今日は朝から凄く疲れた。
早朝は良かったのだが、朝食後からは何時も以上に疲れる事が多いのだ。
まずは俺が居るのにも関わらず着替えを始めようとする面々、刀奈さんとの遠泳、溺れる刀奈さんを助け、そして本音との会話からの暴走、実に濃密な半日だ。
「一夏様、お疲れですか?」
少し疲れ過ぎなのだろうか、須佐乃男の接近に気付けなかった。
「須佐乃男か、いや平気だ。」
専用機に心配されるようじゃ駄目だな・・・
気合を入れ直し立ち上がる。
「何か用があったのか?」
「ええまあ・・・」
「何だ、歯切れの悪い。」
何時もはっきりと物事を言う須佐乃男にしたら、実に珍しい事だ。
・・・まさか、また厄介事なのか?
「楯無様が再び遠泳をすると聞かないんです。」
「・・・反省してないのか、あの人は。」
さっき溺れたばかりなのに泳ごうとするのは如何なんだ?
「分かった、刀奈さんを止めるのを手伝えば良いんだな?」
「いえ、それよりも激怒している虚様を止めてほしいのです!」
「・・・あの人も大変だな。」
俺は須佐乃男に連れられて皆が居る場所に急いだ。
「お嬢様はご自分の立場が分かってるのですか!?」
「なによ・・・泳ぐくらい良いじゃない。」
「足のつく場所でしたら文句は言いません。ですが、再び遠泳をしたいなんて・・・何を考えてるんですか!」
「だって・・・」
お姉ちゃんに対して真剣に怒っている虚さん。
これほど真剣に怒れる相手なんて、滅多居ないだろうな。
一夏や虚さんはお姉ちゃんや本音に対して真剣に怒ってあげている。
それは相手の事を考えて、期待しているからこそなのだろうが一向にその気持ちが二人に届いて改善されるといった事は見られない。
それどころか、結局甘やかしてしまう一夏と虚さんなので二人は更に堕落していく。
「あれは確かに凄いな・・・」
「ですので、一夏様が止めてくださらないと此方も大変なのですよ。」
「あっ、一夏!」
須佐乃男が連れてきてくれた、この場面を唯一如何にか出来る可能性を持っている一夏が来てくれた。
「それで、俺に如何止めろと?一緒に刀奈さんを怒れば良いのか?それとも虚さんを宥めれば良いのか?」
「止まるならどっちでも・・・」
「駄目だよ!?これ以上お姉ちゃんを怒れば反発しかねないよ!?」
「そうするとまた俺が大変な目に遭うのか・・・それは避けたいな。」
あくまでも自分のためだと言う事だろうか。
確かに今日は既に相当大変な目に遭っているだろう一夏の事を考えると仕方ないかなって思う。
せっかくの旅行で一夏だけを大変な目に遭わすのは可哀想だもんね。
「じゃあ虚さんを止めてくる。」
「頑張ってくださ~い。」
「私たちは何も出来ないけど、応援してるね!」
「・・・善処しよう。」
やる前から疲れている一夏は、普段の覇気はなくて何処か不安そうだった。
「大丈夫ですかね~?」
「如何だろう。一夏、随分と疲れてるみたいだし、心配だね・・・」
とは言っても、私たちじゃあの虚さんを止める事は出来ないので、結局は一夏に頼むしかないのだが・・・
「あっ、一夏君。」
「へ?・・・一夏さん、何しに来たのですか?」
私がお嬢様に説教をしていたら、一夏さんがやって来た。
私は、感情を抑えられずに一夏さんにまでキツイ態度で接してしまった。
「何しにって・・・お二人を止めに。」
「二人?虚ちゃんも?」
「ええ。」
お嬢様を止めるのは分かりますが、何故私まで・・・
疑問に思ってることが顔に出てたのだろう、一夏さんは疑問に答えてくれた。
「虚さんだってこれ以上怒り続けたら疲れちゃいますよ?せっかくの旅行なんですから、疲れるだけじゃもったいないですし、眉間の皺、増えちゃいますよ?」
「!?」
一夏さんに指摘され、慌てて眉間の皺を伸ばす。
ただでさえ多いのに、これ以上眉間に皺の寄った女子高生など真っ平ゴメンだ。
私を落ち着かせる事に成功した一夏さんは、今度はお嬢様の方を向いて話し出した。
「刀奈さんも、何でまた遠泳をしたいなんて言い出したんですか?」
「だって、せっかく海に来たんだから泳がなきゃ!」
「溺れたんですよ?少しは我慢して浅瀬にしてくださいよ。」
「浅瀬じゃ泳いだ気にならないの!」
「・・・じゃあせめて足のつく範囲で泳いでください。」
「それもつまらないな~。」
お嬢様を説得出来るのは一夏さんくらいですが、この場面では怒った方が早い気がするんですが・・・
お嬢様の態度から、再び怒りが戻ってきそうになっている私をチラッと見て、一夏さんは目で私を制した。
「刀奈さんは、簪に『楯無』の名を名乗らせるつもりなんですか?」
「えっ?」
「さっきは間に合いましたが、今度は間に合わないかもしれない。そうすると更識の中で次の『楯無』を決めなければならなくなる。順番的にも実力的にも簪が次の『楯無』になるでしょう。『楯無』の大変さは刀奈さんが良く分かってるはずですよね?それを簪にさせるつもりですか?」
「・・・・・」
一夏さんに言われ、自分が死ぬかもしれないと思ったのだろう。
お嬢様は顔を真っ青にして一夏さんの言葉を聞いている。
「妹思いの刀奈さんは、簪に重責を背負わせる事なんてしませんよね?」
「うん・・・」
「じゃあ少しは我慢してくれますよね?」
「分かった・・・一夏君の言う通り浅瀬で我慢するよ。」
「それでこそ楯無さんですね。」
「もう!一夏君は刀奈って呼んでよ!」
「はいはい・・・」
拗ねたお嬢様を優しく撫でる一夏さん。
私みたいに頭ごなしに怒るのではなく、搦め手や優しく諭す事で自分の疲労も減らしてしまった一夏さんの方法に感動したが、頭を撫でてもらっているお嬢様を見てると、私も撫でてもらいたくなった。
「一夏さん!」
「はい?」
「わ、私も!」
「?虚さんも撫でてほしいんですか?」
「はい!」
元気良く頷いた私を見て、一夏さんは少し苦笑いをしてお嬢様とは反対の手で私の頭を優しく撫でてくれた。
「どうやら説得出来たみたいですね~。」
遠くから成り行きを見守っていた私と須佐乃男は、一夏が説得に成功したのを確認して、ホッとしたのだった。
「しかも虚様までも宥めるとは、さすが一夏様と言ったところでしょうか。」
「そうだね・・・一夏じゃなきゃお姉ちゃんと虚さんを同時に説得出来ないだろうね。」
如何やったのかは分からないけど、一夏は二人同時に説得したのだ。
「あ!一夏様の手が!!」
「?・・・お姉ちゃんまた!」
一夏に撫でてもらうお姉ちゃんを見て、今度はこっちが怒りたい気分になった。
「ああ!虚様まで!!」
「抜け駆けはズルイ・・・」
お姉ちゃんを撫でる事によって、虚さんまで一夏に撫でてもらおうと迫っていた。
一夏も少し困った顔をしたが、結局は二人共撫でている。
・・・そう言えば私ってあんまり一夏に撫でてもらってない?
さっきの虚さんのように、便乗して撫でてもらった事はあるが、私が一番最初って事は無いかもしれない・・・
何時もお姉ちゃんや本音ばっかり甘やかされている気がする。
「簪様?如何かしましたか?」
「何でも無いよ?」
「何故疑問系・・・」
私の変化を察知したのか、須佐乃男は若干引いている。
ふっふっふ・・・一夏、覚悟してよね!
「簪様、怖いですよ~。」
「ん?何処が?」
「ヒィ!」
ニッコリと貼り付けた笑顔で須佐乃男を見る。
乙女に対して悲鳴を上げるなんて・・・
須佐乃男の態度に少しムッとしたが、今はそれよりも一夏に甘える事を考えなければ。
そろそろ昼食だし、一夏と一緒に作りたいな。
そう考えて、一夏の元に駆け寄る・・・いや駆け寄ろうとした。
が・・・
「きゃ!」
砂に足をとられて転びそうになった。
一夏も、私がこっちに来てるのに気付いて近づいてきてくれていたが、さすがに間に合わないだろう。
そう思い、私は衝撃に構えるため目を閉じた。
「・・・?」
何時まで経っても衝撃は来ない。
それどころか、宙に浮いているようだ。
「まったく、本音といい、簪といい、今日は良く転ぶな。」
「一夏!」
間に合わないと思っていた一夏が助けてくれた。
「でも、如何やって?」
「ん?普通に走ってだが・・・」
「一夏の全速力っていったい・・・」
常識では計り知れない一夏の全力、知りたいけど私にはパンドラの箱のような気がして聞けなかった。
「すごかったね~一夏君。」
「あれで全力ですか?」
お姉ちゃんと虚さんは実際に見ているので私以上に気になるのだろうか、あっさりとパンドラの箱に手を伸ばした。
「まだスピードは出せますが、足場の悪い砂場ではあれが限界ですかね。こっちまで転んでは意味がないですし。」
「・・・へぇ~。」
「・・・あれで全力ではないのですか。」
「あれくらい千冬姉や束さんでも出来ますよ。」
その二人が出来たからと言って他の人間に出来るかと聞かれれば否だろうな。
やっぱり一夏も少し常識からズレているんだな~。
「何だ?随分と失礼な事を考えてるようだな、簪。」
「え!?何でも無いよ!」
心を見透かされたような感じになって、慌てて否定する。
「ふ~ん・・・まあ良いか。それで、何か用があったからこっちに来たんだろ?」
「そうだ!一夏、昼食って如何するの?」
「昼食?もうそんな時間か・・・作っても良いが、戻らなきゃいけないし、人数分持ってくるとなるともう一人くらい居てほしいかもな・・・」
「じゃ、じゃあ私が手伝う!」
一夏と二人っきりになれるチャンスは多くない。
多くないからこそその一回をしっかり確保しなくては!
「簪が?それはありがたいな。」
「え?じゃあ私も・・・」
「刀奈さんは遊ぶんですよね?」
「そ、それは・・・」
さっきまで遊ぶ気満々だったお姉ちゃんはその事を指摘されて言い返せなかった。
「じゃあ俺と簪で昼食を作って持ってきますよ。それまで虚さん、刀奈さんと本音の監視、お願いします。」
「私一人では荷が勝ちすぎてますよ。」
「かといって須佐乃男じゃ力不足だし・・・碧さんにでも頼んでください。さっきから気配を消してそこに居ますから。」
「・・・やっぱり一夏さん相手に隠れ通す事は無理でしたか。」
「他の人は気付いてないようでしたし、十分じゃないですか?俺が気付いたのも偶々ですから。」
「偶々?」
「ええ。さっき簪を助けるために、チョッとスピードを出した時に驚きましたよね?その時一瞬だけ気配が漏れてました。」
「あれは驚きますって。」
「気配は完全に消せてましたので、存在を探っていない俺では見つけられないかも知れなかったですね。」
「じゃあ今は探ってたんですか?」
その質問に、一夏は苦笑いをしながら・・・
「嫉妬で気配が漏れてましたよ。」
と言って碧さんの顔を真っ赤にしたのでした。
本当に一夏は恥ずかしい事をあっさり言うんだから。
「それじゃあ簪、あの人数分を作るのは大変だがしっかりと作ろう。」
旅館に戻り二人っきりになったのだが、一夏は調理する事にしか興味が無いようで私の考えなどまったく気付いていないみたいだ。
「ねえ一夏、一夏はさお姉ちゃんや本音の頭をよく撫でてるよね?」
「何だいきなり・・・よくってほど撫でてないつもりだが。」
「でも、少なくとも私よりは撫でてるよ?」
「誰か撫でたら全員撫でる事になってるから、回数は一緒か違いがあったとしても数回だと思うんだが・・・」
確かに全員撫でてもらってる。
でも違うんだよ。
「一夏が自発的に撫でるのはやっぱりお姉ちゃんや本音だよ。」
「自発的?俺から撫でる事は滅多に無いと思うが・・・無意識に虚さんの頭を撫でてた事はあったな。」
「さっきだってお姉ちゃんの頭撫でてたよね?あれって一夏が自分から撫でてたけど?」
「・・・そう言えば撫でてたな。」
「ほら!やっぱり一夏が自発的に撫でるのはお姉ちゃんだよ!」
困ったように頭を掻いている一夏に更に詰め寄る。
「本音や虚さんだって一夏から撫でる事あるけど、私だけ無いよね?何で一夏は私の事は撫でてくれないの!?私だって一夏に甘えたいのに!!」
「そう言われても、簪はふてくされたりへこんだりはあんまりしないから。あれはそう言った時に一番有効だからやってるのであって甘えさせてる訳では・・・」
「一夏が如何思おうと、あれは絶対甘えてるの!」
「お、おお・・・」
言い訳の途中で私が遮ったので一夏は困ったようにそう言った。
「それで?簪は如何したいんだ。」
「如何って、撫でてほしい・・・」
「やれやれ。」
一夏は困った顔から優しい顔に変わって私の頭を撫でる。
うん、やっぱり気持ち良い。
「はふ~・・・」
「如何でもいいんだが、何で皆頭を撫でると気持ちよさそうに目を細め息を吐くんだ?何だか猫みたいなんだが・・・」
「実際に気持ち良いからだよ~。」
「・・・俺には分からん。」
そう言いながらもちゃんと私の頭を撫で続ける一夏。
なんだか我慢出来なくなってきた・・・
「ねえ一夏、キスして?」
「珍しいな。簪がここまで甘えるのは・・・」
「駄目?」
元々一夏より背が低い私だが、今は一夏の手の届く範囲に居るために余計に上目遣いになっている。
一夏に上目遣いが効くか如何かは知らないが、有効である事は間違いないだろう。
「・・・一般的な男子にそれをやったら駄目だぞ、簪。」
「大丈夫。一夏にしかしないから。」
「そう言った事じゃ無いんだがな・・・」
如何やら効果あったようだ。
少し照れているのか顔が赤い。
「仕方ないか、さっきも・・・」
「さっき?」
「いや、何でもないか。」
「?何言って・・・ん!?」
これ以上詮索されたくないのか、一夏は私の口を塞いだ。
あっ、駄目だこれは・・・
「んん・・・」
さらに一夏に唇を押し付ける。
逃げられないように頭を抑えキスを続ける。
「・・・プハァ、簪?随分と強引だな。」
「一夏が先だよ?」
「違いない。」
そう言って更にキスをしようとしたが、一夏は既に私の腕からすり抜けていた。
「もっと!」
「後でな。今は料理をしてしまわなきゃ怪しまれるぞ?」
「じゃあすぐ調理しよう!」
「切り替え早いな・・・」
私の切り替えの早さに若干呆れながらも、一夏は真剣な表情になった。
やっぱり一夏のこの表情はカッコいいな・・・
呆けていた私を不審に思ったのか、一夏は私の目の前で手を振る。
「お~い簪、起きてるか~?」
「起きてるよ!」
「なら如何した?思いっきり呆けてたぞ?」
「何でも無いよ!さあ、調理しちゃおう!!」
「やる気な所悪いが、手を洗え。」
「あ・・・」
料理に関しては戦闘より厳しい一夏だ。
普通に出来る私には厳しいようだな・・・
「ねえ一夏?」
「今度は何だ?」
「屋敷に戻ったら、私にも料理教えて?」
「ん?簪は普通に料理出来るだろ。」
「もっと上手くなりたいの!」
「その意気なら上手くなると思うが・・・」
「お願い!」
虚さんほどではないが、あのメンバーの中だと、私は下手な部類になるのだ。
「まあ時間が合えば良いけど・・・」
「本当!?」
「だが、厳しくいくぞ?」
「・・・お手柔らかにお願いします。」
一夏の厳しいは、本当に厳しいから勘弁してもらいたい。
「冗談だ。」
「ええ!?」
「ほら、さっさと終わらせよう。」
既に一夏は調理に入っている。
私は慌てて手を洗い手伝う事にした。
「こんなもんだろ。」
「凄い・・・」
一夏が作った料理を見て、私はそれしか言えなかった。
実際に美味しいのだが、一夏の料理は見ても楽しめるのだ。
美味しいだけではなく美しい、それが一夏の料理だと私は思っている。
「じゃあ持って行くか。」
「ま、待って!」
慌てて一夏を引き止める。
「何だ?」
「さっきの約束・・・」
「約束?・・・ああ、分かったよ。」
一夏は少し考えた後思い出したのか、私に近づいてきた。
「今日の簪は随分甘えん坊だな。」
「普段から甘えたかったけど、一夏が素っ気無かったから・・・」
「じゃあ俺が悪いな。」
そう言って一夏は私に再びキスをしてくれた。
一夏、これからは我慢しないからね。
心の中でそう決心しながら、私は一夏の唇の感触を楽しんだ。
やっぱりこれくらいの文字数が一番良いですね。
なるべくこれくらいになるように頑張ります。
さて次回は碧さんか須佐乃男かのどっちかです。
まあ次回じゃなくてもその次にはメインにするつもりですが・・・