紅月の下、世界は赤く染まる   作:夕闇

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イラストなし


閑話

 

 

 

 クイーンがカミラに寄生し”クルス”と名前を騙った時期よりずっと前、物心ついた幼いカミラは物静かな子供であった。また、有数の名家の下に生まれ、上にはそれぞれ年の離れた二人の兄もいた。

 

 その家に初めて生まれた女の子ということもあって、母親はカミラに付きっ切りだ。その母親に人を惹きつける魅力があり、人に好かれやすいこともあって、カミラは人の縁にも生活にも何不自由することはなかった。

 

 情操教育の一環で絵本を多く与えられたりしたが、母親の横で絵本を眺めるカミラの心情は特殊であった。

 

 

(この人魚さん、仲良くもなく、守ってくれることもないのに、何で男の人のためにこんなに泣きたくなることを我慢できるの? 何で誰の目のないところに連れていって看病しなかったの?)

 

 

 所詮は身内でない者。自分の行いが知られてないというなら死んでしまっても誰も咎めないのに。男の子が手に入らないなら、どうなろうと構わないのではないか。と利己主義であり、共感性が乏しく、罪悪感が芽生え難い歪な精神だった。

 

 そのことを端的に母親へ伝え、母親は驚き、カミラを優しく諭す。カミラは母親に遠回しに叱られるのだと気づくと悪い考えなのだと学び、以降、悪いことだと思われる行動や思想に注意していった。善悪の区別をつけることで、身に降りかかるだろう障害を回避しようとしたのだ。

 

 母親が真っ当な人物で育成環境も良いこともあり、カミラは愛情というものが頭で理解できるようになる。すると、乏しい感覚でも肌で人のぬくもりを感じるようになった。

 

 心に異常性があるものの、それ以外の感性はゆっくりではあるが豊かに育っていく。喜んで、怒って、泣いて、笑って。けれど他者を傷つける罪悪感は薄くて。カミラが感情ある大人として育ったのは、ひとえに母親のおかげだろう。カミラが母親を大好きとマザーコンプレックスを憚らないのはそういうことだった。

 

 さて、視点が自身の内面を隠しているカミラから親戚であるカーミラへ移る。

 

 人の縁が多ければ冠婚葬祭の機会だって多い。ましてやカミラは名家の生まれだ。カミラは親に連れられ、一族の集まりにもよく参加したものである。

 

 その一族の集まりで、カーミラは子供カミラに気を掛けた。子供カミラの母親をカーミラも気に入っていたからだ。子供カミラの上の兄だって、内面母親に似て、優しく穏和で爽やかな感じの良い少年達である。あくどい小僧の父親に顔は似てしまったが、好ましく思っていた。

 

 カーミラは子供カミラを紹介されると、きっちりとした礼儀正しい子というイメージを受けた。ただ、母親のような無条件で人を惹きつける魅力はないように見受けられる。母親とそっくりな女の子だが、全てが生き写しになるのではないのだろう。

 

 それでも、子供カミラが子供に交じって遊んでいる姿を見れば何か面白い発見があるかもしれないと、カーミラは子供カミラの様子を興味本位で様子を窺った。

 

 

「うーん。しかし、どうにも家族と性格が似なかったようだ。厭味ったらしいあの父親とも違う……落ち着いてはいるが、人見知りしないし、主張の強い子ということでいいのかねぇ?」

 

 

 だが、何か違和感がある。テーブルゲームの遊びに夢中になっている子供達を眺めていてもわからず、カーミラはその場を離れた。が、その一瞬、背中に探るような視線を感じ、すぐさま子供達の輪に再び顔を向ける。けれど、様子は何ら変わってはいなかった。カーミラは疑念を胸に、子供達を眺める行為をやめてその場から離れた。

 

 子供カミラが学園へ通うようになった頃、カーミラは子供カミラの母親が心労で倒れたと聞いて、家へお見舞いに行った。噂では、若い男の使用人に手籠めにされそうになったのだとか。真偽のほどは定かでないが、若い男ともども古くから仕える使用人が目減りしていた。

 

 普通ならばそこで話は終わりである。けれども、姿を隠したという噂の若い男が報復するのではないかと心配し、お節介を焼いた。辿り着いた結果として、男と手引きした者は自殺していた。父親が追い詰めたのだとわかる。あれはそういう男だ。

 

 特に自殺した男の状態は酷いものだ。頭部や首に大怪我の跡があり、両眼を失い、生殖器もなくし、足の健を切られて真っ当な生活できなかったようだ。病院に運ばれた時点で生かさず殺さずの八つ裂きだと聞いた。同時に、子供カミラが緊急入院したのも気になる。

 

 子供カミラの母親が襲われた理由は復讐と思われた。当事者の身辺を洗うと、若い頃の父親がやらかした被害者だ。復讐者達は幸せな家庭を破壊しようとしたのだろう。

 

 それから、子供カミラの母親が襲われたシチュエーションも予想がついた。当日、兄や父親は特別な用事で外にでていたそうだ。家の中は、子供カミラと母親の二人。加えて、普段より数の少ない使用人。家の中にある監視カメラの電源は落とされていた。手引きした女中が人を遠ざけ、若い男が子供カミラの母親を襲ったのだ。

 

 ただ、どうやって助かったのか。カーミラは脳裏に嫌な考えが過ぎる。「まかさねぇ……」と呟き、言葉が静寂に呑まれると他の使用人がどうにかしたのだと言い聞かせ、もう終わった事件として全てに蓋をした。

 

 とある親族の集まりで、カーミラは集まりに来ていた子供カミラを散策に連れ出し、話をする。まず、何てことのない雑談から始まり、聞きたいことへとシフトしていった。

 

 

「怪我、良くなったんだね。入院していたそうだが、何かあったのかい?」

 

「あるにはありますが、痛い時のことを思い出したくもありません」

 

「ああ、悪かったね。他に聞かせて欲しいんだが、○○○○○の家、ある時期を境に使用人がめっきり見なくなったんだが、何かあったのかい?」

 

「どうでしょう? お父様がお決めになっていることなので、お父様にお聞きなさればわかると思います」

 

「あんたが思ったことでいいさ」

 

「お仕事大変ですね。とかでしょうか」

 

「どう大変だと思うんだい?」

 

「そのままの意味です。お父様に振り回されて大変そうですね、と」

 

「その父親だが、あんたの上二人の兄は年頃からか父親に反発しているね。反抗期なんだろうが、○○○○○は自分の父親のことをどう思っているんだい?」

 

「お母様を好いている方ですね」

 

「それだけじゃないだろう。他に父親が好きだとか、嫌いだとかはないのかい?」

 

「お母様を粗雑に扱わなければ、思うことはないです」

 

「なら、兄達はどうだい?」

 

「お母様を好いている方ですね」

 

「ロボットのような返答を望んでいるわけじゃないんだけどねぇ」

 

「お母様を困らせなければ、よろしいと思いますわ」

 

 

 笑顔で返される。

 

 

「言葉を変えただけで意味は同じだよ……」

 

 

 家族の男共には興味がなさそうだが、他にも同様の質問を繰り返すと、家の使用人や友達に教師、それらにはある程度興味があるのだと判明した。とはいえ、この子の関心は母親中心である。

 

 会話は続き、母親が手篭めにされそうになった件は子供カミラがふらふらと避け、遂にわからなかった。子供に対して、強く迫るわけにもいかない。一応、子供カミラが母親が幸せであればそれでいいと極論じみたものがうっすらと見え隠れしていたのは収穫だろうか。

 

 また、二人っきりで話してようやく違和感もわかった。この子の母親には失礼だが、この子はどこか人形染みていた。意思ある人形が子供の真似をしようとしている。そこに違和感を感じたのだろう。それがわかると、胸の引っ掛かりが解消された。

 

 

(あの母親が付きっ切りで面倒を見ているんだ。危うさはあるが、悪いようにはならないだろう)

 

 

 母親を無理やり物にした大虚け者(おおうつけもの)の父親に傾倒しているなら不味いが、その逆だ。

 

 カーミラは満足した。もう話をすることがないと、子供カミラとの会話を適当なところで切り上げる。散策は終わりである。帰りがけに子供カミラから家の電話番号をねだられたので、メモ用紙に控えて渡し、解散した。

 

 しかし、そこからカーミラの苦労の連続であった。運命の分岐点とでも言えばいいだろうか。何か困ったことがある度に子供カミラから連絡がくる。母親のことだとか、母親のことだとか、母親のことだとか。甘い蜜には虫が寄る、カーミラはその駆除をお願いされた。

 

 父親か兄に、使用人に頼れとも思ったが、過激な父親だと被害を拡大させ、兄らは正義感ゆえに汚れ仕事を嫌う。使用人ではどうにもならないこともあり、子供カミラが望むのは内々の処理だった。聞いた以上、お節介から引き下がれなくなったカーミラは子供カミラのお願いを引き受ける。

 

 母の魅力に惹きつけられ、内外ともに暴走しようとする輩はカーミラが警告し、禍根を残しそうな者は子供カミラが父親へ打ち明け、ぺんぺん草も残らない。

 

 お願いは続き、子供カミラが育つごとに内容が危うくなった。身内の裏切り者の炙り出しだとか、親を巻き込んだ子供の争いの立会いだとか。カーミラ自身、一族に一目置かれていることもあり、父親が介入すると穏便に解決できなくなる事柄は全てカーミラにきた。一部、一族の恥部になることもあり、カーミラはおいそれと他人を頼れない件が幾つもあって気が重い。

 

 

「もしかすると、目をつけられていたのかねぇ……」

 

 

 そんな気さえする。

 

 

「老いぼれの婆を酷使するなんてうちの一家でもいやしないよ……」

 

 

 カーミラは自室にて信頼の厚い従者より届けられた一通の封筒を手にぼやいた。

 

 割に合わない。だからこそ、子供カミラと同じ学園へ通う孫の手助けをやらしている。子供カミラより孫の方が年上だが知ったことではなかった。ただ、ただでは転ばないようで、孫が自分と同様、子供カミラにお節介を焼いている。そのふてぶてしさに呆れるばかりだ。

 

 しかれども、年がら年中頼られるわけでもない。カーミラが持ってくる問題を解決したときには憎たらしい小僧に貸しをつくれる。すました顔の男が悔しそうにする様は痛快だった。

 

 苦労は多いし、本気で子供カミラが怨めしい時もあるものの、悪い日常ではない。

 

 

「にしてもあれだ。誰彼構わず、他人を利用するのを躊躇しないこんな性格なら、どこでだって生きていけるね」

 

 

 最早、子供カミラが善人でないことは理解している。良心に欠陥があるのだとも。父親とは方向性の違いがあるものの、素で悪人だった。少なくとも、善人とも普通の人のカテゴリーに入らない。母親という外付け良心でまともに見えるだけだ。物語ならば一種の悪役令嬢なのだろう。カーミラはつくづく厄介な子に関わってしまったとため息をついた。

 

 

 

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