明日方舟 短編集 作:すきゃーいふれあ
「なぁ『ドクター』。お前は何時になったら目覚めるんだろうな。」
それは夕方だった。夕暮れに染まり、オレンジ色が視界を阻むそんな空模様。そのサルカズの男は何かを思い出したように、私に向かって言った。
「お前ももう分かっているだろう?以前のお前はお前が思ってるより真っ当な存在でないことなど。」
彼は雑草を刈りながら何てこのない世間話のように言葉を続けていた。その言葉が余りにも棘を持っていることもおそらく承知で。
「カズデルでの戦争があったことくらいは聞いたことがあるだろう。」
首肯する。かつて内戦が彼の地であったと、それは凄惨な事件であったと。このロドスにいるサルカズの旅医者が教えてくれた。その戦争は血で血を洗う泥沼の闘争であったと。
「かつて俺はあの戦争において地獄というものを見た。互いが互いを蹴落とし合い、生き延びようとあまりにも醜く足掻き、そしてそれが叶わずに死んでいった。裏切者のせいでサルカズは随分と数を減らした。」
しかし彼の声音に哀悼の意など含まれていなかった。同胞とも呼べる存在がいなくなったことに彼は何の感慨も抱かなかった。
「ふん。所詮死んだ者など過去の産物だ。戦場という食らい合いに適応できなかった軟弱者どもに駆ける意などない。」
多くの戦場で彼は生き延び、殺してきた、だからこそ戦場で死ぬのは当人の自業自得という考えが存在していたのだろう。彼はそのまま花を土に還しながら何てこのない日常の動作のように続けた。
「だが、あの地獄は本来あそこまで発展することはなかった。精々、お家騒動で終わった。何も国そのものが大打撃を受けるほどの内戦に発展することは普通はなかった。」
そこで彼は一言言葉を切った。そして植えた花の周りをパンパンと土で固めてシャベルを置くと、その視線だけで鋼が斬れそうと錯覚するほどの眼光で…私を見た。
「あの地獄を作ったのはお前だ。俺の記憶に間違いはない。お前があの戦争に介入したからあの地獄を作り出した。」
貫かれた、と思った。刀術師である彼に背中まで貫かれたと思った。だがそれは錯覚で彼は刀は愚か、凶器となるモノなど何も持っていなかった。ただただその視線でこちらを見詰めていた。
「お前は…内に何者にも制御できない獣を飼っている。今はお前の中に獣は目覚めていない。」
だが彼はそれから少し首を振ると何かに呆れたかのような視線を送る。だがそれも一瞬再び突き刺す視線が私の体全てに刺さった。
「だが…俺には分かる。お前には世界を変えるだけの力がある。そしてその力は間違いなくあの地獄を再び作り出すことが出来る。」
彼の瞳に込められたのは期待。何かを待ちわびる子供のように酷く純粋な期待。
「俺が…俺が求めるのは何よりも過酷な戦場だ。あの地獄は俺にとってまさに天国と呼ぶに相応しい光景だった。俺がロドスに加入した理由はそれだ。お前の傍に居ればまたあの地獄に巡り合えるとそう実感したからだ。」
今の彼に殺気はなかった。ただひたすらに次の遊びを求める子供の如く純粋だった。だからこそ…その純粋は殺意は私の身を震わせた。
「『ドクター』。お前は何時目覚めるんだろうな。あまり俺を待たせてくれるなよ。」
言いたいことは全部言ったと言わんばかりに彼は園芸道具を持つとそのまま私の横を通り過ぎていく。空はもう暗く染まり始めていた。すれ違いざまにオレンジの閃光が私を遮った。
「…エンカク、君は…君は…今の私を殺したいほど嫌ってるんだろうね。」
その言葉が果たして届いたかもしれない。返事もなかった。彼はそのまま歩き去って行ってしまった。そして風に乗って呟きと軽い打撃音が耳に何となく届いた。
「今殺したいのは俺自身の方だ。お前を悪くないと思ってしまった俺自身を。」