目の前で行われていた尋問は、私たちから見ればかなり衝撃的な光景だった。織斑先生もマドカも、この人たちに捨てられたということは分かった。そしてかなり憎んでる事も……だけどそれだけであんな尋問が出来るほど、普通の人間の精神力は強くない。
「ねぇ静寂、私と姉さんが怖い? 実の両親にあそこまでした私たちが」
「正直に言えばかなり怖いわよ。私は辛うじて意識を保ったけど、他のクラスメイトは恐怖から逃げる為に意識を手放したもの」
清香たちは織斑先生の純粋な殺意に耐えられなく意識を失っている。私は一度一夏君の怒気に触れた事があったから耐えられたけども、もしそれが無かったら今頃は清香たちと一緒に気を失っていただろうな。
「私はね……ホントにお兄ちゃんが大好きだったの。それなのにコイツらの勝手な都合でお兄ちゃんと離れ離れになって、その上姉さんが悪いって私に嘘を言っていた。血の繋がりなんてコイツらには関係無い。ただただ殺したい、それだけがコイツらに向ける私の本心だからね」
「でも殺さなかったでしょ、如何して? 心の底から憎んでるのなら、尋問なんてしないでさっさと殺せたでしょ? もしかして本当は……」
「違うよ。殺さなかったのはお兄ちゃんに言われてたから。たとえ情報を持ってなくてもまだ利用価値はあるだろうからって」
織斑先生やマドカに畏怖を感じた私だったが、それ以上に一夏君の事が怖いと思ってしまった。前から一夏君がそういうことを考えられる人だと言うことは知っていたし、実際にそういった黒い考えをしてる場面にも遭遇した事がある。だけどマドカの口から聞かされると、一夏君の傍で感じた時以上の恐怖が私に襲い掛かってきた。
「静寂、貴女の胆力は立派よ。普通はお兄ちゃんや私たちに恐怖を抱いた時点で気を失うか逃げ出してる。でも貴女はそれを受け入れて私の話しを聞いてる。並の女子高生じゃないわ」
「一夏君の怒気に触れたからかしら。怖いけど逃げ出すほどではないって思えるのよね」
「確かに、お兄ちゃんの怒気に比べたら私の殺意なんて恐怖するほどの威力は無いもの」
「それでも他のクラスメイトは意識を手放すくらいには怖いのよ?」
「それは私個人では無く姉さんも居たからだと思うよ。姉さんの殺意は普通の人間なら心臓が止まってもおかしく無いくらいの恐怖だから。全員生きてるだけ立派だよ」
どれだけ常識はずれなのよこの姉妹は……殺意だけで人を殺せるって、もうそれは抱いた時点で殺してるも当然って事よね。
「それで、この人たち如何するの? 意識また失ってるけど」
「拘束を解く必要は無いし、このまま殺しても良いとは思うんだけどね。お兄ちゃんの指示を仰がないと私には何も出来ない」
「一夏君の指示か……さすがに殺すなんて指示は無いだろうけど」
「そうだな。別に俺にコイツらを殺す理由は無いからな」
マドカと話してたら一夏君がバスの中に入ってきた。その後ろには簪も一緒だ。
「スコール、オータム、一応整備はしたから自分たちで感覚を確かめてくれ。問題あるようならまだ整備するから」
「分かったわ。それにしても一夏にISを整備してもらえる日が来るなんてね」
「作業見てたがそこら辺の技術者より優れてたぜ」
私たちの会話を黙って聞いていた亡国企業の幹部二人は一夏君が整備を終えたのでその確認をしにいった。
「お兄ちゃん、コイツら殺しても良いよね?」
「まだ駄目だ。あの人やマドカの尋問では吐かなかったかもしれないからな」
そう言って一夏君は二人を強引に起こした。この一夏君は私や他のクラスメイトが良く知ってる一夏君じゃ無い……
「ぅ……」
「目が覚めたか織斑万秋」
「一夏か……」
「もう一度だけ聞く、本当に亡国企業の現時点での実質的リーダーの居場所は知らないのか」
「何度聞かれても知らないものは知らない」
一夏君に真正面から睨まれ、あの人は可哀想なくらい動揺している。射抜くような、見透かすような視線はとてもじゃないが耐えられないほどの恐怖を与えてくるのだから。
「隠すとためにならねぇぞ? そこに転がってるテメェの嫁同様簡単に殺す事だって出来るんだ。そして俺やマドカたちにそれを躊躇する理由は無い」
「ヒッ……」
一夏君の雰囲気が変わる……あの夜感じた怒気とは比べ物にならない恐怖、これが恐らく一夏君の殺気なのだろう。
「選べよ。白状して半殺しで済まされるか、忠誠心に従い何も言わずに殺されるか」
「い、一夏君……」
一緒についてきた簪も恐怖からか何も言えなくなっている……いや、簪だけじゃない。さっきあれほどこの人を尋問していたマドカでさえ、一夏君の殺気に飲み込まれて何も言えなくなっている。
「幸いにして俺は素手でも人を屠れる。そしてこの武装のおかげでマドカに凶器を手渡すのも容易いんだが?」
そう言って一夏君はISの武装を取り出しマドカに渡す。一瞬反応出来なかったマドカだったが、一夏君に意図を理解してその武装を手に取り男の人に向けた。
「アンタは選べる立場にあるんだ。本来なら破格な対応だと思えよな」
「お、俺に如何しろと言うんだ……」
「だから言ったろ? 白状して半殺しにされるか、黙ったまま殺されるかのどっちかを選べってよ。言っておくが第三の選択肢なんて探したって無駄だからな」
これが本当の一夏君の姿なのだろうか……ちょっと近寄りがたいが頼りになる男の子だった一夏君の面影は、今の一夏君からは一切感じられない。ちょっとどころか近付く事すら出来ないほどの恐ろしさがあるのだ……
「か、考えさせてくれ……十分! いや、五分だけで良いから」
「一分だ。それ以上は待てない」
懇願する男性に、一夏君は容赦無く告げた。よっぽど怒ってるのか、それともこれが一夏君の素なのかは私には分からない。だけど今まで過ごしてきた時間が嘘だったとは思いたくないのだ。
「簪、駄姉を呼んで来てくれ。もしかしたら殺せるかもしれないと言えばすっ飛んでくるだろうよ」
「わ、分かった……」
「それから静寂、お前はバスから降りろ。人の死に直面した事の無いお前には、これから起こるかもしれない光景に耐えられるとも思えないしな」
起こるかもしれない光景……それはつまりこの人が殺されるかもしれないという事……一夏君やマドカが殺すかもしれないという事……
「さて、タイムアップだ。お前はどっちを選んだんだ?」
バスから降りる時、一夏君の冷徹な声を聞いた。あそこまで感情の篭ってない声を出す一夏君は初めてだ……無表情だったけど無感情じゃなかったもんね……
「鷹月、一夏に降ろされたか」
「織斑先生……あれが本当の一夏君なんでしょうか?」
「ん? お前が知ってるのが、本当の一夏だ。今の一夏はあの屑共に恐怖を与える為に演技してるに過ぎないからな」
「演技……?」
あの目が、あの態度が、あの殺意が……すべて演技だと言うのですか……そんな事を信じられるほど、私は一夏君の事を知らないと気付かされた……
「もちろん私やマドカのは純度100%の殺意だが、一夏のには多分に演技が含まれてるのだ。何せアイツには織斑の両親の記憶などないのだから」
「それって……」
「私が消した。いや、正確には篠ノ乃束を使って私が消させたのだがな」
一夏君に昔の記憶が無い事は知っていた。だけどまさか織斑先生が一夏君の記憶を消していたなんて……
「それじゃあな。お前は向こうで大人しくしてろ」
織斑先生がバスに乗り込んでいくのを、私は黙って見ていた……私には何も言えなかったのだ。
「静寂……」
「ねぇ簪。簪はあの一夏君が演技だと思う?」
「分からない……私たちは一夏と付き合ってるけど、本当の一夏がどんなのかなんて分からないよ……」
「簪……」
付き合ってきた時間が真実だと思いたいんだろうなと容易に想像出来た。でもさすがにあの一夏君を見た後で、簡単な慰めの言葉は意味を成さないと理解してしまってるので何も言えなかった……
「大丈夫よ、簪ちゃん。一夏君は私たちが良く知る一夏君なんだから。きっと織斑先生が言ってたように演技だって」
「お姉ちゃん……」
更識先輩も本当は一夏君が演技なのか如何か分からないんだろうけども、それでも今まで一緒に居た一夏君を信じたいんだろうな。私も更識先輩のように一夏君を信じたいけど、あの殺気は演技だけでは出せないと思っちゃうんだよな……
「かんちゃん、如何したの?」
「本音……そういえば何処にいたの?」
「ほえ? 山田先生と巡回してたんだよ?」
「そう……異変はあったの?」
「な~んにも。平和そのものだったよ~」
本音の能天気っぷりが今はありがたいと思える。本音もさっきの一夏君を見たら何か考えるのかもしれないけど、この子はそれでも一夏君を信じられるんだろうな。
「そういえばさっき、もの凄い怖い雰囲気がバスの中から漂ってたけど、あれ何?」
「一夏君たちが捕らえた亡国企業幹部に尋問をしてるのよ。実質的リーダーの居場所を聞き出すために」
「そうなんだ~。でもさっきおりむ~に頼まれてIS操縦者の一人に発信機を取り付けたから、それを辿れば本拠地が分かると思うんだけど?」
「「「えっ……」」」
本音の証言はそれほど衝撃的な事ではなかったが、私たちは驚いた。だって一夏君は敵情報を探る為に尋問してるはずなのに、既に相手の本拠地に目星はつけているかもしれないと本音から聞かされたのだ。
「じゃあやっぱりさっきのは……」
「演技?」
「でも、何のために……」
敵の事はある程度理解してるし、織斑の両親に特に恨みがある訳でも無い一夏君が、何であの二人を尋問する必要があるのだろう……
「お前ら一夏と付き合ってるんだろ? それくらい分かれよな」
「えっと、オーちゃん如何いうこと?」
「お、オーちゃん!?」
本音の独特な呼び方に戸惑うオータム。まぁ私も最初は戸惑ったけどね。
「まぁ良いか……一夏は溜まってるストレスをあの屑二人を使って発散してるだけだろ。大体一夏ならそれくらいやってもおかしく無いって知ってるんじゃねぇのか?」
言われてみて思いだす。そういわれれば文化祭の時、一夏君は溜まってたストレスをオータムを使って発散したんだっけ……生身でISを撃退するという離れ業を見せたのもあの時が初めてだったわね。
「それだけ一夏の演技が真に迫ってたという事なのでしょ。あの子は良い役者にもなれるのかもね」
「でもよ、恋人のコイツらが分かってやんねぇと、一夏も辛いんじゃねぇのか?」
「あら、貴女も一夏の事が心配なのかしら?」
「そ、そんなんじゃねぇよ」
スコールに指摘されて慌てるオータム。もしかしてツンデレなのかしら……
「そういえばさっき一夏君にISを整備してもらってたみたいだけど、具合は如何かしら?」
「何でお前が偉そうなのかは知らねぇが、ホントアイツが敵だったのが惜しいと思えるくらいの整備の腕だったぜ」
「あの子は選手としても整備士としても超一流になれるわね」
「当然。だって一夏だもん」
簪の良く分からない自慢に、私は思わず噴出してしまった。さっきまでの暗い雰囲気はどこかに消えてなくなったし、私たちが知ってる一夏君が本当の一夏君だと思えるようになったのは、この二人のおかげだったのだろうな。
「何の話ですか?」
「美紀ちゃん。……そのボロボロなのは箒ちゃんよね? 何があったの?」
「いえ、訓練に気合が入ってしまいつい……」
「美紀が思いっきり篠ノ乃さんに一撃を入れてしまったんです。まぁ私はすっきりしましたけどね」
「これがISかよ……一夏の技術力はハンパねぇな」
雪乃が現れた事でオータムの興味はそっちに向いた。まぁ亡国企業の人たちは須佐乃男がISだって知ってるけど、それ以外のISが擬人化してるのは知らなかったんだろうしね。
「一夏の技術力は、篠ノ乃束を超えてるのかも知れないわね……学者や研究者としても世界的に有名になれるわ」
「最早アイツは人間じゃねぇな……超人とかそういった部類のヤツだろ」
「一夏さんは私たちの声を聞き、私たちの個性に合わせて調整してくれますからね。そして私とあと二機のISを擬人化させることに成功したのです」
「技術を公開しても他の人間には真似出来ない……コアの声を聞くなんて、一夏以外には出来ないでしょうしね」
それに加えて一夏君は一人で専用機を造れるだけの技術も持ち合わせている。ホント何でも出来る人って凄いわよね……欠点らしい欠点も無いし、神様は一夏君に何を期待したのかしらね……
「一夏君の人生は普通じゃなかった。だからいろいろな技術を身に付けてきたんでしょうね」
「まぁ出生からアイツの人生は波乱万丈だからな。亡国企業のエリートに目をつけられた女が犯されて孕んだ子供だからな」
「オータム!」
「あ? ……あっ」
何その話し……本当のご両親が織斑先生やマドカと違う事と、お母さんのほうが精神崩壊して自殺してしまった事は聞いていた。でもまだそんな裏話しがあったなんて……
「そ、それじゃあ一夏君は、望まれて生まれた子じゃ無いって事なの?」
「でも、あの子は……ナタリアは一夏を大事に思ってた。だけど過去の暴虐非道な行動を隠す為に、あの男はナタリアから一夏を取り上げて殺したの」
「そんな……」
だから一夏君は人の愛情を疑うのかしら……でも更識先輩たちとは普通に付き合ってるのよね……
「それでも一夏は自分の人生を捨てたりはしなかった。実の両親を知らず、義理の両親に捨てられ義姉の面倒を見なきゃいけなかったのに、あの子は腐る事は無かった」
「それだけ聞くとえげつない神経してるのも納得だぜ」
「うん……一夏の過去がそんなに壮大だったなんて思わなかった……」
「でも~私たちが良く知ってるおりむ~はそんな悲しい過去を背負った男の子じゃないよね。私たちをお説教しながらも優しく包み込んでくれる、そんな男の子だよ~」
「そうね。私たちの知ってる一夏君は祝福されずに生まれた男の子なんて感じはしない。だって私たちを大事にしてくれる、優しくてカッコいい男の子。それだけが事実で、それ以外の事は関係無いもの」
本音の言葉で、更識先輩が明るく笑った。ちょっと無理してるのは誰が見ても明らかだったけども、それでも更識先輩は笑っていた。
「まったく、人の居ない所で勝手に真実を話すなよな。俺だって聞きたかったんだが」
「一夏……お前今の話し……」
「ああ。聞いてた」
私たちが全員衝撃を受けた話しも、一夏君を動揺させることは無かったようだった。さすがの胆力よね……
「それでスコール、さっきの話だがよ」
「何かしら?」
「俺が犯されて孕まされた子供だってのは本当なんだな?」
「え、えぇ……あの子に泣きながら相談されたから間違いないわ。産むべきか如何するか相談されたの」
「それで? お前は生むように勧めたのか?」
「貴方に罪は無いし、あの子も産みたい気持ちがあったからね」
「そうか……何でだろうな。見た事も無い母親なのに、何でこんなにも感謝してるんだろう。そして、見た事も無い父親に……こんなにも殺意を抱けるのは何でなんだろう……」
バスの中で感じたのとは比べ物にならない殺気が、一夏君から放たれた。その殺気を感じて篠ノ乃さんが飛び起きる……
「それはね一夏……貴方が人間の子だからよ。普通母親を殺されたと知れば殺した相手に殺意を抱くものよ。それがたとえ実の父親だったとしてもね」
「そうか……スコール、あの織斑の屑共はやはり知らないようだ。だから最終手段としてつけた発信機でやつらの後を追う」
「分かったわ。でも今は落ち着くことね。そんな殺気むき出しじゃみんなが怖がってしまうわよ」
「……努力はするが抑えられるかは知らん」
もう一度殺気を放つ一夏君。その殺気に恐れたのか、木々に止まっていた鳥たちが一斉に逃げ出した。
「……二時間後に敵の後を追う。それまで全員起こしておけ」
「一夏君、何処行くのよ?」
「……頭冷やしてくる。それまでは一人にしてくれ」
一夏君が一人でどこかに行ってしまうのを、私たちは何も言えずに見送った。だってあんなにも感情をむき出しにする一夏君を初めて見たから……
「一夏のヤツ、大丈夫なのか?」
「私たちには分からないわよ。あの子の気持ちはあの子にしか分からないんだから」
「……一夏君、もしかして一人で亡国企業の本拠地に行く気じゃないかしら」
「それは無いでしょう。いくら一夏様が怒ってたとはいえ、刀奈お姉ちゃんや簪ちゃんたちに嘘を言ってまで復讐しにいくとは思えません。一夏様はそう言ったお方ですから」
美紀の言葉に、私たちは一夏君という男の子の事を思う。確かに一夏君は冗談で怒って見せたりはするけども、嘘を吐く事は殆ど無い。だからきっと本当に頭を冷やしに行っただけなんだと、私たちは自分自身に言い聞かせるのだった。
サイテーな父親ですね……