紅月の下、世界は赤く染まる 作:夕闇
カミラと接触した
「えーっと、初めまして。俺はオリバーっていうんだけど、君ってここで暮らしている人?」
「ええ、そうね」
カミラは平然と嘘をつく。
「いきなりで悪んだけどさ、その血涙を分けてくれないかい? 君の縄張りだってことはわかっているんだけど、俺も生きていくのに必要なんだ」
相手を刺激しないよう心掛ける。武器を地面に置き、敵対する意思はないと示し、ヤドリギの実を指差した。
カミラ達は血涙という名称を知らないが、ヤドリギを指差しているのを見て、状況的にヤドリギの赤い実の名称だと気づく。
「構わないわ」
端的に答え、カミラは仕方ないわね、といった演技でヤドリギへの道を開けた。
オリバーは緊張をほぐし、「ありがとう」と感謝を露わにする。ただ、オリバーは移動しながらもカミラを目で追ってしまう。浄化マスクや、武器にブラッドヴェイル。どう見ても必要な装備を所持していないのだ。オリバーはカミラがどうやって生きてきたのか不思議でならなかった。
しかし、注視し過ぎたため、オリバーはカミラの冷たい雰囲気に打たれた。まさか自身の挙動がわかると思わず、愛想笑いでその場を誤魔化す。
それからカミラに背を向け、ヤドリギから垂れ下がった血涙をもぎ取って回収。その数は全体の2割程度。巨大なヤドリギという訳でもないので数も少ない。オリバーはそれらを懐に入れてある布袋に血涙を収めた。
「一人分にしては些か多いような気がするけれど、もしかして貴方、家族でもいるの?」
布の袋をしっかり閉じるオリバー。けれど、その表情に嬉しさはなく憂鬱が浮かぶ。
「家族なんて上等なものじゃないさ、むしろ無理やり働かされている奴隷だよ。本当はこれだけ持って逃げたいんだけど、今地上では戦いの実力者が見張りをしてて逃げられないしね。下手すると仲間に逆恨みもされるしさ。だったら秘密にして血涙を持っていかない方がいいんだけど、余裕がないのも事実でね。ごまかしはするけど、他の人がここを見つける前に君も他へ逃げた方がいいよ」
「奴隷ね。それって法的に許されるのかしら?」
オリバーは溜息をついて、疲れた様子で血涙の入った袋を掲げる。
「中世のような契約売買なんてないけど、実質許されているよ。労働奴隷みたいなものさ。各地のヤドリギが徐々に枯れる中、これを、血税を納めるために、力の弱い僕らは強い吸血鬼に屈服して生きていかなきゃならない。力弱い者から死んでいく。シルヴァが統治しているのはそういう世界だ。っていうか、子供ですら血涙のために殺しや騙し合いもしているのに、君は知らないのかい?」
「死んだと思ったのに蘇ったのよ、人の記憶のままね。混乱もするわ」
「なら、君はよほど運がいいんだね。どこもかしこも秩序が崩壊して、無法地帯となっているよ。人殺しをしたって治安部隊に現場を抑えらなければ罪にならない。監視下にある法の下に入りたかったら、ここみたいな血涙の泉があって、かつ
「ここでは駄目なのかしら?」
「こいつが豊穣でもないし、難しいラインかな。それに僕達を奴隷化しているグループを蹴散らしつつ、目立たないけど周辺に点在する強力な堕鬼を倒さないといけない。碌に食事を摂れていないから俺達に決起する体力もないし、グループ全員の力を合わせたって強力な堕鬼の前にはどうしようもないしね。この際だ、他に聞きたいことはあるかい?」
「そうね、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」
そうして、カミラはオリバーからこの世界の常識を語ってもらう。
オリバーはこの世界の理不尽にを知らせるためか、普通は人に語ることではない一つの家族を死に追いやる話もする。友人の話だと言ってはいたが、まるで自身が見てきたかのように出来事を語り、後悔のごとく吐露する様は懺悔に見えた。
命の価値が軽いこの世界では、通貨の価値が重く、血税の未払いは重罪で、安全地域から追い出され、化け物が徘徊する棲み処で這い蹲るように生きるしかない。強い吸血鬼はその安全地帯での暮らしを維持するため、交代で力無き者を奴隷のように扱っているとのことだった。
他には、ヤドリギというものは血涙の萌芽を指す用語なのだが、そこから成長して”血涙の泉”になる奇跡の植物だとも教えて貰えた。その泉のことをヤドリギというのはクイーン討伐時期に血涙の泉がなかった第二世代に時たま見られる癖だということだ。今の第三世代・第四世代では、まずいない。
「色々と知らないことばかりだから助かったわ。ありがとう」
「いや、俺の方こそありがとう。話を遮ることなく聞いてくれて。こんなすっきりとした気分は久しぶりだ。今の俺の立ち位置だと仲間を暗い雰囲気にできないからね。あと、これをあげるよ」
オリバーは手にしていたマスクをカミラに差し出す。
「瘴気を浄化するマスクだ。持ってないんだよね? 俺は大丈夫。帰り道に手に入る場所があるからさ」
「必要ないわ、自分で付けていきなさい」
「えっと、気持ちが悪いなら、手に入る場所から持ってくるけど……」
首を振って頑なに断るカミラに、オリバーは少々困惑した様子を見せた。どこからどう見ても、カミラは浄化マスクを持っていないのだ。ここの地域は瘴気が濃くないとはいえ、浄化マスクなしに行動すれば血の乾きが加速する。
「それも必要ないわ。お人よしもいいけれど、ほどほどにね。この地下には貴方以外の仲間はいないのよ」
「……ごめん、知ってたんだね。君に仲間でもいるのかい? ……いや、忘れて。聞かない方がよさそうだ。まぁ、でも、相方の形見を回収するだけだよ」
「ちょっとした覚悟が見え隠れしているわ。既に化け物化しているか、成りかけているのではないかしら?」
「堕鬼化には数年かかるのもいるからさ、ははっ…………はぁ……」
オリバーは笑って誤魔化そうとしたが、目の前の女性に冷ややかな視線を浴びさせられると観念する。
「サイコロを振るような行為はよしなさい。それよりも貴方、フルネームは?」
「オリバー・コリンズ」
「なら、コリンズ。地上へ行って。私も今日中にここを引き払うから」
「ええっと、あまり濃くないとはいえ、浄化マスクなしでの行動は身の破滅だから気をつけてね」
「ええ、堕鬼化なんて笑いものよ。《ほんとにね》……無事に戻れるよう祈っているわ」
会話の途中で内なるクルスのちゃちゃはあったものの、オリバーはそれじゃあと言ってカミラから離れ、カミラは手を軽く振ってオリバーを見送った。
オリバーの姿が見えなくなると、内なるクルスはのんきな口調でカミラへ声をかける。
《わたしを倒したのに、生活は苦しくなっていく一方みたいだねー?》
(文明が発展していると予想していただけに、さみしいわね)
《悲しいとか残念とか寂寥感の思いがあるだけで、動く気もないカミラは何をするの?》
(含みのある言い方。私が身勝手なのは今更じゃない? それよりも、シルヴァの娘の存在が気がかりなのよね。彼女の力は今後、貴女の不都合にならないかしら?)
《あ、心配してくれるの? んふふー、嬉しいんだー。そうだね、大丈夫だよ。今のわたしは昔と別物。混じりあうことも同一化することもない。かつてのわたしの残滓がわたしを求めても、もう遅い。その機会はとっくに過ぎ去ってるから》
内なるクルスの絶対の自信がカミラに伝わる。で、あるなら、カミラは内なるクルスを信頼するだけだ。
(なら、あとは実家の跡地を見るくらいかしら。後の予定はそれから考えましょう)
《はーい、じゃあ、カミラの懐かしの実家に帰宅だね》
(いえ、寄り道をしていくわ)
《あれ、何かあったっけ?》
(迂闊にも忘れていたけれど、浄化マスクを回収するわよ。意味ないとはいえ、目立ちすぎるもの)
《さっきの男の人が話していたマスクを回収かー》
(そんな中古品より、もっといい品質が欲しいと思わない?)
《お? 殺し合い?》
(奪い合いのご時世らしいもの、場合によってはね。とはいえ、一般的な吸血鬼の強さもわからないこともあって、最悪、壊れた物を別の場所で入手になるかもね)
その時、内なるクルスが閃いた。
《あ、はいはーい! だったら、カミラが直接動くよりもっといい方法があるよ!》
(あら、良い考えが浮かんだのね。それじゃあ、期待させて貰おうかしら)
《まっかせて~! 攻撃はできなくても、操作や指示はできるんだから!》
そうしてカミラ達は、吸血鬼の強さの指標を測りつつ、オリバーの飼い主から物資を奪うため、行動を開始した。