紅月の下、世界は赤く染まる 作:夕闇
それから、アンケートを締切ました。多数の応募ありがとうございます。報告は次回の話にて。
火の降る街にてサーベラスの隊員二名は追ってくる墜鬼から全力で逃げていた。
「はっ……はっ……くそっ、何で今日に限って
「ツベコベ言わずに走るんだよぉ!!」
武器を持たずに隊員二人は走る。ひたすら走る。
瓦礫を走り幅跳びのように超え、落ちて斜めになった道路を滑り、灼熱に燃える炎の床を走っていく。靴底が焦げることはない。耐熱の靴や装備を着込んでいる。とはいえ、足を火傷する程度は負傷してしまったので過信は禁物である。
隊員達は廃ホテルの角を曲がり、墜鬼達から視線を切ると建物の窓に飛び込んだ。荒れる呼吸を無理矢理手で抑え、息を潜めて待つ。地震のような振動と足音を鳴り響き、どたどたと走る墜鬼達が過ぎ去っていった。
音が完全に静まると、顔から手をどかし、吸いたくもない熱された空気を大きく肺に取り込む。
巡回しなければならない。なのに、巡回地点からかなり離されてしまった。いっそ、このまま帰りたい気持ちである。
ミドウの部下に追い返され、探索地域が狭くなって他の場所より仕事がかなり楽になったと喜んでいただけに過去の自分を殴りたい気持ちだ。
「あー、やってらんねぇよ……! 高名な科学者が実験場にしてたっていう噂の場所、やたら強い墜鬼ばかりじゃねーか! 堕鬼だから殺したって無限に復活するし、棺に近づきさせたくないミドウの差し金なんじゃねーの…!!?」
「しかも暑い上に乾燥してるしな。帰ったら冷たい水をたらふく飲んで、水浴びしてえよ……」
嘆いている二人の下へ、もう一人の仲間が屈んだ姿勢で現れる。
「よう、お二人さんお元気で」
「は? お前なんでここにいんの? カールはどうした?」
「はぐれた……」
「おいおい、大丈夫か? 幾ら蘇る吸血鬼だといっても、相方が死んだら減俸ものだぞ? 相手が黙ってくれていても、後遺症が残る可能性があったり、記憶がなくなったりするんだからな」
「いや、それがさ。ちょっと気になることあるーって言って、先に行っちまったんだ、あいつ。そしたら、墜鬼の群れに遭遇してしまってさ、それで分断されてはぐれた」
「うっそだろ……ただでさえ急に押しかけてミドウ氏の部下をブチギレさせてんのに……ご愁傷様だわ」
落ち込むカールの相方を慰めながら二人。一旦態勢を立て直したいが、頼りのヤドリギも滅茶苦茶に逃げたことでどこにあるかもわからない。妨害電波を発せられているらしく通信も上手くいかないのだ。金ぴかの鎧を纏った人型墜鬼に圧倒され、逃げ惑い、消耗品すら使い切った。そして、強力な堕鬼から逃げ切ったと思えば、今度は堕鬼の群れに遭遇である。
堕鬼は人間の頃より獣程度まで知能が低下している。知恵を使って上手く立ち回れば今ほど苦がない筈なのだ。しかし、その獣が罠に掛かってくれず、誘導にも引っかかってくれない。腕に覚えのある兵士でも手に余る堕鬼まで出現した。想定を上回る困難な任務に彼らは途方に暮れるばかりだった。
「――がっ……あっ!?」
「感がいいのかしら? けれど、運が悪かったわね。塵と消えなさい」
カミラはヤドリギから現れた治安部隊の一人を伴侶の斧槍で貫き、心臓を破壊した。斧槍を引き抜くと、斧槍を躍らせ、振るう刃先で屈強な男の肉体を分割する。男の体は瞬く間に崩壊し、物だけがその場に散乱した。
カミラ達は火の振る街に来ていた。棺の中で距離が近いということでもないが、ネレイスの証言により廃れた街中に棺があるということでこちらを選んだ。身を隠す場所も多く、街中ということで何かと言い訳をしやすい。
加えて、ネレイスによれば、地理的にミドウの研究所があるそうだ。既に捨てられた話だが、内なるクルスが何か気づくこともあるだろうと、そこに決めた。
結果、内なるクルスの言う事を素直に聞かない堕鬼がいた。金色の狩人というミドウの実験の過程で異形化した堕鬼だ。これには内なるクルスが激怒し、抑えていた気配が漏れ、ネレイスを怯えさせる。いつでも遊べるおもちゃに名前を書かれていてご機嫌斜めになった。
強制的に従わせることもできるかもしれないが、カミラが原因を特定したいこともあって強制は破棄。他にも問題があり、クルスから街中に電気や周波数を発しているものがあると知らせがあった。堕鬼は置いておき、まずはそちらを優先する。
機器は隠しカメラで順次に破壊。通信機を妨害する電波装置もあったりしたが、不都合はないので放置。また、棺の周辺にあって欲しくないヤドリギを堕鬼に処理させ、味方の堕鬼に金色の狩人を研究所から引っ張り出させたり、カミラ自身は洗脳などを受けていそうな堕鬼の処分していった。
研究所は気になるが、神骸を二の次にしてまで立ち寄る理由なく、あったとしても薄い。ネレイスの信頼を勝ち取れていない現状、ここは我慢だった。
それからは、味方堕鬼にどうなっているかもわからない研究所の内部を荒させつつ、偶然鉢合わせを装って、金色の狩人と遭遇をする。
特段苦戦もなく、カミラは見たこともない強力な個体だと四肢を切断して生け捕り。「ミドウの実験を受けていそうよね、何か知っている?」とネレイスに聞き、「被験者かもしれませんが、そうではないかもしれません」とネレイスが判断がつかなく、カミラはすぐさま解体に移った。
命を凌辱する行為にネレイスが引く中、カミラは血濡れになりながらも内なるクルスの指示通りに金色の狩人を弄繰り回した。その後、「機械が埋め込まれていたわね」と言って、金色の狩人は放置する。
ネレイスを連れて金色の狩人の姿が見えなくなると、近場で待機していたクイーン側の堕鬼が金色の狩人を回復させ、現在サーベラス隊員を襲い暴れ回るとなったわけだ。
しかし、時間を掛けている間にトラブルが発生。内なるクルスより、何者かが反復横跳びのようにヤドリギからヤドリギへと不要な転移を繰り返しているということだ。不確定要素は取り除かなくてはならない。
ヤドリギが減ったことで周囲一帯の瘴気が濃くなり、不穏な気配を感じたカールが厳罰覚悟で探りを入れたのだ。
カミラは一度、ネレイスと一緒にカールの様子見をした後、リスポーンキルするがごとく、ヤドリギからカールの出現と同時に彼を殺害したのだった。ネレイスから理由を問われた際には、神出鬼没で棺の接触現場に居合わせそうだからと答える。散乱した武器は回収しない。
その後も、鬼フェイスのプレートメイルを着用した者。ミドウの実験体を暗殺したり、面倒事を地道に減らしていく。派手さはなく、ひたすら地味な立ち回りだった。
やがて、あらかたの問題の処理も終わり、一息つく。海溝よりもするべきことが多い。
軽く休憩しながら、次の相手となる継承者がいる棺を高層建築物の上から眺める。高い位置にいるのに、熱風が体を温めてくれる。遠目から見たドームは海溝と違って建造物で隠すように配置されていた。
「棺の近くに伴侶がいるわね」
「私には見えませんが、貴女様にはわかるのですね」
「それで、どうするの?」
「どう、と申されましても……決めかねています」
カミラは布越しにネレイスを顔を覗く。ネレイスは迷い子のようにカミラを見返した。
「気持ちが追いついていないのね。やってから後悔するといいわ」
カミラは少しくらいなら待っていてあげるとネレイスに武器の返却を行い、ネレイスは促されるまま姉妹の説得へと向かった。
ネレイスはカミラに付いていってもわからないことだらけである。
他人の物であるカメラを見つけて破壊。堕鬼であっても吸血鬼であっても邪魔になったり立ち塞がるなら殺害、気になるからと生物を解体するし、万人に受け入れられないと思われる行動ばかりだった。能力も未知数である。カミラのスタンドプレーを見ていただけで、気持ちを定めるにはまだ足りない。
少なくとも、カミラが個人的理由から神骸を邪魔だと思い無力化させようと行動しているのはわかる。あくまでも個人だ。他者を想う母とは違う。
(ですが、感謝はするべきなのでしょう。役目から開放されたことで、考えることが増えましたけど……)
今の立ち位置に甘んじず、他の姉妹を助け、使命を全うできるように補佐する。使命の遂行を思えばそれが適切かもしれない。他にも案を探すが、使命でしか生きる価値を見出せないせいで、考えを広げるというのが難しかった。
(結局のところ、他の姉妹達も私と変わらぬ軌跡を辿りますし、こちらの方が無用な被害を抑えることができるはずです……)
母の欠片を集め、且つ、クイーンの力を取り除く。それが駄目でも神骸の破壊は確実にできていた。どちらにせよ、伴侶の役目は遠くない内消える。
(耐えられるでしょうか……? 姉妹達は。信じてくれるでしょうか……? 私の話を)
継承者に固執する分、他者への興味を割くリソースが少な過ぎて、姉妹でも手を取り助け合わない自分達に不安を覚えた。母親に興味を持ったのは、全てを失った自分自身だからかもしれない。
そろそろ自分と瓜二つな姿が見える。ネレイスは離れた場所から見守る伴侶へ声を掛けた。
「テーベお姉様、久しく、顔を合わせます」
「ネレイス……? どうしたのです、あなたの寄り添う方はこちらにはいませんよ?」
「込み入った事情があるのです。与太話に付き合って頂いては貰えませんか?」
「……よいでしょう」
このまま追い返してもすぐさま継承者を守ることはできない。何より、テーベは姉妹の個人的事情から声を掛けられたのは初めてだ。テーベはネレイスがどうして話しかけてきたのかが気になり、会話する姿勢となる。
まずは第一関門突破。早く継承者の下に向かうのだと言って融通の利かない場合もある。
「私達の終わりが近づいてます。神骸を完全破壊できる継承者様がお出になられました」
ネレイスの言葉にテーベは息を呑む。自分達の根幹を揺るがす事実だ。
「……真偽のほどは?」
「私の目の前で継承者様が神骸と共に亡くなれました。その後の再結合も確認できませんでした」
「下手人は今どこに?」
「この付近におられると存じます」
「ネレイス、貴女が連れてきたのですか?」
「いえ、テーベお姉様も知っての通り、私達は継承者様の居場所を特定することが叶いません。後をついていったのです」
「ふむ、その方より先回りしたのですか? 継承者様を倒す方相手に上手く立ち回りましたね」
「違います。その方に言われ、テーベお姉様を説得にきたのです」
ネレイスの言葉を受け、テーベの優しげな雰囲気が一変。態度が硬くなる。ネレイスは嫌な予感を覚えた。
「説得、……説得ですか。ネレイス、貴女の言い分が事実であれど私の行動指針は揺るぎません。只、継承者様と共にあるのみ……」
テーベの様子から聞く耳を持たぬのだと悟る。説得は失敗だ。
テーベが斧槍を構え、攻撃的な視線をネレイスに浴びせる。ネレイスはテーベの気持ちがわかった。役目を頑なに守ることで自身の心を守ろうとしているのだと。母の願いから目的に沿って動く自分達から役目を取り上げるのは死の宣告にも等しかった。
しかし、気持ちを理解できるからと、ネレイスとて黙って攻撃を受ける訳にはいかない。
テーベの突きが迫りくる。ネレイスは斧槍でテーベの突きを絡み上げ、双方ともに斧槍を高く掲げる。
だが、テーベは絡み返し、斧槍を振り下ろしてネレイスの斧槍を地面に叩きつけた。ネレイスの獲物だけ地面に刺したのだ。
武器を手放してしまうと危機感を持ったネレイスは柄の部分に体を預け、無理やり横に回す。斧槍の大回転の振り回しにテーベはたまらず後ろに下がって避けた。
互いに斧槍を構えた。仕切り直しだ。互角である。さもすれば相討ちすらあるだろう。
ネレイスは苦心する。今のテーベには自身の言葉は届かないだろうと。戦いの空気となり、説得できる状態ではない。一進一退の攻防。ネレイスではテーベを無力化するのも難しい。
双方相手の出方に注意を払っていると、テーベは背中に最近慣れたおぞましい気配が塗りたくられた。
「交代よ」
静観していたカミラが見切りをつけ、二人の前に現れた。慣れたもので、ネレイスは唐突の出現でも呑まれはしなかったが、テーベは初の遭遇である。
カミラの気配が前回より抑えられていても、テーベは湧き上がる感情の奔流に耐え切れず、カミラへの殺意を露わにし、ネレイスを無視してカミラへ攻撃を仕掛けた。
《牛かな? 赤い布を見ると攻撃的になるところとかそっくり》
(真っ直ぐ体に向かって来ているじゃない。闘牛士だって直接体に布を巻いたりなんてしないわ)
《あ、その布、絶対に外れないから大事に可愛がってね!》
(そこそこ大事にしてるわよ)
軽口を叩いている間にも、テーベの攻撃は迫る。冥血を消費して技の威力を高め、さらに錬血を行使し、刀の居合いに似た一閃をカミラに放った。
血の技による赤い燐光を撒き散らし、テーベはカミラの上半身を叩き切ろうとする。けれども、カミラは手をオウガ型にして刃を掴み、技を阻んだ。甲高い音が鳴り響く。
カミラはそのまま手を引いてテーベから無理やり斧槍を奪い、横に捨てる。
武器を捨てたことでテーベの手もつられ、テーベのわき腹ががら空きなり、カミラは膝蹴りを放ち、テーベの腹部にめり込ませた。
「かはっ」と、テーベがえずき、硬直したところで、カミラはテーベの背後に回って組み付き、首に片腕を回して一気に締め上げた。
きゅっと締められ、呼吸を奪われたテーベは失神。《荒事屋みたいだねー》と内なるクルスに感心される中、動かなくなった彼女の首から手を離し、力を失ったテーベを支えた。呼吸を吹き返しているので死んではいない。
それからネレイスを呼び寄せ、テーベを預ける。
ネレイスはしっかりとテーベを抱きかかえ、実感する。預けられた姉妹が重く、温かいものだと。姉妹が生きていてくれたことに心の底から安心したのは初めてかもしれない。
カミラはテーベを渡し終えると、テーベの武器を持って、一連の流れを見ていたであろう恐ろしい形相をした継承者のもとへ歩みを進めた。