紅月の下、世界は赤く染まる   作:夕闇

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謝罪案件:
ヤドリギが血の泉の機能を併せ持った謎のハイブリッド型になってしまっていたため、これまでの文面を見直し全体的に修正しました。今後分けます、申し訳ありません。

ヤドリギ:萌芽。ダークソウルでいう篝火の機能を持つ植物。
血涙の泉:血の代替物である血涙を生み出す奇跡の植物。




10

 

 海溝から離れた場所、その建屋にある石のベットの上にてネレイスは目覚める。けれど、ネレイスにとって見覚えのない場所だった。風に運ばれて微かな磯の香りを感じることもない。あの悪夢は夢でないのだと理解する。

 

 起きなければならない。例えそこに希望などないとわかっていても。再び現実を目の前に突き付けられるまでは母の願いを叶えなければならないのだから。

 

 そして体を起こし、いつも目の前にいた継承者はいなかった。いるのは悪夢を引き起こした女性ただ一人。近くにいるのに気配を感じ取れなかったものだから、心の臓に悪かった。

 

【挿絵表示】

 

 

「起きたのね、体調はどうかしら?」

 

 

 敵である女性に気遣われ困惑する。彼女の目的がわからない。

 

 継承者の仇が目の前にいる。しかしながら、負の感情から発する行為そのものを忌避しているのだ。母を苦しめた存在と同じになるつもりはなかった。加えて、トラウマと圧倒的な敗北を受けている。目の前の女性が纏う、何処か覚えのある気配も恐ろしい。

 再び謎の衝動に駆られる。が、何かをするほどの意欲はなかった。

 

 狂うことができればよかった。けれども、その機会も失われ、今こうしておめおめと生きている。心身を捧げる使命もなくなり、自ら敗北を認めると、空虚な気持ちになってしまいネレイスはどうすればいいかわからなくなる。

 

 湧き上がる衝動がうっとうしい。そんな気力はないのだ。ネレイスは目の前の女性から目を背け、生気のない顔で病人のように窓の景色を眺めた。空は青い。

 霧から向こうは真っ赤だが、ネレイスが生きるこの国の空は青かった。

 

 

《ちぇっ、ざーんねん。あっちに殺る気の欠片もないね!》

 

(あんな仕打ちしたものだから、殺し合いにならないだけまだマシかしら)

 

(かたき)だー!って襲ってくれた方がさらっと終わったのに~……こいつを待つ意味ある?》

 

(私のことを継承者と言いかけたのよ、友好的な行動もしかけた。この子みたいな存在が複数いると知ってしまってはね……今後も同様の行いをすると考えれば、この行為は必要なことなの)

 

《これからの方針かー、今のところ行き当たりばったりだもんね》

 

 

 一日が経った。

 

 

《え、何、石化? 動く彫像? シルヴァの娘(アレ)みたいにレリーフにもなってないのにぜんぜん動かないんですけどー! カミラがおねむしないと至高の癒しタイムが伸びるんだぞ、こらーっ!!》

 

(脳内イメージのボードゲームで私と遊びながら言う言葉じゃないわね)

 

《だってぇ、現地集合とモニター越しで遊ぶぐらいの違いはあるし……》

 

(言っている内に彼女、動きそうよ)

 

《はーい、中断中断》

 

 

 ネレイスは外の景色を眺めたまま「感情というものは長続きせず、疲れるものなのですね……生まれて初めて実感いたしました」と前置きし、カミラの方へ顔を戻して見据える。

 

 

「そうは思いませんか、継承者様」

 

 

 何も知らないと通すか、知っている前提で話を進めるか。カミラは迷い、後ろを取った。

 

 

「わかるのね?」

 

「はい。その節は突如襲ってしまい、ご無礼をお許し下さい」

 

「過ぎたことよ」

 

 

 カミラは内心残念がる。単体の感知範囲は狭いようだが、神骸持ちであれば反応してしまう彼女達の存在は厄介だ。創られた人数は内なるクルスが覚えているものの、シルヴァの娘がクルスの離れた後も量産していたらたまらない。

 

 神骸と伴侶、この二つを対処する必要があった。ネレイスが寝ている間にクルスが気配の調整しているが、それでも感知された。気配を消せる確証もない現在、伴侶と継承者の存在は何かと都合が悪い。

 過去、カミラ達は結構なことを仕出かしている。敵対勢力がいるか不明だが、そちらに渡ってしまうとだいぶ面倒なことになる恐れがあった。

 

 

「つかぬことをお聞きしますが、右足の骸を受け継ぐ継承者様は暴走してしまったのですね?」

 

「ええ、彼を囲う壁が壊れて、突然襲ってきたわよ」

 

「……でしたら、継承者様を討伐されたのは然るべき行いなのでしょう。継承者様は人のために尽くしましたが、だからといって脅威となってしまった存在を放置する訳にはいきません。厚くお礼を申し上げます」

 

「感謝されるとはね。いいのかしら、私は貴女の仇となる者よ?」

 

「貴女様でなくとも、いずれは処刑人が手を下していたことでしょう」

 

「感情を押し殺して話しているようにも見受けられるけれど、暴走した後も彼を守りたかったのではないかしら。それを思えば、今もなお私を倒さない理由がわからないのよね」

 

「見守る行いが私の責務、例え命乞いがあったとしても暴走する兆しがあるのであれば、静観する以外にできることはありません」

 

「つらい役回りね」

 

「……それが(わたくし)の使命です」

 

 

 言い聞かせているようにも感じられた。真っ直ぐこちらを見つめるネレイスの心情は計り知れない。油断はできないが、好機でもある。ネレイスの行動次第では継承者も伴侶も殲滅するという選択肢から離れられるのだから。

 

 

「話を戻すわ。処刑人だったわね。人物名とか所属する組織とか、その他もろもろ説明して下さる?」

 

「はい。――処刑人、ジャック=ラザフォード様。その方の所属は総督府。男性です。女王討伐時期に活躍した英雄といわれております。また、その方も継承者であり、目の神骸をその体に宿しています。表舞台から幕を下ろした一方、現在は裏方に従事し、世間を騒がす吸血鬼狩りとしても名を馳せているようです。相方がおりまして、名前はエヴァ・ルゥ様、女性でございます。喉の神骸の継承者です」

 

 

 話すことが義務といった様にカミラは少々面を食らう。ストレートに答えてくれるとは思いもしなかった。言葉を濁すとかはなく、重要そうな機密情報を丸々ぶっこ抜いている。

 

 

「助かるけれど、それ秘匿情報とかだったりしない?」

 

「総督府でも全体的に公表されていない事実です」

 

「貴女に罰則があるのではないの?」

 

(わたくし)は継承者様に対して等しく味方でありますので、求められたならば答えます」

 

 

 これはカミラも迂闊な事を喋れなくなった。

 

 

「総督府について詳しいのね。貴女も総督府に席を置いていたりするのかしら?」

 

「確認も調べてもいませんので判断しかねます」

 

「総督府では何をしていたの? 詳しくお願い」

 

「そうですね……ラザフォート様が継承者様に会わせるからと仰られましたので、総督府に身を置いたのち、右足の神骸を受け継いだ方と共に海溝の地へ落ち着くことになりました。総督府では私と同じ容姿をした姉妹達がいたのですが、吸血鬼研究所に連れられ、過酷な実験の末、3名がその役目を終えています。私は神骸を受け継ぐ方が現れるまでは書類の整理だったり、研究所へ視察に行く方と同行し、姉妹達の様子見だったりの生活でした」

 

 

 ネレイスが情報を持っている理由は理解した。けれど、人体実験で伴侶を壊す行為はどうなのだろう。シルヴァ辺りならば伴侶の生き様を周知しているはずだが、とカミラは考える。

 

 

「その吸血鬼研究所の総括は誰?」

 

「ジュウゾウ・ミドウという殿方です」

 

「……有名だものね、彼。吸血鬼研究の第一人者で彼なしでは研究が十数年遅れると言われるほどに」

 

 

 マッドサイエンティスト。その男が総括ならば人程度のものは消耗品であっても不思議でない。大崩壊以前、孤児を引き取り傭兵として送り出すのだから尚更。カミラが蛇蝎のごとく嫌う人物だ。

 吸血鬼になったばかりの当時、己の体に興味を持たれ、ミドウから幾多の迷惑を被った事もあって怨敵である。失敗しようが成功しようが、最悪暗殺も視野に入れるほどの相手だった。

 

 久しぶりに嫌な名前を聞いて感情がざわつく。けれど、長くは続かない。ネレイスの次の一言で場の空気が冷えたのだ。

 

 

「あなたは私の継承者様を殺しました」

 

「そうね」

 

「彼の生は報われたのでしょうか……?」

 

「自ら進んで想いを受け継いだのでしょう。貴女もいたことだし、寂しくはなかったのではないかしら。それで報われなかったかは貴女の判断よ」

 

 

 対して、カミラはシルヴァの娘の死に際の際、想いを拒否している。クイーン討伐の終焉、その死に際に手を伸ばしてきたので蹴り離したというだけだが。悲痛な顔だったのでそういうことなのだろう。その後、とんでもないのがくっついてきたりした。

 

 

「最期を共にすることができず申し訳なく思います……不甲斐ないばかりです」

 

「今も死にたいのかしら?」

 

「これからどうすればいいのかわからないのです……信じられないことですが、貴女様は人類の悲願である神骸をこの世から消し去ってしまいました。そして、それを成した貴女様は今後どうするのでしょう?」

 

「考え中よ、情報が足りないの。貴女には有益なことからくだらないことまで、全てを話してもらうわ。構わないわね?」

 

「私は継承者様に対して等しく味方である存在です。求められるのであれば答えます」

 

 

 淡々とした受け答えだ。好意などないことは見て取れる。むしろマイナスだろう。だが、カミラにはそれで十分だった。考えることはあるだろうが、今は棚上げしておく。

 

 間違っているかは置いておいて、記憶に新しくなったことは、神骸の伴侶やその目的と行動、血英概念の確立や修復など。分身ニコラとは違った情報が得られた。ただ、どうしてもカミラが不思議に感じたのが過激になっていくミドウの行為が緩和されないことだ。シルヴァやジャックといったストッパーはどうしたのだろう。

 

 

「話を蒸し返すけれど、吸血鬼研究所の実験が年々過激になっているわよね。幾人もの伴侶を半身不随にした上に、命を使い潰しているし、総督府内から研究所へ糾弾はなかったの?」

 

「されてはいます。ですが、姉妹だけでなく、他の皆様方も自らの意思で協力していますので。実験における手続きも不正はないと聞いています。要因を挙げるとするならば、日々減っていく血涙や資源により、皆様の不満が溜まっているのでしょう。総督府における研究機関への強制力がままならぬのが実状です」

 

「中枢部内でさえも倫理を欠いて現状を解決して欲しい人がいるってことね、なかなかに地獄じゃない」

 

 

 クイーン討伐時期よりも国全体のモラルの低下が起きているようだ。カルンシュタイン姉弟の生活やオリバーの話を合わせて考えると、そのうち内部崩壊する可能性もあるのではないか。

 

 これまでの話をふまえ、伴侶から内なるクルスへと話相手を変える。

 

 

(さて、場当たり的な行動を終わりにして明確な目標を決めましょうか。でもその前に、クルスのやらかしました感はなんなの?)

 

《……言わなきゃ駄目?》

 

(教えてくれると嬉しいわ)

 

《あいつが人の想いの欠片を直せる、血英が修復できるって聞いて思ったんだけど……》

 

(ええ)

 

《たぶんだけど、神骸集めて、そこらにあるヤドリギにまとめてINすれば……カミラの肉体を修復した時みたく”アレ”を蘇らせます……ついでにアレからわたしの残滓を完全に取り払うこともできます……要は普通の吸血鬼にもどって暴走しません》

 

(んんん~…………それは……やってしまったわね)

 

《うん、やっちゃったねぇ。他人の想いの修復なんて頭になかったし。っていうかどうでもよかったし》

 

(確認までに、4つでも修復できるの?)

 

《できるけど、4個なら丁度半分にされるね。本来の年齢の低下、記憶の欠落や体の基礎能力の弱体。寿命なんかも縮むかな? 今のところ短命じゃなかったら熟女で死ぬ域》

 

(回収して、入れ物での保持はできるかしら?)

 

《んー、もう一度接触してみたいとわからないね。あと、わたし達が神骸を受け入れるのはなしって方向で。同居なんて、わたしが許さないから普通に弾くよ。むこうがしつこいなら壊す》

 

(大崩壊でも起きそうな、そんな恐ろしい真似はしないから安心なさい。差し当たり、シルヴァの娘から力を奪えるのね?)

 

《直すの? 自分で言っておいてだけど、わたし、嫌だよ?》

 

(生き餌で父親が釣れないか考えていてね。早い話、シルヴァやジャックに気遣うのは止めにするわ。色々と考えたのだけれど、どうしたって私達が外の世界で行った所業を知れば敵対するでしょうし。私達発見器もどうにかしたいわね)

 

《あー、きたきた。それでこそカミラだよ。普通の奴なら損してでも人のために動いちゃうからね。ん~ふ~ふ~♪ 総督府に敵対して貰えるのは望むところだよー。でも、アレを生き返らせるのはまだ納得しないからね?》

 

(伴侶達があんなにも健気に継承者のために行動するのって、母親を想ってのことだと思わない?)

 

《あ゛ーあ゛ーあ゛ー、聞~こ~え~ま~せ~ん~》

 

(初めはシルヴァの娘の復活なんて半信半疑で効力は薄いけれど、後から効いてくるわよ。そういう訳で準備していてね)

 

《決定事項とか鬼過ぎる……》

 

(何も伴侶達の殺害を禁止とはいわない。状況次第よ。シルヴァの娘の復活も。これなら譲歩できるでしょう?)

 

《…………メイド服》

 

(メイド服?)

 

《趣味全開のメイド服着て、給仕でわたしを喜ばせて。時間は経っちゃったけど、作法は覚えているよね》

 

(…………あの固定砲台以来、味を占めたわね……いいわ、呑みましょう。作戦の幅が広がるくらいなら安いものよ)

 

《よし、取引成立》

 

 

 内なるクルスは不承不承ながらも、カミラためだと言い聞かせて半ば承諾した。カミラも嫌な思いを受けたが、脳死して殺すだけの日々より良いだろうと承諾。

 

 

(敵は潰すし、中立には後ろを預けない。関わり合うと厄介になる者は無視するのが定石なのだろうけれど、ミドウなのよね……場合によっては妥協もなく、とことんやるわ。まだ明確に私達の存在に気づいていないだろうから、その優位を生かしましょ)

 

 

 そうして話が一段落すると、意識を切り替えてネレイスとの話に戻る。ネレイスには考えにふけ込んだカミラが答えを出したように見えた。

 

 

「ネレイスと呼ばさてもらうわね。目的を定めたわ。貴女、私に手を貸しなさい。役目をあげる。継承者の神骸を受け取ることよ。伴侶を生み出した貴女達の母親を蘇らせ、且つ、クイーンの力を排するわ」

 

 

 それはネレイスにとって想像を上回る提案に息を呑む。欲しいものを目の前に出され、欲望を刺激するそんな提案。心の動きが乏しいはずなのに振り回されたばかりだ。欲求が首をもたげる。

 

 

「お母様を……? 本当に可能なのですか……?」

 

「この力が通用するものだと確信したもの、貴女も力の一端が目に焼き付いているはずよ。それを蘇生に変換させるわ。でもただとは言わない。協力する条件を提示するわ。他者への私の情報の秘匿と敵対者の排除。立ち塞がるだろう姉妹を想うならば説得することね」

 

 

 全てはネレイス次第である。彼女がここで断れば伴侶達への交渉が難航し、殺害率が高くなるだろう。それはネレイスも薄々感じている。

 

 

「……ですが、自らの願いを持つなど……それは原罪を、お母様が犯した間違いを繰り返すことにならないでしょうか? 伴侶は寄り添うだけの存在なのです」

 

「ネレイスが望まずとも、私は貴女の母親が犯した失態ごと蹂躙する。そこに変わりはないわ。そしてその時にネレイスがいるかいないかよ」

 

「どうして私なのでしょう……?」

 

「貴女の母親の復活の際、伴侶がいなければ蘇生が失敗するかもしれない。一度は別の固体で成功しているのだけれど、ネレイスの母親は体が分割されすぎていてね、精神を呼び起こせるか判断つかないの。その時に血縁や身内にいて欲しいのよ」

 

「総督府に協力を持ちかけるというのは……?」

 

「駄目よ、私はこの力を広める気はないもの。知られると狙われる力だわ、これは」

 

「何故、お母様を蘇生しようと行動を起こしたのです……?」

 

「蘇生はついで、裏切れない味方が欲しいの。母親のために行動している伴侶には特に有効みたいなのよ。今判明したわ。その気がなければ、貴女からの質問を浴びていないでしょうし」

 

「私を試したのですか?」

 

「謝罪はするわ。ごめんなさい」

 

「本当の目的はなんなのです……?」

 

「本筋は変わらない、神骸の消失ね。それに色々なものが付随して形を変えているだけよ。ネレイスの母親を蘇らせるという具合にね。それで、そろそろ答えて欲しいのだけれど?」

 

 

 伴侶を集める目的もあるが正直には話さない。ゆえに、全てはネレイスの次第なのだ。

 

 けれど、ネレイスは迷いの顔のまま答えを出せないでいる。

 

 

《煮え切らないねー》

 

(母の蘇りにいい反応をしてくれているし、会いたい気持ちもあって、ますますどうすればいいのかわからなくなったのでしょうね)

 

 

 とはいえ、継承者を滅ぼしてから1日も経過している。移動時間を考えるならネレイスが答えを出すまで悠長にはしていたくはない。ヤドリギでの転移はできないのだから。

 

 

「迷っているのね。であるなら、構いません。今は私の後についてきなさい」

 

「何をするのです?」

 

()()がしようする行いを見せるだけよ。悩んでいるのなら、今は従っておくといいわ」

 

 

 その後、カミラは荷物をまとめる。仕度が終わると、伴侶を連れて次の棺を目指した。

 

 

 

 

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