朝、大抵の人間は起きた時間が早かったらもう少し寝たいと思うのだろう。
だが今この場合のみ、俺は早く起きた事を心から良かったと思える。
なぜなら・・・
「この人は、本当に何考えてるんだか。」
浴衣を脱いで、下着姿で俺の布団に潜り込んでいた刀奈さんが居たからだ。
もし刀奈さんが起きる時間まで俺が寝ていたらもっと酷い事になってた可能性だってある。
普段なら絶対に俺のほうが早く起きるのだが、昨日は色々あって疲れてたので起きられない可能性もあったのだ。
しかし、ここ一番での勝負強さはさすがとしか言い様が無いな。
俺の隣で寝る人を決めるジャンケンで、刀奈さんは一発で一人勝ちしたのだ。
そして、反対側はと言うと・・・
「簪も大分毒されてるな・・・」
刀奈さんと同じ様に浴衣を脱ぎ、下着姿で寝ている簪が居た。
夏休みに入ってからと言うものの、簪は徐々に刀奈さんの行動に対抗するようになった。
姉に負けたくないって初めて会った当時に言っていたが、最近は張り合うものが違ってきてる気がする。
姉妹の仲は俺が更識の屋敷に来る前と来た後ではまったく違うと虚さんが言っていたが、俺はこの二人の仲の悪い場面を見たことがないので何とも言えない。
だが、最近やけに簪が刀奈さんに対抗する姿を見かける。
仲は悪くない、だが簪の方が変に刀奈さんを意識しているのだ。
向上心があるのは良い事だが、それが自分に関係している事での対抗、しかも間違った方に影響されているのは、かなり頭が痛い。
「さてと、二人が起きる前に布団から抜け出すとするか。」
幸い腕は掴まれてなかったので、二人を起こす事無く布団から脱出する事が出来た。
二人の姿を見えないようにするために、布団をしっかり掛けておくことにする。
見えてしまったから思うが、好きな色は同じなんだな・・・
「やっぱりここの演習場はしっかりとした設備が揃ってるな。」
部屋から抜け出し、俺は何時もの通り朝の運動をする事にしたのだ。
更識部隊の演習場なので、軽く運動するくらいで壊れる心配も無いだろうし、整備をしっかりしておけば問題は無いだろう。
「しっかし、改めてじっくりと見ると凄いな。」
彼方此方に戦闘で付いた傷跡やそれを修理した跡が見て取れる。
IS訓練だけではなく、生身の訓練などもしている証拠だろう。
実践訓練など、最近してないな・・・
「如何です?少しやってみませんか、束さん。」
「ありゃりゃ、やっぱりバレてた。」
さっきから誰かに見られているのは気付いていたのだが、普通に気配を探っても探知出来なかった。
そんな芸当が出来るのはこの旅館には居ない。
かろうじて碧さんが出来るかもしれないが、碧さんの場合隠れる必要がまったく無いのだ。
だから俺は、前に束さんが作ったステルスを思い出し存在を探った。
それで知っている存在が傍にあったので、声を掛けたのだ。
「いったい何の用です?束さんが来るって事はまた厄介事ですか?」
「ひどいよいっくん!束さんが厄介事の塊って言ってるように聞こえたよ~!」
「ちゃんと聞こえましたか。その通りだと思ってますから。」
「もう!せっかくいっくんに有益な情報を持ってきたのに~!」
「俺に有益?千冬姉の暴走を無くせるんですか?」
「それは無理かな~?」
何だ無理なのか。
もしそれが可能なら、俺の心労は半分くらいに減るんだが・・・
「それじゃあ何です?俺がISを使える原因でも分かりました?」
「それもまだだよ。」
「他に有益と言うと・・・束さん、少し太りました?」
「関係無いじゃん!」
俺だって偶にはボケたって良いでしょうが。
普段は束さんや千冬姉相手にも突っ込んでるんだから。
「冗談はさておき、本当に何です?」
「いっくんの冗談は分かり難いよ~。」
「愚痴なら今度ゆっくり千冬姉にでも言ってください。」
「いっくんは聞いてくれないんだ。」
「俺の愚痴を俺に言ったところでしょうがないでしょ。」
「もう・・・」
拗ねてしまった。
「どうせ千冬姉に愚痴る時には俺も居るでしょうから、少しくらいなら料理を出しますよ。」
「本当!それじゃあいっくん特性のケーキが良いな!!」
「料理って言ったでしょ、何でお菓子なんですか。」
「いっくんのケーキは格別だからね~。それに束さん、最近甘いもの食べれてないのだ~!だからいっくんのケーキを所望するのだ!」
「ケーキなら材料をちゃんと用意しないと作れませんよ?」
「大丈夫!束さんはちゃんと行く日を指定するから!」
「世界中から追われている人の台詞とは思えませんね・・・」
そんなの予告して、万が一その情報が漏れたら如何するんだ?
そこまで甘いものを食べたい心理は俺には分からない。
「まあ、それで良いのなら俺は良いですけど。それで、何のケーキが良いですか?」
「いっくんの作るケーキなら何でもって言いたいけど、束さんは桃のケーキが食べたいな~!いっくん、お願いね?」
「桃ですか・・・それだとタルトの方が良いんじゃないですか?」
「そこらへんの事はいっくんに任せるよ~。」
相変わらずの人任せだ。
「それで、有益な情報って何ですか?」
「うん、如何やらいっくんを攫った連中がイギリスからISを奪ったらしいんだ。」
「俺を攫った連中って、ドイツ軍ですか?」
「違うよ~。その後ろに居た奴らだよ~。」
「ああ、やっぱりドイツ軍も隠れ蓑でしたか。」
「さっすがいっくん!ちーちゃんも気付いてないハズなのにいっくんにはお見通しだったんだね~。」
「何となく違和感があっただけですよ。俺は当事者ですからね。救出にきたドイツ軍人の中におかしな行動をしてたのを見たんです。」
「へぇ~意外と抜けてるんだね~その馬鹿は。」
「馬鹿って・・・」
「だっていっくんの前で変な事したら一発でバレるよ?」
「経験者ですもんね。」
「いっくんにも相談してからすれば良かったよ~。」
白騎士事件。
束さんが千冬姉を使ってISを世界に知らしめた事件だ。
俺はその事件の前からおかしな動きをしていた束さんを問い詰め、事件は自作自演だった事を聞き出したのだ。
その事は千冬姉には知らせてないが、あの人も俺があの事件は自作自演だったと言う事を知っている事をなぜか知っている。
「あんな事件に関わりたく無かったんですけど、あの事件のせいで世界は変わり、俺の人生も変わった。」
「過ぎたことを何時までもウジウジと言ってもしょうがないよ!」
「少しは反省しなさい!」
「は~い・・・」
恐らくは反省してないんだろうが、上辺だけでも反省する気があるだけましなのかもしれない。
「それじゃあ束さんは帰るね~。」
「詳しい事は何も分かってないんですか?」
「ん~?」
「その黒幕の人数とか何が目的だとかは。」
「実際は何人居るのか分からないけど、イギリスのISを奪ったのは二人らしいよ。」
「二人・・・イギリスの警備はそんなにザルなんですか?」
「そんなの知らないよ~。興味も無いし、そのISも束さんが作った訳でもないし~。」
「相変わらず殆どの事には興味無いんですね・・・」
「いっくんとちーちゃん、あと箒ちゃんが居れば束さんの世界は完成してるのだ~!」
「そうですか。それじゃあ一応気をつけて。」
「いっくんもね~!ケーキ、楽しみにしてるね~!」
「・・・やれやれ、やっぱり厄介事だったか。」
俺を何の目的で攫おうとしたのか?
ドイツを誑し込んでまで俺を攫う理由がその集団にはあったのか?
ドイツか・・・ラウラにでも聞けば情報が手に入るか?
いや、恐らく関係している人間の口は既に封じられているだろうな。
そうなってくるとイギリス側からの情報か・・・セシリアは何か知ってるのだろうか。
代表候補生であり、イギリス貴族であるセシリアなら何か知っている可能性があるな。
俺は携帯を取り出しセシリアに連絡をしようとしたが・・・
「アドレスも番号も知らないや・・・」
俺の携帯に登録されているのは、更識関係と身内を除いたら鈴、弾、数馬、蘭だけだ。
ここまで持っている必要の無い携帯は珍しいだろう。
これからはもう少し活用出来るようにしたい・・・
束さんの登場で朝の運動を殆ど出来なかった俺は、程よい疲労感ではなく虚しさと寂しさの織り交ざった気持ちになっていた。
「おはよう~!」
「・・・おはようございます。」
部屋に戻ったら、俺の布団に潜り込んでいた刀奈さんが起きていた。
「とりあえず、服を着てくれませんか。」
「まだ良いや。」
「それならせめて布団の中に入ってください。」
「もう!一夏君は私の全部を見てるでしょ!今更パンツやブラ見たくらいで何とも無いよね?」
「いえ・・・十分恥ずかしいんですけど。」
「免疫つけておかないと大変だよ~?」
「・・・何がですか?」
「これからもっと過激にして行こうと思ってるから~!」
「やめてくださいお願いします。」
刀奈さんの発言に俺は素早く土下座をしながら一気に言う。
この人は俺を殺したいのか?
「ええ~!一夏君とイチャイチャしたいのに~!」
「十分してるじゃないですか!」
「この旅行中はね。でも屋敷に戻ったら、また一夏君が素っ気無くなるんじゃないかって心配なんだ・・・」
「確かに、この旅行中よりは素っ気無くなるとは思いますけど、四六時中一緒に居られる訳じゃ無いんですよ?刀奈さんはロシアの代表、俺は色々と問題のある立場ですし・・・」
「だから、せめて一緒に居られる間くらいは一夏君とイチャイチャしてたいのよ!」
「・・・善処はしますが、確約は出来ません。」
俺だって一人になりたい時があるのだ。
皆で居られるのも良いが、疲れる事も多いのだ。
「それじゃあ一夏君の都合が良い時は思いっきりくっつくからね♪」
「・・・くっつくんですか?」
「うん!」
良い笑顔で言い切られた。
刀奈さんにくっつかれると色々マズイんだよな・・・
思春期男子をこれ以上刺激すると大変な事になりかねないのだ。
その事を分かってるのか?
俺が刀奈さんを見つめると、笑顔で首を傾げた。
「ん?私の顔に何か付いてる?」
「いえ、特に何も。」
「じゃあ何で見つめてるの~?」
ふむ、何て答えるべきか。
素直に答えるか、意地悪な答えをするべきか。
柄にも無い事はやめておくか・・・
「この人が俺の彼女なんだな~って思ってただけですよ。」
「もう!そんなイジワルな返しするなんて///」
あれ?
一応嘘は言わなかったのだが、如何やら刀奈さんにはイジワルに感じたようだ。
「お姉ちゃん、五月蝿い。」
「あっ、起こしちゃった?」
刀奈さんの大声で簪が目を覚ます。
覚ましたのだが・・・
「おはよう一夏。」
「・・・何で抱きつくんだ?」
「挨拶?」
「自分自身で疑問に感じるならするなよ・・・」
簪自身も理由は分かってないようだった。
「それにしても簪ちゃんも同じ格好だったとは・・・」
「?・・・!?」
自分の格好を確認して大慌てで布団に潜った簪。
そんなに慌てるならしなきゃ良いのに・・・
「一夏、見た?」
「ああ・・・」
「///」
「簪ちゃんもまだまだね~。」
「刀奈さんはもう少し恥じらいを持ってくださいよ。」
「私ならこれも取っても平気だよ?」
そう言ってブラの肩紐に手をやる。
「駄目!」
「簪ちゃんには無理かな~?」
「煽って如何するんですか!」
「一夏君だって見たいでしょ~?」
「・・・・・」
見たくないって言えば嘘になるし、大声で見たいって言うのも違う気がする。
答えようの無い質問に、俺はだんまりを決め込んだ。
「わ、私だって出来るもん!」
「簪!?やらなくて良いんだぞ。」
「簪ちゃんがするなら私も~!」
「やめてください!」
どたばたとしていたせいで、本音以外が目を覚ました。
「お嬢様!簪様!何て格好で居るんですか!?」
「だって一夏君が見たいって言うから。」
「言ってません!」
「酷いよ、一夏が見たいって言うから脱いだのに・・・」
「もう少し上手に嘘吐けよ・・・」
簪の嘘は思いっきり棒読みだった。
刀奈さんほど上手く嘘吐かれると困るが、簪みたいに下手だとこっちが困る・・・主に対応にだが。
「罰として、お二人には朝食の準備をしてもらいます。」
「「ええ~!」」
「何か?」
「「いえ、何でもないです。」」
虚さんに睨まれ、二人は大人しくなった。
「一夏さんも、嫌ならはっきりと言った方が良いですよ?」
「そうですね・・・」
「一夏君だって、満更でもなかったくせに。」
「何か言いましたか?」
「何でもないで~す。」
今度は俺に睨まれて大人しくなる。
しかしこの騒動の中でも起きない本音っていったい・・・
「さて、後は屋敷に帰るだけだね~。」
朝食を終えた刀奈さんがしみじみと部屋を見渡して言う。
確かに後は戻るだけだが、片付けを忘れてないですか?
「着替えましょっか。」
「じゃあ俺は外に・・・」
「別に下着まで脱がないから一緒に着替えましょ?」
「・・・イマイチ信用出来ないんですが。」
「本当だよ!虚ちゃんに怒られたくないし。」
「一夏様、まだ慣れて無いのですか?」
「恐らく一生慣れる事は無いだろうな。」
慣れたくも無い。
姉の下着とは違うんだ。
「本当に初心だね、一夏さんは。」
「そう思うなら下着姿で抱きつかないで頂きたいんですが・・・」
「気にしない気にしない。」
「気にしますよ、思いっきり。」
碧さんに抱きつかれ、俺は赤面する。
「私もおりむ~に抱きつく~!」
「着替え中だろ!」
「それじゃあ私も。」
「お姉ちゃんがするなら私も!」
「当然私も抱きつきますよ。」
「当然なんですか、虚さん!?」
「相変わらずモテモテですね~。それじゃあ私もご相伴に預かりますね。」
「言葉が古い!」
最早そんなツッコミしか出来なくなっていた。
下着姿の彼女たちにくっつかれ、俺の思考はフリーズ寸前だった。
「一夏君をからかったことだし、さっさと着替えましょ。」
「酷いですよ・・・」
着替えるだけでここまで精神的に疲れる事になるなんて思っても無かった。
これから先、俺の理性は決壊する事無く行くのだろうか。
「ほら、一夏君も着替えて。」
「ええ・・・」
疲れ果てた俺は、簡単な返事しか出来なかった。
「忘れ物は無い~?」
「大丈夫。」
「平気だよ~!」
「そんなに荷物ないですし。」
「私は最初から一夏様の荷物と一緒ですので。」
「自分の荷物くらい自分で管理しろよ。」
帰る準備を終えて、俺たちは車に乗り込む。
「あっ!」
「如何かしましたか?」
「車の鍵忘れた・・・」
「・・・一番大事な物ですよ。」
最後に碧さんのドジが発動した。
「それじゃあ俺が取ってきますよ。何処に置いたか分かりますか?」
「多分布団の近くに置いたから、その辺にあるはず。」
「分かりました。」
俺は再び旅館に戻って鍵を探す。
「碧さんって相変わらずなのね。」
「スミマセン・・・」
「帰りは何しようか~?」
「本音は元気だね。」
「一夏さんは相当疲れてましたね。」
「それじゃあ更に疲れさせようか?」
「私は怒られたくないし・・・」
「一夏さんを怒らせるのはさすがに・・・」
俺が居なくなってから、不穏な空気がその場に流れていたのを、俺は知りようが無かったのだった。
「ありましたよ。」
「ゴメンね、一夏さん。私がちゃんとしてれば・・・」
「これくらい平気ですよ。」
部屋に入ってすぐに見つかったのだ。
疲れる事も無かったし、謝られる必要もないのだ。
「それじゃあ屋敷目指して、しゅっぱ~つ!」
「元気ですね・・・」
朝あれだけ騒いだのに、刀奈さんは元気だった。
いったい何処にそんな体力があるのやら。
「一夏、ここ座って。」
「ん?ああ分かった。」
珍しく端に座らせてくれた簪にお礼を言い、俺は席に着いた。
「一夏の隣。」
「「「「ああ!」」」」
端に座っているので、俺の隣は一つだけだ。
それを見越しての簪の発言だったのだろう。
「かんちゃんズルイよ~!」
「一夏様、真ん中に座ってください!」
「簪お嬢様がこのような手に出るとは。」
「簪ちゃんは孔明なの!?」
何を言ってるんだか。
俺は疲れてたので、皆の会話を意識から追いやり目を瞑った。
寝はしないだろうが、これだけでも楽なのだ。
こうして旅行は終わりを告げ、屋敷に戻るまでの間、俺はゆっくりと身体を休める事にしたのだった。
戻ってからも大変な事があるのだから、移動中くらいは休みたかったからだ。
「一夏君が反応してくれない。」
「おりむ~も疲れてるんだね~。」
「仕方ないですよ。」
「一夏様の思考が分かりません。」
「一夏~起きてる?」
途中声を掛けられたのが、簪の質問にのみ答え、本当に寝てしまった。
やれやれ、俺も疲れ果てるんだな。
束さんを登場させました。
ファントムタスクって何時サイレントゼフィルス奪いましたっけ?
原作と違うかもしれませんが、大筋は一緒にします。