胡桃ちゃんはおかしかった 作:生タマゴ
猿の腕
一体、誰が何の意図を持って銃口に腕を突き出したんだろう。
あの後、体の制御が全く効かなくなってしまった。
か
こんな状態で僅かにズレた銃弾が私の頭を貫通して、意識を保っているというのも変な話だけれど、せっかく埋葬された人間に時間があるんだ、何か考えていた方が気も紛れると思う。が
それに最早殆ど感覚が無いため、ここで意識を手放してしまったら、自分がこのまま消えてしまったかのようにではしてしまいそう錯だ覚。、もうような気がしてな目覚められないらない。
土中で考えを巡らせる。
「ヴヴ、ヴヴアァ...」
思考がだんだん散漫としとて、わり自分が終るに向かっていこに理解させとを朧気れらた。
複雑な事が考られない。がえれてライン何度も途切接ぎに出鱈目継ぎされて、こをな保つと整合性が困難で。
「アアァ...」
これで万全とは行かなくても、きっと二人は大丈夫。
せめてそう思わないと、心が欠けそうになる。
熱くもなく、冷たくもなく。ただただ終わりに近づいて行く。
「ぁ...」
まだ死んではいない。
けれど、それだけだ。動いてくれない。
血が錆びて、瞳はくすんで、乱雑に散らばった思考の片が溶ける。
「...」
知覚しうる情報が何もなくなって。何も感じない。感覚器の大部分はもうとっくに終わっていたというのに、いざ死ぬとなるとより一層薄くなる。
時間感覚が麻痺しているのだろう、死に体でありながらも、思考はより一層冴え渡るようで。
薄れ行く意識の中、一筋の光を見た。
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―――――――――――――――――暖かい?
次に与えられた感覚は、とても暖かな吐息。
すう、すうと聞こえてくる音、胸の鼓動、聞き覚えがあるその音は、人の肺と私の心臓が奏でている。
意を決して目を開けると、そこは見覚えのない教室だった。
カーテンが閉められていて、隙間から差し込む月光にロッカーが照らされており。
そこには、私の名前が書かれている。
『恵比寿沢、胡桃』
私は確かに一度…感染し、正気を失って。
頭を銃で撃たれて死んだハズ。
なのに、何故学校の、それも知らない教室で寝ているんだ?
主観的な推測ではあるものの、私は回復できる状態ではなかった筈。
いや、それだけじゃない。
私以外に聞き覚えのある音源が二点。
上体を起こして室内を見渡すと、枕と毛布が全部で5つ。
内の3つは由紀とりーさん、そして私が使っており、2つの空きがある。
「一体どうなって...」
ぽつりと口から零れた疑問は誰にも受け止められず空に溶け、僅な残響が耳を打つのみ。
ひとまず此処がどこの教室なのか確認する事に決めて、二人を起こさないように廊下に出て見ると、違和感を覚える。
その正体を探るべく視線をさ迷わせ、目に入ったのは黒板側のルームプレート。
クラスの番号が、違う。
各HR教室の振り分けがすべて数字からアルファベットに置き換わっているのだ。並び順はそっくりそのままで。
気味が悪かった。
ここは確かにいつも通っていた学校と瓜二つなのに、何処か差異が生じていて。
それに、部屋以外の掃除はあまり行き届いていないのか、廊下が元の学校より薄汚ない印象を受ける。
まあ、プレートの確認でここが3階だと分かったので。
取り敢えず他に誰か居ないか確認するべく生徒会室へ足を進めると。
「...はぁ」
気のせいかも知れないが、ホラーチックな光が見える。
もう一つの学校とも呼ぶべき場所、怪談や七不思議の類だとありがちな舞台だろう。
あんまりオカルトを気にしたことはなかったけれど、パンデミックがあるのなら怪奇現象の一つや二つはあり得るのかもしれないと、明かりの点いた部屋の扉を眺めながら思った。
苦虫を噛み潰したように表情を歪め、ドアを開く。
すると棚、椅子、テーブル、窓、シンク、そしてソファーの順番で内貌が露になり。
それ以外に、ただ1つだけ呼吸をしている存在が映る。
「あれ、交代の時間ですか?」
乳白色の短髪で、青い瞳をした子。
直樹美紀が、意識のある様子でコップの水を飲んでいた。
「そういう訳じゃないんだけど、何て言えば良いのか…」
記憶の中では一度も言葉を交わす事の無かった人物が、慣れ親しんだ様子で接してくる。
美紀は奴らに噛まれてから一度も意識を取り戻してはいなかった筈なのに。
私が衝動に支配されて死肉を弄んでいる間に、彼女は回復したのだろうか。
それも十分にあり得るが、それだとしてもこんなに自然体で接してくる理由が分からない。
これまた気味の悪さを感じずにはいられなかったが、その時、感情を脇に置いてでも絶対に尋ねたい疑問が生じる。
「なぁ、ちょっと右肩を見せてくれないか?」
「…どうしたんですか、突然」
それは私の認識している限りでの決定的な差異を見出すこと。
以前の場所とは違うという根拠集めだった。
「確認したいことがあるんだ、頼む」
「別にいいですけど」
そう言うと美紀はゆっくりと制服ををはだけさせて、首から右肩へのラインが露わになる。
磁器のような白さが蛍光灯の白色光で映えていて、とても噛み傷があったとは考え辛い。
やはり、此処では噛まれたことがないように見えた。
「うーん...」
溜め息のように口をついて出る嘆嗟、あまりに現実離れした光景に唸る事しか出来ない。
「あの、先輩?すこし肌寒いので、もう止めたいんですけど」
「あ、悪い。ついな」
「つい、って...大丈夫ですか?」
「多分、大丈夫じゃない」
「...今日は朝まで私がやりますから。寝ていてください」
手を握られて、先程の教室に連れてこられた。
「美紀、この部屋は?」
暫く抱いていた疑問を投げかける。
凡そ予想は出来ているが、一応ちゃんとした回答が欲しかったから。
「寝室です。いつも使ってるじゃないですか」
「そう、だよな、うん」
取っ手を触りながら苦笑する。
後ろを振り返ると、目線の合った美樹はほんの少し呆れたように頬を緩ませた。
「それじゃ。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
私が完全に入室すると引き戸の前から足音が遠ざかり、再び静かな寝息が目立ちだす。
暫く瞳を閉じていると、音が聞こえてきた。何かが潰されるような声と、それを成した人間の鼓動が。
この場所、便宣的に別世界とでも言えば良いか。
大小様々な差異こそあれども、大筋は元の世界と同じらしい。
どうせ行くのなら奴らが居なければ良かったのに。
だんだんと眠気が強くなってくる、体は何の問題も無いけれど、精神疲労かもしれない。
時計を見ると午前三時。
きっと日の光に叩き起こされるのだろうな、と思いながら瞼を閉じる。
意識が埋没してゆく最中、一筋の光帯が視界に入って様々な光景を映し出した。
それは私の知らない私自身の過去。
何も支障なく育ち、高校に入学して、少しだけ邪な動機で陸上の世界に身を置いている姿。
それに一切の打算が含まれていなくて、とても私では直視出来ないような輝きを持った記憶だった。
…ただ、見ているだけで胸が締め付けられるような思いがする。
まるで私が失敗作のように思えたからだ。
何故ならば、この世界はめぐねえがいて、りーさんとゆき、それに美紀。全員が生き延びていた。
それは喜ぶべき事だが、それはこっちの『私』が成した事であって、私が何か出来た訳ではない。
面倒だとは思う、けれど抱いてしまったからだ。劣等感を。
ショッピングモールでは1階のピアノの上に居た美紀を防犯ブザーを駆使し、無傷で助けていた。手紙もみんなで飛ばしていたし、さらには私の知らない運動会なんてして、こんな状況でも楽しそうにしてた。
いや、それだけじゃない、私が無茶をせずにいれば遠足にも付いていけた。
現にこの私は一緒に行動をしている。
それならもっと冴えたやり方で美紀を助ける事だって出来た筈なのに。
なのに、なのに私は失敗し、誤った選択をしていた。
救いようがないほどに状況を悪化させ、身の程を弁えず己を過信した結果が、死だ。
知らなかったで命は返ってこないし、自身の正解を見せられても失敗を無かったことには出来ない。
顔も見えない自分自身に詰問されているような錯覚がする。
やはり『恵飛須沢胡桃』に成れなかった。と幻聴が聞こえる。
不思議なくらいすんなりと頭に入ってくる声は、やけに聞き覚えのあるものだった。