皆さん、楽しみましたか?
「遅いわね~。」
「そうですね~。」
一夏君と簪ちゃんが旅館に戻って昼食の準備をしに行ってまだ15分くらいだが、既に私たちは空腹だった。
散々遊んで、私は溺れかけたし体力の消耗に伴い空腹感はMAXだった。
「もう少し我慢してください。」
「そうですよ。一夏さんの料理は普通に食べても美味しいですが、空腹時に食べた時の味は格別ですよ。」
「分かってるけど~!」
「お腹すいた~!」
「すきました~!」
「「・・・ハァ。」」
一夏君から私たちが暴走しないように見張るように言われている虚ちゃんと碧さんは大きなため息を吐いた。
どうせ子供っぽいとか思っているのだろう。
「ねえ、私たちも旅館に行かない?」
「つまみ食いだ~!」
「・・・それは一夏様に怒られますので。」
「我慢しなさい。」
「お茶でも飲んで空腹を誤魔化してください。」
「「ええ~!」」
お茶なんかで誤魔化せないよ~!
一夏君に怒られるのは嫌だけど、この空腹は我慢出来ない。
「じゃあせめて炭酸水をください!」
「くださ~い!」
「一夏さんの前でゲップをしてもよければどうぞ?」
「・・・止めておこうかな~?」
「・・・私も~。」
さすがに一夏君の前でゲップなんてしたら恥ずかしい。
うう~一夏君、早く支度して戻ってきてよ~!
楯無様と本音様がおとなしくなってから暫く経った後、一夏さんと簪様が大量の弁当箱を持って浜辺に戻ってきた。
「楯無様、本音様、一夏さんが来ました。」
「本当!」
「ご飯だ~!」
「・・・まるで子供ね。」
「まあ、仕方ないですよ。」
二人ほどではないが、私も相当お腹が減っている。
一夏さんから隠れようとすると相当なカロリーを消費するからな~。
神経を集中し、相手に悟られないように移動する。
下手なダイエットよりもよっぽど痩せられるわね。
「お待たせしました。」
「準備出来たよ。」
大量の弁当箱を抱えながらも、危なげない足取りの一夏さんと、少ない量を正確に運ぶ簪様、恐らく同じ量を持つと言った簪様を一夏さんが言いくるめて今の量になったのだろうな。
「一夏く~ん!」
「早く早く~!」
「一夏様~お腹が空きました~!」
「・・・まったくはしたない。」
「虚様もお腹は空いてますよね?」
「・・・まあ。」
虚様もあれだけ怒ったのだ、お腹が空いてない訳が無い。
大きな声を出すとお腹減るよね。
私の質問に少し顔を赤らめて答える虚様。
別に恥ずかしい事じゃないんだけどな・・・
「まったく、少しは我慢出来ないんですか?」
「もういっぱい待ったよ~!」
「そうだよ~!もう10分以上待ったよ~!」
「・・・それだけ?」
「十分我慢しました!」
「須佐乃男までか・・・」
急いで作ってきたのだろうが、既に空腹な三人は一夏さんと簪様に文句を言っている。
気持ちは分かるけど、一夏さんが怒っちゃうよ?
「泳ぎは全身運動だもんな、疲れるか・・・」
「お姉ちゃんは溺れてるし、その後虚さんに怒られてるからね・・・」
以外にも一夏さんの反応は怒りではなく同情だった。
一夏さんもお腹空いてるのかな?
「沢山作ってきたから勘弁してください。」
「いっぱい食べてね?」
作り手二人が弁当を広げると、それに群がるように三人が手を伸ばす。
「ちゃんと手は洗いましたか?洗ってあってもちゃんと挨拶はしましょうね?」
「「「・・・は~い。」」」
食事の事になると、本当に一夏さんは容赦無いな~。
食事作法に厳しい人が居ると聞いたが、一夏さんの厳しさはその人の影響なのだろう。
「「「いただきま~す!」」」
「はい、どうぞ。」
「じゃあ私もいただきますね、一夏さん、簪様。」
「私も食べる。いただきます、一夏。」
「私もいただきます、一夏さん。」
「あんまり空腹時に詰め込まないように。気持ち悪くなりますから。」
一夏さんの注意を受けて、三人は食べるペースを落とした。
これだけ美味しいとがっつきたくなる気持ちは分かります。
でも、せっかく美味しいんですから、ちゃんと味わって食べましょうね。
「清々しい食べっぷりだな・・・」
いまだに自分は食べていない一夏さんがしみじみとつぶやいた。
既に弁当の半分は食べ終えている。
空腹を我慢していた三人はもちろん、私や虚様、簪様も相当食べている。
空腹の度合いは違ったにせよ、やっぱり空腹だったのだ。
「追加で持ってきますね。」
一夏さんは旅館に戻って追加分を持ってくるそうだ。
まだこれだけ残ってるけど、戻って来た時には恐らくすべて食べ終えてるだろう。
一夏さんが居なくなった事により、無言で食べていた私たちはおしゃべりを開始する。
最近はそれほどでは無いそうだが、食事中のおしゃべりを一夏さん嫌うのだ。
それも一夏さんに影響を及ぼした人のせいなのだろうか。
「美味しいね~。」
「我慢したかいがあったね~。」
「一夏様の料理は絶品ですからね~。」
「簪お嬢様のも美味しいですしね。」
「一夏には適わないけどね。」
「でも十分美味しいですよ。」
料理の感想を言い合う。
本人を目の前に言えないのが残念だが、一夏さんの料理は本当に美味しい。
それこそ、お金を取られても文句が言えないくらいに美味しい。
本人は生きるためだと言っているが、これは相当な時間を料理に費やさなきゃ出せない味だろう。
「一夏君は食べないのかな?」
「そう言えば食べてませんでしたね。」
「おりむ~、ダイエットでもしてるのかな~?」
「一夏様には必要無い事だと思いますが。」
「一夏は痩せてるもんね。」
「じゃあ何ででしょう?」
六人で考えるが、まったく分からない。
一夏さんはあまり食べない方ではあるが、食べない事はないのに・・・
「簪ちゃん、料理してる時に一夏君は何か食べたの?」
「料理してる時・・・///」
「あれ~?かんちゃん顔真っ赤~!」
「何かありましたね!」
「何でも無い!///」
顔を真っ赤にして否定しても説得力ないですよ、簪様。
好奇心に勝てない私たちは、簪様に詰め寄ろうとしたが・・・
「?何かあったのか?」
追加を持ってきた一夏さんが現れたので、今回は聞き出せなかった。
「お帰り~。」
「何にもないよ~。」
「一夏様、それは何ですか?」
一夏さんが持ってきたのは弁当箱ではなく、容器に入った色とりどりのゼリーだった。
「今日の早朝に作って固めてたんだ。デザートに丁度良いかなって?」
「「「おお~!」」」
「こんなのも作れるんだ。」
「凄いですね・・・」
「美味しそうだね。」
一夏さんの作ったゼリーを見て、素直に感動する楯無様、本音様、須佐乃男。
一夏さんがデザートまで作れるのを知って驚く簪様。
何故かへこんでいる虚様。
そして純粋に美味しそうと言った私。
反応はそれぞれだが、共通しているのは一夏さんは凄いと思っている事だろう。
「別に冷やして固めるだけだぞ?難しい事は無いだろ、今度教える。」
「本当!?」
「約束ですよ!?」
「あ、ああ約束だ。虚さんも約束です。」
一夏さんが教えると言った事に、凄まじい勢いで食いついた簪様と虚様。
一夏さんもさすがに引いている。
「私は食べれれば良いかな~。」
「私も~。」
「私もですね~。」
やる気の無い楯無様、本音様、須佐乃男は、どれにしようか選んでいた。
「オレンジ、イチゴ、りんご、ブドウ、コーヒー、桃の六個です。どれにするかはそちらで決めてください。」
「六個?一個足りないよ?」
「俺はいいですから。」
「おりむ~、食べないの~?」
「そうですよ!一夏様が作ったのに・・・」
「気にしないで良い。俺は何時でも作れるから。」
「でも、一夏さん昼食も摂ってませんよね?」
遠慮していた一夏さんに虚様が尋ねる。
確かに一夏さんは作るだけで食べていない。
「俺は平気ですよ。一食抜いたくらいで倒れませんから。」
「そう言う事じゃないです!しっかり食べてくださらないと心配なんです!」
一夏さんが食べなくても平気と言って、虚様が憤怒する。
一夏さんが平気でも周りは心配するのだ。
「虚様の言う通りしっかりたべてね、一夏さん。」
「食べろって言われても、もう残ってないですよね。」
「「「・・・・・」」」
虚様、簪様、私は無言で同じ方向を見る。
「ん?」
「な~に?」
「何かありましたか?」
食べた中でも、特に沢山食べた三人はどれにしようか話し合っていた。
人の事は言えないけど、少しは一夏さんに残しておきましょうよ。
「じゃあゼリーを・・・」
「気にしなくていいですって。失敗したのを食べましたから。」
・・・嘘だ。
一夏さんが失敗するハズが無いのは全員が分かっている。
ここまで相手優先出来るのは凄いけど、こっちの気持ちも分かってよ。
「一夏さん、チョッとこっちに。」
「?何ですかいったい。」
腕を引っ張って一夏さんを連れて行く。
一夏さんは首を傾げながらも黙って着いてくる。
「あれ?碧さんはどれにするか聞きたかったのに・・・」
「残ったので良いのでは?」
「そうだよ~。」
「じゃあそうしようっか!」
「・・・お姉ちゃんはどれにするの?」
残ったメンバーは、一夏さんの作ったゼリーを食べて満足していた。
「それで何です?」
十分離れた場所まで引っ張って、一夏さんと二人っきりになる。
普段なら恥ずかしいと思うかもしれないけど、今だけはそう思わない。
今から一夏さんに説教するんだから!
「一夏さんは周りの気持ちを考えてるの!?」
「周りの気持ち・・・ですか?」
「そう!」
少し考えてから一夏さんは口を開いた。
「今回に関して言えば、あまり考えてませんでしたね。」
「それが分かってて何で!?」
一夏さんは食べなかったの!と続けるはずだったのだが、詰まってしまった。
「何で食べなかったのか、ですか?」
言えなかった部分まで正確に理解して一夏さんは続ける。
「何でと言われても、単純にいらなかったからですかね。」
「いらなかった?お腹が空いてなかったって事?」
「多少は空いてますけど、食べなきゃ死ぬってほどでもないですからね。」
「それでも!」
「自分で食べるより、食べている皆を見てるだけで満足しちゃったんですよ。あそこまで美味しそうに食べてくれるなんて、作った甲斐がありましたよ。」
嘘だ。
食べているのを見ただけで満腹だと言う人が居るが、あれは絶対に嘘だと思う。
相手の食べっぷりに驚いて自分の食欲が失せているだけで、空腹なのに変わりは無い。
今の一夏さんも似たような状況なのだろう。
「碧さん?」
黙りこくった私を、不思議そうに見ている一夏さん。
「兎も角!しっかり食べないと心配するじゃない!」
「普段からそんなに食べてないですよ?」
「それでも!まったく食べてない訳では無いじゃないでしょうが!!」
「・・・そうでしたっけ?」
明らかに惚けている。
一夏さんがここまで無理な惚け方をするのは珍しいが、今はそれどころでは無い。
「その言い方は覚えがある人の言い方だよ。」
「まあその通りですからね。」
あっさりと惚けるのを止めた一夏さんは此方を笑顔で見ている。
うう~何だか照れる///
「如何しました?」
「ワザとでしょ。」
「さあ?何の事やら。」
「惚けないの!」
何だか形勢逆転しているような気がするのだが、まだ聞きたい事は聞けてない。
「一夏さんは如何して我慢してるの!?」
「別に我慢してるって程我慢してるつもりは無いんですけど。」
「一夏さんに無くとも、見てるこっちにはあるの!」
「それって勘違いじゃ・・・」
「違う!一夏さんがズレてるだけだよ!!」
「・・・まあズレてますけど。」
一夏さんは世間からズレている事を気にしている。
自分が普通では無い事を理解している一夏さんだが、何処か常識にこだわっている節があるのだ。
「普通はお腹が空いたら食べるの!でも一夏さんは食べない、これは我慢でしょ!?」
「さっきも言いましたが、そこまで空いている訳では無いですし、後で食べようと思ってるんですけど・・・」
「一緒に食べた方が良いでしょ!」
「・・・まあ一緒の方が良いんでしょが、俺が居るとつまらないでしょ?」
「それは・・・」
一夏さんが居ると無言になるので、確かにそれはある。
でも、それ以上に一夏さんと一緒に食事したいのだ。
「俺も何とかしようとは思ってるんですが、何分あの人の影響が強すぎて如何にも出来ないんですよ。」
「それでも!」
「皆に我慢させるくらいなら俺が我慢しますよ。俺は少し我慢したくらいで如何にかなる人間ではないですからね。」
何処か弱々しい笑顔を浮かべ言う一夏さん。
それは初めてみる表情だったかもしれない。
「一夏さんはそれで良いの?」
「良いも何も、慣れてますからね。嫌だと思った事も無いですし、昔から無言の食卓でしたから、誰かと一緒でも、一人でも変わらないんですよ。」
「でも今は一人じゃ無い!私が居る!皆さんが居る!!だからそんな寂しい事言わないで!!!」
私の我慢が限界を迎えた。
やっぱり一夏さんの我慢は私たちとは比べ物にならないくらい強いのだろう。
「碧さん・・・」
私の限界を目の当たりにして、一夏さんは少し困ったような顔をしていた。
「駄目なの?一緒に食べたいって思うのは一夏さんには迷惑?」
「いえ、嬉しいですよ。」
「じゃあ・・・」
「努力はします。ですが確約は出来ません。」
「それでも良いよ。一夏さんと一緒なら良いから。少しずつ普通の食事風景に慣れてくれれば。」
「その普通が分からないんですけどね。」
「あっ・・・そうか。一夏さんは昔かっら・・・」
「ええ、姉と二人でしたね。その姉を食事中は会話しませんし、今でも俺と二人の時は無言ですね。」
忘れていた。
一夏さんは両親に捨てられていたのだ。
普通の食事風景など分かるはずなかったのだ。
「ゴメン・・・」
「何で謝るんですか?碧さんは何もしてないじゃないですか。」
「一夏さんが両親の愛を知らないのを忘れてて・・・」
「別に気にしてませんよ。事実、俺は親の愛など知りませんし、ほしいと思った事すらありませんから。」
随分と寂しい事を言うんだね。
一夏さんは気にしてないのかもしれないけど、聞いてるこっちは思いっきりきにしちゃうよ、それじゃあ。
「本当にほしいと思った事無いの?」
「無いですね。親が居れば幸せって訳でも無いですし、俺は自分を不幸だと思った事は無いです。・・・まああの姉がもう少しマシならとは思いますが。」
駄目だ。
私が泣きたくなってきた。
自分は両親も居たし、それなりに愛されて生きてきた。
それが当たり前だと思ってきたが、如何やらそれは恵まれていたみたいだ。
「何で碧さんが泣いてるんですか?」
「だって・・・」
自分が恵まれているなんて思ったことも無かったが、世界から見れば相当恵まれているのだ。
親が居て、住む場所があって、愛されて、いままでの当たり前は当たり前ではなかったのだ。
その事を思うと、自然に泣けてきた。
「碧さんが気にする事じゃないですよ。これは俺の問題ですから。」
「違うの・・・」
「何がです?」
「自分の常識は世界的には常識じゃ無かったんだって・・・」
「?親が居る事ですか?」
「うん・・・」
離婚や、死別、海外では戦死や虐殺、拉致などで両親が居ない子供の方が多いのかもしれないと思うと、駄目だ、我慢できない。
「恵まれてたんだね、私って。」
「それが普通ですよ。俺のほうが異常なんです。」
「違うよ、自分が恵まれてるって思えたのは、本当に恵まれてたからだよ。」
「・・・それで何で泣くんですか。」
「だって・・・」
最早涙を我慢する事は出来ない。
泣きっぽいのは昔からだが、こんなに我慢出来ないのは初めてだ。
「仕方ない人ですね・・・」
一夏さんは苦笑いをしながら私の頭を撫でる。
まるで泣き止まない子供をあやすように、慈しむように優しく。
「グスッ・・・一夏さん?」
「何ですか、碧さん。」
「ゴメンね。」
「だから、何で碧さんが謝るんですか。」
相変わらずの苦笑い、でも目は優しい感じだった。
「ねえ、キスしよ?」
「・・・いきなりですね。」
「だって、親の愛を知らない分、恋人の愛を与えたいから。」
「そうですか・・・嬉しいですね。」
そう言ってキスをする。
今まで止まってくれなかった涙は、一夏さんとキスをした事によってあっさり止まった。
だが・・・
「まだ泣いてるんですか?」
「これは嬉し涙よ!」
違う理由で涙を流したのだった。
「もっと!」
「はいはい・・・」
一夏さんと比べれば、私の我慢の限界など高が知れてる。
キスを我慢出来なくなった私は、この後も一夏さんにキスを強請ったのだった。
今回は碧メインです。
そうなると残りは須佐乃男・・・
さて、どんな話にしようかな。