胡桃ちゃんはおかしかった   作:生タマゴ

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しょぼくれた眼を擦りながら、グリップタイプのドアハンドルを引き、白線へ足を降ろして顔を上げてみれば。自治会のイベントで何度か訪れたことのあるやけに窓の大きい建物が見えた。

市営体育館。早朝に散歩するお年寄り達がもう居ないからか、側の遊歩道にも人気がない。

 

「何で大学じゃないんだ?」

「あそこは敷地内全域部外者立ち入り禁止よ」

「そういうのって大体建前だって聞くけど」

「普通はね。殆どの学校は敷地内で何か起こっても自己責任って主張を通す為に言ってるだけよ。

でも、イシドロスは違う。入出管理がやけに厳重で、余程の用が無い限りは入構許可申請が通らないみたい」

「本当の意味で、ってことか」

「ええ、それに怪しい点もあるから」

 

大学には、アヤカとの話を聞かせちゃいけない人間が居る可能性がある。

だからこそ、この時間にここの駐車場へ来たという。

 

「納得できたわね?」

 

確認されたので素直に首を縦に振ると。

アヤカはポケットから黒のボールペンの付いた手帳を取り出し、メモを取る準備を始めた。

 

「それじゃ本題に入るけど、あんたは()()()()覚えているの?」

「どの程度ってそりゃ、細かい所は忘れてるかもしれないけど全部覚えているぞ」

 

私が返答するとペンが紙面を走り出す。

別に文字に起こさなくてもいいんじゃないかと思う。結構アヤカってマメだ。

 

「じゃあ全部見たって事ね」

「...?見たっていうか、実際に体験した」

 

そう答えると、ペンの動きがぴたりと止まり。ゆっくりアヤカの眉が怪訝そうに顰められて、顔が此方を向く。

何か変な事でも言ったのかと思い返してみるが、特におかしな点は見当たらない。

何故だろう。

 

「...成程、道理で()()()()()()()()()と思ったわ」

 

今書いていたページを破り、ぐしゃっと丸めて小さなプラ製のゴミ箱にスローインを決めてアヤカは瞑目した。

次に開かれた眼は、何処か非現実的なものを見ているかのように細められている。

 

「取り敢えず経緯でも話しなさい。全部聞いて判断するから」

「判断って、何を?」

「いいから早く、要らない耳も無い内に」

 

「...六月十九日の放課後、あのパンデミックが始まった。屋上へ逃げ込むことが出来た私達は、暫く学校で生活していたんだけど…十月二十二日にヘリが墜落してきて火事が起こり、学校の設備が全部駄目に。その上私は大きな怪我をして、皆は私の怪我が治るまで避難先―――イシドロスへ行こうとせず。結局、一週間後に空気感染で全滅」

 

「続けて」

 

「イシドロスに行けば何か情報が手に入るんじゃないかと思って車を走らせると、奴らに群がられてる車があって。そこからアヤカを助けて学校に戻ったら、核を落とされて...ランダルの人間に撃ち殺された」

 

所々省略し大筋だけを話してみたが、反応は芳しくない。

自分ながら訳の分からない事を言っている自覚はあるのだが、ここまで怪訝そうにされるのは予想外だ。

アヤカも覚えている筈なのに、何故?

 

「今ので分かったわ。私とあんたは違うって事がね」

「違うって、何が違うんだよ」

「私の記憶じゃ、あんた達は四人組で十月二十四日に大学へ来た」

「え...」

「黒耳帽子を絶対に脱ごうとしない子と、熊のぬいぐるみを後生大事に抱きかかえている子...ああ、『かれら』の声がする度に泣き出す子も居たわね。まともなのはあんただけ」

 

それは、学園生活部のことか?

美紀とりーさんのおかしくなり方に全く心当たりがないけれど。

 

「荒事には慣れてるようだったから、三人を見捨てるならグループに入れようと思ったんだけど...断られたわね」

「当たり前だ...それで、どうなった」

「数日経ったら全滅よ。校門で抜け殻みたいになってたあんたが、空気感染だ、って教えてくれた」

「皆、発症したんだな」

「多分。大学を出てから戻ってないから断言は出来ないわ」

「出た後はどうやって?」

「あんた達が使ってたキャンピングカーを河川敷に停めて。物資は限られてたけど、結構楽しかったわね」

 

何故キャンピングカーに乗って大学へ訪れているんだ...?

更に言うならば大学に到着する日付も二日程遅れているような気もするし、そこで何かあったのだろうか。

 

 

ぼんやり考えながら話を聞いていると、核の下りが終わって一段落着いたらしい。

 

「―――轟音がしたと思ったら、そこで終わり」

 

数秒の間アヤカの口が閉じ。私に顔を向けてから、問いを投げかけてくる。

 

「あんたは覚えているのよね、前の記憶を」

「まぁ、普通には」

「私は違う。あの世界は、夢」

「...夢?」

 

私の統合みたいなものだろうか。

 

「ええ、一度も話した事の無い人間のフルネームと交際関係が一致する、奇妙な夢。だから、これはただの夢じゃないと確信して、私は行動を起こした」

「...なら、どうして私に接触しようと思ったんだ?私以外にもいるんじゃないのか」

「私のグループは殆どパンデミック以後に知り合った人だけよ。相手が居ないわ」

「私だってそうだ。アヤカの方でも私の方でも、出会ったのは十月だろ?」

 

突かれたくない所を突かれたのだろう。アヤカは視線を明後日の方向に向けて、腕を組み目を瞑り。

何かを思い返すように小さく頷いてから、息を零す。

 

「...変わっていたの、何もかも夢と同じだったのに、あんただけが唯一」

「何が変わってたんだよ、こっちで会ったのは今日が初めてだ」

 

そう尋ねるとアヤカは訝しげな視線を緩めて、再び手帳に何やら書き足し始めた。

文字に合わせてペン先がカリカリと揺れる。

 

「いいえ、昨日大学に『恵飛須沢胡桃』が居た」

 

…私が居たとはどういう事だ?

昨日は普通に学校で始業式をしていた筈、大学でアヤカが見つけられる訳がない。

 

「見間違いじゃないのか?」

「最初はそう思って、名前を聞いてみたんだけどね」

 

その言いぶりから察するに、同じだったのだろう。

 

なるほど。それでアヤカは私に会いに来た訳か。

唯一の差異が何かしらの糸口になるんじゃないかと目星をつけて。

しかし、同姓同名で容姿もほぼ同じ人物が二人も居るとは考え辛い、その『恵比寿沢胡桃』は一体…

 

疑問符を浮かべ思い当たる節がないかと頭を働かせるが、全くと言って良いほど分からない。

 

「不気味だな、何もかも似通った人間が同じ都市の中にいるなんて」

「何も知らないのね」

「ああ、全然。私もこんな事は初めてだ」

 

言い終わるや否や、手帳のページが一枚破いて寄越された。

放射線を描いて飛来するそれを覚束無くも落とさずにキャッチし、早速開いてみようとすると…右側から静止の声が掛かる。

 

「後で読みなさい。私の知ってることと、あんたが言った事、まとめたから」

「…分かった、後で読むよ」

 

アヤカの腕が刺さりっぱなしのキーを捻り、同時に唸るような音を立ててエンジンが回り始める。

 

「移動するのか?」

「昼ご飯ね。あんたは行きたいとこある?」

 

もうそんな時間かと時計を見てみれば、短針は午後一時に差し掛かろうとしていた。

思ったより話に夢中になっていたらしい。

…そう気付いてしまえば、心なしかお腹も空いてきたような。

しかし栄養バランスを考えると外食は九割方イエローカード判定だ、家で食べたい。

 

「外食はちょっと、な…私の家に来ないか?適当に作ってみるから」

「あんたの家知らないわよ?」

「案内はちゃんとするって、ほらここ」

 

携帯のマップで私の家にピンを刺し、此処からの経路を表示させて渡した。

暫く待っていたら膝の上にぽすりと投げ返される。

 

「覚えたわ。もう十分よ」

「見ながらでも良いんだけど」

「大丈夫、迷ったらまた見直すから」

 

ゆっくりアクセルが踏み込まれて、日向に車体が進みだす。

広い出入り口を斜めに抜け、公道を程々のスピードで走ること十数分。

見覚えのある通りが目に入り、さらに五分と経たずして私の家へ。

狭い車庫との苦戦を制したのを見届けてから、家の中に入って一息ついた。

 

靴を脱ぎ、玄関から台所へ移動し冷蔵庫を眺めてみる。

鶏肉が胸モモ合わせて七キロと低脂肪乳が三本、卵が一パック半。それに申し訳程度のキャベツと人参が一個ずつ入っているだけの寂しい中身だった。

 

幸いコンソメと胡椒はあるので、この乏しい材料で作れる料理の中ならチャーハンが安牌だろう。

そう結論付けて調理に取り掛かる。

 

まず人参とキャベツを微塵切りにし、溶き卵と一緒にボウルで良くかき混ぜた液体を用意し。それにご飯を投下して満遍なく染み渡らせ、熱しておいたフライパンに植物油を薄く敷いて炒める。

ある程度火を通して米粒がパラパラしだしたら、コンソメと微塵切りにした鶏肉を振りかけ、全体がきつね色になったら胡椒を香る程度に振り、焦げ目がギリギリ付かない辺りで火を止めて皿に移す。

 

…久しぶりに作ったけれど、悪くない。

卵とコンソメの黄色が溶け合って太陽の光を反射する様はまるで秋の稲穂のようで、微かに香る胡椒もまた食欲を一層引き立たせる。随所に見える鶏モモ肉も良い感じ。

 

冷めない内に食べてもらおう。

熱くなっている皿にスプーンを載せて鍋掴みで持ち、小走りでテーブルへ運んで、席に着く。

アヤカとは向き合う形になった。

 

「よし、いただきます」

「...いただきます」

 

銀色の匙で黄金色の山を切り崩し、口に含む。

柔らかなモモ肉とコンソメの香りが良く合う、時折感じる胡椒もいい塩梅。

匙と口を動かすこと数分、気が付けば二人の山はすっかり消えてしまっていた。

 

「御馳走様、結構美味しかったわ」

 

何処か満足げな表情で重ねた皿を手渡される。

私はそれを受け取って流しで洗い、返礼をした。

 

「お粗末様。そう言ってもらえると作った甲斐がある」

 

礼には礼を、感謝には感謝を。

美味しく食べて貰えたようで良かった。

 

「午後はどうする?何ならずっと居てくれても...」

「講義に出るわよ、普通に。あんたは覚えてるから勉強なんて気にしなくて良いのかもしれないけど、私は全然なんだから」

「...そうか。アヤカは、見ただけなんだもんな」

 

何だか仲間外れにされたような気分。

いや、実際に境遇がかなり異なっているのだから、こんな感傷を抱くのはお門違いだ。

それはちゃんと理解している。

けれど、人を招いて持て成すのは嫌いじゃない、一人きりになるのは寂しい。

 

「そういう訳。じゃあね」

「ああ、またな」

 

でも引き留めるような真似はしなかった。

この人は私の知っているアヤカとは似て非なる別人なのだから。割り切るべきだと。迷惑はかけたくないし、迷惑に思われたくない。

ただ、別れの言葉は『さようなら』じゃなくて『またな』にする。

 

玄関からアヤカを見送り。

車が見えなくなったところで中に戻り、鍵を閉めた。

 

 

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