紅月の下、世界は赤く染まる   作:夕闇

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 総督府の地下、血の泉に囲まれた玉座の前までジャックは一人で訪れていた。呼び出し人は玉座に座るシルヴァである。

 

 

「霧の牢獄の血を(まかな)うこの場所はいつ来ても壮観だな」

 

「おお、ジャック、待っていたぞ。忙しいところ、来てもらって悪かったな」

 

「別にいい。おっさんだって、国を覆う結界を維持するのにここから動けないんだ。呼ばれたなら来るさ」

 

「で、用件なんだが、この数日嫌な気配を察知していたりしてないか?」

 

 

 ジャックは面を食らった。前振りや前座の雑談もなく、率直に用件から入るのも珍しい。早急に解決する案件と認識し、意識を切り替える。

 

 

「気配か……さっぱりだな」

 

「連れの方はどうだ? 何か恐ろしい存在を聞いていたりしてないか?」

 

 

 抽象的な言葉にジャックは頭を悩ます。新種の墜鬼(ロスト)の報告もなければ、継承者が暴走する兆しもない。むしろジャックよりシルヴァの側近達の方が詳しいだろう。堕鬼に関することならミドウだ。ジャックがわかるのは現場目線だ。下手に唸ってもどうしようもないので早々に答えを出す。

 

 

「ないな、エヴァからも特に何も。それは軍人としての感か?」

 

「いや、戦士というよりも俺の娘が何か良からぬモノを感知したみたいでな。警鐘を鳴らすんだ」

 

「クルス・シルヴァがか。彼女の献身のおかげで俺達の侵食は遅れている……それ以外に何か厄介事があるのか?」

 

「無意識な娘と直接会話できるわけではないから上手く言えんが、何かを非常に恐れているようなんだ。2回ほど神骸を制御しようとする手が緩んだ」

 

「何らかの予兆か、嫌な感じだな」

 

「ああ、そうだ。そういうこともあって総督府の警備を減らした。棺の巡回に回したんだ。何者かが暴れたなら連絡がくるはずだ」

 

 

 ジャックは目を見開くと目頭を指で抑え、頭が痛いと訴えた。棺に関わることはジャックの管轄でもある。口を挟む前に仕事場を荒らされるには思うところがあった。秘匿性を高めるため、治安部隊サーベラス全員にジャックが吸血鬼狩りだと周知させていない事情もある。

 

 

「はぁ……事後報告はやめてくれ。おっさんの杞憂の可能性もあるんだ。それに反政府組織の活動も活発になってきている」

 

「何もなければ俺の思い過ごしだとわかる。俺達継承者が創られてから初めて起きた異変だ。見逃したくないのだ。わかってくれ」

 

 

 過ぎたことを追求しても仕方がない。不承不承ながらもジャックは「承知した」といって了解の意を示す。そうして棺の周辺の見回りが強化された。

 

 普段、治安維持部隊サーベラスが棺の周りで見かけることは滅多にない。それこそ原作で自由に動き回る主人公達がサーベラス隊と特定の場所以外では出会わなかったように。しかし、今回の出来事で定期的に人が巡回するようになる。海溝から継承者と伴侶が消えた事実は近い内に気づくだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天気の良いこの日、オリバーは訳知りな吸血鬼を連れ立って廃屋の屋上へ休憩する。オリバー一行はレジスタンスの支部に身を寄せていた。

 切っ掛けは訳知りの吸血鬼(レヴナント)がレジスタンスの工作員であったからだ。彼が労働奴隷になっていたのは、とあるグループに所属していたものの、血涙の蓄えを狙われ、壊滅させられ囚われたからである。

 

 

「改めてお礼をさせてください。オルガさんのおかげで、皆が路頭に迷わず済みました」

 

「いや、いや、やめてくれ。オレが紹介したのはオリバー達のグループだけで、他に救助した人達とは別れたんだ。それに、オリバーとあのやさぐれたねーちゃんの武力をお目当てにしてってのもある。他の奴等もなんだかんだで使えるしな」

 

「ええ、生物探知の錬血を使えたり罠だったりと個性ありますよね」

 

「だよな。メンバーも前とあまり変わらずでの行動だしな……ただよ、本当に良かったのか? オレ達レジスタンスはシルヴァと戦争をしている地域もある。血税を払わないで自治区でやっていくってな。もしかするとそっちに駆り出されるってこともあるぞ」

 

 

 保護区に潜伏しているレジスタンスもいるが、そちらは武力で活躍するよりは商人だったり、医者だったり、技術方面を求められている。オリバーは戦闘に優れているが、特定の職となると一から勉強しなければならない。加えて、オリバーは保護区で活動し続けるつもりもなかった。

 

 

「構いませんよ、昔なら悩んでいたのでしょうけどね。今は人に頼られる程度には頑張りたいと思います」

 

「ああ、それなら問題ない。オレはアンタを頼りにしているし、支部の奴等も遅くない内にアンタを頼るさ。実際、あのやさぐれねーちゃんを動かせるのはオリバーさんくらいなもんだ。好かれてるねぇ」

 

「オリフィアさんも、もう少し他の人の話を聞いてくれると嬉しいんですけどね」

 

厭世的(えんせいてき)だからなぁ。故郷に帰れないって諦めてるし、これからも精神的な支えになってやってくれ。それから一つ聞きたいことなんだが、名も知らないめくらのねーちゃんはそんなに美人だったのか?」

 

「目元を布で隠しているので顔までは……ですがいつかは血涙のお礼をしたいと思っています」

 

「んー、そうか。今度はやさぐれねーちゃんにはバレないようにな。ただでさえ、手紙を破り捨てられているんだ。ああなると不機嫌が極まって仲間の連携に支障が出る。理不尽だろうが、色男の宿命だと思って頑張ってくれ」

 

 

 もっともオリフィアを裏方に回せばいい。けれど、彼女個人の能力が武力方面に振り切っていて、オリバーと実力が並ぶことを考えると遊ばせるには勿体なさすぎた。

 

 

「ははは……、注意しておきます」

 

 

 力なく笑いながら頷く。その日から人生が変わった契機もあってカミラから宛られた手紙を何となくとっておいた。なのだが、オリフィアに見つかりあっさりと破られてしまった。若干のトラウマある。

 

 それはともかく、オリバーがレジスタンスの勧誘を受け入れたのは労働奴隷を生み出すシルヴァの政策への不満や過去の償いもあった。強い者だけが安寧と暮らす日常を変えたい、そのためには力がいる。オリバーの当面の目標はレジスタンス内で発言権を得ることだ。

 

 後日、総督府の者が不可解な場所で設備点検していたと情報が入り、秘密基地があるかの調査でオリバー達はカミラ達がいる海峡まで駆り出されることとなる。ちなみにクルスは気づいていない。オリバーの服装が違っていることもあるが、顔や気配まで覚えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴れやかな天気と対照的にミアと二コラの口数は少ない。仲が悪化したのではない。別れの日なのだ。

 

 切っ掛けは二コラの秘密の告白だ。ミアと二コラはカミラがいなくなった後、少しずつお互いの思いの丈をぶつけていった。徐々に加熱し、久々に姉弟喧嘩だってした。

 

 本物の弟も助けたいミアと末期の患者のように死を待つばかりだと理解している分身。分身二コラは子供らしからぬ落ち着きで、ミアに本物を会わせることはできないと何度も説得する。ただ、頑なであったばかりに最愛の姉を泣かせてしまった。

 

 泣いて、泣いて、時間が経つとミアも少しは冷静になる。辛い話は一旦保留にし、再開してから今までの思い出に切り替えた。ミアとニコラは過去の言わずじまいだった想いを改めて吐露する。新しい発見だってあった。

 

 口にする思い出話もなくなり、就寝する。翌日の朝になるとニコラが唐突に別れを切り出した。

 

 当然ミアは別れに反対し、時に縋り、分身ニコラに考え直すよう改めさせる。けれども、ニコラは改めない。思い出話をしたことで、小さな箱庭で満足する姉に成長する機会を奪ったのではないかと疑念を持ったのだ。また、最期に本物と二人で話したいという思いも芽生えた。

 

 気まずい中、日数をかけてニコラが自身の思いの丈をを言葉にしていると、遂にミアが折れ、お互い離れることになった。

 

 

「ニコラって酷いよね。どうしてもお姉ちゃん離れしたいっていうんだもん」

 

「ごめんね、ミア。僕はいつまでも一緒にいられないんだ。だからもっと広い目で世界を見て欲しい」

 

「こんな世界なんて辛いことばかりよ」

 

「そんなことないよ。だって、宿舎で生活していたミアは友達と楽しそうだった。今から僕がジャックと話してまた入れて貰えるようにお願いだってできる」

 

「ごめんなさい、それは止めて。今の私の手は血で汚れているから、綺麗なあの子達と会うのは……その……辛い。きっと劣等感で抜け出してしまうわ」

 

 

 ニコラが目じりを潤ませ、申し訳なさそうな表情を浮かべる。けれど、謝らない。一緒にいてくれたミアの想いを踏み躙りたくはなかった。

 

 

「そんな顔しないでニコラ。たまに隠れて会いにくるニコラと一緒にいようと行動したのは私自身なんだから。大変な毎日だったけど、楽しかったのよ?」

 

「そうだね、幸せな毎日だった。本物の僕に嫉妬するくらいにね」

 

「今のニコラもちゃんと私の弟よ。優劣なんてないわ」

 

「そう? えへへ、そっかぁ、嬉しいな……」

 

 

 分身ニコラは頬を緩ませる。ミアと過ごす内に、自身が本物でない罪悪感があったのだ。

 

 

「ニコラはこれからどうするの?」

 

「今の僕じゃあ、辿り着けるかわからないけど、本物の僕のところに戻るよ」

 

「道は……教えてくれないわよね。ごめんなさい、未練だわ」

 

「……うん」

 

 

 ミアが棺の場所を見つけたなら別だが、ジャックとの約束もあり、ニコラは人に棺への道を教えることはしない。何より、危険な道中になる。ニコラを見捨てる選択肢を取れない姉では共倒れになる可能性もあった。

 

 

「僕には行かなくちゃいけない場所がある。けど、ミアは行く宛てある?」

 

「そうね……、ニコラが世界のために頑張ってくれているんだから、私も少しは他人に親切をしないとね。人の縁、繋いでみるわ」

 

「うん、それがいいと思うよ」

 

 

 会話が途切れる。お互い沈黙し、静かな時間が横たわる。離れると、もう会う事はないのだ。別れが惜しい。

 

 

「僕はミアの騎士になりたかったな」

 

「もう、十分に私の心を守ってくれたわ。私の騎士様」

 

「……ありがと。それじゃあ、ミア、行って。見守ってるから」

 

「……そう、よね。弟離れできるって、証明しないと不安だもんね。私、行くわ」

 

「うん。お姉ちゃん、ありがとう……さよなら」

 

「ええ、私こそ今までありがとう……さようなら」

 

 

 ミアはニコラに背を向け、前を歩いていく。ニコラは歯を噛み、拳を握り締め、耐えるようにただ見守った。

 

 ミアの歩く速度が徐々に速まっていく。銃剣を担ぐ手に力が篭る。決して振り返ることはしない。

 

 ミアの姿が見えなくなり、悲しさ、寂しさ、嬉しさが混じり合った複雑な想いを胸にニコラは涙を流す。だが、これから起こることも理解していた。長いこと姉と一緒に暮らしていたのだから。

 

 一方、ミアは姿が見えないと確信した場所で涙を拭い、大きく呼吸を整える。弟には恰好つけたが、未練たらたらだ。今から二コラに見つからないよう、棺の場所まで追いかけるのだ。いくら弟に言われたからといって譲る性格ではない。会わせてくれないのなら、会うまでだ。偽物と本物どちらも大事である。騙すことになるのは心苦しいが諦めたくはなかった。

 

 そうして、二コラとミアの追いかけっこが始まる。

 

 ニコラとてこの厳しい世界で伊達に生きてはいない。弱いからこそ、相手の視線に敏感だ。わざと建物に入り、どこからか感じる姉の視線を遮る。小さな体躯を生かして子供しか入れない抜け道で外に出たり、姉では入れない狭い路地を進んだりする。

 

 かくいう、ミアも必死だ。通れない道は遠回りする。第一にニコラに見つかってはいけないのだから。これはある意味勝負である。見つかってしまえば、ニコラは姉から離れるのを諦め、残りわずかの時間を過ごして死ぬだろう。それでは本物の手がかりがなくなってしまう。ゆえに、ミアは不利な条件でニコラを追った。

 

 追いかけっこは長いこと続き、道路を角に曲がったと思ったニコラが出てきた。ミアは慌てて身を隠す。ニコラは俯き、地面に汗を零し、息も絶え絶えの様子で安全そうな建物に入った。休憩するようだ。

 

 ミアの方は無茶な移動を強いられたものの余裕はあった。しかしミアはニコラを追う必要がある。部屋で横になったせいで姿が見えなくなったニコラの動向に注意しつつ、うかつに眠らないよう休憩を入れることにした。

 

 

(大丈夫、建物全体や出入り口は見えてるし)

 

 

 それから10分。ニコラはまだ動かない。

 

 20分が経過。相当疲れているのだろう。慎重に部屋を覗くとこちらに背を向けて横になっているニコラが見えた。

 

 30分が経過。今日は寝てしまう可能性もある。ミアはどうするか悩んだ。

 

 35分が経過。もう一度ニコラの様子を探った時、ミアは違和感を覚える。ニコラが身じろぎ一つなく、微動だにしていないのだ。服に染みる汗が酷い。ミアは迷い、意を決してニコラがいる部屋に侵入する。するとそこには雪のように半解けとなったニコラがいた。お腹に大きな文字が描かれてある。

 

 

――僕の勝ちだよ。

 

 

 ミアはその文字で全てを察した。ニコラが特殊能力を行使したのだ。半解けニコラの満足気の顔が憎たらしい。今ほど周辺を感知する錬血が体に備わってないことを恨んだことはないだろう。

 

 

「馬鹿ニコラアアアァァァァァーーーーーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 ミアはあらん限りの声でめいいっぱい叫んだ。そして肩で息をすると、銃剣ブローディアを力なく手から落とし、両手で顔を覆って、その場に座りこんでは静かに泣いた。乾くほど泣いたというのに涙が止まらなかった。

 

 この日から二人の人生は分岐し、ミアが嫌でもそれぞれの道を歩んでいく。

 

 

 

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