準備期間なんてあっと言う間に過ぎていき、いよいよ明日が体育祭となった。一夏君の的確な指示と、私たちの機動力で殆ど準備は完了していて、後は最終チェックをするだけとなっているのだ。
「ところで一夏君は?」
チェックをするのは一夏君でなくても良いのだけれども、問題があった時には一夏君が居てくれた方が助かるので、チェックには一夏君も同行してもらいたい。だけどその一夏君の姿が私の傍には無かったのだ。
「一夏さんなら少し外すといって部屋に戻りましたが。如何やらお友達の試験の解答が送られてくるそうですよ」
「そっか。お友達は今日までがテスト期間だったんだね」
一夏君の数少ないお友達……中学時代からの悪友といっているけども、その二人も一夏君に勉強を見てもらってたのだ。
「おりむ~が教えてたんだから、かなり上位に食い込んでるかもね~」
「なんて言ったって本音が平均に近い結果を残したんだもんね」
「香澄さんとエイミィさんは上位に名前がありましたし、私たちも平均以上の結果でしたからね」
「一夏は全問正解だったしね……また勝てなかった」
「しょうがないわよ、簪。一夏君は私たちの先生なんだから」
学年二位の簪ちゃんと、三位の静寂ちゃんが互いに慰めあっている。言うまでも無く一位は一夏君なので、あの勉強会には一年のトップスリーが揃っていたのだ。
「一夏君が居ないと最終チェックが出来ないわね……如何しようか?」
「出来る範囲でチェックしておけば良いのでは? 一夏さんが戻ってきたら全体のチェックをすれば良いので」
「う~ん……細かい作業が得意なのが一夏君くらいしか居ないのよ。虚ちゃんだって全体のチェックはおろか細かいチェックだってしないでしょ?」
書類作業ならお手の物の虚ちゃんも、大掛かりな仕事の細かい作業は苦手なのだ。だからこうやって私にチェックさせようとしてるんだけど、虚ちゃんが苦手だって事を私たちは知ってるから押し付けられてもやらないんだけどね。
「そう言えば美紀ちゃんも居ないわね」
「美紀さんは碧さんと訓練中です。この間一夏さんがカスタマイズした碧さん専用の訓練機の性能チェックとデータ集めの為だそうですよ」
「何処まで一夏君は有能なのよ……これで三機目よね」
美紀ちゃんが使ってるのも、エイミィちゃんが使ってるのも一夏君がカスタマイズした訓練機だ。コアは政府から支給されている量産型なのに、その性能は専用機にも劣らないのだ。
一夏君が言うには、コアが劣化するなんて事はありえないらしいのだが、普通の訓練機と専用機が試合すれば、やはり性能の差が出てしまうのだ。
「美紀さんの専用機が近接格闘型で、カルラさんのが遠距離型、そして今回の碧さんのは遠近両用方だそうですよ」
「碧さんの戦い方はそうだもんね。さすが一夏君、使う人の事も考えて武装を組んでるのね」
後は一夏君が訓練機を動かせるようになれば、そのデータを組み込めるらしいのだが、生憎一夏君が動かせるISは須佐乃男のみ……声は聞こえるらしいのだけど動かす事はまだ出来ないのだ。
「コアの声が聞こえるって、特殊な技能よね~。その内私たちの機体のコアの声を聞こえるようになるのかしら」
「如何でしょう。一夏さんが聞けるのは、今のところ量産型のコアの声のみらしいですし、須佐乃男も厳密に言えば量産型のコアを使ってますしね」
「篠ノ乃博士が改良したから、今は無所属のコアって事になってるけどね」
須佐乃男のコアは、一夏君誘拐現場に偶々あったISのコアを篠ノ乃博士が改良して専用機に仕上げたものなので、厳密に言えば未登録のコアなのだ。だけど性能そのものは普通の専用機を遥に凌ぐ性能なのだけれども、普段の生活からはその事を感じ取る事は出来ない。
「このまま行けば、もう二,三機くらい一夏君がカスタマイズした訓練機が作れるんじゃないかしら」
「次に乗るとしたら、静寂さんか香澄さんでしょうか?」
「実力だけなら二,三年にもいい人材が居るけど、一夏君との交流がね……」
「やはり一年生の方が一夏さんもやりやすいでしょうし」
この前の亡国企業の攻め入りで、私たちが不利だったのはISの数と経験値の差だったのだ。
個々の経験値で言えば、実戦経験のある碧さんや元軍属だったナターシャ先生、現役軍人のラウラちゃんやマドカちゃんといった経験豊富な人材は此方側にも居るのだが、平均するとやはり亡国企業の経験には敵わなかったのだ。虚ちゃんや簪ちゃんだって実力はあるけど実戦経験は殆ど無かったし……
「お姉ちゃん、こっちに何かおかしな箇所があるよ」
「ホント? どれどれ……」
チェックを簪ちゃんに任せて、私と虚ちゃんは一夏君を待ってたんだけど、一夏君が来る前に簪ちゃんが不備を見つけてくれた。
「ここの担当って本音よね?」
「ほえ!? ここはマドマドだよ~」
「お兄ちゃんの代わりにやった須佐乃男じゃないの?」
「違いますよ。ここは美紀さんです」
「……兎に角、不備が見つかったんだからみんなで作業しましょう」
誰がやったかは分からないけど、本番前に見つかってよかった。これじゃあ危険度が想定の五割増しだからね……最悪大怪我してしまうところだったわ……
「お嬢様、織斑先生がお呼びですけど」
「私? 何の用だろう……」
織斑先生が呼び寄せるなんて、今年になって始めてじゃないかしら……去年は色々とサボったりして怒られてたけど、一夏君が入学してきてからは一夏君の仕事になってたからな……でも織斑先生に怒られるような事はした覚えが無いんだけどな……
何で呼ばれたのかは分からないけど、私は職員室へとやって来た。でも何で虚ちゃんの携帯に連絡したのかしら……直接私の携帯に連絡してくれれば良かったのに。
「失礼します」
「あれ? 如何かしたんですか、更識さん」
職員室に入ると、そこには山田先生しか居なかった。
「織斑先生に呼ばれたのですが」
「織斑先生なら此処には居ませんよ。多分寮長室じゃないですか?」
「そうですか……それじゃあそっちに行ってみます」
山田先生を見る度に思うのは、この人は本当に年上なのだろうかという事だ。かなり童顔なので、私服で歩いてたら成人には見られないのではないだろうかと思っているのだけど……
「あの、なにか?」
「いえ……何だか酷い事考えてるような気がしたものでして」
意外と鋭いのね……やはり織斑先生と一緒に行動してるだけの事はあるようだった。
「それでは失礼します」
職員室を辞して私は寮長室へと向かう事にした。部屋に帰る道をそのまま行けば良いので、事情を知らない人に見られるとサボって部屋で寝にいくように見られるかも……
「ん? 何してるんだ刀奈」
「織斑先生に呼ばれて寮長室に行くんだけど、一夏君こそ何してるの?」
「俺も駄姉に呼ばれて今から行くところだ」
「でも一夏君は部屋で作業してたんじゃないの?」
「生徒会室だ。あそこの方が集中出来るし、何より仕事が溜まってたからな」
テスト終了後、生徒会の仕事が一気にやってきたのだ。本当なら私や虚ちゃんもやらなければいけないのだけれども、体育祭の準備で忙しかったので二日目からは一夏君の代わりに須佐乃男が作業を手伝ってくれてたのだ。もちろん一夏君も手が空けば準備を手伝ってくれたりしてたし、全体の作業が遅れなかったのは一夏君の的確な指示のおかげなのだけれども。
「俺だけなら何の用かは大体の想像がついたんだが、刀奈も一緒となるとさっぱりだな」
「私の呼び出しは虚ちゃんの携帯に着たんだけど、それも意味があるのかしら?」
「そんなのは本人に聞けば分かる。おい駄姉、居るんだろ」
寮長室の扉を叩きながら、一夏君が声を掛ける。事情を知らない人が聞いたら驚くような呼びかけだが、事情を知ってる私には普通の呼びかけに聞こえた。
『開いてるから入ってこい』
「呼びつけておいてその態度かよ……まぁいいか」
一夏君は扉を開けてさっさと寮長室へと入っていくが、私はそこまで慣れてないので緊張するのだ……むしろ寮長室へ入るのに慣れている一夏君がおかしいのよ……
「失礼します」
一礼して足を踏み入れると、そこはとてもじゃないが女性が生活してる部屋とは思えない惨状だった。
「多少散らかってるが、まぁ気にするな」
「これが多少か……アンタの基準は俺と大分違うようだな」
「大事な話だ。説教は後にしてくれ」
怒られる事は確定なんだ……
「それで? わざわざ俺と刀奈を呼びつけた理由は何だ」
「ああ、この前政府の阿呆共相手に訓練したのを覚えてるか?」
そう言えばテストが終わってからそんな事があったような……
「それが如何かしたのか? まさか政府の人間に大怪我を負わせたとかじゃねぇだろうな」
「違う、そんな些細な事じゃない。あの時感じた気配の何個かが、学園の周りにあるんだ」
「やはり政府にも亡国企業の内通者が居るって事か」
怪我を負わせた事が些細な事なの? と言うツッコミを入れるタイミングを失った私は、口を開けたまま固まってしまった。一夏君も気にした様子じゃないし、やっぱり些細な事なのだろうかしら……
「一夏、お前が訓練機をカスタマイズするとして、一機にかかる時間はどれくらいだ」
「何だ唐突に……それだけをしてれば良いのなら一日あれば足りるが、そうじゃねぇしな。一機にかかるのは三日ってところだ」
「専用機なら如何だ?」
「専用機? コアが無いだろ大体……それに誰が乗るんだよ」
「候補生で専用機を持ってないのが居るだろ。二年のサラ・ウェルキン、そして一年のアメリア=カルラ」
「サラちゃんはイギリスで、エイミィちゃんはイタリアの候補生ですよ? その二人の専用機を一夏君が造るのは如何なんでしょう」
いくら一夏君に国籍が無いとは言え、自国の候補生の専用機を日本人の一夏君に造ってもらうのは面白くないと感じると思うんだけど……
「国籍はこの際気にしない事とする。そして何かしら文句をつけてきたら、生まれて来た事を後悔させてやるから気にするな」
「うわぁ……」
織斑先生の笑顔が怖い……この人は本当にやりそうだからな……
「だからその前にコアが無いだろ」
「お前、造れるんだろ?」
「……駄ウサギか」
「アイツがコアを造れば問題になるが、お前ならそこまで問題にならないだろ。精々お前を狙う輩が増えるくらいだ」
それは問題にならないのだろうか……一夏君を狙ってるのが亡国企業だけじゃないのは分かってるし、組織以外でも国が狙ってるのだ。そこに一夏君がコアを造れると教えたら、一夏君争奪戦はより過激になってしまうのではないだろうか……
「表向きはアイツが造った事にするらしいから」
「結局国際問題になりそうじゃねぇかよ」
「ではIS学園の専用機とすればいい。国家に属さないこの場所でのみ、サラ・ウェルキンとアメリア=カルラに貸し出された事にするから頼む」
「……エイミィは兎も角、ウェルキン先輩のデータは持ち合わせてませんが」
「なら直接聞きに行けばいいだろ。オルコットよりも有能だと噂されているヤツだ。お前の整備能力と合わさればかなりの戦力となるだろう」
「それで刀奈も呼んだのか。ウェルキン先輩と面識があるから」
「そういう事だ。カルラの方はお前がカスタマイズした訓練機でデータを取ってるだろうから全面的にお前に任せる。ウェルキンの方のデータ採取は我々教師も手伝うから声をかけろ」
織斑先生からの用件が終わり、一夏君の表情が変わった。真面目な雰囲気から一気にお説教モードになった一夏君に、織斑先生がたじろぐ。
「なぁ一夏、一刻を争うかもしれない状況だから、見逃してくれたりはしないか?」
「散々言っても分からないようなヤツに、俺だって説教はしたくねぇよ」
「じゃあ!」
「だから説教無しで一発で終わらせてやる」
一夏君が殺気を纏っているのに気付いて、私は咄嗟に物陰に隠れた。さすがに気を失う事は無くても、あの殺気を直に浴びると何か体調に悪影響を及ぼしそうなのだ。
「ギャー!?」
織斑先生の悲鳴と共に、何かが床に倒れる音が聞こえた。恐らくは織斑先生が意識を刈り取られて気絶して倒れたのだろうけども、その光景を見る勇気は私には無い……ゆっくりと一夏君が私に近付いてくるのを足音で感じ、何もしてないのに身体が震えてしまった。
「いくぞ」
「……へ?」
「だから、ウェルキン先輩のところに。刀奈が面識あるから此処に呼ばれてるんだろ? だったら早いところ行って先輩の得意な戦い方を聞かないとな。まずは訓練機でデータ採取をしなきゃいけないんだから」
「そ、そうね……じゃあサラちゃんのところに行くわよ~!」
織斑先生が如何なったのかは分からないけど、一夏君が纏ってた殺気が無くなってるのを見ると、如何やら一撃でやられたようね……
寮長室から出てすぐに、私はサラちゃんの居る教室まで向かった。そう言えば一夏君が二年生のフロアに来るのって初めてじゃないかしら……
「おや、たっちゃん。彼氏同伴で何か用かな?」
「薫子ちゃん、あまり冷やかさないで」
「……また説教されたいんですか?」
一夏君からひんやりした空気が流れてきて、薫子ちゃんは固まった。そう言えば一夏君にお説教されてその後で虚ちゃんに怒られたんだっけ……
「あのね、サラちゃん居る?」
「サラ? もう部屋に帰ったけど……何かスクープ?」
「違う違う。織斑先生からの頼み事よ」
「何だ……ん? じゃあ何で織斑君同伴なの?」
「それは……」
答えに窮してると、一夏君がニッコリと笑みを浮かべて薫子ちゃんに近付いた。
「無用な詮索は無しにしていただきたい。俺だって無用な血は流したくないんですから」
「い、イエッサー!」
一夏君の脅しに、薫子ちゃんは敬礼で返した。一夏君が言うと冗談では無く本気で血が流れるかもしれないのだから……
「さて刀奈、ウェルキン先輩の部屋って何処だ?」
「えっとね……こっちよ」
「刀奈? たっちゃん名前違うよ?」
「あっ、本名が刀奈なのよ。楯無は代々襲名する名だから」
「なるほど……あっ、記事にしませんから怒らないで」
メモを取っていた薫子ちゃんが、一夏君に対して卑屈になる……そこまで恐怖を植えつけられるお説教ってどんなのかしら……ちょっと興味があるわね。
「さて、それでは黛先輩」
「な、何かしら?」
「分かってるとは思いますが、ついて来ようものなら説教ですからね。それと虚にも言いつけます」
「はい! 重々承知しておりますゆえ!」
一夏君の睨みに、全身が震えてるように見える薫子ちゃんがおかしな返事をした。そして薫子ちゃんと別れて私と一夏君はサラちゃんの部屋にやって来た。
「は~い、あれ? 楯無と……もしかして織斑君?」
「始めましてウェルキン先輩、織斑一夏です」
「ご丁寧に如何も、サラ・ウェルキンです。サラでいいわよ」
「そうですか……ではサラ先輩、少々お時間よろしいですか?」
「何かしら?」
私の役目は一夏君にサラちゃんを紹介する事。つまりここから先は私の出番は無い。
「亡国企業に備える為に、サラ先輩と一年のアメリア=カルラにIS学園から専用機を与える事になりました。学園に在籍してる間はこの機体を使って訓練やデータ収集をしてもらって構いません。もちろんそのデータを自国に送っても」
「専用機? でもコアが無いんじゃ……」
「織斑千冬、並びに俺のコネで篠ノ乃束にコアを造ってもらえる事になりまして、そのコアはIS学園所属となります」
「そ、そうなんだ……さすが織斑先生と織斑君ね」
本当は一夏君がコア製作まで行うのだけれでも、その事はサラちゃんには言えない。
「それにあたりまして、サラ先輩のデータがほしいので、暫くは俺がカスタマイズする訓練機で教員、ならびに俺たちと模擬戦をしてもらう事になります」
「データって……専用機は何処の企業が作ってくれるの?」
「俺が一人で造ります。それなりに信頼してくれて大丈夫ですよ」
「織斑君が!? まぁ確かに織斑君が組み立てたISは性能が良いって噂だし」
「それではサラ先輩、先輩の得意な戦術、また使いたい武装などを教えてください」
一夏君がサラちゃんに色々と聞いていくと、何だか一夏君が本当にIS生産者に見えてきたのだった……だって高校生が聞くような事じゃないことまで聞いてるんだもん……
「なるほど……では最後に、自国からはどの様なデータを取ってくるように言われてますか」
「オルコットと同じで、織斑君のデータと遠距離武器のデータを……でも私は専用機が無いので織斑君のデータを収集するようにと」
「分かりました。それでは体育祭後にはサラ先輩の特徴に合わせた訓練機を組み上げておきますので、当分はそれで実戦データを積んで下さい。その後で専用機を造りますので」
「分かったわ。お願いします」
サラちゃんが頭を下げて、一夏君もそれに応えた。こうして一夏君の専用機作成が正式に決定したのだけども、その前に体育祭の準備のチェックがある事を思い出して一夏君と二人で外に出たのだった……負担掛かるんだろうな……
この学園はどれだけ一夏に負担を掛けるんだろう……