何だか最近一夏君の様子がおかしい……様子と言うか調子と言った方が良いかも知れないけど。
テストまで残り僅かとなって、ここ最近は放課後の殆どを勉強会に費やし、みんなが夕ご飯を食べてる間に一夏君は生徒会の仕事と、中学時代の友達の勉強を見てるから、疲れててもおかしくは無いのだけれども、それでもこの疲れようは少し異常に感じる。
「さて、来週から定期テストだが、赤点補習に何ぞならぬようにな。私が面倒だから」
普段ならここで一夏君のツッコミが入るのだけれども、一夏君は何処か違う場所を見てるのか織斑先生の事に全く興味がなさそうだった。
「……織斑兄、少し話がある」
「……話? 何ですか、いったい」
如何やら意識はちゃんとしているようで、織斑先生の問いかけにもしっかりと答えている。だけどその表情はやっぱり普段の一夏君では無いようだった。
「最近やけにやつれてるようだが、何か問題でもあるのか?」
「問題? むしろ無いとでも思ってるのか?」
織斑先生と会話する時、一夏君は周りに人が居る時はしっかりと敬語を使っていたのだけれども、最近はどっちも使っているので少し周りがざわつく。姉弟とは言え、こうも一夏君が圧力をかけるように話す相手は他には居ないからだ。
「何があると言うんだ」
「そうだな、アンタが関係してるのはシャルの事か」
「デュノア? ヤツが如何かしたのか?」
「ハァ……テストまでには出すんだろ? それなら今日中に出さなければテスト対策は出来なくて、アイツは補習決定だ。補習をアンタが一人で全てやるなら構わないが、どうせ面倒だからって俺に投げ出すんだから……」
「あっ!?」
「……やはり忘れてたか」
「今すぐアイツを出してくる! HRはこれで終わりだ!」
「廊下を走るな! この馬鹿教師が!」
一夏君の叱責に、クラス中が背筋を伸ばした。まさかあの織斑先生に対してこんなにも強気でいられる人がいるとは思って無かったのだろう。
「おりむ~、大丈夫?」
「姉さんじゃないけど、最近お兄ちゃんがやつれてるって感じるのは確かだよ」
「勉強会ではそれほど問題は無いはずなんですが……まさか私たちに言えないほど成績が悪いんでしょうか!?」
「いや、美紀も本音も何とか赤点回避は出来そうだし、こっちの方は問題無く済みそうなんだが……静寂や簪、刀奈や虚も手伝ってくれたし、ナターシャも苦手ながら頑張ってくれた。これなら残りの土日で如何にでもなる」
「それじゃあ一夏君、他の問題って?」
名前を呼ばれたので私と美紀と香澄も一夏君の傍に移動する。と言っても香澄は最初から席が隣なんだけどね。
「悪友の方だ……」
「一夏様の中学時代のご友人ですか?」
「ああ……思ってた以上に馬鹿らしい」
一夏君は鞄からファイルを取り出して私たちに見せてくれた。几帳面な一夏君が整理してあるファイルは、一人毎に綺麗に纏められており、それが何冊も入っていた。
「最近の先生でもこれほどしっかりとファイルして無いと思うけど……」
「後で探すのが面倒なだけだ」
「なるほど……しっかりと点数の変化がわかるようにグラフまでつけてるんですね」
「誰が伸び悩んでるか、表にしておけばより分かりやすくなるしな」
一夏君の記憶力なら、そんな事をしなくても覚えてられるのだろうが、あえてそうしてるのは、六人に見せる事で、視覚的にも自分の成績がどのくらいなのかを教える為だったのだろうな。
「こっちがおりむ~の悪友さんたちの成績だね~」
「どれどれ……」
「あ~、一夏様がやつれる理由が分かる気がします」
学外と書かれたファイル二冊を本音が取り出し、それを私たちは覗きこんだ。そこには本音すら生温いと感じるくらいの酷い成績が書き込まれていたプリントがしまってあった。
「一夏君に教えてもらってるのに、これは酷いですね」
「カスミンの言うように、私でももっとマシな成績だよ~」
「でも、本音ちゃんが一番補習の回数が多かったけどね」
「美紀も人の事言えないんじゃない? 結構あったよね」
この一週間で、補習の回数が多かったのは本音の三回、その次が美紀の二回。他のメンバーはギリギリながらも何とか合格点を毎回クリアーしていったのだ。
だから一夏君が負担を感じているとすれば、美紀か本音のどちらかだと思ってたのだけども、まさか別のところに思わぬ問題児が居たとは……
「土日は刀奈たちに任せて、俺はこっちの馬鹿二人の面倒を見に行こうと思ってるんだが、勉強以外にも問題はあるんだよな……」
「そっちは隊長に任せては如何でしょう? 本来なら私も手伝わなければいけないのですが、一夏様もご存知のように……と言うか当事者なのですからもちろん知ってるのですが、このような成績なものでして……」
「碧に頼むのは決まってるのだが、さすがに一人ではな……ナターシャと上手くやっていけるなら任せるんだが……駄姉に頼んでもろくに働かないだろうし……」
教室で一夏君が「駄姉」と言う表現を使うのは珍しい事だ。大分帰ったとは言え、まだ数人は教室に残ってる為、私は慌てて周りを見渡した。
「一夏君、さすがに周りに人が居る時にその呼び方はマズイって」
「別に気にする事も無いだろ。事実なんだから」
「それでもなの!」
私が何を怒ってるのかに気付いた一夏君は、周りに目をやってから話を再開した。
「あの人が俺から頼まれた事をちゃんとやったためしは無いし、必ずと言い切れる確率で報酬を要求してくるからな」
「普段からお兄ちゃんに面倒見てもらってるのにね」
「それは私たちもじゃないかな~?」
「違いありませんね」
マドカの言うように、織斑先生は何かにつけて一夏君に物事を頼む事が多い。学校でもだけれでも、織斑先生は家事一切が苦手のようで、洗濯や掃除も一夏君が数日おきにしているらしいのだ。
「まあそっちは何とかなるだろうし、向こうもまだ完全に回復してる訳でも無いだろうしな」
「そう言えば一夏君、身体はもう大丈夫なの?」
「あ? ……あ~、まだちょっと無理かもな」
答えに少し間があった事に、私と須佐乃男は一夏君をいぶかしむ。まさかまた無茶をしてたんじゃないかと言う意味の篭った視線に気付いたのか、一夏君は首を左右に振った。
「別にそう言った理由じゃねぇよ。ただろくに休めてないからな。回復しようがねぇんだよ」
「何で休まないの! ……って、ここ最近の一夏君の仕事量を見れば当然か」
「徹夜してないだけマシのようですがね」
「まぁテストが終われば少しは休めるだろうさ。こっちが片付けば後は見捨てても構わない連中だし」
口ではこう言ってても、一夏君が実際に見捨てる訳が無いと、私たち全員が思ってるし信じている。
「一夏ー、アンタ最近弾と数馬に悩まされてるってホント?」
「鈴……お前もう少しおしとやかに出来ねぇのかよ」
スカート姿ですっ飛んできた凰さんに、一夏君がお父さんのような事を言った。
「アタシはこのスタイルなのよ! 昔から変わってないでしょ!」
「ああそうだな……男の前だろうと大また広げて胡坐かいてたもんな」
「男って、弾と数馬は異性の内に入らないわよ!」
「……そう言えば俺の前ではしてなかったな」
と言う事は、凰さんの中でも一夏君は異性の内にカウントされてるって事かしら?
「玉砕してからは、もう何かどっちでも良くなってきてね!」
「……女子校だから異性の目を気にする必要もねぇって事か……」
「そう言うこと。それに一夏はオカン属性だしね」
「好き好んでやってる訳じゃねぇよ」
昔なじみの凰さんからもお母さん扱い……一夏君が軽く頭を押さえた姿が印象的だった。
「それで? あの馬鹿共はどれくらい馬鹿なの?」
「ほれ」
一夏君が友人二人の成績が入ったファイルを手渡す。凰さんはそれを開いてすぐに大笑いをした。
「な、何これ!? あいつらこんなのも分からないの! おもしろ~!」
「お前な……俺がどれだけ頭を悩ましてると思ってるんだよ」
「それじゃあ見切っちゃえば良いじゃない。一夏があの馬鹿二人の為に頭を悩ます必要は無いわよ」
「そうだよな……アイツら二人なら早々に見切ってるんだがな」
「如何言う事?」
二人の事情を凰さんに話すと、彼女も微妙な表情を浮かべた。
「そっか、榊原先生とドイツ軍の副官まで絡んでるのね……そりゃ厳しいわ」
「だからお前と遊んでる余裕はねぇよ。お前も大人しく勉強してろ」
「つまんないわね~。ま、そう言う理由じゃしょうがないわよね」
凰さんは納得したのか、教室から出て行った。来る時も帰る時も騒がしい人ね……
「さて、最終確認の試験をやるからな。明日明後日は復習に当てる為に、今日が実質最後のテストだな」
そう一夏君が宣言した途端、私以外顔を顰めた。まあ気持ちは分かるけど、女の子がそんな顔しちゃ駄目よ……
今日明日と一夏君は泊り込みでお友達の勉強を見るようで、私たちは一夏君不在で勉強を見ていかなければいけなくなった。まぁ一夏君が全ての準備をしていってくれたおかげで、私たちは質問されたら答えれば良いだけなんだけどね。
「お嬢様、一夏さんがまとめておいてくれた報告書です」
「ありがと」
勉強会だけでは無く、生徒会の仕事も更識の仕事も一夏君不在でやらなくてはいけないのだけども、ある程度一夏君が終わらせてくれたので、私は新しく出来た仕事を片付けるだけで良いのだ。そしてテスト前の為生徒会の仕事もそんなに無い。つまりは更識の仕事だけをすれば良いのだが、そっちも今は大きな動きは無いのだ。
従って今日明日と、私たちも自分のテストに向けた勉強が出来ると言う訳なのである。
「まさか私たちの学年の試験対策まで出来るなんてね……」
「何時やったのか分かりませんが、ホント一夏さんには感謝です」
勉強会の手伝いばかりで、私たちは自分たちのテスト対策をろくにしていないのだ。それでも赤点とかそこまで酷い点数にはならないのだけれども、一夏君はちゃんと気にかけていてくれたようで、私たちの学年の予想問題を作ってくれていたのだ。
「マメだよね~」
「ですね。お嬢様が頼んだんですか?」
「違うわよ! さすがにあんなに疲れてる一夏君に頼める訳無いじゃないの」
そもそも一夏君が私と虚ちゃんにテスト対策までしてくれるなんて思って無かったんだからさ……
「それもそうですね……」
「でも、何処から範囲を聞きだしたのかしら?」
「織斑先生では? 担当は一年とは言え、織斑先生なら各学年の範囲を調べる事くらい簡単に出来ますし」
「う~ん……でも一夏君が織斑先生にそんな事頼むかな~?」
織斑先生に貸しを作ることを毛嫌いしている一夏君が、いくら私たちの為とは言え織斑先生に物事を頼むとは思えない……
「じゃあ如何やったんだとお嬢様はお考えですか?」
「それが分かれば苦労しないわよ……でも、何処からだって良いような気もしてるんだけどね」
「まぁそうですが……」
「お姉ちゃん、虚さん、少し静かに」
「あっ、ゴメン……」
「スミマセンでした」
同じ部屋で勉強してる以上、私たちの会話は邪魔になっても無理は無い。簪ちゃんに怒られて、私たちは大人しく勉強に集中する事にした。
「……そう言えばさぁ」
「何です?」
「一夏君が居ないから、ご飯とか如何するの?」
材料はあるが、これだけの人数分を作るのは結構面倒だ。一夏君なら普段と変わらぬ速度で作り上げるのだが、私たちの腕じゃ結構な時間が必要になってくる。
「食堂で食べれば……と、試験期間はやってないんでしたっけ」
「そもそも休日はやってないわよ」
おばちゃんたちにも休日は必要なのだ……女子高だから誰かしら料理は出来るだろうと言う安易な考えで、IS学園の食堂は土日祝日はやってないのだ。
「簪ちゃ~ん、この問題は如何すれば良いと思う~?」
「二年の問題……じゃないのか。ご飯なら一夏が作り置きして言ってくれてるから、それを温め直せば大丈夫じゃない?」
「そうなの?」
虚ちゃんに視線を向けると、如何やら虚ちゃんも聞いてなかったらしい。何で簪ちゃんは知ってるんだろう……
「一夏君に聞いたの?」
「本音がね。一夏に泣きついたんだよ」
「ほえ? 私が如何かした?」
自分の事が話題になってると気付いた本音が私たちの傍にやって来た。
「一夏君に泣きついたってホント?」
「だっておりむ~のご飯が食べられないと悲しいんだもん」
「それでも一日分だけだけどね」
「明日にはおりむ~も帰ってくるから、それだけなら我慢出来る!」
「一食分だけでしょ。少しは我慢しなさい」
お昼、夕飯、そして明日の朝食と、一夏君は作り置きしていってくれたらしい。何で明日のお昼も作って置いてくれなかったのかと文句を言いそうになったけど、さすがにそれは理不尽な怒りだと思って口には出さなかった。
「先輩たち、それに簪と本音、ちゃんと勉強しないと一夏君に怒られますよ」
「一夏君は居ないから怒られないと思うけど?」
「彼、須佐乃男を通してこっちの状況を探れますけど?」
……そうだった。一夏君と須佐乃男は感覚がリンクしているから、私たちがサボってるのは一夏君に筒抜けだったんだ……もちろん一夏君がこっちの事を見張ってない可能性だってあるのだが、それは須佐乃男にも分からないので、常に緊張感を持ってなければいけなかったんだっけ……
「よし! 大人しく勉強を再開しよう! 補習になって一夏君に怒られたくないでしょ?」
「う~……楯無様は補習にならないからって苛めないでくださいよ~」
「本音だってあれだけ一夏さんに教えてもらったんですから、せめて補習回避くらいはしっかりと達成してくださいよ」
「おね~ちゃんまで~」
この中で一番補習に近いのが本音だ。美紀ちゃんもそれなりに危ない感じだったのだけども、ここ最近は点数も安定してきて合格点に到達出来なくても本音ほど酷い点数は無かった。一方の本音は、不合格の時はかなり点数を下回っての不合格だった為、一回本当にご飯を抜かれた事があったのだ。それからは必死さが増して不合格でも追試ありの不合格だったのだが。
「そう言えばナターシャ先生は?」
「隊長と二人で見回りです」
「ふ~ん……何か意外な組み合わせね」
ナターシャ先生がこの部屋に来た時、二人はかなりギクシャクしていた。原因が何だかは分からなかったけども、如何やら和解したようね。
「一夏様の命令ですからね。隊長もナターシャ先生も逆らえなかったのでしょう」
「そ、そうなんだ……」
疲れてきてて、一夏君も強権発動を躊躇わなくなったのね……本来なら一夏君は碧さんやナターシャ先生に命令出来る立場では無いと自分で言ってるのだけれども、面倒になってくるとその概念も何処かに捨ててしまうようだったのだ……でも、一夏君に命令されるってどんな気分なんだろうな……
「お嬢様、何だか邪な雰囲気が……」
「そ、そんな事無いわよ!? それよりも、一夏君が作ってくれた問題のおかげで、私たちも楽が出来て良かったわね」
「いきなり何を……まあその通りではあるんですが」
私も虚ちゃんも、この二日で総復習するつもりだったから、このプリントは非常にありがたいものだったのだ。要点を纏めてあり、本番にも出そうな勢いで作られたこのプリント、コピーして売り出せばかなりの儲けが……もちろんそんな事をすれば一夏君に怒られる……のを通り越して殺される可能性があるのでやらないけどね……
「そう言えば、この前姉さんが言ってた「篠ノ乃箒が原因」の問題ってなんだったんだろう」
「聞くの忘れてたね~」
「一夏も言わなかったし、それほど重大な問題じゃなかったんじゃない?」
そっか、簪ちゃんたちには報告が行ってないんだ……私は生徒会長だから報告は受けてるし、虚ちゃんも作戦参謀の立場だけあって報告は受けている。だからこの部屋で一夏君がどれだけ暗躍してるのかを、正確に把握しているのは私たちだけなのだ。
マドカちゃんが言った「篠ノ乃箒が原因」の問題にも、私たちは検討がついている……と言うかその事もしっかりと一夏君から報告を受けているのだ。
「ほら、ちゃんと勉強しないと怒られちゃうわよ」
「そうですよ。テストまで後二日無いんですから、しっかりと復習をしておいてくださいね」
「分かってるけど……二人共なんでそんなに慌ててるの?」
普段から鋭いけど、簪ちゃんが見逃してくれる訳無かったか……私は虚ちゃんに視線を向けたが、虚ちゃんはゆっくりと視線を逸らしていった……
「だってほら! 一夏君からのメールが……」
「メール?」
慌てて取り出した携帯には、本当に一夏君からのメールが着ていた。
「ホントだ……結構怒ってるね……」
「でしょ? だからちゃんと勉強しないと」
一夏君の勘の良さで何とか乗り切った私たちは、コッソリと安堵したのだった……
「一夏君に助けてもらっちゃったわね」
「ですね……お嬢様、もう迂闊に何かを話すのはやめましょう」
「そうね……」
次も一夏君が助けてくれるとは限らないので、私たちは無駄話をせずに勉強する事に決めたのだった。
頭が痛くなるのが良く分かる生活だ……