紅月の下、世界は赤く染まる   作:夕闇

4 / 17


 

 

 

 オリバーは血涙を持って横柄な吸血鬼(レヴナント)(もと)へ帰還する。まずは他の者達に武器を取り上げられた。それから、横柄な吸血鬼と数少ない言葉を交わし、血涙の入った布袋を差し出す。飼い主からの労いの言葉はなく、当たり前のように血涙を持っていかれた。搾取されるいつもの日常だ。

 

 用が済むとオリバーは歩かされ、他の奴隷達がいる地下牢へと押し込まれた。地下牢は正方形の広いフロアといった造りである。出入り口は天井より上にある一カ所のみ。出る時は上から落とされる折り畳み式の梯子を利用して出入りする。

 

 オリバーはこっそり隠し持っていた血涙を仲間に渡し、決まった順番で皆が回し飲んだ。飼い主達に知られたなら当然折檻がある。だが、こうでもしないと奴隷生活に耐えられない過酷な環境だった。

 

 また翌日になれば、オリバーは他の吸血鬼を連れて血涙が実る血の泉の探索へ赴かなければならない。辿り着くつもりはさらさらないが、いずれは発見されるだろう。オリバーは地下で別れた女性が無事に逃げてくれるようにと祈った。

 

 一方、横柄な吸血鬼。彼はオリバーが持ってきた血涙に気分が高揚し上機嫌だった。実る血涙の在り処は、オリバーが必死に堕鬼から逃げて碌な道順を覚えていないとのことだったが、他の奴隷達に探させればいいのだ。焦る必要もなかった。

 

 今日はもう休もうと、手に血涙の袋を持ち、最低限整理整頓された廃墟へ向かう

 

 

「ううん、ここんとこ枯れた血涙の泉と、碌に血涙を持ってない奴等ばかりだったから助かったぜ。いつも襲って勝つ、連戦連勝なんていかないしな。ただ、ちぃっとばかし3番が有能すぎる……アイツを中心に奴隷共が纏まってきてるし、勿体ねぇが死んでもらわないと厄介そうだ」

 

 

 3番とはオリバーのことである。彼らにとって弱い吸血鬼は消耗品と変わらず、ゆえに個々の名前を覚えるつもりもない。番号で十分だった。ついでに言えばオリバーは自分ら並に強いと知っている。ただ、オリバーの人の良さを利用して、仲間という鎖を繋ぎ(くびき)を打ったのだ。

 

 

「最近、よりによって、クイーン討伐で生き残った女を労働奴隷にしちまったし、体調と鬱が治ったら怖いんだよな……かと言って、そこらにほっぽり出すのも後がこえーし。勝手に死んでくれると嬉しいんだが……グループはまだこのままだな」

 

 

 労働奴隷はグループ単位で分けている。全てをまとめた場合、反乱の可能性が上がり、怖いのだ。従って、グループ内で頭角があり、優秀すぎる者は間引いている。

 

 そんな横柄な吸血鬼の元へ、銃剣を担いだ仲間が汗水垂らして飛び込んできた。

 

 

「おいっ、ここから逃げなきゃやばい! 狂い咲く毒蝶共が攻めてきやがった!」

 

「……は? ――はぁっ!!? あの化け物は滅多に棲み処を動かさないじゃねーか! 何でこの場所を襲ってくるんだよ! ここは一時保管庫だぞ!? 何のためにここにあるヤドリギを最低限維持したと思っていやがる!!」

 

「んなもん奴等に聞いてくれ!」

 

 

 切迫した二人を余所に、体長3メートルを超える白い胴長の化け物が大鎌を構え、奇襲を仕掛けてきた。命を刈り取る形をした刃先で二人の吸血鬼を狙う。

 

 しかし、二人の吸血鬼は腐った性格をしていても戦闘技術は高かった。しっかりと殺意を感じ取り、凶刃を回避する。

 

 

「ちくしょう、危ねぇっ! ……あ゛ぁ゛っ!? こいつ、どこぞの集落を潰したバケモンじゃねーか! 次から次へと何なんだよぉ!!」

 

「だから逃げる、言っただろ!? つーかリーダー、武器はどうした!!」

 

「んなもん、メンテの得意な奴に預けちまったよ!!」

 

 

 言い争っている間にも、化け物は二撃目を上段から振り下ろす。二人の吸血鬼は互いに逆の方向へと避け、左右に分かれた。

 

 化け物の大鎌が地面に突き刺さり、軽い地響きを起こす。小粒の石がそこらに飛び散った。引き抜く隙ができる。横柄な吸血鬼はチャンスとばかりに、化け物に背を向け走り出した。

 

 

「寝床に予備武器を隠してあっから、そいつは任せたぜぇ!!」

 

「はぁぁあああっ!!? テメェ、ふざけんなっ!!!」

 

 

 わざわざ危険を知らせにきた味方はリーダーらしからぬ横柄な吸血鬼に置き去りにされ、自然と化け物に狙われてしまった。

 

 仲間を置き去りにした横柄な吸血鬼は廊下を駆ける。数段飛ばしで上階の階段を上り、簡素に整えられた寝床へと飛び込んだ。廃材で作られた寝台の下から吸血機構のある小振りの剣と幾つかの薬品を取り出す。

 

 

「はんっ、最低限だがコイツと吸血牙装で雑魚共なら蹴散らせるか。さっきみたいなでけぇ奴は無視だがな」

 

 

 一旦気分が落ち着くと、今回化け物達が襲ってきたことが不可解だった。腹が減っていたのか、ただ暴れたいだけなのか判断つかないが、セーフティーでの襲撃は初めてのことだ。

 

 しかし、今は避難第一だろう。仲間は逃げるために自分を呼んだ。不安だが、本拠点目指して逃走すれば他の味方と合流できるかもしれない。

 

 

「来た道を戻ったところで厄介な化け物共がいるし、窓から飛び降りるのもありだな……」

 

 

 横柄な吸血鬼は剣を持って立ち上がり、窓を覗こうとして歩みが止まる。背中から衝撃がきたのだ。

 

【挿絵表示】

 

 横柄な吸血鬼は何が起きたのかすぐに理解した。人の腕ほどのオウガ型の模した籠手が自分の左胸から突き出ている。自身の鼓動が聞こえない。心臓が裂かれたのだと気づくと一気に体温が下がった。手から小振りな剣が滑り落ちる。

 

 イノチの零れる感覚。横柄な吸血鬼はもう助からないと自覚する。胸から手が引き抜かれ、横柄な吸血鬼は膝から崩れ落ちた。

 

 

「ごほっ……おいおい、暗殺してくる個体がいるとか聞いていねーぞ……」

 

 

 吐血した後、怨みがましく呟き、心臓を破壊されたことで蘇生することもなく死亡した。

 

 カミラは膝を付いた横柄な吸血鬼を蹴りつけ、床に転がすと、頭をザクロのように踏み潰した。男の崩壊を早まり、横柄な吸血鬼は肉体が瓦解し、物だけが現場に残る。

 

 特に何かされた訳ではないが、カミラは相手を容赦なく殺害した。手に付着した血液を啜り、口に含んで、嚥下する。

 

 

「ん、吸血鬼でも人間と味の大差はないわね。でも、そのせいで駄目。どうにも男の血は私の好みに合わないわ。若い女性か少女がいい」

 

《ふぇっ、味知りたくてリスク負ってまで殺したの? 堕鬼(ロスト)に持ってこさせればいいのに》

 

「劣化したものより新鮮な血が欲しいじゃない。それに体感的にここの吸血鬼でもご馳走になるとわかったのは僥倖よ」

 

 

 クルスの言い分はカミラとて理解はしている。けれども、警戒されてから襲撃するつもりはなく、押しきれると判断したので自ら動いたのだ。もしも、横柄な吸血鬼が闇討ちを気づく素振りがあるのなら撤退していた。

 

 

《まー、下手にヤドリギを探すより駒使って吸血鬼を狩った方が安全かもね》

 

「それはそうと、手軽な物だけ回収してオリバーに恩売りね」

 

《えー? あいつ等、役に立つかなー?》

 

「強さというよりは、彼の性格ね。顔は繋いであるし、人間関係の活用の時のために種を蒔いておきたいわ」

 

《あー、年数経ちすぎてカミラと関わり合いのあった人が友好かどうかわからないもんね。身辺を洗うのもわたし達だと難しいし。そもそもクイーンの姿だし》

 

 

 カミラはもっともだと同意した。その後、内なるクルスに堕鬼の指揮を任せ、人の怒号や悲鳴が飛び交う中、現地にて手持ちの装備を整えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリバーは天井の穴からうっすら響く殺し合いの音で瞼を開ける。刃が交じり合う剣戟や人の怒号に気づき、まどろみから覚醒した。冷たい床から飛び起きて、起きていた憂鬱そうな女性に何があったのかと質問する。

 

 

「堕鬼が襲ってきたんじゃないの? よくわからないけど」

 

「それは不味いね……、ここでの俺達は武器がない。浄化マスクがあるから血の乾きから堕鬼化することはないだろうけど……うん、まずはみんなを起こそう」

 

「……そうだね」

 

 

 憂鬱そうな吸血鬼は気だるそうに同調した。それから、彼女はゆっくりと、オリバーは精力的に動き、疲れて眠っている他の者達を順次起こしていく。全員が目覚めても争いの騒音は鳴り止まなかった。

 

 オリバーは6名全員を一カ所へ集める。

 

 

「聞こえているだろうけど、地上では俺達を酷使させる奴等がおそらくは堕鬼に襲われてる。理由はこの際どうだっていい、今は見張りがいないだろうし脱出しよう。少なくとも、今の使われて生きる生活よりはましだろ?」

 

「ああ、それはもちろんだ。だが、どうするんだ?」

 

 

 訳知りな吸血鬼がオリバーに問う。

 

 

「俺達で足場を作る。そして彼女に梯子まで跳んでもらうんだ。悪いけど、協力してもらうよ」

 

 

 オリバーに指名を受けた憂鬱そうな女性は不満気ではあったが、顔を縦に頷いた。

 

 梯子の位置は高く、10メートル。フロアの中央にある。壁は使えない。オリバーを含めた7名は1名が跳び、1名が初めの段となり、5人で組んだ2段目で届かせる算段だ。

 

 憂鬱そうな女性が勢いをつけ、一段目でレシーブされて跳び、2段目で押し出されて一番手前の梯子の手すりに届く。試みは成功し、全員が歓声に湧いた。しかし、虚しいかな、梯子の手すりが折れて、彼女は手すりごと落ちてしまう。

 

 2段目のグループの下へ落下し、土台が崩れて地面に転がった。憂鬱そうな女性は静かに口を開く。「……私が重いんじゃない」と弁明。その後もグチグチとネガティブな発言をしていった。

 

 元々梯子に老朽化もあり、物自体が長年手入れされていないので皆も理解している。それからも、憂鬱そうな女性が続投された。本人は不満そうだが、みんなで励まし、チャレンジさせる。けれども、手すり一つ分がどうしても届かなかった。

 

 全員が血涙探しで疲労した体に鞭を打つ中、地上から一つの血涙が転がり、オリバーのいる地下へと吸い込まれる。真下にいた一人の吸血鬼が危なげに血涙を受けとめた。誰かが梯子付近にいる。それに気づくと、オリバー達は息を潜めた。

 

 血涙を投げ入れたと思われる主は梯子を蹴って展開させると、手紙を一つ置き、重しを乗せて立ち去る。

 

 オリバー達は降って湧いた幸運に困惑しつつも、オリバーが先行して地上を確認しに行った。梯子を登りきった先には誰もおらず、手紙だけがあった。

 

 オリバーはその手紙を取り、一文を読む。

 

 

――地下にある血の泉はご自由にどうぞ。数名分は残っているわ。

 

 

 オリバーは手紙の内容で梯子を降ろしたのは誰なのか察しがついた。地下にある血の泉に血涙が残っていることも。せめて一言お礼を言いたかったが、本人がいないのではどうしようもない。しめやかな気分に浸っていると、離れた場所から堕鬼の歓喜が響いてきた。地上にいた吸血鬼達が負けたのだろう。

 

 オリバーは次に会った時に感謝を伝えると心に決め、地下にいる仲間へ脱出を呼び掛けた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告