胡桃ちゃんはおかしかった   作:生タマゴ

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3週目?
醒める


「あれ?」

 

一面の黒。その中で一際大きく映る光。

見覚えがある。この光景は、統合が行われる前兆。

 

眩しさに目を刺されながらも目を向けると、視界がホワイトアウトし、刹那に脳裏を記憶が過った。

 

その量は前回と比較して大幅に減っている、重複する部分はカットされているのだろうか。

 

一通り統合が終わり、再び視界が黒に染まる。

 

 

瞼を開くとオレンジの光、すっかり眠り込んでしまったらしい。

数舜の後にピントが合い。次に映るのは、黒点の散りばめられた特徴的な天井。

何処か乾いたようなこの空気は、保健室、か。

何故ここに?

 

ぼんやり天井を眺めていたら、向こう側から話し声が聞こえてくる。

どちらも聞き覚えのある、ゆきとめぐねえの声。

 

かけられていた毛布を取り払い、閉ざされていた仕切り布を開いて、ソファーに座った。

二人が呆気にとられたような表情をしている間に、どうして寝かされていたのか尋ねてみると、どうやらいくら揺すっても起きない私を貧血か何かと勘違いしてゆきが連れてきたらしい。

 

私はそこまで眠りが深い方という訳でもないから、恐らく統合中は目が覚めないのだろうか。

 

「廊下で倒れてるの見たときはびっくりしたよ〜」

「...おまえって、優しいんだな」

 

相変わらずゆきは元気そうなことで。

頬を軽く膨らませながら胸を張る姿はとても微笑ましい。

指で突くいてみれば、ぷしゅうと言いながら空気を抜かした。

 

「にへへ...あんまり褒めなくても良いよ?私保険委員だしね」

「いや、ゆきのおかげで気付けたからな」

「何に?」

「私は案外眠りが深いってことだよ」

 

適当に言葉を濁す。

騙しているわけでもないので罪悪感はない。

頭に[統合中の]を付けていないだけだ。

 

さて、本題に入ろう。

 

「あのさ、実はめぐねえに用事があって」

「何かしら」

「緊急避難マニュアルって知ってる?」

「緊急避難?ちょっと待ってね...」

 

ごそごそと手提げを漁り、未開封の冊子が一冊取り出される。

 

「赴任した時に渡されたものだけど、これがどうかしたの?」

「実はその中身を見せて貰いたくて、めぐねえなら良いかな、と」

「私ならっていうのは嬉しいけど、これは開けちゃ駄目なの」

「そ、そこをなんとか」

「何とかって言われても...うーん」

 

両手を合わせて頭を下げた。

 

「いざ何かが起こってから見ても手遅れかもしれないし、あらかじめ見ててもいいんじゃない?」

 

ゆきから援護射撃が飛んでくる。

けど、何故かゆきの心音はかなり速く大きい、まるで何かに怯えているみたいに。

ともあれ助かったので、親指を立ててやる。

すると心音は徐々に落ち着きを取り戻した。

 

「そうだよめぐねえ!事前に対策しとくのはリスクマネジメントの基本、って言うだろ?」

「きっと何か理由があるんだよ、少しだけ。ダメ?」

「ゆきちゃんまで...もう、少しだけよ?」

 

先生がビニールを破き、中身を開いて見せてくれた。

記憶にあるものと変わっていない、平時であれば正気を疑うような内容が書かれている。

間違いない。これの記述が一致するという事は、此処でもパンデミックは起こるだろう。

 

「...私がこんな事言うべきじゃないのだろうけど、妙ね。これじゃまるで生物兵器が流出した時を想定しているみたい」

「ああ、本当に妙だ。こんな物を職員用として配っているのも、何かおかしい」

「その口ぶり…何か知ってるの?」

 

「なんてね」と冗談めかしたように笑うめぐねえ。

違和感を覚えつつも、恐らくマニュアルの内容を完全には信じていないのだろう。

 

「…めぐねえ、三か月後に何かおかしな事が起こっていたら。放課後にゆきと屋上に居てくれないか」

 

今全てを話してしまうのは簡単だが、いくら何でも根拠に乏しい。

今は警告をするに留めておいた方が後の信憑性を高められる。

そう判断して、私は必要最低限の情報を吐き捨てた。

 

「え…?」

 

困惑した様子のめぐねぇを横目に、私は保健室を後にする。

―――嫌な予感がする。

確信していると言ってもいい。

その『なにか』に巻き込むわけには、いかないような気がした。

 

 

帰り道の途中。

 

ふわり、と黄色い帽子が飛んでいる。

よく小学生がかぶっているような、つばの丸い帽子。

 

それを追いかけて、横断歩道に飛び出す小さな子の音は、不思議とりーさんの物に似ていて。

不思議と視線が向かう。

 

「っ、止まれ!」

「?」

 

車が近寄ってくるのが見えたので呼び止めると、その子スレスレを明らかに早すぎる軽自動車が通り過ぎ。

追いかけていたものは風に流されて私の手元に飛んできた。

 

「大丈夫か、あと少しで轢かれるところだったぞ」

「あ、ありがとう...その」

 

おずおずと帽子が指差されたので、信号が青になるのを待ってから渡すと、その子はあっという間に立ち去ってしまった。

 

「まったく、赤信号とはいえありゃスピード違反だろ...」

 

胸中を吐露しながら帰路を歩き、家に着いたのは午後七時。

ラップの掛かった冷たい料理を胃に流し込み、茹でた鶏肉を頬張りながら携帯で検索を掛ける。

まずは『黒い雨』。

 

「えーっと、なになに...」

 

黒い雨とは、原子爆弾投下後に降る、原子爆弾炸裂時の泥やほこり、すすや放射能などを含んだ重油のような粘り気のあるような大粒の雨で、放射性降下物(フォールアウト)の一種である。

ウェキペディアにはそう書かれていた。

 

いやまさか。

 

次に『被爆 症状』で検索を掛けると、これまた一致する。

 

「嘘だろ...」

 

まだだ、他のワードで検索をかけてみる。

 

結果は、同じだ。

認めたくはない、けれど、認めざるを得ない。これを最早疑う余地はない。

あの振動、地上を焼け野原と瓦礫の山にした何かは、『核』で間違いないだろう。

 

Q どうすれば良いんだ。

 

A …皆目検討がつかない。

 

だって核だ。フィクションの中でも中々ヘビーな役回りを担当している兵器が現実的な脅威として待ち構えているなんて、勘弁してほしい。

 

ぐずぐずになった鶏肉を飲み込んでから歯を磨いて風呂に入り、ストレッチを済ませて布団に潜り込んだ私は『しっかり眠れば良いアイデアがでるかもしれない』なんてどこか無責任な事を考え、瞼を閉じた。

 

 

翌朝、学校へと向かう足取りは重い。結局何も解決策が思い付かなかったからだ。

何かないか腕を組ながらうんうん唸っていると、校門の前に見覚えのある人物が立っているのが見える。

 

むすっとした表情で、憚るもの無しとでも言いたげな佇まい。

やや苛烈な印象を持たせながらも、非常に整っている容姿。

例えるならば白雪姫に出てくるお妃さまのような、あの人物は。

 

―――アヤカだ。

 

強化された視力で何とか捉えられる距離にいるので、あっちから私は黒ゴマにしか見えないだろう。

 

誰かを探しているようで、辺りをキョロキョロと見回している。大学生のアヤカが高校の校門で探し人なんて、珍しいこともあったんだな。

そう思い、特段気にかけることもなく足を進めて行き。

 

「ちょっと、あんた私に見覚えある?」

 

校門を通り過ぎようとしたら、肩を捕まれた。

初めて見る、困惑しているような表情をして。

 

「覚えているのか!?」

「うっすらとね。ちょっとこっち来なさい」

「い、いや今から学校が」

「学校と私、どっちが重要なの?」

「アヤカ...っていうか、何で記憶があるのかは重要だけど」

「なら来なさい。車あるから」

「車持ってたのか?」

「あの時乗っていたのとは違うけどね」

 

強く手を引かれるまま白い軽の助手席に乗ると、何故か頭を指差される。

 

「?」

 

指先を合わせると、アヤカの腕が肩口を通り過ぎて帯状の物を掴み、留め具へと繋げた。

 

「あんた車乗る時シートベルトも締めないのかしら」

「悪い、基本的に無免許なもんでさ」

「全く...何か、聞きたい曲ある?」

「どんなの?」

「これから選びなさい」

 

グローブボックスが開かれ、七枚のCDが姿を現す。

どれもクラシック音楽ばかりで良く分からない曲名が並んでいる。

 

「うーん。じゃ、これで」

 

私が選んだのはガブリエル・フォーレ作曲の『レクイエム』

適当に選んだが、アヤカはほんの少しだけ嬉しそうだった。

 

「良い趣味してるじゃない」

「この曲好きなのか?」

「まあね、一番じゃないのが残念だけど」

「ふーん」

「それが終わる頃には着くわ、全七曲で四十分くらいあるもの」

「一曲一曲が長いな...」

「そんなものよ、クラシックって」

 

音楽が流れると共にアクセルが踏まれ、車は巡ヶ丘学院高校からどんどんと遠ざかってゆく。

ああ、さらば愛しのわが母校。などと口遊んでいたらデコピンが飛んできた。

 

「なんかさ、クラシック聞いてる時のアヤカって優しい顔してる」

「お世辞ならいらないわ。好きな物を楽しんでるだけだもの」

「本当にそうなんだって、リラックスしてるっていうか...?」

 

するとアヤカはより一層頬を緩め、口元で少しだけ囁く。

 

「あんたと居ると、気が休まるのよ」

 

蚊のような細い声。

恐らく私に気取らせるつもりは無かったんだろうけど、やけに性能の良くなったこの耳はばっちりと捉えていて。

 

柔和に微笑んだ横顔が魅力的に映り、心臓が跳ねる。

胸が締め付けられるというか、行き場のないもどかしさで満たされるというか。

 

…決して嫌な感覚ではないのが、不思議だ。

 

「着いたわよ、ほら」

 

悶々としていると右から声が聞こえる。

窓の外を覗いてみれば、アスファルトに敷かれた白線の間、木漏れ日の差す場所に車は止まっていた。

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