紅月の下、世界は赤く染まる 作:夕闇
街を抜け、荒野を過ぎ、ようやく海の街へと到着したカミラ達。かつての海辺は剥き出しになった岩や窪みだけが形を残していた。
カミラは自身の欠落した記憶を元に、海辺を一望できる高台へと赴く。
《ん~~~、到・着! でも、何もないね。時間が経ちすぎて風化しちゃった?》
カミラが住んでいた邸宅は瓦礫や残骸ばかりが散乱し、代々続く栄光は朽ち落ちたと言わんばかりだ。
「クイーン討伐時代からよ。バケモノの出現と大崩壊が続いた結果だわ。吸血鬼として目覚めて、ここに訪れた時にはこんなものだったわね」
《あっ……ごめんなさい》
「謝ってくれるのね。いいわよ、許します。ただ、間違えないで欲しいのは、クルスに謝罪をさせるために訪れた訳ではないってこと。ようやくあの生活にも一息ついたもの、生まれ育った故郷を目にしたかったの」
それからカミラは内なるクルスを元気付けた後、思い出の残滓を見て回る。干からびた水遊び場に、無人の守衛所。どれも形を無くしており、指摘を受けなければ判別つかぬほどだ。
さみしさとある種の満足が満たされる中、枯れた庭園へ足を伸ばす。すると、地面に突き刺さったマチェットを発見した。不自然にも、瓦礫を集め、それを台座として支えにした刺さり方だ。
内なるクルスは斬新なオブジェクトだと言うが、カミラの記憶にない。趣味の悪いオブジェクトは名前を忘れてしまった家族の好みに当て嵌まらなかった。
突き刺さったマチェットの前に立って見れば、剣は手入れがされていなかったことで腐食し、破損も目立った。とてもじゃないが振り回すのに適さない品質である。だが、そのマチェットの柄には紐で吊るされた半透明のポリ袋がぶら下がっており、手紙が入っていた。
カミラは罠に注意しながらポリ袋を開く。中に入っている防水を施された手紙の包装を解いて、ざらついた紙質を手に持った。
中身を確認してみれば、達筆な文字が書かれてある。
――○○○○○、元気かい? あんたがクイーンと相打ちになったと知らせを受けた時は悲しくなったもんだよ。あんたとは関わり合いが薄くても、母親とは仲が良かったからね。寂しくなるもんさ。
――だというのになんで、あんた宛に手紙をしたためたか不思議かい? そりゃ、あんたの性格の悪さを知っているからね。殺される終わるとは想像がつかないもんだよ。年寄りの勘って言うのかね? 当たっていたら、あたしも冴えたもんだ。
――前置きが長くなった。あんたの遺品はあたしらが受け取った。今となってはあたししか生きてないけどね。ともかく、あんたが生前残した遺品はあんたの母親が好きだった場所に置いといたよ。私ら一族が管理していた場所だ。クラゲの思い出と言えばわかるかい?
それから、報奨金も出たもんで、あんたの多少は荷物を増やしておいた。その場所だって、もうあたししか知らないから、少しは安心して足を伸ばしな。
――これで最後になるが、あんたがこの手紙を見つけた時にはあたしは生きていないだろうね。少しばかり生きるのに疲れちまった。子供を二人拾ったんだけれど、その子達もいずれあたしから巣立っちまうしね。二人の姉弟でさ、ミア・カルンシュタインとニコラ・カルンシュタインっていうんだ。生きる術を教えたが、その分扱使ってやったよ。
もし、あんたが良ければ、その二人の姉弟を気に掛けてくれると嬉しい。あんたは母親と間逆で一人だって生きていけるけど、あの子達はまだまだひよっこなんでね。なあに、ちょこっとだけ親切をしてくれればいいさ。頼んだよ。
――カーミラより。
追伸で二人の姉弟の特徴が書かれていた。
《この手紙、カミラ宛っぽいね》
「そうね、貴女を殺して死んだとなると私くらいしかいないもの。それと、一番に気になるのが〇〇〇〇〇って名前ね。私のことだと思うけれど、クルスは覚えある?」
《ないかなー。カミラがわたしと殺し合った時に、一緒にいる味方に呼ばれてた呼び名が後輩ちゃんだったり、新人だったりだもん。ピンとこないよ》
「そう……一度は結論が出ていたものね、愚問だったわ。ん~……、遺品を受け取りに行きましょうか」
《素直に受け取っちゃうんだね。名前、変えちゃったりする?》
「改名はしないわ。昔の名前だなんて、トラブルの元でしかないもの。私が知りたいのはお母様との思い出よ。大好きな人の名前を欠落させたままなのは寂しいじゃない」
《お母さんっ子だもんね》
「もちろんよ」
カミラは誇らしげに答えた。奥さない愛情表現に、内なるクルスは嫉妬と羨望の念を故人の母に送る。いつものことだ。
そして、手紙だけ回収したカミラは実家の跡地を出発する。滲む寂寥感から背中を引かれるが、次の目的地へ足を運んだ。
来た道を引き返して高台を下り、瓦礫と舗装が捲れた道を歩き、干乾びた海辺に戻ってきた。海辺に面した建物は風化しているものの、かろうじて読める程度の看板はある。内なるクルスは看板の文字を言葉にする。
《水族館?》
「ええ、今では海が干上がって鑑賞する生き物もいない吹き抜けばかりの建物だけれどね」
《お宝探しだね!》
内なるクルスはちょっとした遊びに目を輝かせる。流石のクルスも未知な物になると早急の発見は難しい。強い存在を放つものならまだしも、無機物だ。
館内に入ると、中は無人であった。ガラスが散乱しているが、荒らされた形跡もなく、埃は少ない。吹き抜けにより埃が積もり難いのだろう。また、電気がなくても明るい。
「ここも懐かしいわね、ゆっくり探索しましょうか」
カミラは目的の物に思い当たる場所があり、近道ができるがクルスが楽しみにしているので黙っておく。中は広いが海に面した水族館と変わらず、カミラが思い出を語りながら施設内を順次に巡っていった。
その思い出語りの中、内なるクルス気になったことを呟く。
《普通にスルーしてたけど、ミアとニコラって、少し前に会った姉弟のことだよね》
「あら、あの姉弟の事が気になるの?」
《気になるっていうか、その子達のいる方角がおおよそわかるから、どうするかなって思って》
「恐らく嫌われているでしょうし、私達からはアクションを起こさないわよ」
姉弟間の問題もある。彼らの関係を乱れさせたカミラとしては手を出すつもりはなかった。それに、今は大事な時期だろう。部外者が介入して負のイメージが増えても手間だ。
クルスはカミラが気にしないというならば、姉弟について興味を失った。
《ここの水族館、結構歩くね。B4Fって普通なの?》
「普通かどうかは知らないけれど、この地の観光名所ね。残念なことに、今となっては断崖絶壁に建つ建物。経年劣化も相まって、危険を冒してまで物取りをする輩はいないようね」
《ほぇ、職員用エレベーター?》
「ええ、ここから更に地下へ下れるのよ。個人の発信力もあって知られているけれど、大々的に公表をしていない場所ね」
カミラは手をオウガ型に変質させると、エレベーターの扉をこじ開ける。奥深くにうっすらとした明かりが差しいていた。それから、暗い闇へと飛び降りる。異形と化した片手で壁を引っかき続け、負荷の掛かった手の先は赤熱し火花が飛び散る中、落下の勢いを減速させた。
エレベーターの底には人が乗り降りするかご室が瓦礫と共に埋まっている。深さにして大フロア3階分。カミラはかご室の上に降り立つ前に、横にある開いた乗り場扉に飛び移った。
《人が入った形跡があるね。ほんとは梯子で降りるのかな?》
「それ、上り下りだけでも相当手間よ。どの程度の荷物を持ち込んだのか判断つかないけれど、運搬者には頭が下がる思いね」
カミラ達は周囲に注意しながら先へ進んだ。内装は鑑賞よりも休暇で過ごす、をモチーフにしたフロアが幾つも見受けられる。
探索を進めていくと、幾つものトランクケースが積まれた場所を発見した。トランクを開け、中身を確認する。中には以前カミラが所有していた品々があった。見慣れない衣装もある。察するにカーミラの好意だろう。
「私の日記もあるわね」
辞書のような厚みがある。それを慣れた手つきで日記を捲った。いつか記憶を失うのだと危惧し、重要なことからくだらないことまで日記に記していた。一度読み終えると、再度始めから読み直し、時間を忘れて何度も熟読する。その間、クルスは大人しくしていた。ちなみにカーミラはカミラの親戚だと判明した。
カミラは大事な記憶を取り戻す。しかし、指を硬化させると、指を鳴らして火花を飛ばし、日記に着火した。紙媒体の記録用紙から煙が上がり、徐々に激しさが増していく。
《うえぇぇぇえええっ!? すっごく燃えてるんだけど、大事な物じゃなかったの!!?》
「もう一度忘却でもしたならそれまでよ。この日記、少しばかり重くてね」
《わたしが殺した人、たくさんいたから……?》
「なんにせよ、大崩壊の一件で人の怨みを買い過ぎているし、贖罪する気なんてさらさらないもの。都合の悪い人間関係はここでリセットするわ」
《うん……でも、極端な事をしなくてもいいからね? カミラの心が傷つくのは好きじゃないから……》
心配するクルスを前に、カミラが手にしていた日記は燃え尽き塵と化す。続けて、似た作業を繰り返し、他の情報媒体も順次に燃やしていった。少しずつトランクケースにあった物が減り、比例して、燃え滓が積もっていく。残ったのは家族の写真と少ない荷物ばかりだ。
「ふぅ、これでケース一つだけ持って、何処へなりに逃げられるわ」
《……あの、それでこれからどうするの? 今から予定を決めるんだよね?》
「継承者とやらがいる棺を見に行ってみましょうか。そう遠くなかったわよね」
《あ、観光気分だ。割り切りがすごいね。アレとあいつ等なんて放置してて良くない?》
「好奇心は猫をも殺すというけれど、未知をそのままにするのも怖いものよ。気がかりもあることだしね」
《う~ん、じゃあ、海の中かなぁ。距離的に深い場所になると思う》
「ありがとう。それと、今日はここで一泊ね。都合よく水の湧いている場所もあるし、身を清めたいわ。洗濯して、身なり整えて、それから向かいましょ」
《なら、別の服に着替えようよ》
「………………えっ?」
カミラは絶句し、目を瞬かせる。内なるクルスはカミラの驚き具合に首を傾げた。
《今の服だって、特別な能力とか防護機能がある訳じゃないし、着替えても良くない?》
「……待ちなさい。私、大きな子供がいる年齢よ?」
《歳を取ることないのに何か変?》
内なるクルスは箱入り娘である。カミラやシルヴァの娘から得た知識と、カミラが築いてきた人間関係とその生活くらいだ。また、トランクケースに入っている衣装はどれも丈の短いスカートタイプ。自分の母親がミニスカートや同程度のワンピースを着たと想像するなら、そのキツさが理解できるものだが、母親という概念を感覚でわからない内なるクルスはカミラの感性を理解できなかった。
子供のような純粋な想いでカミラに懇願する。
「……私の気持ち的に難儀なことなのよ」
《え~、見たいのにー。わたし、我慢してカミラの我儘に付き合ってるのに、わたしの我儘聞いてくれないんだ~?》
こうなると、カミラにとって辛い。一つの体に二つの心だ。パーソナルスペースなんてあったものじゃない。四六時中、頭の中でリフレインする子供に似た癇癪はカミラの精神を非常に摩耗させる。この先、敵地に侵入するのにここで消耗したくなかった。
トランクケースにある衣装類が目に映る。
「………………断腸の思いであるけれど……まず、これらの衣類を洗って………乾かして………それから決めましょう……」
カミラは苦渋の決断で幾つもの衣装を手に取った。内なるクルスは喜悦して喜ぶ。カミラは鈍重な足を動かし、この階にある湧き水場へ向かう。
かくして、現在の服を脱ぎ、服装を一新することとなった。