修学旅行も今日と明日で終わるのだけども、何故だか今日の集団行動に一夏君の姿が無い。一夏君がサボるとは考えられないし、そうなると何となく良くない事が起こったんだろうなと容易に想像出来る。織斑先生の表情も優れてないし、山田先生にいたっては動揺を隠しきれてない顔をしてるもんね。
「シズシズ、山田先生ってホントに先生なのかな? 生徒に不安しか与えないよあの態度は」
「本音に言われるって事は相当なんだろうね。山田先生の動揺っぷりは」
のほほんとしている本音ですら分かるという事は、此処に居る全員が山田先生の動揺に気が付いているんだろうな。
「昨日の夜、織斑兄が亡国企業の幹部、スコールに背後から改造スタンガンで襲われた。幸い命に別状は無いが、今日一日は部屋で安静にしてなければならなくなった」
「そ、そこで今日一日は織斑君に代わる代表を決めなければいけないんですが、誰か立候補しますか?」
前に一夏君が負傷して入院した時の代理はボーデヴィッヒさんだった。でも今はボーデヴィッヒさんには三人の監視という別任務が与えられている。それに加えて一夏君の代理でクラス代表を務めろとはさすがの織斑先生も言えなかったのだろう。
「立候補が無いなら推薦でもかまわん。今日一日だけ代理を務めてもらえばそれでかまわないんだ。問題児三人からでも一向に構わないから推薦したいヤツがいるものは挙手しろ」
もう既にやる気が無くなってきてるのか、織斑先生は随分となげやりな態度だった。一夏君が居れば怒られたんだろうけども、この状況を怒れる生徒は、一夏君以外に存在しなかった。山田先生も少しやる気が無さそうだし、よっぽど一夏君がこのクラスの精神的支柱だったんだと理解出来るわよね。
「はい! 鷹月さんを推薦しますわ!」
「ほう、てっきり自分を推薦するかと思っていたが、貴様も変わったな。オルコット」
「昔の私なら驕って自薦したかもしれませんが、さすがにあんな目に遭えば誰だって変わると思いますわ」
「そうか……で鷹月、お前は織斑兄の代わりを引き受ける覚悟はあるのか?」
「か、覚悟ですか?」
普通なら意思とかそういった事を聞くんじゃないのかな? でも言い間違いでも無さそうだし、織斑先生の目は私の覚悟を計ってるような感じだしな……でも覚悟って何よ?
「織斑兄の代理を引き受けるというのは、クラスで起こった問題事の解決、迷子の捜索などいろいろと仕事を引き受けるのと同意だ。貴様にはその覚悟があるのかと聞いているのだ」
「えっと……普通そういった問題事の解決は先生たちが解決するのでは無いのですか?」
私の疑問は当然のものだと思う。だってクラスメイトたちも一斉に頷いているし、織斑先生や山田先生の表情にも動揺が見られたから。
「こ、細かい事は気にするな。大体織斑兄が解決してたのはお前たちも見てただろうが」
確かにクラスで起こった問題の殆どは一夏君が解決してきた。でもそれは一夏君だからであって決してクラス代表の仕事ってわけではない気がするのよね。
「織斑先生、更識さんから通信です」
「妹か?」
「いえ、お姉さんの方です」
さっきまでオドオドしていた山田先生の表情が一気に引き締まった。それにつられるように織斑先生も普段の毅然とした表情に戻っていた。まるでさっきまでの動揺が嘘みたいに。
「私だ。何かあったのか? ……なるほど、それは確かなんだな?」
声質もさっきまでのとはまるで違い、何か良くない事が起こってるのだろうと勝手に想像してしまう。よく見ればクラスメイトの殆ども同じような事を考えてるようだし、織斑先生に近しいマドカや須佐乃男たちも険しい表情してるから、やっぱり何か良くない事が起こってるんだろうな……本音は相変わらず何考えてるのか分からない明るい表情だけども……
「それで、一夏は? ……何!? 分かった。此方もすぐに……」
「織斑先生! 既に包囲されてる模様です!!」
「……聞こえたか? こっちはこっちでマズイ状況だ。そっちは任せる」
織斑先生が通信を切ると、一瞬だけ集中するために目を瞑ったのでした。そして開かれた目は、普段の目とは違い映像などで見たことがある最強のIS操縦者、ブリュンヒルデの目そのものでした。
「たった今更識姉……生徒会長としてでは無く暗部更識家当主として通信があった。亡国企業が動き出し、宿泊先に攻め込んできたとの事だ。そして我々が乗っているこのバスも既に亡国企業の連中に包囲されている。幸いこのバスには専用機持ちが複数居るし、他のバスにも更識妹やアメリアと言った専用機持ちが存在している。この幸運を確実に手元に引き寄せる為にも、専用機持ちである諸君の力を……」
「織斑先生! 今度は妹さんから通信です」
「何だ? さっきは姉で今度は妹とは……」
「バスに爆弾が仕掛けられてると……」
山田先生の告白で、バスの中は騒然とする。当たり前だ、高校生である私たちが爆弾が仕掛けられていると知らされて冷静で居られるはずもないじゃないか。
「私だ。その爆弾の解析はお前一人で可能か? ……そうか、それじゃあ私たちは亡国企業の連中を抑えてれば良いんだな? 分かった、ではそれはお前に任せる。聞いての通り、爆弾の解析、解体は更識妹が一人で担当してくれるそうだ。よって先ほどの続きだが専用機持ちであるオルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、布仏妹、織斑妹は亡国企業と対峙してもらう。雪乃、月乃の操縦者である四月一日と鷹月も同様にだ。そして本来なら更識妹が指揮を取るはずだったのだが、今回の状況で指揮権はボーデヴィッヒに移る」
「わ、私ですか!?」
「ドイツ軍で隊長を務めている貴様なら冷静な判断が取れるだろうと私が判断した。重役だが頼むぞ」
「はっ! その任務、必ず成功させてみせます!」
ボーデヴィッヒさんが敬礼で返事をするのとほぼ同時に、亡国企業の攻撃が始まった。外ではエイミィと凰さんが既に応戦してる。手の込んだ実習でも無い限り、これはピンチという状況なんだろうと全員が嫌でも理解してしまった瞬間だった。
「なお専用機持ちである教員ナターシャと、織斑兄が擬人化に成功させた花乃の操縦者である小鳥遊も戦闘には参加するからな。困ったら頼るように」
「織斑先生は?」
「私は単独で頭を叩けないか動いてみる。織斑兄が居れば恐らくそう動いたはずだからな」
そういえばさっき、織斑先生は電話で一夏君の事を聞いていたような……
「先生、おりむ~は如何したんですか?」
「……織斑兄は、宿泊先に攻め込んできた亡国企業相手に奮闘中だ。意識を保ってるのがやっとなのに無茶をしてると……」
「ですが、私たちがいない宿泊先を襲って、亡国企業には利益があるんですか? 戦力増強にしたって攫う相手が居なければ意味が無いような……」
この間篠ノ乃さんが亡国企業に誘われたと言っていたのを、ホントに偶然耳にしてしまったのだ。だからこの質問はその意味も込めての事。織斑先生ならこれだけで通じるはずだから。
「ヤツらの狙いは勝手についてきた更識姉と布仏姉、そして負傷中の織斑兄だろう」
「その根拠は?」
「……今回亡国企業を手引きしたのが、更識家内のとある家の当主だからだろう」
「とある家の当主? 織斑先生、その当主ってまさか……私の父ではないでしょうね?」
美紀の質問にバス内の動揺が走った。その質問の答えがもし思った通りだったら、美紀もそっち側の人間なのではないかと思ったのだろう。
「貴様自身が分かってるのならそれでいいだろ。前々から織斑兄や更識姉、布仏姉に言われていた可能性が事実だった、これが答えだ」
「……では父は今」
「織斑兄の許に居るだろう。更識内でクーデターを起こして更識を乗っ取る計画なんだろ? お前はその父親に嫌気がさし一夏に救われた」
織斑先生の言葉に私たちは何も言えなくなる。一瞬でも美紀を疑ってしまった罪悪感と、想像を絶する美紀の家庭事情に、何も言うべきでは無いと理解したからだ。
「お前は如何する? 一夏の援護に向かうか? それとも本来任されたこの場の喧騒の鎮圧に向かうか?」
「私は……この場の鎮圧に努めます。それが一夏様の意思でしょうし」
「そうか。なら急ぎ準備しろ」
美紀が急いでバスから降り、雪乃を展開して亡国企業との戦いに身を投じていった。さっきまでの雰囲気からは想像出来ないくらい、美紀は豪快に敵を薙ぎ払っていく。
「織斑先生、此方に主力部隊がいないという事は……」
「やはり狙いは向こうなんだろう」
「でも何故織斑君ばかり狙われるんですか! ISを動かせるってだけで彼は普通の高校生ではないですか!!」
「……事情があるんだ。今はそれだけで勘弁してくれ」
ヒステリックを起こしたクラスメイトの一人が織斑先生に掴みかかった。だけど普段の迫力もなく、ただただ悲しそうな表情を浮かべている織斑先生を見て、私たちもその掴みかかった子も何も言えなくなった。
「鷹月は何時まで此処に居るつもりだ? 貴様も出動しろ!」
「は、はい! 月乃、いくわよ」
「了解。これ以上千冬っちに怒られたくないもんね」
この間千冬っちって呼ぶなって言われてたのに……まぁ今はそんな事気にしてる場合じゃないもんね。バスに留まってても安全ってわけじゃ無いんだし、このまま何も出来なくて終わるもの釈然としないもんね。
「お~シズシズも来たね~」
「本音、暢気にしてる場合じゃ無いよ! 静寂も緊張してる場合じゃない。一夏君が居ないのは想定外だし、こんなに亡国企業の連中がISを持ってるのも驚きだけども、普通の訓練機以下の性能しか発揮で来てない試作品とも呼べない相手だ。一機一機確実に倒せれば勝機はこっちにあるんだから」
「何かラウラさんよりアメリアさんの方が指揮者に向いてるような感じがしますわね」
「セシリア後ろ!」
デュノアさんがオルコットさんの背後に迫ってきていた亡国企業のISを打ち抜く。この前まで問題児扱いされていて腐ってるかと思ってたけど、やっぱり代表候補生の実力はさすがね。
「一夏がいないんじゃアタシが薙ぎ払ってやるわよ!」
「リンリンかっこいい~! でも私だって負けないよ~」
何時も通りの二人に、私たちは思わず噴出しそうになる。
「あれ? 美紀は?」
「美紀ならあそこ。敵の補給部隊を叩いてる」
「賢明な判断ね」
歩兵も居るんだし、武器庫やいろいろとある補給部隊を潰すのは鉄則よね……あれ? そういえば主力部隊が一夏君たちの方に向かってるって事は、幹部のスコールとオータムも一夏君の方に居るって事よね……
「ねぇ、須佐乃男って確かバスに居たわよね?」
「……一夏の専用機だ!?」
「誰か、急いで須佐乃男をホテルまで運んで! 一夏君はまた生身で戦ってるって事になるわよ!」
私の指示にボーデヴィッヒさんが動いた。恐らく指揮は自分でなくても出来ると判断しての行動だろう。
「一人じゃ危ないですわよ。私も同行しますわ!」
「頑張ってね。こっちは僕たちで何とかしてみせるから!」
「本音と凰さんが頑張ってるんだし、私たちもいきましょう」
「お兄ちゃん……何でスコールとオータムはお兄ちゃんに固執するんだろう……」
「マドカ! 今は考え事をしてる場合じゃないでしょ!」
「分かってる! コイツらをとっとと倒してお兄ちゃんの援護をしに行かなきゃ!」
一人一人はそれほど強くないけども、やっぱり数が多い……どこかの企業が裏で亡国企業にIS提供をしてるのかな?
亡国企業が攻めてくる時って絶対に一夏君は須佐乃男と別行動なのよね……それに今回は一夏君思いっきり負傷中だし……
「私たちも急がなきゃ」
「ですがお嬢様、ホテルの従業員や他のお客さんの避難誘導が先です。それが私たちに一夏さんが頼んだ事なのですから」
「……急ぐわよ! 一夏君だって万全じゃないんだから」
歩いていくのもやっとだった一夏君が、そう長い時間生身で対応出来るかなんて疑うまでも無いものね。絶対に急いで避難を完了させないと一夏君が危ない。
「ごきげんよう、当主様」
「貴女、更識の……」
「ええ。貴女を殺せば私は四月一日様の始動する更識家で重役につけてくれるそうですので。貴女にそれほど恨みはありませんが、私の出世の為に死んでください」
実際に銃を向けられるのはこれが始めてってわけでは無いのだけども、お父さんに仕えてくれていた彼女に銃を向けられるのは精神的に堪えるわね……こういった場面でも動けるように訓練して来てるのに、足がまったく動かない……
「ガハァ……」
「お嬢様、行きましょう」
「虚ちゃん……ありがとう」
普段の雰囲気とは違う虚ちゃんだけども、相手の命を奪う事はしなかったようだ。もちろん武器は全て回収してたけども。
「一夏さんも心配ですが、私はお嬢様の護衛なんですから」
「分かってる。いざという時は頼りにしてるわよ」
「既にお助けしましたけどもね」
普段は姉のように慕ってる虚ちゃんだけども、本来は私の護衛、楯みたいな扱いだったのよね。私の本名に刀奈で楯を必要としない武器だし、そして楯無になったけども、実際は楯となる人は存在するのだ。
「でも、虚ちゃんも絶対に無理はしないでよね! 私も簪ちゃんも悲しむし、本音だって大泣きしちゃうわよ!」
「当たり前です! 私はお嬢様を一人残して死ぬつもりはありませんよ」
虚ちゃんと冗談を言い合いながら、非戦闘員をこのホテルから外に逃がす。とりあえずこれで全員よね……あの中に敵がいない事を祈りましょう。
「それじゃあ虚ちゃん……」
「お嬢様、如何かなさったのですか?」
「あれ……」
「あれ?」
私が指差した先に視線を向けた虚ちゃんが、驚きのあまり固まってしまった。でも、何であの人が此処に居るの……
「お父さん、お母さん……」
「小父さん、小母さん……如何して四月一日さんの方に付いたの! 虚ちゃんや本音がどんな思いになるか考えたの!!」
「貴女に仕えるのは限界です。虚に負担ばかり掛けて、貴女は当主失格だ!」
「虚、貴女もそんな人は捨ててこっちに……」
小母さんが虚ちゃんに手を差し伸べるけども、虚ちゃんはまったく反応しない。それどころか、だんだんと雰囲気が険しくなってきてない?
「虚ちゃん?」
「お嬢様、一夏さんのところへはお嬢様一人で行って下さい。私はこの親だった二人の始末をしますので」
「「虚!」」
「気安く呼ばないでください! 私は何があろうと現当主、十七代目楯無様にお仕えします! その結果が実の親である貴方がたと戦う事にになっても!」
虚ちゃんの宣言と共に、小父さんと小母さんの雰囲気も変わった。さっきまで向けられていたのは私だったのに、今は虚ちゃんに純粋な殺気を向けている。この二人まで私の事を恨んでいたなんて……
「立派になったな虚。だがお前を殺さなければいけなくなったのは残念だよ」
「あの無能な当主の所為で、私たちは実の娘を殺さなければいけないのよ」
耳を塞ぎたくなるような事を言われ、私は一夏君の許へと向かう足を止めてしまう。本当なら走ってでも逃げ出したいのに、虚ちゃんの答えを聞きたくなったからだ。
「お嬢様は無能なんかではありません! 突然の先代の死から三年、お嬢様は立派に当主としての務めを全うしていたではないですか! それを若いだの何だのと難癖をつけてお嬢様の成長を妨げてきたのは貴方がた大人ではないですか! 若き当主を支えるべき貴方がたがお嬢様を無能呼ばわり出来るとでも思ってるのですか!」
「虚ちゃん……ありがとう!」
その言葉を残して私は一夏君の許へと急ぐ。走ってる途中でISを展開すればいいんだと思い出して更に速度を上げた。
「一夏君!」
「刀奈? 避難は済んだのか?」
「もちろん! それで、戦況は?」
「イマイチ良くねぇって感じか。だが生身相手の俺に攻め切れてないのが不気味で堪らん」
「何か誘いがあるって事?」
「……ところで虚は如何した? 一緒だったんだろ?」
「ちょっと親子喧嘩してるわよ」
私が意味深に答えると、一夏君はすぐに理解してしまった。何でもう少し悩んでくれないのかな……
「人気者だな、刀奈は」
「負の人気なんていらないわよ」
「人気者は貴方もよ、一夏」
「やっとテメェを捕らえられそうだな」
「スコール! オータム!」
亡国企業幹部である二人が此処に居るって事は、簪ちゃんたちの方はそれほどピンチじゃないのかしらね?
「あら、無能な更識家の御当主様まで一緒なんてね」
「さっさと殺せよ四月一日。テメェの都合に合わせる俺たちの身にもなれよな」
えっ、四月一日さん? 何処にも居ないけどオータムは完全に四月一日さんに話しかけてるわよね……
「クソゥ……一人なら如何とでも出来たのに、まさかお前が動くとは……」
「人が溜めた資金にまで手を伸ばそうとしたからだろ。無能はどっちだこの屑が」
天井から声がして慌てて見上げると、そこには天井に磔にされている四月一日さんが居た。一夏君がやったのかしら?
「それが遺言か? ならもう良いよな」
「まッ!」
一夏君が何かをする前に、一夏君は私の視界を覆った。
「えっ、何? 何が起こったの?」
「オータム……お前はそれが狙いだったのか」
「これ以上尻尾の掴まれているヤツなんかいるかよ。一夏が身動き取れなくしてくれたから楽勝だったぜ」
どうやら四月一日さんは殺されちゃったらしいわね……一夏君はその光景を私に見せたくなかったのね……
如何やって終わらせよう……