間に合いました(迫真)
とある休日、俺はつぐみのコーヒーを淹れる練習に付き合うため羽沢珈琲店に来ていた。
「ど、どうぞ」
つぐみが少し緊張した面持ちでコトリと音をたてながらソーサーにのせられたカップを置く。
置かれたカップからは湯気とともにいい香りが漂ってくる。
「いただきます」
そう告げてコーヒーを一口飲むと花のような甘い香りと少し強めの酸味が口のなかに広がる。コクはあるが後味はすっきりとしている。
「うまい。なんの銘柄かはわからないけど」
「よ、よかったぁ」
つぐみは安堵のため息をつき、そしていつものように俺の隣の席に座る。
「毎回思うが練習なんだからそんなに気負わなくていいんだぞ? しかも相手はコーヒーど素人の俺だし」
「そうなんだけど……やっぱり、せっかく飲んでもらうなら美味しいコーヒーを淹れたいって思っちゃって」
少し照れたように笑いながらそう言うつぐみに思わず顔が緩む。
「つぐみって本当に健気でかわいいなぁ……」
「へっ? あ、ありがとう……」
そう言いながら赤くなってうつむくつぐみを見ながらしみじみ思う、やっぱりつぐみっていい子だなぁと。
何事にも一生懸命だし、頑張り屋さんだし、他人のために行動できるし、本当に見ていて応援したくなる要素しかない。
なんだったらつぐみからのお願いだったら何でも笑顔で実行できる自信がある。
さて、そろそろつぐみがこの空気に耐えられなくてもじもじし出したので、コーヒーに話題を戻そう。
「結局、このコーヒーの銘柄ってなんなんだ?」
「あ、それはグアテマラっていう銘柄だよ。花みたいな香りと酸味が特徴なんだ。それでね……」
つぐみは照れた様子とはうってかわって生き生きとした表情でコーヒーについて語りだす。
身ぶり手振りまで加えて一生懸命説明してくれているのだが専門外なこともあり、お昼過ぎという時間帯や店内の温度、店の落ち着いた雰囲気も相まって眠気を誘ってくる。
グアテマラコーヒーをちびちび飲みながらなんとか眠い素振りを見せないよう取り繕う。
「それでね、新作のタルトを開発してるんだけどよかったら食べてみてくれないかな?」
「喜んで」
「じゃあ作ってくるから十分くらい待ってね」
そういうとつぐみは奥の厨房に入っていった。
十分か……。なんとか寝ないようにしないとな。
鞄からスマホを取り出し、起動した。ブルーライトを浴びることで目が覚めることを期待しよう。
十分後、眠気を耐えきった俺の前には美味しそうな林檎のタルトが置かれていた。
「じゃあいただきます」
タルトをフォークで切り取り、口に運ぶ。
「……うん、うまい。少し甘さが控え目なのがさっぱり感を強調してて美味しい」
「それはよかった」
そうしてタルトを食べ進めていたのだが、妙に視線を感じる。
隣を見るとつぐみと目があった。とても嬉しそうに、いや、幸せそうに微笑んでいる。
「あの、つぐみさん? そんなに見つめられると食べづらいんですが」
「ごめんね? 美味しそうに食べてくれるのが嬉しくてつい……」
謝罪はしてくれるが、目をそらす素振りは一切見せない。
なんとなく居心地が悪い空気の中、この空気を抜け出したい一心で黙々とタルトを食べていく。
そしてそれを一言も話すことなく見つめてくるつぐみ。
その異様な状況は俺がタルトを食べ終わることでやっと終わりを迎えた。
「ごちそうさまでした」
「こんなに綺麗に食べてくれてありがとう!」
「お、おう。どういたしまして?」
よくわからないがつぐみが喜んでくれてるならいいか。あまり深く考えないようにしよう。
それにしてもタルトちょうどいい大きさだったな。
お腹の空いたスペースにぴったり収まってちょうど満腹になった感じだ。
「ふう、お腹が膨れたらなんか眠くなってきたな。そろそろ帰ろうかな?」
「え? ま、待って!」
「? どうしたんだ?」
腕を掴まれる感覚に思わず隣を見ると、自分の行動に驚いたといった様子のつぐみが俺の服をつかんでいた。
二人ともどう動くのが正解なのか分からず、ただただ見つめう。
しばらくするとつぐみが恥ずかしそうに腕を離し、小さくごめんね、と呟いた。
「いや、いきなり掴まれたのに驚いただけで、つまりその、あー、えーと」
ヤバい、急に眠気が強くなって本格的に頭が回らなくなってきた。とにかく喋らないと。
「……その……えーと……あの」
平衡感覚がおかしくなってきて、頭がぐらぐら揺れる。これはもう落ちそうだ。
その時、つぐみに体を引き寄せられ、つぐみの膝の上に頭が乗った。
「眠いなら使って?」
もう言葉の意味も入ってこないが、なんとなく許可されたような気がして、ゆっくり目を閉じた。
「おやすみなさい」
意識が落ちる前、そんな言葉が聞こえた気がした。
…………………………
………………
……
うん? 俺何してたっけ?
意識がゆっくりと覚醒し、それにあわせて目を開けるとつぐみの顔が見えた。
「おはよう」
「おはよう」
未だに思考がぼんやりとしているが、しっかり目を覚ますためにも体を起こす。
「俺何してたんだっけ?」
「眠そうにふらふらしてると思ったらいきなり倒れそうになって、危なかったから私の膝に頭を乗せたんだ。そうしたらそのまま寝ちゃって……。どう、すっきりした?」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして」
はっきりしてきた思考で現状を考える。
試食→眠くてふらふら→つぐみの膝で一時間程寝る→起きる(今ここ)
ふむ、……ん? 膝枕? マジで?!
しかも俺一時間もつぐみに膝枕させてたのか! ……まじかー、ものすごい罪悪感。
しかもお腹がいっぱいになったからとかいうクソしょうもない理由で寝落ちしかけるとか。
あー、でもこれ今さら膝枕の件蒸し返すのもおかしいよなぁ。
かといって迷惑かけて何もしないのはなんかもやもやするしなぁ。
よし、
「あー、つぐみ?」
「どうしたの?」
「その、色々ありがとうな」
「ふふっ、どういたしまして」
つぐみは満面の笑顔を咲かせた。
◇
「ふふっ、かわいいなぁ」
自分の膝の上に乗っている彼の顔を眺めながらそう呟く。
コーヒーとタルトにいれておいた『睡眠薬』のおかげで一時間程は確実に目覚めないだろう。
この間にじっくりと彼を堪能しておかなければ!
まずはその無防備な寝顔を観察する。
普段から割りと無防備な彼だが、ここまで弛みきった表情は稀だ。
一応写真を撮っておこう。これは精神安定剤として使うだけなので、盗撮ではないはずだ。
しばらく撮っていると、やっと満足のいく一枚が撮れた。永久保存版にしよう。
次に軽く頭を撫でてみる。
髪は意外にサラサラとしており、思ったより撫でやすい。
そのまま数回撫でてみると、彼の顔がへにゃりと幸せそうな顔になった。
そのかわいらしさに胸が締め付けられる感覚に陥った。
彼は私のことをかわいいと言うが、私からすれば彼の方が何倍もかわいいと思う。
しかも格好いいところもあるなんて本当に卑怯だ。
抗議の意味を込めて頬っぺたを軽く突いてみる。
少し険しい顔になったが、やはり起きない。
なんだかそれが無性に面白く思えてきて、一人でくすくすと笑ってしまう。
その時、視界に林檎のタルトが置かれていた皿が目に入った。
そうだ、彼の中には私の一部が入ってるんだった。
その事実を再確認するだけで背筋がゾクゾクする。
私の血を混ぜたタルトを目の前で美味しそうに食べてくれた時なんか本当にドキドキしすぎて頭がおかしくなるかと思った。
あの時はバレる恐怖と彼と一つになっていく快感が混ざりあって心臓が壊れそうだったが、今までの人生で一番幸せだったと確信を持って言える瞬間でもあった。
そして今度は私が彼の一部を取り込む番だ。
彼の頭を撫でながら彼の髪の毛を数本抜いて、大切にジップロックにしまう。
これはもし色々やらかしてしまった時のために後処理ができるように夜に飲もう。
幸せそうに眠り続ける彼をみて暗い欲望が沸いてくる。
本当はもっと深く繋がりあいたい。戻れないほど愛しあいたい。
その欲望を無理矢理押しつぶし、なんとかこらえる。
本能のままに動いてしまえばおそらく彼を不幸にしてしまうだろう。
それだけは決して許されない。
しかしもう押さえ込めないほどまでにその欲望は膨れ上がってきている。
それこそきっかけがあれば溢れてしまうほどに。
そう、きっかけがあれば。
主人公:音ゲーの主人公。まだモカに襲われていない。羽沢珈琲店の常連客。
羽沢つぐみ:少し(強調)病んでいる。主人公の血を舐めたいと思っている。
謎の本:スタンバってたけど登場できなかった。