一夏君が寝ていると言う事を聞きつけて、私は授業をコッソリと抜け出して部屋に帰ってきた。怪しまれないように、薫子ちゃんには事前に報酬を渡しておいて、それらしい理由をでっち上げてもらっている。
「さてさて、一夏君の寝顔を拝見しましょうかね」
同じ部屋で生活しているけど、一夏君の寝顔は本当に偶にしか見る事が出来ない。この前は寝顔と言うよりも毒を盛られた顔だったからね……
ゆっくりと部屋の扉を開けて、忍び足で部屋に身体を滑り込ませる。こんな時、自分のおっぱいが大きいのが仇となるのよね……その分扉を大きく開けないといけないから……
「簪ちゃんくらいのサイズが、一番理想的よね。大きくも無く小さくも無く」
こんな事を簪ちゃんに聞かれたら怒られちゃうかしら? 簪ちゃんは自分の胸が周りと比べて小さい事を気にしてるようだけど、こう掌に収まるサイズが一番だって、何かの雑誌で読んだ事があるのよね……何の雑誌だったかしら?
そんな事を考えながら、自室に忍び込んだ私は、目的の一夏君のベッドへと忍び足で近付く事にした。
「お邪魔します……」
小声で挨拶をして、不法侵入では無い事をアピール、そもそも自分の部屋でもあるのだからそんな事をする必要はまるっきし無いのだけれども、何故だかしなければいけないような気がしてきたのだ。
「一夏君の寝顔の写真を撮らないといけないのよね……薫子ちゃんも難しい注文をしてくるわよ」
前払いの報酬は普段の一夏君の写真がほしいとの事だったので、手持ちの写真を渡して済んだのだけれども、追加報酬を求められて、私は困惑した。
一緒に生活してる私たちですら手に入れてない一夏君の寝顔の写真を求めてくるなんて……薫子ちゃんも一夏君に魅了されちゃってるんだなと思った……でもあれ以上は近付くつもりも無いって分かってるから安心して友人関係を続けられてるんだけどね。
「フラッシュを焚かないように……これで設定は大丈夫。後は一夏君に気付かれないようにコッソリと……」
ベッドまでの距離が縮まるにつれて、私は未だかつて体験した事の無い緊張感に襲われた。一夏君が怒った時でもこれほど緊張しなかったし、亡国企業が攻め入ってきた時は、私はウイルスを打たれて安静にしてたからな……それほど緊張してなかったのよね。
「お願いだから目を開けないでね……あと少し、あと少しだけ近付いて……」
ベストポジションを探しながら、私は一夏君に近付く。これ以上無いってくらい慎重になりながらも、私はかなり興奮している。だってもう少しで念願だった一夏君の寝顔写真が手に入るんだから。
「……やった! 上手く撮れた!」
撮った写真を確認して、私は思わず声を上げてしまった。嫌な予感がしたけれども、一夏君はよほど疲れていたのか私の声にも反応せずに眠り続けている。
「良かった……それとゴメンね、こんなになるまで無理させちゃってたみたいで」
基本的に一夏君の睡眠時間は短い。だから一日二日寝なくても大丈夫なのだろうけども、今の一夏君は体調は万全じゃないし、何より三日寝てなかったのだ。さすがの一夏君もかなり限界に近い状況であったのには変わりない。
それとさっき織斑先生から書面で知らされた事だが、昨日の晩に、亡国企業の幹部であるスコールが学園の敷地内に侵入、生徒の一人を拉致しようとしてたとの事。それに気付いた一夏君が生身でスコールに応戦、相手も武器が無かった為に撤退したようだが、ほぼ三日寝ていない一夏君にその仕事はかなりの負担があったのだろう。
恐らくそれが止めとなり、こんなにも熟睡してるのだろうけども、あんな状態でも正確に相手の気配を掴めるあたり、一夏君の凄さが窺えるわね……
「とりあえず当初の目的は達成出来た訳でけども、ちょっとくらいなら良いよね?」
誰に断る訳でも無いのに、私は周りを見渡してから一夏君に顔を近づける。こんなにも間近で一夏君の顔を見るのは久しぶりね……泣いてた時に抱きしめてもらった時以来かしら?
改めて一夏君の顔をマジマジと見ると、かなり整っていて女性っぽい感じも見受けられる。確かにこれなら織斑先生とマドカちゃんと姉弟妹だと言われても納得出来るわよね……
織斑家の人間では無い一夏君だが、見た目だけならば十分血の繋がりを信じられるだけの顔の作りをしている。良く見つけたわよね、こんなに似てる男の子を……もしかしてそれも篠ノ乃博士が弄ったとか!? ……いやいや、マドカちゃんは一夏君が篠ノ乃博士に弄られる前から知ってる訳だし、そのマドカちゃんが一夏君を見て何も言わないんだから、見た目は弄ってないって事よね……
「カッコいいんだけど、何処と無く綺麗なんだよね、一夏君って……」
言動や普段の雰囲気は非常に男らしくカッコいい一夏君だが、時折見せるお母さんのような雰囲気と、スカートを穿かせると似合いそうな体型から、少し化粧をさせれば女の子でも通りそうな顔立ちだと、改めて思った。
「今度一夏君に女装でもしてもらおうかしら……きっと可愛いんだろうな……」
身長がある為に、私の服じゃ難しいだけろうけども、織斑先生でも巻き込めば如何とでもなるし、最悪須佐乃男に具現化してもらえば事が足りる。
私の中で「一夏君男の娘計画」が着々と企画される中、ふと目の前から視線を感じ私は現実に意識を戻した。
「……えっと、おはよう?」
「何で刀奈が此処に? 今は授業中のはずじゃ……」
珍しく寝ぼけてるのか、一夏君の意識はまだはっきりとしていない様子……誤魔化して逃げるか、素直に謝って許してもらうか迷ってると、一夏君が動いた。
「別に良いか……刀奈も寝るのか?」
やっぱり寝ぼけてるようで、一夏君は一夏君の隣を指差して私に聞いてくる……これはつまりそう言う事よね?
「良いの?」
「刀奈が嫌なら別に寝なくてもいいけど……」
「寝る! 何が何でも寝るから!」
「そうか……じゃあはい」
布団を捲って私を招き入れる一夏君、寝ぼけていても襲い掛かってくるような事をしてこないからこそ、私たちは安心して一夏君のベッドに忍び込んだり出来るのだ。
「温かい……」
「もう、一夏君ったら」
ベッドに入った瞬間に抱きしめられ、一夏君は私の体温を感じながら再び寝てしまった。こうしてると年下の男の子っぽいんだけどね。
「何だか本当に眠くなってきちゃった……」
一夏君の体温と匂い、そして一夏君に抱きしめられる安心感からか、私も睡魔に襲われてしまった。いけない、このまま本当に寝てしまうと、虚ちゃんや簪ちゃんにバレてしまう。そうなると何をされるか分からない……でも、この心地よい睡魔に身を委ねてしまいたい……
少しの間葛藤して、私は心地よい睡魔に身を委ねる事にした。せめて寝ている間だけでも幸せな気分で居たいし、これは一夏君が許可してくれた事だし、それほど怒られる事も無いだろうと思ったからだ。
「と言う訳で、おやすみなさい……」
誰に言うでもなく挨拶をして、私は瞼を閉じた。このままゆっくりと眠りに落ちていくと思っていたら、急に一夏君が私を力強く抱きしめてきた。
「えっ!? 何? 何があったの?」
普段一夏君が私たちを抱きしめる時は、本当に少しの力を使うだけなのだが、これほど強く抱きしめられたのは初めてだったので、私は混乱と興奮が綯い交ぜになった感情に陥った。
「う~ん……ん?」
「えっと、一夏君?」
「……スマナイ」
今度は完全に覚醒したのか、目が合った途端に一夏君は抱きしめていた腕の力を抜いて素直に謝ってきた。
「ところで、何で刀奈が部屋に? 授業中だろ?」
「えっと……えへ?」
「笑って誤魔化すな……と言いたいが、今回は見逃してやる。他の人が帰ってくる前に教室に戻れ」
「良いの?」
私としては嬉しいんだけど、てっきり怒られると思ってたらか少し拍子抜けの気分だ。
「どれくらいかは知らんが、抱きしめてたらしいからな……俺にも非がある」
「ううん、私としては嬉しかったし、あんなに力強く抱きしめられるのが嬉しいんだって知れたから良いんだけどね」
恐らく他の彼女や、マドカちゃんですら経験無いでしょうしね。何だか優越感に浸ってるわね。
「そんなに力を込めたつもりは無いんだが……まあ無意識での行動だからな。だが何で力強く刀奈を抱きしめたんだろう……」
「うふふ、寝てる一夏君は年下っぽかったわよ」
「……何度も言うように、俺は刀奈より年下なんだが」
普段の行動や立ち居振る舞い、含蓄のある言葉などを聞いてるとその事を忘れてしまう事が多々あるのだけれども、確かに一夏君は私の一個下、年下の男の子に違い無いのだ。
「それじゃあ一夏君、私は教室に戻るね。さすがに二時間抜けるのはマズイものね」
「何だ、まだ一時間も寝てなかったのか」
「一夏君は少ない睡眠時間で回復出来るものね。なんだか草食動物みたいな生活よね」
「そこまで短くはねぇがな」
一夏君に頭を撫でてもらって、私は来た時とは違い堂々と部屋から出て行く。今の時間なら織斑先生はグラウンドで実技指導中だし、他の子たちも授業中と言う事で部屋の周りには誰の気配も無い。
薫子ちゃんにこの時間は欠席の理由をでっち上げてもらってるけども、次の時間もしてくれる保証は何処にも無いのだから……
「報酬も用意出来たし、これで追及を逃れる算段も出来たわね」
撮った写真を改めて確認して、私はついついほくそ笑んでしまった。カメラの中には、一夏君の寝顔がバッチリと写っており、これなら薫子ちゃんも満足してくれるだろうと確信している。もちろん元データはあげないけどね。
本当は何で刀奈を抱きしめたのかは分かっていたのだが、それを刀奈に言うと付け上がるから黙っていたのだ。
「久しく夢なんて見てなかったんだがな……悪い事が怒る前触れなんだろうか」
最後に見た夢のは、俺が誘拐される前日、その前となると、駄ウサギがISを発表する前日だ。つまり俺が夢を見た翌日には悪い事が起こるのだ。
「何が起こると言うんだ……夢だと刀奈が遠ざかって行く感じだったんだが……」
夢の中で遠ざかって行く刀奈を必死に追いかけ、そして抱きしめたのだ。それが偶々現実でも刀奈の事を抱きしめたのであって、恐らくあの場に居たのが虚でも簪でも俺は抱きしめていたと思う。
「予知夢なんて見る技術は無いし、ただの思い過ごしの可能性だってあるしな……」
一応頭の片隅に止めておく事にして、俺は軽く伸びをする。一時間も寝てないとは言え、全く寝てない状況から考えるとスッキリしてるな。
「次の時間も実習だし、部屋に須佐乃男が居ないのを考えると、何処かで遊んでるんだろうな」
昨日も勉強しろと言ったのにも関わらず、この部屋に一人は怖いだとか考えていてまともに勉強してる感じでは無かったし、恐らく今も勉強はしてないだろう。
俺は須佐乃男にバレないように気配を探り、今現在須佐乃男が何処で何をしているかを正確に探った。
「……珍しく図書室に居るな……これは参考書?」
須佐乃男が見ている映像をリンクを通して俺も見る。別に須佐乃男の意識に介入する訳では無いので、結構バレずにこう言った事が出来るのだ。もちろん、須佐乃男もきっかけさえ掴めれば出来る事なのだが、こう言った事が出来る事を知らないようで、出来ればそのまま知らずにいてほしいと思っているのだ。テストの時にこれを使われるとカンニングになるからな、ズルは良く無い。
「……勉強してるならそれで良いか」
須佐乃男の行動を確認して、勉強してる事が分かったので気配を探るのを止める。まだ時間もある事だし、もう一眠りでもするか。
そんな事を思っていたのだが、一本の着信でそれは実行できずに終わる。
『もしもしいっくん? 今平気だよね』
「……覗き見してたんなら分かってんだろ。一々確認するな」
『随分と情熱的な抱擁だったよね~。黙っててほしかったら今度束さんにも……って! 切らないで! 冗談、冗談だからさ!』
衛星から俺が電話を切ろうとしてるのを見たのか、駄ウサギが慌てて前言を撤回した。
「それで、いったい何の用だ」
『いや~、昨日束さんの隠れ家が襲撃されちゃってさ~。暫くいっくんにも会えそうに無いんだよね~』
「……それなのに衛星の映像はハッキング出来てるのか?」
『いち早くにそれは復旧させたんだけどね。研究データとかは全部燃えちゃったし』
「それにしては落ち着いてるな」
研究データが燃えたのなら、もう少し慌てても良さそうなんだが……
『データなんて全て束さんの頭の中に入ってるし、それに何より、束さんのお宝データは生き残ったからね~』
「お宝? しょうもない妄想映像の事か?」
正直虫唾が走るのだが、駄姉の部屋で確認したあの映像の事だろう。
『今回の力強い抱擁も、束さんの技術力で抱きしめられてるのが束さんやちーちゃんに代わった映像にだって出来るのだ~! だけどそっちの機能はまだ復旧してないから、当分はお預けなんだけどね~』
「……それで、世界中の人間から逃げてるアンタの居場所を突き止めたのは誰だ」
『えっとね~……確かボーダフォンとか言ってたよ~?』
「……オータムか?」
『そうそれ!』
似ても似つかねぇな……相変わらずの他人への興味の無さ、それが窺えた。
『それで、その宝くじは何者なの?』
「宝くじ? ……まあ別に良いか。ソイツは亡国企業の人間だ。アンタを殺しに来たのか攫いに来たのかは知らねぇが、狙いは間違いなくアンタだ」
『そーみたいだね~。クーちゃんが撃退してくれたから束さんは無事だけどね~』
「クロエさんが? それで、クロエさんは無事なのか?」
『クーちゃんはいっくんと違って生身で応戦するなんて無謀な事はしないから大丈夫だよ。ちゃんと束さんが試作機として作ってあった第六世代のISで撃退したから』
「第六? 漸く世界が第三世代の研究データ集めに着手してる段階だって言うのに……」
須佐乃男も自立進化で第五世代の性能を発揮できるようだが、今のところは第四で事が足りている。
恐らく須佐乃男のデータを引き出して第六世代のIS造りに役立てたのだろう。
『その内いっくんにもお披露目出来ると思うよ~』
「……面倒事は御免だからな」
『だいじょ~ぶ! いっくんは如何頑張っても面倒事に巻き込まれる運命なんだから』
そんな運命は真っ平なんだがな……駄ウサギと話していると、電話越しにクロエさんの声が聞こえてきた。
『クーちゃんもいっくんと話したいってさ』
「別に構わないが、クロエさんだって俺の番号知ってるよな?」
前に教えたし、ちょっと前までは頻繁に掛かってきてたし……
『もしもし、一夏様ですか』
「ああ、大活躍だったらしいですね」
『それほどでも……しかし、失敗した料理が役に立つとは』
「……は?」
第六世代のISの武装はクロエさんの作成した暗黒物質なんだろうか……
『丁度調理中でして、その完成品を投げつけたら逃げ出しまして』
「……第六世代関係ねぇな」
どれほど凄い技術力が注ぎ込まれていようと、結果オータムを撃退したのはクロエさんの料理なのだから……
『当分はラボの修復と各コンピューターの復旧作業で調理する暇は無さそうですが、また一夏様にご指導をお願いしてもよろしいでしょうか?』
「あ、あぁ……それは構わない」
『ありがとうございます。それでは束様に代わります』
結局クロエさんが言いたかったのは、俺にまた料理を教えてほしいと言う事だった……別にそれくらいなら構わないのだが、さすがにオータムが少し可哀想に思えてきたぞ……
『もすもす~? そう言う訳だから、ちーちゃんには暫くお宝は無理だって伝えておいてね』
「……そんな事は伝える必要性を感じません」
あの駄姉の楽しみなぞ知るか。散らかすだけなんだから、少しはものを減らすきっかけになるのではないだろうか……そう思うと束さんが襲われたのは良い事だったのかも知れんな。
『それじゃあいっくん、明日束さんのラボに来てね~、バイビー』
「は? ちょっと……切れた」
何でラボに行かなければいけないのかイマイチ分からないが、明日と言う事は夜更けに来いと言う事だ。少しでも仮眠を取っておいて正解だったな……
「何の用事かは知らんが、相変わらず勝手に決めるヤツだな……」
こっちの都合お構いなしで計画を立てるから、こっちとしては非常に迷惑なのだ。それを本人に言っても右から左へ聞き流すだけなので最早諦めているのだが……
「残り少ない時間、やはり寝ておこう」
今夜も徹夜が確定的となった今、少ない時間でも寝られるうちに寝ておこうと思い、俺は再びベッドに潜り込んだ。
夢の内容と実際に起こった出来事には全く関係なかったんだな……とりあえず良かったが、これはこれで面倒だな……
そう言えば成人の日でしたね。新成人の皆様、おめでとうございます。