないかと誘われたと。肉体改造を施して一夏に勝たせてやると」
いくら肉体を弄くったところで、一夏に勝てるとは思えないのだがな……だが篠ノ乃ならそれに食い付いてくると思われてたんだろうな。
「スコールももう少し人材を選べば良いものを……よりによって篠ノ乃だもんな」
「暢気な事を言ってる場合か! IS学園の人間を狙った拉致が行われるかも知れないんだぞ!」
一夏は寝てないからなのかは知らないが、それほど緊張感を持ってはいなかった。
「そもそも亡国企業に与する人間がIS学園に居るとは思えないんだが」
「一夏に勝てると聞けば、喰いつきそうな人間はいくらでも居ると思うんだが……」
例えばオルコットとかデュノアとか……それ以外にも言葉巧みに誘えばいくらでも騙せるだろうに……
「黛先輩が、何処から仕入れたのかは分からないがIS学園新聞にスコールとオータムの写真を載せてくれたからな。亡国企業の幹部だと知ってて誘いに乗る阿呆はさすがに居ないだろ」
「そうだと良いんだが……催眠や気絶させて連れて行くと言う方法だってあるだろ」
「あのな、何の為にアンタを自由にしたと思ってるんだよ。気配で察知して追い出せよな」
「だが一夏よ、昨日くらい気配を消されたら、私でも掴むのは難しいんだぞ」
辛うじて一夏が気が付いたから良かったものの、もしあのままだったら間違いなく篠ノ乃は連れて行かれていただろう。束を釣るにはこれ以上無い餌だからな。
「だが駄姉よ。いくら妹が拉致られたからと言って、あの駄ウサギが大人しく言う事を聞くとは思えないんだが」
「確かに……束のヤツも箒の事は半分見限ってるようだしな」
「専用機も用意しようとはしてたが、如何やら止めたようだしな」
「……何故それを知ってるんだ?」
束が箒のヤツに専用機を造ろうとしてたのは確かで、それを断念したのも事実だ。だが束は一夏には断念した事を伝えてないと言ってたような気が……
「この前説教しにあの人のラボに行った時に見た。残骸が放置されていて、その近くに設計図も転がってたしな」
「なるほど……束の所在地を知ってるのはお前だけだもんな」
アイツ、私にも教えてはくれないし……おかげで注文も受け取りも向こう次第だからな。簡単にものを頼めないのだ。
「昨日碧から報告は来てると思うが、学園の周りに工作員が居る」
「らしいな。昨日書面で確認した」
「それと気配を感じたが次の瞬間には消えていたと言うのは、恐らくスコールの事だろう」
「小鳥遊でも察知は難しいとなると、いよいよ一夏しか対応出来る人間が居ないと言う事になるな……」
ただでさえ負担が多い一夏に、これ以上負担をかけるのはさすがに心苦しい。かと言って一夏レベルまで気配察知能力を高めるにはかなりの時間と経験が必要になってくる。小鳥遊を鍛えるにしても数年単位で時間がかかってしまうのだ、それ以外で探すとなると数年で足りるか如何か……
「そう言えば四月一日は如何なんだ? アイツは気配察知は得意なのか?」
「美紀はあまりそう言った事には向かない。学園で鍛える予定だったんだが、想像以上に亡国企業が攻めてくるのが早かったし、その後も何だかんだで時間は作れてない」
「アイツの成績は壊滅的だからな……お前ら三人の推薦が無ければとっくに退学にさせてるぞ」
「アイツの成績に関して言えばそうだが、それ以外はお前ら教師の問題でもあるだろうが! 脱線ばかりで進まない山田先生と威圧して理解させようとしない貴様の責任が!」
とんだヤブヘビだ……まさかここで一夏に怒られるとは正直思って無かったんだが……
「悪いが今日一日休ませてもらう」
「何? 何をするつもりだ」
「警戒もそうだが、何時までも美紀とエイミィの訓練機が使えないままではマズイだろうからな。一日かけて直す」
「身体は平気なのか? ISの整備だってそれなりに負担は掛かるんだぞ」
「そんなのは知ってるが、スコールが忍び込んでくるまでに戻ってるんだ。何時までも悠長な事は言ってられない」
一夏の決心は固いようで、いくら説得しても聞かないだろうと判断せざる得なかった。私は一夏のサボり宣言を受け入れ、公欠と言う事になるように手筈を整える事にした。
「スマナイな、結局はお前を頼るしか無いようだ……」
「暴れるわけじゃねぇから、身体の方は大丈夫だとは思う。だが、オータムやスコールが来た時には分からないがな」
「昨日の今日で来るか? さすがにもう少し間を空けるとは思うんだが」
「そうやって油断してる裏をかいてくる可能性だってあるだろ。用心しておくに越した事は無い」
「それはそうだが……一夏、無理だけはするなよ。もし無理したらお前の貞操を私が頂くからな」
「……そんな事を言うから、お前は駄姉なんだよ」
言葉だけ聞けば呆れてると思いそうだが、一夏の表情は苦笑いだった。本気で呆れてるようでは無く、私の言った事を冗談だと受け取ったようだ。
一夏が整備に集中出来るように、一夏が使ってる格納庫を一日立ち入り禁止とした。理由はもちろん整備が行われてる為、一般生徒が近付くと邪魔になる為だ。
「織斑先生、今朝から一夏君の姿が見当たらないのですが」
HRで鷹月が挙手をして私に尋ねてくる。現在一夏の部屋で生活している面々も同じように気になってるのか、しきりに頷いている。
「詳しい事は篠ノ乃に出も聞け。織斑兄が忙しくなった原因の一旦はソイツにある」
私が視線を向けると、箒は気まずそうに窓の外に視線を向けた。コイツは自分が興味無い話の時や、自分の都合が悪くなる話の時には、決まって窓の外に視線を逸らすのだ。
「それから織斑妹と須佐乃男、お前らは一日織斑兄の傍に居る事。場所は第一アリーナの格納庫だ」
「姉さん、それって……」
「学校では織斑先生だ。それと恐らくお前が思ってる通りだ」
マドカと須佐乃男は力強く頷くと、音を立てて椅子から立ち上がり格納庫へと走っていこうとした。
「私の前で廊下を走ろうとはいい度胸だな。急ぎたい気持ちは分かるが、校則違反は見過ごせないからな」
そう釘を刺すと、マドカが須佐乃男の背中に飛び乗り、空中を駆けていった。校内でのISの使用も本来なら校則違反なのだが、生憎今の須佐乃男はISの姿をしていないので、それでの取り締まりは出来ない。宙を駆けているのであって廊下を走っては無いので、私は素直に二人を見逃してHRの続きをする事にした。
「あの二人は例外であって、他の何人たりとも織斑兄の傍に行く事は認められない。織斑兄から呼ばれたとか、そう言った事情でも無い限りは」
「呼ばれる可能性のある人なんて居るんですか?」
「織斑兄が調整してるISは、四月一日とカルラが専用で使用している訓練機だ。具合を確認する為に呼ばれる可能性はある」
一夏の腕なら、動いてるのを確認する事無く万全な調整が出来るんだろうが、だがアイツは三日まともに寝ていない。その状態で万全な調整が果して出来るか如何か……
「それから篠ノ乃、後で職員室に来るように。昨日の件でまだ話があるからな」
「分かりました……」
徹夜で説教したのは消灯時間外の外出についてのみ、亡国企業の事に関しての説教はまだ済んでないのだ。
私はHRを終わらせ、教室にやって来た真耶に事情を話して篠ノ乃を職員室まで連れ出す。ついでにマドカと須佐乃男を公欠にするように言っておいた。一夏の護衛としてはマドカは適任だし、須佐乃男は一夏の専用機だ。いざと言う時に役に立つ事は間違いないのだ。
黙って職員室に続く廊下を歩いている篠ノ乃を見ると、なんだか私が篠ノ乃を苛めてるように見られるのではないかと、ふとそんな事を思ったが、別に誰に見られて困るわけでも無いのでそんな事は考えない事にした。
「篠ノ乃、お前はまだ一夏に勝ちたいと思ってるのか?」
「……鍛えてる以上、一夏に勝ちたいと思うのは当然だと思いますが」
「大きすぎる目標は目標にはならない。自分の身の丈にあった目標を立てるんだな」
今の篠ノ乃の実力じゃ、恐らくオルコットにすら勝てない。そんな篠ノ乃が一夏を目標にしたからと言って、それが成果に繋がるかと言われればそれはありえない。
身の丈にあってない訓練を積んでも、殆ど篠ノ乃の力にはならないのだから……
自分は二徹が限界ですかね……