残念だが、俺はAじゃない 作:しおむすび
目が覚める。頭が割れるようだ。しかめっ面で周囲を見渡すと、そこは荒野だった。
非常に残念なことに、俺はここがどこか全く分からなかった。夢にしてもやけにリアルだし、夢なら頭痛なんぞ感じないだろう。
いや、本当にどこだここは。荒野には深い霧が立ち込めている。せめて遠くの景色が見えれば何かしら分かるかもしれないが、今はそれもできそうにもない。
「おや?目が覚めたかい。随分と長い眠りだったが……なに、世界を無理やり跨いで来たんだ。致し方ないさ」
後ろから声。聞き覚えはない。だが振り向けば殺される。そんな感覚があった。
「あーっと……その、アンタは誰なんだ?アンタが俺をこんなところにまで運んで来たのか?」
「おや?意外と察しがいいね。そうさ。私がお前をここまで運んだんだよ、A」
A、いや、俺はAとかいう名前ではない。きちんとした名前が……名前?思い出せない。いや、きちんと俺は俺の記憶を持ってる。持っているが……名前が出てこない。
「俺は少なくともAなんていう名前じゃない。アンタが何でこんなことをしたのかは分からないが、家に帰してくれないか?やることが沢山あるんだ」
「ビナーだ」
「……は?」
「私の名だよ。お前はまたも忘れてしまったようだが」
その名前は知っている。心当たりが一つある。
ビナー。抽出チームのセフィラ。アンジェラと共に反旗を翻した裏切り者。馬鹿みたいに強いネームド。だが……だがそれはあくまでゲームの話だ。
「そうさ。A、お前にとってはあの世界はゲーム。だがね、あそこで生きている私たちにとって、あそこは確かに現実だったんだよ」
その台詞に、その独白に、背筋が凍った。いや、馬鹿な。いくらビナーが強いといえ、いかに馬鹿馬鹿しいまでの能力を持っているとはいえ「お前を認識することなど不可能。そう言いたげだな?」
「お前は……お前はいったい何を……」
「いや何、これは私なりの復讐だよ。簡単な理由だろ?ここまで虚仮にされたら、私だって復讐の一つや二つくらいするさ」
「じゃあ……じゃあ何で俺なんだ?もっと他にもいたはずだろ……なんでよりにもよって俺を選んだ?」
「偶然だよ。たまたま近くにいたからさ。それ以外に理由といった理由はないね。まぁ、お前からしたらたまったものではないんだろうが、私からしたらそんな事はどうでもいい」
吐き気がする。これから何をされるのかは分からないが……なんにしても碌なものではないだろう。なんせあのビナーの復讐だ。口から出来立てのポップコーンを吐き出す機械にされた方がマシかもしれない。
「随分と失礼な考えだな」
「そりゃな。まぁ事ここに至ったらどうにでもなれだ。どうせ俺に出来ることなんて、なんにもないんだろ?」
自然に思考を読まれるのに驚くのも疲れてきた。最悪だ。とんだ貧乏くじだ。
「まぁ、そんなに悲観的になるもんじゃないさ。お前たちの住む世界に干渉するのは非常に骨が折れてね。流石に全部私の思い通りというわけにはいかなかったんだよ。だから私から出来る復讐は微々たるものだ」
「微々たるものねぇ」
周囲をもう一度見渡す。この荒野から帰ることはおそらく不可能なのだろう。本来どんな復讐をされるのかは分からないが、俺からすればどっちにしろ、たまったものではない事に違いなかった。
「で、だ。最初は私たちの世界にお前たちを堕とそうと思ったんだがね?」
「いや、えげつないな……」
そうならなくて良かったと心底思える。
「結論から言うとね、それは出来なかった。さしもの鍵も、門でさえ不可能だった。お前たちを堕とすことはできる。だがね、世界が耐えられなかったんだよ。たった一人でさえ駄目だった。あの世界の許容量を超えてるんだ、お前たちの存在は」
「失敗したのは分かったが……それが何でこの状況に繋がるんだよ?」
「いや何、試行錯誤するうちにね、別に私たちの世界に固執する必要もないと思ったのさ」
ビナーは周囲を見回しているようだった。後ろを振り向くことは、やはり恐ろしくて出来なかったが。
「ここは違う世界だ。お前たちの世界でも、私たちの世界でもない。お前はこの世界について詳しいかもしれないが。……ほら、あそこを見ろ」
指をさした方向が一体どの方向なのかは分からなかったが、そんなに離れていないであろう場所に、影が見えた。獣のような……何かよく分からないものだった。霧でよく見えないが、それは此方に近づいているようだった。
「私がしたいのはね、あの地獄をお前にもう一度味わってもらう事さ、A」
影は近づいてくる。背筋が凍る。間違いなくアレは俺を狙っている。死ぬのか、それよりもひどい目に合うかは分からないが、とにかくアレは俺を獲物と定めたようだ。
「私は考えた。言うならばお前たちは創造神だ。私ができる干渉というのにも限度がある。その限度の中で、可能な限り私はお前たちに、お前に復讐がしたい」
影はどんどん大きくなっている。少なくとも3メートルはあるだろう。そして、俺は見た。それは分かりやすく化け物だった。だが、俺は知っていた。この化け物を知っていた。
「
「さぁ、取れ」
目の前に刀が落ちてくる。間違いない。斬魄刀だろう。
「生き残れば、もしかすれば元の生活に戻れるかもしれないぞ?」
選択肢は無かった。俺だって、そんなに簡単に死にたくはない。ハッキリ言って嫌だが、これ以外に何か手があるとも思えなかった。
「……っ!?ふざけ……」
そして、斬魄刀を手に取ると、俺は意識を手放した。
■ ■ ■
意識が戻る。頭が割れるようだ。死んだのかは分からないが、多分死んでも戻されるのだろう。デジャビュに内心頭を抱えていると、後ろから声がかかる。あぁ、やっぱり死んでも逃げれないのかと思ったが、それは違った。
「アンジェラ?」
アンジェラの声だ。目を開ける。そこは荒野ではなく、蛍光灯で照らされた室内だった。
「どうかされましたか?随分と慌てているようですが」
慌てるも何も、俺はさっきまで荒野にいたはずで、なんなら死んだはずだ。混乱していると、世界が文字通り止まった。それはTT社によるものではなかった。
「やぁ、君が慌てているのを見るだけでも胸がすく思いだよ。やはりこれはいい考えだったな」
「……ビナー。どういう事だ?さっきと言っていることが……」
「違くないよ。ここはあの世界じゃない。私が創り出した世界だ。知っているだろう?」
「……斬魄刀か」
「その通りだ。お前にはもう一度ここを管理してもらう、そこのAIと共にな」
「一生俺をここから出さないって訳か。確かに?最終的にやることが変わらないならこれで十分だな」
「いや、さっきも言ったろう?私ができる干渉には限りがある。お前をここに縛り付けていられるのは1回につき1日の時間だけだ」
「1日を過ぎたら?」
「過ぎたらお前は目を覚ます。安心しろ、現実じゃ数瞬の出来事だから、お前はまだ死んでないよ。そして残念な話だが、目を覚ましてから現実で最低1日は経たないとお前はここに来ることは出来ない……さて、最低限の話はした、私は私が居るべき場所に戻るとするよ」
ビナーはそう言うと、管理人室から出て行った。と同時に世界が動き出す。この精神世界がどれほどの大きさかは分からないが、L社程度の大きさはあるという事だろう。
壁一面に張られた特大のモニタを見上げる。1日。何回1日を繰り返せば良いかは分からないし、リセットが出来るのかも分からない。もしかすると俺の知らないアブノーマリティも居るかもしれない。だが、やるしかない。
冷静になって一度状況を整理してみる。少ない情報で分かるのは、多分現実で
だがビナーは俺を簡単には殺したくはないはずだ。こんな迂遠なやり方になってさえ、L社の管理をやらせるくらいだ。
だから俺にとってもメリットのある方法を選んだ。俺が管理作業をやらないという選択肢を消すために。
ビナーが俺の斬魄刀だからなのかは分からないが、この世界で俺が手に入れることが出来るものを俺は理解していた。E.G.Oだ。この精神世界で抽出したE.G.Oを、俺は現実で使うことができる。
そして、1日目で抽出できるE.G.Oは一つだけだ。
懺悔。ハッキリ言って頼りないが、E.G.Oには意思がある。武器を振ったことのない俺でも扱うことができるだろう。
モニタに向き直る。残念だが認知フィルターなんてものは無いようだった。きっと酷いものを見る事になるだろう。だが同時に俺は少し興奮していた。状況がどうであれ、退屈な日常を抜け出すことが出来た。
もしかすると、こういう人間性を持つ人間として、ビナーは俺を選んだのかもしれない。
アンジェラが台詞を言う。何度も聞いたものだったが、俺はそれをしっかりと聞いてから業務を開始した。
続くかもしれない