紅月の下、世界は赤く染まる   作:夕闇

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長らくお待たせしました。
まず衣装ですが、次回の着替えは人間の女性衣装(コードヴェイン)です。次点で台場カノン衣装(GEB)でした。けれど、次点辺りの投票は接戦でしたので、3回目の着替えはわかんない感じです。
それから、ストレス回避のためにタグを増やしました。原作はマルチエンディングでしたし、視聴者目線でビター展開が苦手な人もいると思いますので。




12

 

 

 

 体長3メートルは超えているであろう雌猫の異形。尻尾を逆立て、自身を睨む継承者を前にカミラは壁一枚挟んで対峙する。

 

 

「君達が傷つけた子、テーベって言うんだけど、今その子どんな感じなの?」

 

 

 語気を強めにカミラを責めた。

 

 猫型異形のエミリー。崩落した建物が邪魔で全ての出来事は見ていないが、大事な伴侶が容赦なく腹部に膝を入れられた上に、組み付かれた後動かなくなり、平静ではいられなかった。

 

 

「安心なさい、吐血もなく、骨も折ってないわ。今は意識がないくらいよ」 

 

 

 エミリーは安堵した声を漏らす。幾らか冷静さが戻ると、どっちが先に仕掛けたかを聞いて、自分の家の子が原因だと知り素直に謝罪をした。

 

 ここまでのやり取りをじっと眺めていたクルスは、棺というものが基本的に情報を遮断するものだと感覚で理解する。クルスは思ったことそのままをカミラへ伝え、カミラはそれを了承した。

 カミラに予定の変更はないが、会話は続けることにする。

 

 

「堕鬼になっているのにも関わらず、理性が丸々残っているのね。結構な事実よ、これは。普通なら、異形化する前から暴走しているのだもの」

 

「嬉しくないことだけど、特別だからね私って……もちろん、君もそうじゃないかな?」

 

「何故かしら?」

 

「だって、伴侶を連れているし」

 

 

 エミリーは離れている伴侶達に目をやる。見知らぬ者を追い返さないのはネレイスの存在が大きかった。

 

 

「あの子は拾いモノよ。彼女、大事な人を亡くしてしまったみたいでね。縁があって保護している最中なの」

 

「そうなの? じゃあ、ラザフォードさん達みたいな処刑人じゃないんだ。てっきり、私を処分する君達をテーベが止めたんだと思ってた」

 

「処刑人ではないけれど、ジャック・ラザフォードとは仕事仲間だったわ」

 

「だった?」

 

「クイーン討伐に参加したってことよ」

 

「それ、定義広すぎ。あの戦争に参加する人は沢山いたでしょ。でも、だとすると、君は一体何をしにここに来たの?」

 

「ジュウゾウ・ミドウって知ってる?」

 

 

 弛緩してきた雰囲気だったが、ミドウの名前が出たことでエミリーの体が固くなる。真顔だ。

 

 エミリーにとってミドウは悪逆の主人である。孤児である自分達を引き取り、戦争に送り、さらには吸血鬼にさせて、眠る仲間を人質にした怨敵だ。挙句の果てには化け猫にもなったのだから積もる憎悪はあまりある。

 

 化け猫の顔に憤怒を浮かべるエミリーだが、カミラにとってその表情はわかりづらい。そもそも見えないわけだが。

 

 けれども、会話の流れや空気から察することはできた。エミリーから明確な怒りが伝わってくる。わかり易い態度のおかげでミドウのことを悪く話してもよさそうであった。

 

 

「私、アレから散々迷惑を被ったの。貴女もわかるでしょう?」

 

「……そうだね、とてもよくわかる。ヤクモ兄ちゃん達のことがなかったらズタズタにしてやりたいくらいだ」

 

「らしくなく感情的になって、総督府に加入しなかったのよ。そういうわけで組織の事情には疎くてね、吸血鬼研究機関の、ミドウの嫌がらせになりそうなことだったら何でもいいわ。教えてくださる?」

 

「いいけど……私はこの姿になってからずっとここから離れられないの。だから、あんまり期待しないでね?」

 

「もちろんよ」

 

 

 話が一旦途切れると、エミリーが伴侶達を気にかけた。カミラとしてはこのまま話を続けたかったが仕方がない。

 

 

「……話の前にあの子達を連れてくるわ」

 

 

 エミリーが指摘する前に行動することにした。

 

 カミラはネレイスのもとへ行き、軽く現状を説明した後、ネレイスにテーベを背負わせ、カミラ自身は彼女達の武器を持つ。

 それからカミラはエミリーの前へと戻り、伴侶達を横へと置いた。

 

 エミリーはテーベに目立った外傷がないことに一安心する。

 

 気も落ち着き、エミリーはカミラが知りたいであろう情報という名の悪口を始めた。

 

 カミラは昔、ミドウを調べたこともあって既知な部分があったが、実体験者から語られる内容は生々しい。その中でも気を引いたのはミドウが継承者でないことだ。

 

 神骸を受け継ぎし者は基本、自身の最期の場所を決めてそこで残りの余生を過ごす。自由に出歩く例外は、暴走の兆しで継承者達を処断するジャックとその受け取り手のパートナーだけである。

 

 ミドウ本人も情報には気を使っていてエミリーが知るのはやらされた実体験ばかりであった。それでも、ミドウが他人を使う前提で神骸を実験物として受け取ったか、本人が人柱になるから受け取ったかで彼の立場を揺るがす事実にはなりそうである。

 

 なお、この嫌がらせ。問題となるのはこれからエミリーをこれから殺すことであろう。前回と同様、異形化したことで神骸と密になり、それ単体を剥がせない。神骸集めもあるし、行動に変更はないのだが、さて、カミラはどうするか。 

 

 

「いらない話ばっかりしてたかも、何かごめんね」

 

「私はお願いする側だもの。感謝こそすれど、文句はいえないわね」

 

「ありがと」

 

 

 エミリーはカミラから伴侶達に視線を移し、テーベを見る。

 

 

「君達に聞きたいことはあるんだけど、その前に。テーベをこの中まで連れてきてくれないかな? 時間も経って、いつ堕鬼が襲ってくるかわからないし、心配なんだ」

 

「貴女、閉じ込められているのではなかったのね」

 

「その気があるんだったら自由に出歩けるけど、神骸について知っちゃうと閉じこもるしかなくてね。ミドウだけじゃなく、悪意ある人が利用するかもしれないし」

 

「私達はいいのかしら?」

 

「テーベを置いたらすぐに外に出て欲しいかな。実はまだ話せることがあるんだよね」

 

「不気味に笑うのね」

 

「酷いなぁ、憂いなく口を軽くしたいだけじゃん。話さないってことはないから安心してよ」

 

「……わかったわ。ネル、武器を預けるからその子を貰うわよ」

 

 

 ネルという名前に要領を得られず、カミラの顔を見てぼんやりとしていたネレイス。やがてカミラの意図に気づき、静かに頷いて、膝枕をしていたテーベを抱き上げカミラへ捧げる。

 

 カミラは地面に2本の斧槍を刺し、テーベを受け取ると、お姫様抱っこをして棺の方へと歩いていった。エミリーもカミラに合わせるよう後ろへ下がる。

 

 壁と対面。エミリーに暴走の気配はない。正面の壁は周囲の壁よりも薄く半透明だ。カミラは薄い壁を潜り、そして抜けた。

 

 1歩、2歩と進む。クルスの思考錯誤もあって真っ先にエミリーに異変が起こることはない。だが、3歩でエミリーの様子に異常が表れる。海溝の継承者と同じだ。苦しみ、燃やしつくさんとばかりにカミラへ殺意を放った。

 

 

《確定だね。この中で戦えば、他のアレに気づかれることはなく処理できるよ》

 

(僥倖。危惧していた展開は遠のいたわね)

 

 

 クイーンの力の放出により場所特定から即座に総督府側が対応することはなくなったと薄く喜ぶカミラ。そこへ、クルスがわたしはおうさつしたかったけどねー、と口を溢した。

 

 この互いに温度差がある中、エミリーは戸惑いながらも殺意を押さえ込めようとする。

 

 

「う、嘘……なんで……意識がなくなるまで……時間がかかるはずじゃあ…………うぐぅ……っ!!!」

 

 

 湧き上がる破壊衝動に呑まれそうだ。溶岩で煮込まれるように体が熱く、自我が溶けていく。意識が朦朧としてきた。

 

 暴走が何故始まったのかわかりようもなく、考える余裕もない。ただある日突然、人が死期を悟るように、唐突に人生の終わりがきたのだと理解する。

 

 逃げて。そう大声を放とうとしてた矢先、エミリーの目にブラッドヴェイルのスティンガー型が視界に映り、気づいた時には自身の心臓を貫いていた。

 

 青い血液が地面を汚す。

 

 スティンガー型を誰が放ったか伸びた尾を追えば、ブラッドヴェイルを持たないはずのカミラがスカートを巻き上げ、尾を生やしていた。

 

 カミラが目元を隠しているがゆえにエミリーには表情がわからない。判別できる限りでは、悪意は見られず、無感動で、感情もなく、起こってしまった出来事を淡々と処理するようなそれだった。事情を知っているからこそ即座に対応できる行いに見当違いの考えがよぎる。

 

 

――なーんだ、やっぱりラザフォードさんと同じ処刑人じゃん。テーベは私を守ってくれようとしたんだね……。

 

 

 意識が暗くなる中、最後にいじらしい子への温かさで心の隙間が埋まる。

 

 

――でも、これでようやく眠れる……心残りはあるんだけどね……。

 

 

 最後くらいはヤクモ兄ちゃんに会いたかったな、と呟いて、目覚めることのない夢に落ちた。

 

 エミリーの死に反応したのか、カミラに抱かれたテーベは目を覚まし、左胸から青い血液を滴らせるエミリーにテーベは顔を真っ青にする。

 状況がわからずとも、棺の中にはエミリー以外いるはずがないことを知るテーベは抱かれた体勢のままカミラの胸に手を向けた。

 

 テーベの動きに気づいたカミラは、抱えた状態のテーベを真横に回転させて離す。テーベは不自然な姿勢で執拗にカミラを狙い、炎の錬血を放ったものの、服の端を炙るだけで燃えさせることはなかった。

 

 だが、その争いが、エミリーに起きた変化の対応を遅らせる。

 

 

《カミラ、大変! アレが分裂しようとしてる!!》

 

 

 心臓を貫かれた化け猫はその質量を残したまま、背中からもう一体の化け猫を生み出す。分裂し、一際大きくなった化け猫が上空へと跳んだ。

 

 化け猫は上空に浮かび上がりながら2本の尾に人ほどの大きさの火の球を練り上げ、高いドームの壁に張り付くと、尻尾をカミラとテーベに向け、敵味方なく火球を交互に連射し始める。

 

 カミラとしてはテーベが死ぬのは構わない。テーベの運が悪ければ灰化すらありえる。しかし、背後からネレイスの”テーベ!”という叫び声を聞いて、一時守ることに決めた。

 

 カミラは片足を変質させ、杭のように鋼鉄化した足を地面に突き刺し、アイヴィ型ブラッドヴェイルをテーベの周囲に展開。地面から突き出た幾つもの剣の絨毯でテーベに飛来する弾幕を遮る。己に迫る火球は腕を盾に耐え忍ぶことにした。

 

 着弾するごとに広がる爆発。灼熱の爆風が服を焼く。触れた時点で灼熱が渦巻くのが厭らしい。下手に触れていれば顔面に直撃を受けるところだった。以降も化け猫の連射は止まらず、爆発が重なり、煙を瞬く間に広がていった。

 

 カミラは戻したスティンガー型で縦に一閃。化け猫の攻撃を中断させる。

 

 スティンガー型のはらいに巻き込まれ、煙が晴れる頃には、浄化マスクは吹き飛び、服の一部は焼き焦げ、靴はアイヴィ型の膨張によって弾け、カミラは見るも無残な格好になった。また、地面のあちらこちらにクレーターができている。

 

 幾度となく火の球をまともに浴び、肌は煤けているが、持ち前の耐性によりダメージはそれほどもない。むしろ、久々の痛みに闘争本能が刺激され、気分が高揚する。

 

【挿絵表示】

 

 

《あーん、もうっ、カミラの服がボロボロだよ! せっかくわたしが選んだのにぃ!!》

 

(とんでもない熱量ね、伴侶を炙り殺す気かしら? おかげ様で私の服もこんな有様だわ)

 

《次、次の服もわたしが選んでいいよねっ!?》

 

(……ほどほどにね)

 

 

 戦闘中なのだから自重して欲しかった。一方で、内なるクルスはお構いなしにきゃあきゃあと黄色い声で喜ぶ。

 

 それはそうと、アイヴィ型で四方に壁を作り、伴侶を守ることはできた。けれども、化け猫の攻撃性能のせいで身動きが取れそうもない。スティンガー型を伴侶に巻き付けて行動することも考えるが、下手をすれば爆風で焼死してしまう。

 

 

(神骸、分裂した方に移っているわよね?)

 

《そうだねー、海溝の時みたいに強化されたっていうおまけ付きだよ。カミラが昔、ラストジャーニーで急激に身体能力を向上させたのと似てるね。こっちの方がふれ幅が大きくて恩恵が多い分、死に戻りしても後戻りできないだろうし。でもって、一撃で倒してもまた分裂するかも。だけど生命力が減ってるっぽいから、繰り返し倒していけばその内限界をむかえると思うよ》

 

(アイヴィ型で面攻撃をすれば決着は早いのだけれど……)

 

《ん? まだアレの娘を守り続けるの? さっきの爆撃で運が悪かったら焼け死ぬだろうけど、どうせ復活するし、一度くらいいいんじゃないかなー?》

 

 

 クルスは軽く言うが、周囲にヤドリギがなく、棺の情報閉鎖された環境では蘇る確率は薄い。カミラはテーベがここで死ねば滅ぶだろうと予期している。ゆえにネレイスがどうしたいのか、カミラは棺の外にいる者に意識を向けることにした。

 

 

「お願いします、テーベお姉様を生かして下さい! 私達が生きるには思い出が大事なのです……!!」

 

「姉想いね、高くつくわよ」

 

「……お望みのままに」

 

 

 ならば話は早いと、カミラはアイヴィ型を囲う四角から三角錐に形を変えて、刃の温度を下げ、熱気で疲弊しているテーベを隔離する。守りについてはこれ以上必要ないだろう。この先は相手の出方を見ることにした。

 

 化け猫も化け猫でカミラ達を様子見していた。並みの吸血鬼より潤沢に使用できるとはいえ冥血にも限りがある。さきほどは大盤振る舞いだ。効果が薄いのなら続けるつもりはない。化け猫は行動を変え、壁を横に駆けながら錬血を使用し、炎を纏ったクナイを3本同時に投擲した。

 

 投擲したクナイはカミラへと真っ直ぐ突き進み、3本まとめてカミラの鋼鉄の手で受け止められ、そして、返される。

 

 一本ずつ順次に返されたクナイを化け猫は全速力で駆けて避けるが、最後の一本は間に合わず、足に被弾し、危うく落ちそうになった。けれど、爪を立て、両手で踏ん張り態勢を立て直す。

 化け猫にとって地上は死地だ。スティンガー型の速度に対応できないのだから、分の悪い近接戦闘はしない。それに大きな隙を見せても追撃がこなかった。高所にいる限りは安全だと再認識した。

 

 であるならと、化け猫は余裕を持って火の玉を練り、直径5メートルはあるであろう火球を投げ込む。しかし、その大きさゆえ、火球は落下の途中でスティンガー型に斬られ、化け猫をも巻き込む大爆発を引き起こした。

 

 大爆発の波動により棺の壁が揺れ、爆風の余波が棺内で反芻する。

 

 化け猫は大爆発の煽りを受け、壁から手足を離してしまう。だが、宙で分裂し、抜け殻を足場にして天井の壁に張り付いた。攻撃範囲に入った抜け殻はカミラがスティンガー型で処理を行い、肉塊を地面に撒き散らす。肉塊は燃えるように赤く燻り、崩れて消えた。

 

 分裂したことで化け猫の体力はさらに減る。けれど、体力はまだ余裕だ。一方で、届かない場所から小出しに攻めてくる化け猫に、内なるクルスが怒りのボルテージを上げていた。

 

 

《うっざぁあいっ……! 弱い癖にいい気になってぇ!! 暴走してるんだから獣らしく攻めてきなよ……!! なんで知恵を働かせてるの!!?》

 

 

 殺してやるから早く降りて来いと内なるクルスはぷんすか怒り、地団太を踏む。

 

 

(……今更だけれど、クイーン討伐時期の最終決戦って、クルスが高所からヒットアンドウェイで隠れながら攻め続けていたなら、あの時のメンバー、敗北濃厚だった気がするわ。いくらシルヴァが粛清の棘を防げるといっても、長時間持続はできないのよね)

 

《や、趣味じゃないもん。こう、真正面からころころしたい!》

 

(うーん、この残虐性。血を取り込む他に鑑賞するのも好きなのよね。なら、クルスの趣味に合わせて真正面からいきましょう。私も、この高ぶった気分を発散させたいわ)

 

 

 やっちゃえー、とクルスから応援と期待を受け、カミラは動いた。

 

 まず、アイヴィ型を切り離す。短時間でしか形は維持できないし、気配云々あるが、最後にはクイーンの力が必要なのだ。構わず実行。

 次に片方のみの靴を脱ぎ棄て、自由になった足で助走。その間にオウガ型を本来の大きさに戻し、より誇大化させ、跳躍。放たれた弓矢のように跳んでいき、攻撃有効範囲内まで距離を一気に稼いだ。

 

 分裂し危機から逃れた化け猫であったが、突如カミラが動いたかと思えば、あっという間に中距離まで距離を詰められて動揺する。相手はすぐ近くにおり、攻撃の有効範囲だった。

 今から背中を見せるのは不味い。逃げるより迎撃することを選択する。背中から小太刀を抜き、2本の尻尾をカミラへと向けた。

 

 化け猫が最初と同じように火球を連射すると、カミラはオウガ型を盾に真正面から火球を受ける。爆発の中を突き進み、灼熱をものともせず、誇大化した手で化け猫の頭を掴むと壁に叩きつけた。

 化け猫はめげず、小太刀による鋭い剣捌きでカミラの胴を狙うが、スティンガー型に弾かれ防がれる。

 

 化け猫を壁に押し付けているカミラは、空いた方の手で化け猫の肩を掴むと、一呼吸入れて無理矢理半回転し、化け猫と上下を入れ替えた。

 丁度化け猫が真下にくると化け猫から手を離して背中に乗り、蹴りを放って、地面へと蹴り落とした。

 

 化け猫は地面に対してうつ伏せゆえに手足を生かして叩きつけられる衝撃を殺し踏ん張ったが、その間にもカミラは化け猫を蹴った反動で天井に到達し、クルリと一回転すると天井を蹴って地面に着地する化け猫へ急降下。硬直する化け猫へ誇大化したままの異形の手で襲う。

 

 化け猫は横に転がって避ける。が、息つく間もなく、土煙を巻き上げて地面から直角してきたカミラの突進を受け、誇大化した異形の手で壁際に押し付けられた。

 これでは分裂で逃げられない。一度棺を開放して逃走を図ろうとするが、棺の壁がなくならず、顕在したままだ。そうしている間に、カミラから重い拳を腹部に叩き込まれる。肉が振動し、固いものが折れる嫌な鈍い音が内に響いた。

 

 カミラはもう片方の手も異形かさせると、殴った手と交代してもう一度殴りつける。顔を殴った化け猫の目のレンズが砕け、顔にヒビが入った。

 

 そして

 

 殴って、殴って、殴って、殴って、壁に押し付けるように殴り続けて。

 

 意識を失おうが、肉がすり潰れようが、肉片がそこらに飛び散ろうが、化け猫の息の根が切れるまで拳を繰り出し、カミラは無言で殴り続けた。ミンチされていく化け猫、体を揺らされ続け、命の蝋燭が消えるまでそう時間はかからないだろう。

 

 途中、テーベを隔離するアイヴィ型が解け、感情的になったテーベがカミラを襲ったものの、カミラはテーベをスティンガー型で捕縛し、拘束して宙釣りにした。

 

 やがて、原型をとどめず何の肉かわからなくなる頃、化け猫の肉体が蒸発し、青い光を放つ。死体のあった場所の上で結晶の塊になると、一つの神骸となって現れた。

 

 カミラはそこでようやく手を止め、再生する神骸をアイヴィ型の剣山で突き刺す。あとは内なるクルスの仕事だ。

 

 刃に貫かれてもなお再生する神骸へ、クルスがうにょにょんと頭を唸らせ力を行使する。神骸は淡い光に包まれると、燃え、次第にその大きさを縮ませていった。

 宙に浮く神骸が指先程度の単なる青白い宝石になり、カミラはそれを手に取り回収した。これで無力化した神骸は二つ目となる。

 

 

《あー、めんどー、めんどー。壊せば一瞬なのに、調整して細工を施すのって繊細すぎー。妙に疲れたー》

 

(ありがとう、お手柄よ)

 

《ん~、カミラのその言葉でやった甲斐があるよー。それで、前に話した通り、小さな入れ物に入れちゃっても大丈夫だよ》

 

 

 内なるクルスはぐーと伸びをする。機器の探知に、神骸の無力化及び加工。周囲の気配に気をやり、墜鬼の指揮など。慣れないことの連続や作業の同時並行。流石に疲れた気分だった。

 

 カミラは陰ながら支えてくれたクルスの代わりに棺に干渉し、外にいるネレイスを中に入れる。

 

 

「継承者様、浄化マスクが……」

 

 

 浄化マスクを失ったカミラにネレイスは自身のマスクを外して渡そうとする。瘴気が濃いのだ。血の乾きによる暴走をさせるわけにはいかなかった。

 

 だがカミラは、ネレイスの浄化マスクを抑え、外そうとする行為を中断させた。

 

 

「やめて、必要ないわ。ネレイスの想定以上に私の耐性は高いの。今すぐどうこうはならないから」

 

 

 私の体に気をつかうならこれを受け取りなさい、とカミラはネレイスに神骸石を差し出した。

 

 ネレイスはカミラを心配するが、カミラから断固として受け取らない気配を悟ると諦めて神骸石を受け取る。それから、カミラから渡されていたアミュレットを取り出し、嵌め込み部分に嵌め込んだ。

 神骸石が周囲の明かりに反射して光り、ネレイスは石から伝わる温かさに目を細め、石の部分を優しく撫でる。

 

 

「……お母様の意思を感じます。それと、安らかです。本当に暴力の化身たる力を取り除いてしまうだなんて、感謝の念にたえません」

 

「クイーンの意思を完全には取り払えてないわ。わずかに混じってる。本番は本人の復活の際ね、油断はしないで」

 

「はい、仰せのままに」

 

「それはそうと、この子、テーベと言うのよね?」

 

 

 カミラは二の腕ごと拘束したテーベを引き寄せてネレイスに見せる。

 

 

「はい、テーベと呼ばれています。私より先に創られた姉でございます」

 

「途中まで元気だったのだけれど、さっきから抜け殻みたいなの。どうにかして頂戴」

 

 

 言うが早いか、カミラはテーベを地面に下して開放し、彼女から離れる。ネレイスはカミラと入れ替わるようにテーベと接し、寄り添った。しかし、ネレイスが語りかけても無反応だ。この前の自分と同様であり気持ちは理解できた。

 

 けれども、カミラのオーダーはテーベに感情を戻すことである。ネレイスは思案し、自分の手にあるものは何か考え、とあることを思いついた。

 

 ネレイスは所持していたアミュレットをテーベの手に握らせる。すると、テーベの瞳に光が戻ってきた。テーベは石から伝わる温かさに、子供のように両手でアミュレットを固く握り、静かに泣き始める。

 

 カミラはその二人の様子を眺めていると、気の抜けたクルスから警告が入った。

 

 

《……んむー、金ぴかが頑張って追い払ってるけど、追加の人員あって、筋肉達磨達が来ちゃうよ。どうする~?》

 

(いい時間だもの、逃走するとしましょうか。クルスは休んでおいて、後の処理は私がしておくわ。堕鬼の指揮も譲ってくれる?)

 

《ふぇー、いいのー? だったら、甘えちゃおっかなー?》

 

(ええ、任せなさい)

 

 

 そうしてカミラは証拠隠滅などの事後処理を施し、二人の伴侶を連れて休める場所へ足を急がせた。

 

 

 

 

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