胡桃ちゃんはおかしかった   作:生タマゴ

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日課のトレーニングとストレッチを終え、沈みかけた西陽に彩られた自室の中。電気を点けてからベッドの上で勢いよくうつ伏せになり、アヤカのメモを開いた。

小さな紙面を覆う文字、その内容は二項にまとめられている。

 

一つ目『経緯』

 

まず私達の来訪によって、アヤカ達のグループが物資に懸念を抱いたそうだ。

元々、戦おうとしない自堕落同好会にリソースを奪われ続けている現状に憤りを感じてはいたとのこと。

それの人数が増えると言うのだから尚更だった。

 

放置するのも、荒事慣れしている私の存在によって論外。

 

斯くして、校内勢力統合に向けた作戦が実行に移されようとしたらしい。

 

…のだが、その前日。

メンバーの一人が発症、立て続けにリーダー格の男が発症しかけて錯乱。

 

校内で隔離されていた『奴ら』を交渉材料に治療薬の無心を行い、断られた結果、彼の手によって解き放たれた『奴ら』がそこいらを跋扈する事態になってしまった。

これで非戦闘員が毒牙にかかり、アヤカも大学を捨てざるを得なくなり。

シノウはどうしたのかといえば、それこそ彼女は空気感染で発症したらしく。

だから空気感染を信じたのだ、とも記されている。

 

その後については私が合流し、河川敷生活スタートという流れだ。

 

ざっと読んでみれば。

光景と、その渦中で自分が何を思い何を考えたか認知している節があった。

 

やはりアヤカの夢も私の統合と同質のものと考えるべきだ。

 

しかし、原因が不明なのが気がかりで。

一つ仮説を立てるのならば、αβ以外…Ωが記憶関連で能力を持っているのかもしれない。私とアヤカは細菌への耐性が強いという共通項もあるし、不完全な形で発現したとすれば一応話は通る。

 

通るだけで根拠が何一つ無いのが唯一にして最大の欠点だが。

 

 

「…情報不足かぁ」

 

そう独り言ち、次の項へ視線を移した。

 

二つ目『もう一人』について。

 

紅色の瞳、ツインテール。髪色は赤紫がかった濃紺。

背丈は少し高い。それだけが確認できる中での有意差。

と記されていた。

 

背に関してはアヤカの主観であるため、具体的にどの程度高いのかは分からないが…

成程、完全に同じというわけでもないらしい。髪色の違いも、目の色も一目見れば分かるだろう。

 

十分程掛けて紙面を読み切り。はてさて、どうしたものかと頬を掻くと。足元で紙の擦れる音が聞こえる。

 

「...ん?」

 

頭を前に傾けてやれば、小さな紙片が私の足の甲に落ちていた。拾い上げて読んでみる、そこに記されていたのは11ケタの数字列と、短い文章。080...電話番号だ。

アヤカの番号だろう。名前で携帯に登録する。

 

文章の方は、『もう一人の方にコンタクトを取ってみるから、今夜九時、この番号に電話しなさい』とのことだった。

 

 

最後にもう一度二枚の両面を見直し、床にも落ちていない事を確認する。

特に別の紙は見当たらない。これでメモは終わりみたいだ。

四つ折りにして机に放り投げ、目を瞑る。

 

すると疲労も相まって段々と眠く…

 

 

…ダメだ、今寝たら起きれない。

 

自制心をフル活動させて両の頬を平手で叩くと、ぱちん、と小気味良い音が鳴り。眠気が晴れてゆく。

少しすっきりした頭で階段を降りて、鶏胸とキャベツを適当に流し込んで。風呂で頭を洗おうとしたその時。

 

気付いてしまった。

石鹸が切れているということに。

 

不幸な事にソープ、コンディショナー系統の物は一切備蓄していない。流石に水洗いはどうかと思う。

 

仕方ない。

手早く服を着直して自転車を漕ぎ、くれぐれも事故を起こさないようにコンビニへ走り出した。今は八時三十六分。往復でも九時には余裕で間に合う時間だ。

 

 

「…ふぅ」

 

五分ほど経った頃。ブロックダイナモライトの頼りない光で、舗装されたアスファルトの道を仄かに照らしながら進む先に『何か』がある事に気付く。

 

 

100メートル、輪郭が見えた。

 

横長な何かが道を丸々塞いでいるのか?

一旦降りる事になりそう。

 

75メートル、錆び鉄のような香りが鼻に刺さる。

 

何度も嗅いだ事のあるこの匂い、微かな生臭さ。

気味が悪い。

 

50メートル、はっきりと見えた。色は分からない。

 

あれは倒れ込んだ人じゃないだろうか。

ペダルの回転を一層早くした。

 

25メートル、辺りに雑音が無い。なのに音がしない。

 

生きているならこの耳に鼓動が届いている筈なのに。

自転車を減速させる。

 

0メートル。

 

頭蓋の陥没した人間が仰向けに横たわっている。

かなりいい体格の男が、まるでハンマーにでも殴られたような様で。

 

「マジか、これ」

 

色も匂いも音すらも、この人物が死亡していると告げていた。

 

警察に通報した方がいいだろうか。

こういうのは見た見ぬフリをしただけで問題になると良く聞くし、ここまで接近してしまった以上私の痕跡が残っている可能性は高い。しかし、そんな事をしていたら時間に間に合わなくなってしまうかもしれない。

 

「…しょうがない」

 

悩ましいが、通報することにした。

 

アヤカへの連絡はもし遅れてしまっても後で謝れば済む話だ。人死にと比べて天秤が傾く程ではないだろう。

 

110番をするとすぐに婦警さんらしき声が電話口から響いてくる。流石警察、対応が早い。

 

「はい、巡ヶ丘署です。事件ですか?事故ですか?」

「事件…かどうかも良く分からないんだけど、死体が」

 

「死体…何処ですか?」

「巡ヶ丘市■■町の■■にあるコンビニの通りです」

 

何やらカタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。

 

「…分かりました。今向かいますので少々お待ちください」

 

ガチャンと電話が切られ、プー、プー、とビジートーンが流れ始めたので画面を消す。

 

十五分後。

一台のパトカーが到着し、中から出てきた警官が死体を確認して無線で話していた。

まただ、とか。これで何件目だ、とか。

 

「何の話をしてるんですか?」

 

ふと浮かんだ疑問を投げ掛けた。

後ろから話しかけられて驚いたのだろう。警察官は一瞬鼓動を乱したが、すぐに平静となり私を見据える。

 

「…君は、怖くないのかい」

 

優しそうな雰囲気で、所々白くなったひげを撫でながら尋ね返される。

 

「まあ、あんまりは」

「もしも自分が疑われたら、とか考えないの?」

 

嫌味ったらしさを微塵も感じさせず、心底不思議そうに。

 

「考えないですね」

「どうして、そう思うんだい」

 

「警官さんこそ、まるで私の事を疑ってないじゃないですか」

 

そう言うと、まだらヒゲの警官は目を丸くし、

 

「…やっぱり若い子は勘が鋭いなぁ」

 

目尻を下げ、少し笑って後頭部を掻いた。

 

「実は最近ね、巡ヶ丘で身元不明の仏が大量に見つかっているんだよ」

「身元不明の、仏?」

「そうだよ。戸籍登録されていない人間が、普通じゃあり得ない死に方をして、もう百五十体以上もね」

「百五十体以上…凄い数ですね」

「うん。無戸籍者連続殺人事件ってね、去年からうちの署じゃ有名なんだ。被害者が一般人じゃない性質上、マスコミに取り上げられる事も少ないし」

「普通に暮らしてる分には何も心配しなくていいんだから」

 

 

マスコミに取り上げられず、関係者で有名な連続殺人事件。

なんだろう、このきな臭さは。

 

「…あの、ライト持ってますか」

「持ってるよ?使うかい」

「はい」

 

手渡されたペンライト。LEDを使っているようで、自転車のライトとは比べものにならないほど眩しい。

これなら、遺体の皮膚をしっかり観察できそうだ。

 

「…検察ごっこは程々にだよ?触っちゃったら大変な事になるかもしれないからね」

「分かりました、絶対触りません」

 

探す、探す、探す。

何か手掛かりが無いのかと、色を判別しながら。

 

「赤黒い斑点と」

 

まず発見したのは、私がαを発症しかけの末期状態で起こった変化。

そして。

 

「紅の瞳、か」

 

男の目は虹彩と瞳孔が真っ赤に染まっていた。

視界の侵食はたしか硬化によって促進させられるもの。つまりこいつは、αとβ両方に感染していたと考えられる。

 

…何故今の時期に?

αは私も感染しているのでともかくとしても、原則空気感染しないβに感染出来たのが不可解でならない。

 

いや、全ての遺体がこいつと同じように発症しているとも限らないが。

それでも、少なくともこいつは意図的に感染させられたようにしか思えない。

 

もしこれが自然のモノでなく、人の仕業ならば。

戸籍の無い人間にβを投与し、野に放っている人物が何処かにいるという事になる。

 

これでも最悪だ。でも更に最悪なのは、警官の発言から察するに巡ヶ丘がメインターゲットにされているらしいこと。

 

うちの署では話題になっている、ということはそれ以外の署では大した話題になっていない…という意味にもなる。

結局は巡ヶ丘の事件でしかない。報道もあまりされない。

 

そこまで考えてふと疑問を抱いた。

何故野に放たれた感染体が死んで…否。殺されているのかと。

匂いからして死後それほど経っていないようでもある。

 

「警官さん。何でこれが殺人事件だって判断を?」

「それは単純な話だよ、仏はみんな拳状に頭骨を陥没した状態で死んでいたんだ。例外なく」

「拳状に陥没、ですか。また妙な…」

「そう、そうなんだ。けどね?調べれば調べる程不可解なんだよ。どうしても同じ結論になる」

「結論?」

「下手人は、人の皮膚を鉄にすげ替えたとしか思えない」

 

それは、身に覚えがある。

硬化能力。

 

頭を見ると、確かに拳状にへこんでいる。

 

…感染者を次々に殺している人物もまた、βの感染者ということか。

 

しかしそうなると、これまでの世界でも私は石鹸を切らしてコンビニに行っていた筈なのに、何故今回だけ感染体の死骸と遭遇したのか。

特段時間が遅れる要因は無かった筈。

アヤカと話したり学校をサボったりもしたが、入浴時間事態は寧ろ早めだったんだから。

 

そうなると変化しているのは私の時間ではない。

こいつを殺した者は、この周でのみ()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

 

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