一夏があの親父たちをつけていたのも見つけられたのはホントに偶然だった。そして手持ちの香料で気配を完全に消せたのも偶然でしか無い。
「完全に背後を取っての攻撃だったのに、まさか私が逃げる破目になるなんて……」
このスタンガンはさすがの一夏でも意識を失うくらいの衝撃はあるはずだった。だけど一夏は辛そうにはしてたけども、しっかりと私に一撃を喰らわせようと蹴りを放ち、そして交渉までしてこようとしてたのだ。
「やっぱり普通の子じゃないわね。手に入れるのは難しくなっちゃったわねこれで」
このスタンガンは一夏捕獲の最大の切り札だったんだけど、これで一夏にはスタンガンの存在がバレてしまったし、一回喰らわせた攻撃が二度も一夏に効くとは思えないしね。
「それにしてもあの親父共……スポンサーだけど何してるのかしら」
更識を裏切り亡国企業に金を流してるスポンサー様だけど、私はあの親父を好きにはなれそうにない。そもそも亡国企業のスポンサーであって私のじゃないしね。
「こんなやり方しか出来ないんじゃ一生当主になんてなれないでしょうけどもね、あの親父」
一夏の彼女に跡目争いで負け、腹いせに暗部更識家の金を亡国企業に長年流して困らせようとか考える小物、一夏に気付かれてるとも思わずに自分は上手くやれていると勘違いしているただのバカ。それはもちろんアイツも分かってるんでしょうね。
「でもなんでアイツがあの親父共を此処に呼び寄せたのかしら……襲撃するにしても、他の事にしても、あの親父共は邪魔にしかならない……」
それでも呼び寄せてるのだから考えられるのは一つだけ。でもせっかくの資金源を簡単に斬り捨てられるのかしら……
「おいスコール、何時まで待機なんだよ」
「一旦引くわよ。面白い事になりそうだからね」
「面白い事? ところであの織斑一夏は如何したんだ? そのスタンガンでやってやったんだろ?」
「あぁ。それなら駄目だったわ。あの子にはこんなものじゃ対抗出来なかったのよ」
オータムもこのスタンガンの威力は知っている。だからこのスタンガンでも一夏を捕まえる事が出来なかったと告げると見た事無い表情を浮かべてくれた。
「マジでか……いよいよ人間じゃねぇなアイツ」
「彼は人間よ。少なくとも私よりかは」
「お前だって人間だろ。それは俺がよく知ってるぜ」
「貴女は本当の私を見ても驚かなかったものね。まさに愛の成せる技って事なのかしら?」
「恥ずかしい事を言ってるんじゃねぇよ!」
顔を真っ赤にしちゃって、可愛いわねホントに。
「あっ、そういえば一夏にバレちゃったかもしれないわね」
「何を?」
「私の正体」
「はぁ!? 大体スコールの正体を如何やってあの野郎が知れるってんだよ。俺だって暫く気付かなかったってのによ」
「蹴りを入れた感触で気付いたみたいよ。この間は抱かれる程度だったからバレなかったけども、あの子に蹴られたらそれバレちゃうわよね」
一夏の感性は普通の人間レベルではないものね。蹴れば相手の強さが分かっちゃうくらい鋭い感性の持ち主、その一夏が私に掠めるだけとはいえ蹴りを入れたのだから、私が普通の人間では無いことくらい気付いちゃうか。
「如何するんだよ。Mを攫うのか?」
「とりあえずは様子を見ましょう。アイツが動き出すかもしれないから」
「なぁ、前から疑問だったんだが、スコールとアイツの関係って何なんだ? 普通組織のトップをアイツ呼ばわりなんて出来ないだろ?」
「あら、オータムだってアイツの事は『アイツ』って言ってるでしょ? だったら問題無いわよね」
「俺はただスコールの真似を……って、はぐらかすな!」
「良いじゃないの。その内全てが明らかになるわよ。一夏が真相に辿り着く日はそう遠く無いと思うからね」
「あ? なんで一夏が真相に辿り着くとスコールとアイツの関係が分かるんだよ?」
オータムの疑問をまるっと無視して、私はとりあえずこのホテルから遠ざかる事にした。一夏が私を追跡してこなかったのはスタンガンのダメージがあったからでしょうけども、その後に感じた気配……あれは織斑千冬のものだった。あの女が出てくるといろいろと面倒だから大人しく私は引き下がったのだ。
「学生は暢気に修学旅行を楽しんでるってのに、俺たちは面倒な事をしなきゃいけねぇんだよな……Mが学生やってる理由が何となく分かる気がするぜ」
「あの子はただのブラコンよ。一夏に会いたいから私の下で動いてて、一夏と再会を果して一緒に生活出来るようになったらあっと言う間に私の下から居なくなっちゃったもの」
あの子は織斑千冬と同じくあの屑共の血筋だものね。あの家系は兄弟愛に目覚めやすいって前に調べた結果があったけども、どうやらそれは本当のようね。織斑千冬も、織斑マドカも一夏にメロメロで恋愛対象としてみてるものね……義理とはいえ兄弟なのにね。
「織斑か……あの二人の始末は何時するんだ?」
「放っておいてもいずれ消えるでしょ。それだけあの二人は力がないのだから」
マドカを連れて織斑千冬を捨てたのに、結局マドカも捨て自分たちだけ助かろうとした屑共は、いずれ亡国企業の手で抹消されるだろう。それだけあの二人は邪魔になりつつあるのだから。
「とりあえず今はアイツに感付かれるのはマズイものね。暴れたい気持ちは分からないでもないけども、今は大人しくしてよね」
「分かってるっての。大体今動いても一夏に返り討ちにされるのがオチだろうしな」
オータムは前の任務で少しやらかして負傷中なのよね。だから今回ホテルに忍び込んだのは私一人だったのよ。
「まさか一夏以外にオータムを負傷させるなんてね」
「やっぱりこの間の襲撃の時に捕まえとくんだったな」
「しょうがないわよ。見つけられなかったんだから」
「篠ノ乃束……コイツさえ捕まえられれば俺たちは亡国企業からおさらば出来るのによ」
世界で唯一ISのコアを造る事が出来る人物。ISの生みの親。他人に興味を示さない社会不適合者。呼ばれ方はいろいろ存在するが、篠ノ乃束が手に入れば私たちは亡国企業と戦争する事が出来るのだ。
「そういえば篠ノ乃束がIS学園の餓鬼の為にコアを造ったって噂があったよな?」
「? それがどうかしたの?」
「あのコア、一夏が造ったって噂が流れてるんだが……如何思う?」
「如何って、さすがにありえないでしょ。あの一夏だってISのコアを造る事は不可能のはずよ」
そもそもそれが本当だったら今頃大騒ぎでしょうしね。
「だよな。いくら一夏だって言ってもコアを造るなんて不可能だよな」
「そうよ。そんな噂なんて面白半分で誰かがでっち上げたものよ」
私たちは噂を否定しながらも一夏の居るホテルの一室に視線を向ける。もし一夏がISのコアを造れるのなら、私たちの戦力差はいっきに無くなるのかもしれない……一夏が本気になれば一日二日でISを造る事だって可能でしょうし、そのコアで造ったISはきっと並みのISとはレベルが違うんでしょうしね……
一夏君の説明を聞いても、実際に嗅いだ事ないのでスコールの匂いを使った意識操作がしっくり来ないのよね……一夏君でも気づけないほどと微量の匂いと強力な効果。そんな事が出来るなんて聞いてないわよ。
「お姉ちゃん、亡国企業と四月一日さんが繋がったって事は、こっちの動きがバレてる可能性があるんじゃないの?」
「大丈夫よ。恐らくだけど四月一日さんたちは私と虚ちゃんが此処に居るって知らないはずだから」
「学園の警備を頼んだ人間が四月一日一派に飲み込まれてない限りはですけどね」
「怖い事言わないでよ虚ちゃん……」
IS学園の警備には碧さんの部隊とそれに準じる実力者を集めた部隊をあてているのだ。その人たちが四月一日さんに飲み込まれていたらあっという間にIS学園は制圧されてしまうだろう……でもあの人たちは一夏君を裏切る事は無いだろうし、安心してるのよね。
「時間が出来た時に一夏君に指導してもらってたんだし、私は裏切れても一夏君は裏切れないはずよ」
「その一夏が裏切ってたら?」
ベッドで意識を失ってる一夏君を見ながら、簪ちゃんが最も恐ろしい可能性を言ってくる。
「そんな事ありえないけど、もし一夏君が裏切ってたら更識は終わりね。私も虚ちゃんも、一夏君に刀を向けられたら抵抗しないだろうし……一夏君になら殺されてもいいかなって思っちゃうだろうしね」
実際は死にたくないと思うかもしれないけども、一夏君の裏切りで誰かに殺されそうになるのなら、いっそ一夏君に殺してもらいたいと思うのかもしれない。
「もしもの話でもありえない事を話すな。俺が不快な思いをするだろ」
「一夏さん、もう気がついたんですか?」
「元々気を失ってない。ただちょっと辛かっただけだ」
一夏君は起き上がる事はしないで目を開ける。普段の一夏君からは想像できないくらい弱々しいけども、さすがにあれだけの痕が残るスタンガンで襲われたんじゃ仕方ないよね。
「それで、IS学園の方は大丈夫だとは思うぞ。サラ先輩も居るし、何より報酬は弾んでおいたからな」
「さすが一夏……何時の間にそんな事を」
更識の経理担当は簪ちゃんなんだけども、緊急時や危険の芽を摘み取る場合のみ一夏君も担当する事があるのだ。そして今回はその可能性を考えていた一夏君が直接動いたんだろうな。
「まぁそんな事しなくても裏切り者は顔を見れば分かったんだけどな。IS学園の警備という特殊任務を担当する事になったボーナスだと話してあるから、刀奈たちがあの人たちを疑ってるかもしれないと思われる事は無いだろう」
「そこまで考慮してるとは……さすがは一夏君ね」
まぁこれくらい一夏君ならやってて当然かもね。だっていろいろな事を考えて、最善の策を取るのが一夏君だもの。今回のあの三人の解放だってきっと何か考えがあってのことだろうsね。
「簪、そろそろ消灯時間だから部屋に戻った方が良いぞ。いくら更識の用事って事にしてあっても、あの駄姉にはその理屈は効かないだろうしな」
「分かった。一夏、くれぐれも無理はしないでね」
「動け無いんだから無理のしようもねぇよ」
一夏君は力なくわらって簪ちゃんを部屋に戻した。その後すぐ一夏君は顔を顰める。
「やっぱり無茶されてたんですね」
「簪があまりにもネガティブだったからな。それを払拭させる為には仕方なかったんだよ」
「ホントはずっと気を失ってたんでしょ?」
「あぁ……あの電撃はさすがに堪えた……油断してた訳ではないんだが、気を四月一日たちに向けすぎた」
とうとう一夏君が四月一日さんを呼び捨てにした。美紀ちゃんのお父さんで私たちのお父さんの盟友だった人だから、疑っててもちゃんとさんを付けていたのに、裏切りの疑いが確定した今、もう敬称を付ける事に必要性を感じなくなったんだろうな。
「気配は地下にある。やはりここは亡国企業の関連先とみて間違い無いだろうな。だがスコールたちは別の理由で此処に居たらしい。今は気配が無い」
「亡国企業内でも派閥があるんでしょ? スコールは亡国企業を抜けたがってるって」
「どうも今のトップとは仲が悪いらしい……詳しく聞いた訳では無いがな」
そういって一夏君はまた顔を顰めた。よっぽど痛いんだろうって伝わってくるけども、ここには鎮静効果のあるハーブが無いし、あったとしてもお湯が沸かせないからお茶を淹れる事も出来ない……どうやって痛みを和らげればいいんだろう?
「そうだ! おっぱいを押し付けて痛みを和らげれば……ゴメン、何でもないです」
一夏君と虚ちゃんから強烈な視線を向けられて、私はたった今思いついた事を頭の外に追いやった。
「とりあえず俺の荷物の中に痛み止めがあるはずだから出してくれ。本当は本音やマドカが怪我した時用に持って来たんだが、まさか自分が使う事になるとはな」
「どれだけ用意周到なのよ一夏君は……」
一夏君の荷物の中を漁り痛み止めを発見する。途中で一夏君のパンツとかに興味がいきそうになったけども、何とか視界から追いやって我慢した。私はまだ織斑先生の領域に足を踏み入れたくないし……
「それで一夏さん、明日は如何します? 確か一年生は全員で観光ですよね?」
「事情は駄姉や山田先生も知ってるからな。俺は此処で安静にしてる」
「それが良いよ。向こうには織斑先生やマドカちゃんたちが居るから襲われても簡単に全滅はしないだろうしね」
「そもそも襲われる心配はこっちの方が高いだろ。刀奈たちが居るのがバレてないにしても、襲うなら負傷してる俺のほうがリスクが低いと考えるだろうしな」
「四月一日さんは一夏君の本気を見たこと無いもんね」
まぁ私たちも本気は見たこと無いけども、それでも四月一日さんよりかは一夏君の実力を把握している。だから負傷してるけども一夏君を襲おうなんて思いはしないけどね。
「それで簪お嬢様に全権を任せると仰ったのですね」
「あれは俺が怪我する前だからな。だが簪に任せるのが一番だと判断したのは確かだ。刀奈と自分を比べて落ち込むのが悪い癖だが、簪は十分高い実力を有しているからな」
「マドカちゃんや本音も簪ちゃんのいう事なら聞くだろうしね。なんて言ったって私の妹で一夏君に全てを任せられた子だもの」
「刀奈の妹って点ではいう事聞くか? お前本音に様付けで呼ばれてるけど完全に友達感覚だろ? マドカも敬語は使ってるが、完全に友達のお姉ちゃんに対する扱いだけどな」
「私には普通に接してくれてますよ?」
「虚は尊敬出来る年上と認識してるんだろうよ」
それってつまり、私が尊敬出来ないって事? 確かに一夏君や虚ちゃんに更識の仕事や生徒会の仕事を任せて遊んでるけども、私だってやる時にはやるし、何よりロシアの国家代表として次回のモンド・グロッソの優勝候補にまで数えられるくらいの実力者なんだけど?
「それを差し引いても残る奇行やサボり癖だからな」
「お嬢様は尊敬するよりも反面教師としては最高の人材でしょうね」
「ひど~い! 一夏君と虚ちゃんが苛めた~」
何時ものやり取りをしていると、急に一夏君の視線が鋭くなった。だけどその視線は私や虚ちゃんには向けてでは無く壁を挟んだ隣に向けられている。
「どうかしたの?」
「いや、枕投げか知らんが凄い力で物を投げ合ってる気配を掴んでな。喧嘩では無さそうだから良いが」
「どれだけ気配で相手の状況を掴めるのよ……もう一夏君は相手の事を見なくても大体の事が分かっちゃうんじゃない?」
「読心術も使えますしね」
「使えねぇって言ってるだろ。俺は相手の表情から何を考えているのかを推測してるに過ぎないんだって」
一夏君はずっと言ってるけども、さっきだって私の思考を読んでたような気がするし、須佐乃男も『一夏様に思考を読まれてしまって困ります』と口癖のように言ってたし……
「須佐乃男とは感情がリンクしてるからな。思考がそのリンクから流れてくるだけだ。そして刀奈の考えてる事が分かるのは、刀奈が表情に出やすいからだ」
「お嬢様はシリアスな雰囲気が似合いませんからね」
「それって褒められてる?」
「もちろんですよ」
虚ちゃんに何か誤魔化されたような感じになったけども、とりあえずそれは置いておく事にしよう。
「それで一夏君。今回あの三人を解放した本当の理由って? 手間や心労を考えたらあの三人は……いや、セシリアちゃんは兎も角シャルロットちゃんと箒ちゃんは学園に置いてきた方が一夏君的に楽が出来たんじゃないの?」
「警備を任せてきたとはいえ、問題児を回収しに国を挙げてくる可能性だってあったんだ。シャルロットにはそれなりに利用価値があるからな」
一夏君が言う利用価値とは、つまりシャルロットちゃんを使って他国の重役の男を篭絡させデータを奪い取るとかそういった事なのだろう。パイロットとしてでは無く美人局としての利用価値、バレて殺されても困らないといった意味での価値なんだろうね。
一夏君って暗部の当主である私よりもよっぽど暗部っぽい思考の持ち主よね……
「だからその可能性が否定できなかったのと、よっぽど死の淵を覗いた事に恐怖したのか、大人しくなってきたからな。つれてきても問題無いと判断しただけだ」
「まぁ一夏君が少しでも実力を見せれば誰でも大人しくなるわよ。それが片鱗だと分かってしまうくらいには、私たちもシャルロットちゃんたちも一夏君の事は知ってるんだし」
クラスメイトであるからゆえに、普段から一夏君が実力を出してない事が分かってしまう。そしてその実力の片鱗を見せられれば歯向かおうなんて思えないくらいの恐怖を体験出来るのだから。
「とりあえず大人しくしてるなら自由にしても問題は無い。使えそうなものを置いておくのはもったいないからな」
……思考がブラック過ぎるわね。ストレスが溜まってるのは分かるし、一夏君がそう言った考えの持ち主だって事も分かるけども、あくまであの三人は人であってものじゃないんだけどな……
伏線回収が大変です……