紅月の下、世界は赤く染まる   作:夕闇

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挿絵あります。注意。
誤字脱字報告に感謝。




 

 

 世界に突如現れた屈強なバケモノ。それに対抗する手段として、人類は不死の戦士吸血鬼を生み出した。

 

 バケモノは吸血鬼達によって追い払われたが、吸血鬼には欠陥があった。血を啜り人間性を保たなければ暴走し、無限に復活する異形の存在と成り果てる。

 

 それゆえ、血の乾きを克服するべくQ.U.E.E.N.計画が進められた。けれど、計画は失敗。一番適正率が高い人物、Q.U.E.E.N.計画の被検体となった少女が暴走した。

 

 各都市に巨大な黒石の棘が地表から隆起したことで街は破壊され、何処からともなく瘴気が振り撒かれ、人類の半数が命を落とし、文明が破壊された大崩壊という厄災となったのだ。

 

 人々を救いたいという想いから名乗りを上げた少女であったが、同胞を殺戮する化け物となっては討伐するしかない。何せ、殺しても無限に復活する堕鬼を操るのだ。少女を止めなければ、バケモノを絶滅させるより前に人類が滅亡してしまう。

 

 その後、クイーンと呼ばれるようになった少女を倒すため、死者も含め、多くの人間が吸血鬼化することとなる。吸血鬼の欠陥は以前のままであり、堕鬼となる者が後を絶たない負の連鎖だが仕方のないことだった。

 

 そうして、破壊を撒き散らした少女は、多くの屍を築き上げたのち、討伐された。

 

 破壊の権化と化した少女を討伐したのは、一人の女性だ。その女性の名は”カミラ”。けれど、カミラはクイーンの瘴気により堕鬼になりかけた。クイーンとの戦闘中、浄化マスクを失い、吸血鬼特有の血の渇望に苛まれたのだ。

 

 カミラはすぐさま自決を決断。最期は仲間が見守る中、自ら心臓を破壊して己の命に終止符を打ち、未来を仲間に託してこの世から消失した。

 

 

 

――はずだった。

 

 

 

 カミラは日数を経たずして蘇る。殺したはずの女の姿で。復活した場所は故郷から遠く離れたロシアだ。

 

 それから月日が流れ、約10年の歳月が経過する。色々とあったが、遂に故郷の噂を耳にすることのなかったカミラは生まれ育った国へと帰ることを決意した。

 

 紅月の下、灰色がかった上着を手に取り、何処までも広がる白い地表を歩く。そして、懐かしの故郷に到着すると、生まれ育った国は強大なドーム状の赤い霧で覆われていたのだった。

 

 

《真っ赤だねー》

 

 

 カミラの中に寄生する、内なるクルスの素直な感想。もっと言えば、外見クルスの中身Q.U.E.E.N.ゆえに、もうひとりのクルスというほうが適切だろう。目は青く、白球体は黒い。本来のクルスは宿らず、カミラに移ったのは破壊の権化の方だった。

 

 

「これ、霧の牢獄よね。遠目で見た時には目を疑ったけれど、何でこんなものが展開しているのかしら?」

 

《さー?》

 

「しかもこれ、維持し続けているのよね。悪戯にしては過激すぎるし、この広範囲、国単位で動いていると考えるのが妥当かしら? 出力からの威力を思えば、大抵の生物は死ぬものね」

 

《さー?》

 

「投げやりね」

 

《だって、わたし納得してないし。こんな国なんて放って置こうよ、絶対面倒ごとになるってー》

 

 

 カミラとクルスは互いの感情がわかる。考えが読めなくとも、カミラはクルスがもう一人の自分、シルヴァの娘に遭遇したくないのだと理解していた。言葉を重ねても、表情では嫌がっているようなものだ。

 

 ついでに、傍から見れば独り言。虚空に向かって喋っている様。クルスの声はカミラにしか伝わっていないのだから当然である。

 

《あ、じゃあじゃあ、これ壊そ? そしたら、ぜぇ~んぶ解決だよ!》

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「何も解決しないし、喧嘩を吹っ掛けているだけじゃない。クイーン討伐戦のリベンジをしてどうするのよ。それと、久方振りに殺気が滲み出ているけれど、それってなんなの?」

 

《だって、この霧。何かに混じって、アレの力を感じるし》

 

「……あら、シルヴァの娘が生きてる?」

 

《生きてるというか、使われてる感じ?》

 

「ん、確か最期、石化したのよね……よし。このままここで推論立てたって、わかりはしないし、中へ突入してみましょう」

 

《え゛えーーーっ!!?》

 

 

 脳内に響く大音量のボリュームに、カミラは辛そうな表情で片手で髪を掻きあげ、頭を押さえては頭痛に堪える。

 

 

「いいから、私の我侭に付き合いなさい」

 

《うへー……はーい、はいはい、わかりました。わたし、良い子だからカミラの言う事に従いまーす》

 

 

 カミラは未だ残る頭の痛みに眉をしかめつつ、意見を押し通す。

 

 いつもの強引さに、内なるクルスは頬を膨らませ拗ねた。けれど、邪魔することはしない。カミラが赤い霧の前に立つと、カミラを中心に不可視の球体の防壁を展開する。

 

 

「ありがと、私に優しくしてくれるクルスが好きよ」

 

《い~~~だっ! そんな言葉で懐柔されるほどチョロくはないんだから! ……あとで、膝枕からのマッサージを要求するよっ!》

 

 

 言葉で怒りつつも、滅多に言われることなない話文句に尻尾を全力で振るクルス。最後の要求は嬉しさを隠し切れないせめてもの抵抗だった。

 

 

「安全に寝られる場所を見つけたらね……カモフラージュも完了っと」

 

 

 カミラは冥血を消費し、姿を光学迷彩のように透かす。

 

 

《看破されることはまずないと思うけど、目元隠さないと騒ぎになるよ》

 

「まためくら生活に振り出しね」

 

《自業自得ぅ》

 

「いつにも増して辛辣だわ」

 

 

 カミラは目元を布で隠す。それから、赤い霧に触れ、クルスの防壁が何者かの錬血に耐えられると判断。

 

 

「それじゃあ、突っ切るわよ」

 

《嫌なのに……あ゛ー……》

 

 

 内なるクルスは未練がましく反感的であるが、カミラが行動体勢へ移ったのを見るに意識を切り替える。そして、二心一体の彼女達は赤い霧へ突入。濃霧の中へと姿を消した。

 

 

 


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